12.ブルプラ式マッサージ
ロゼッタが大食いチャレンジで賞金獲得してから三週間後のこと。
煌太はいつも通り、自宅の作業室でロボット製作を進めていた。
段ボールから取り寄せた部品を取り出し、必要であれば自分で加工して微調整を繰り返す。
更にアナログとデジタルの両面で情報をまとめつつ、複雑かつ膨大な演算処理を行い、経過報告のために資料作成まで同時進行させている。
どれも順調に事を進めているらしいが、実は夜通しかけて作業してしまっている。
そのため疲労感の蓄積度合いは大きいはずなのだが、本人は作業に没頭するあまり自覚していない。
しかし肉体は素直であって、一つの信号として深い欠伸が出てきた。
「あふぁ~………。あぁ、これは駄目だな。作業中に眠気を感じるなんて危険だ。集中力が散漫すると手痛い失敗に繋がる。だけど、寝る気分でも無いってな」
そう言いながら壁掛け時計に目を向けると、二本の針はとっくに昼過ぎの時刻を指していた。
思い返せば、昼食は手軽にチョコレートだけで済ませている。
そのせいで空腹な気配を感じるが、手元にある菓子類を食べるのは避けたかった。
「あまり糖分を摂り過ぎると眠くなるんだよなぁ。飴ですらキツくなる。こう自分で体調を管理しきれない時、ロゼッタが居てくれれば助かるんだけど」
煌太がぼやいた直後、慌ただしい足音が家中で鳴り響く。
とは言え、作業室は完璧な防音対策が施されているから、その足音が自分の所へ向かって来ていることに彼は気付けない。
だから扉が勢いよく開けられたとき、それは不意を突かれた思いだった。
「煌太様ぁ~!お待たせしました~!」
「うぉ!?びっくりした!マジで飛び跳ねちまった……!」
「さぁさぁこのブルプラが!手製で特製なビザをお持ち致しましたよ~!」
力いっぱいに扉を開けたのは、銀髪少女アンドロイドのブルプラだ。
笑顔満点の彼女の手には、おそらく市販の冷凍ピザらしき物体を乗せた皿がある。
どうやら具材に相当なアレンジを加えているようだ。
しかし、彼女のオリジナリティが溢れるピザの場合、それがおいしくなる方向へ繋がるのかは別問題だろう。
「ビザじゃなくピザな。とりあえず、丁度こういう感じの物を食べたいと思っていた所だ。良いタイミングで用意してくれたな」
「ロゼッタさんから、そろそろ昼食を用意してあげてと連絡があったので!それでキッチンを漁り、頑張って調理しました!」
「えっ、昼食だって?今は午後三時だぞ……」
「そうですね!だからロゼッタさんの連絡があってから、少なくとも三時間以上は経過した事になります!けっこう手間取りました!」
「あぁ……なるほどな。さすがのロゼッタも、ブルプラが調理に時間をかけることは見越せなかったわけか。俺もびっくりだが」
やや戸惑いを覚えながらも、煌太はブルプラが用意してくれたピザを受け取る。
改めて見ると、色とりどりのトッピングソースに加え、味付けされた魚の切り身やら牛肉の切り落としが満遍なく盛り付けされていた。
一見、庶民的な豪華さを感じられる。
これはこれで美味しいのかもしれないが、このままでは食べづらいのは間違いない。
「なんかチーズが妙に多いし、太りそうというか素材毎の主張が激しそうというか……。まぁ、わざわざ生地に乗せる必要が無い気はするな」
「ピザはトッピングを楽しんだ方が良いとありましたので、冷蔵庫にある食材で楽しんでみました!いかかでしょうか!我ながら満点の出来ですよ!」
「中々に欲張りな出来上がりで良いと思うぜ。それに……あぁ、うん。味は意外に良いな。とにかく新鮮な感じで食べ応えがあるよ。サンキュー、ブルプラ」
「えっへへ~!煌太様が喜んで下さったようで何よりです!」
実は味についての感想は半分お世辞で、素材ごとの温度差や食感が奇妙なことになっている。
だが、わざわざ貶すほどでも無いのは事実だ。
何より、味見できないブルプラにしては上手な仕上がりであり、こうして誠意ある食事を用意してくれただけ大変ありがたい。
また、彼女の嬉しそうな笑顔を見ていたら、それだけでピザが格別においしく感じられた。
そんな充足感も含めて味わいつつ、煌太はピザを食べることに注意を払いながら喋る。
「そういえばロゼッタが出かけてから、今日でちょうど三週間か。けっこう長くなるけど、あいつが居ない事にまだ慣れないな」
「長くなるかもしれないとは言ってましたが、ここまで離れるなんて本人も心苦しいでしょうね。ロゼッタさんは気遣いができるアンドロイドで、優しいですから」
「それもあるだろうけど、あいつは本来の使命がーって一番気にするからな。長期間の外出は、俺がほぼ勝手に許可した事だけどさ」
「ブルプラの説得もあって、ようやく行きましたからね。本当、ロゼッタさんは心配性ですよ」
二人の会話内容通り、ロゼッタは既に三週間も煌太の元から離れて遠出している。
事の発端は、三日間のみ出かけたいというロゼッタの相談から始まったものだ。
だが、あれこれと三人で話し合っている内に、彼女の目的が終わるまで遠出させる形へ落ちついたのだ。
当然ながらロゼッタ本人は、自分がすべき任務を強く気にかけていた。
それでも出かける決心がつけられたのは、ロゼッタに心配をかけ無いようにする事も応援の内だと煌太が答えたからだ。
またブルプラが責任持って代わりに任務を果たすと宣言したおかげで、彼女は自分のために行動を起こせた。
彼女が具体的に何を目的としているのか二人とも把握しきれてないが、『ロゼプラ』は変わらず新たな動画が投稿されている。
そのためチャンネルの新着動画を欠かさずチェックすれば、彼女の近況を大まかに知る事はできた。
「おっ、また新着動画の通知だ。もう今日だけで何回目の投稿なんだ?」
「今度の動画は射撃大会に出て優勝、ですね。どうやら昨日の事みたいです」
「前はアマチュアのスポーツ大会に出て優勝で、その前は腕相撲大会。他も個人競技とボードゲームの世界大会に出て優勝とかで、ここ最近は競争や大会ばかりだ」
「凄い勢いで世界中を回っているようですね~。これはお土産に期待できます!きっとロゼッタさんの事だから、センスある化粧品を買ってきてくれますよね!」
「参加しているイベントのほとんどに賞金が出ているらしいから、そのためなのかもな。だとしても、信じられない活躍ぶりだ」
ロゼッタについて会話しながら、煌太は気晴らしにパソコンでネットニュースを調べ始めた。
すると、その中で一つのネット記事が目にとまる。
「え?謎の少女が世界中を騒然させている……って、この画像に映し出されているのはロゼッタだよな?」
その記事内容はロゼッタと名乗る少女が突如イベントに現れるなり、どれも接戦すら許さず、破竹の勢いで優勝を獲得しているというもの。
そして日本在住という事だけ明かされていて、世界各国の様々なテレビ局インタビューにも応えているようだ。
その他にも、現場に居合わせた人達がロゼッタの活躍を撮影して、自身のSNSアカウントで公開しているようだ。
だからなのか世界中に名前が知れ渡り始めている状況で、日本国内でも有名な存在へ一気に駆け上がっていた。
「今更気付いたけど、『ロゼプラ』のチャンネル登録者数がページ更新する度に爆増しているな。いや、そりゃあ大衆というか、テレビに取り上げられるのが最大の宣伝だろうけど……」
ダークホースとして颯爽と現れて優勝するわけだから、きっとテレビ局で取り上げられる以上に、現地での注目度が想像を超えるものとなっているはずだ。
また、ネット活動以外で何度も大きな功績を得ていく様は、知名度を上げる行為の中でも特に効果的だろう。
何より経歴不詳の少女が歴戦の大人相手に圧勝するなんて、どう見ても話題性バツグンな要素しかない。
そして実績と表彰歴ほど信頼に値するものは無いから、彼女の凄さが誰にでも伝わりやすい。
加えて、ロゼッタはジャンル問わず制覇を繰り返しているため、その界隈では有名という範疇を越えてしまっていた。
「あまりにも突発的な登場をするせいで、マジで世界を騒然とさせているみたいだな。見た目にそぐわない実力なのも、映画の登場人物みたいで注目ポイントだとか」
「凄いですね!ロゼッタさんの勇姿に惚れている人も居ますよ!もう話題が話題を呼んでいる状態、という感じです!」
「これ見ろよ。もう新聞掲載や特集が組まれ、なぜかCMに出演予定やら雑誌の表紙を飾るとかなんとか。……いやいや、びっくりだ。ロゼッタ並に行動が早い奴も居るんだな」
言うまでも無く、ここまで知名度を得るのは想定外だ。
もはや資金不足や将来的に事務所を構えるとかの話では済まなくなっている。
時間が経つほど世界からの評価が飛躍していて、きっとこの調子が更に一ヵ月も続けば、今年でもっとも勢いがある存在になってしまうだろう。
「たった三週間で、信じられないほど肩書きを増やしているな。いくら調べても把握しきれないくらいだ。しかも、ここまで世界を渡り歩くなんて、俺が思っていた以上にポテンシャルがあったわけか」
「イベント参加のみならず、突発的なアスリートダンスやラップバトルの動画をあげてますね~。あ、見て下さい。SNSの方では、色んな有名人との交流をショート動画として公開しています!」
「すげぇ。打算的な言い方になるけど、幅広い人脈まで確保してる………。もうこれだと、ネット活動がオマケの立ち位置になるだろ」
「それと超有名メーカーにデザインを依頼されたようで、ロゼッタさんが描いたロゴマークが新商品で使われるって話もありますよ」
「商品化が早過ぎるだろ。そこまで話が進んでいるなら、俺達が知らない間にロゼッタのファングッズとか出てそうだな」
それらの話を通して、ロゼッタが一体どこまで登り詰めてしまうのか、二人には想像できなくなっていた。
そして彼女の留まる事を知らない活躍を聞いた今、ふと煌太は小さな不安と寂しさを抱くようになる。
「はぁ………、感心するなぁ。だけど、なんていうか、このままロゼッタが帰って来ないんじゃないかと思ってしまうな」
「えっ、なぜですか?今日も昼食について連絡するくらい、ずっと煌太様を気にかけて下さっているのに」
「有名になればなるほど、引っ張りだこになるからな。そしてロゼッタの性格上、あれこれと仕事が舞い込めば快く引き受ける。そうしたら帰る時間すら無いだろ」
「うーん?でも、ロゼッタさんだからこそ、何があっても煌太様の事を最優先しているはずですよ。今は確かに忙しくて仕方ないのでしょうけど」
「でもなぁ………。正直に言うと、最近まではロゼッタに依存した生活だったからなぁ。そのせいで不慣れな生活習慣を送っている感じがして、なんとも言えない物寂しさがあるんだよなぁ」
煌太は珍しく駄々っ子じみた口調でぼやく。
本人も気づかない間に寂しさを覚えて、精神的なバランスが相当崩れているのかもしれない。
それにブルプラの前で、彼がはっきりと女々しい態度を見せるのは初めてだ。
だから彼女は気遣おうとして、煌太の後ろに回って肩を揉み始めた。
「煌太様はお疲れなんですね!とても眠そうな顔していますし」
「いつもより弱気なのかもしれないな。万全で無いのは事実だし」
「気分がモヤっとする時は、マッサージで心身共にリラックスさせるのが一番です!なので、私がマッサージして差し上げます!そうすれば、きっと頭の中がスッキリしますよ!」
「へぇ、いつの間にマッサージができるようになったのか。知らなかったな」
「まだ見様見真似のレベルですけど、精一杯に頑張ります!頭の天辺から足のつま先まで気持ちよくして、絶対に気分爽快リフレッシュさせてみせますから!」
「いつもに増して自信あり気なセリフだな。とりあえず下手に張りきって、力を入れ過ぎ無ければ助かるぜ」
それから煌太は食べた直後ではあるものの、ブルプラの誘いに乗って作業室からリビングルームへ移動する。
そこで彼女は手始めに厚いマットを床へ敷きながら、煌太に一つお願いをする。
「この場でよろしいので、まずは全裸になって下さい!どうぞ恥ずかしがらずに!」
「いや、自宅とは言え、いきなりリビングで全裸は落ち着かないだろ。それに寒いから嫌だ」
「言われてみればそうですね!温かい方が体の緊張が解れやすいでしょうし。では、どうするのが一番なのでしょうか。むむぅ~」
ブルプラは煌太の文句を本心から納得しては、すぐに本気で悩んでしまう。
こんな日常的なやり取りでも頑張って理解しようとする彼女の姿は、微笑ましくある。
対して煌太は気楽な口ぶりで確認した。
「薄着でも良いよな?」
「問題ありません!ちなみにオイルとか使いますので、そこを配慮して下さると助かります!」
「それなら上半身は裸というか、タオルで覆うかな。マッサージと言えばタオルのイメージがある。それで下は短パンを履くよ」
「はい、そうして頂けると助かります!ただし、念のため破けても問題ない服でお願いしますね!」
「……汚れじゃなくて破れに気を付けるのか。不思議なことに、急に不安を覚えてきたぜ」
何がともあれ煌太が薄着へ着替えている間に、ブルプラは自分が持っているエッセンシャルオイルとタオルの準備を進める。
続けてアロマランプでほのかに優しい匂いを焚き、リビングに簡易的なマッサージ環境を整えていくのだった。
「うむうむ、我ながら良い感じですね。雰囲気良し。やっぱり形から入っていくのが一番です!……そういえばマッサージするなら、ブルプラも適切な衣装に着替えないといけませんね~」
そう言って彼女は急いで自室へ戻り、汚れても問題ない服を探して着替える事にする。
ただし彼女の場合、どれも大切な服であって、汚しても問題ない物は持ち合わせていない。
衣装棚の中は、オイルで駄目にしたくないコスプレ衣装ばかりだ。
そのせいで彼女が最終的に選んだのは、マッサージに適した服装とは言えないものだった。
それどころか家中で着るものですら無くて、人によっては布切れと呼ぶ代物だ。
「ちょっと雰囲気が崩れるかもしれませんが、せっかくなので致し方無し……っと」
こうして彼女が準備を済ませた頃、煌太は一足早くリビングルームへ戻って来ていた。
当然、着替えた彼は上半身裸で短パンを履いた状態だ。
そんな肌寒い姿で待っているとき、ようやく戻って来たブルプラの姿を見て、彼は驚くことになってしまう。
「どこへ行ったのかと思えば、なんで水着になっているんだ?しかも真っ赤なビキニってブルプラに似合わ……じゃなくて、予想外だな」
「オイルでベタベタにしても良さそうな服が、これしかありませんでしたので!」
そう言いながらブルプラは胸を張るが、それは自身の体躯を強調しているのか、水着を主張しているのか判別できない行動だ。
いくらアンドロイド相手とは言え、表面上は女性と変わらないから目のやり場に困ってしまう。
ただブルプラ自身に色気のような気配は備わって無いため、そこまで劣情が激しく刺激されずに済む。
よって煌太は僅かに揺らぎつつある平常心を気合で保ち、いつも通りの調子で応えた。
「それを服って呼んでいいのか……?とにかくこれだと、妙なサービスを受ける人みたいになりそうだ」
「仮に裸同士で過ごしても、ブルプラと煌太様の仲なので大丈夫ですよ!肌寒いこと以外、何も問題ありません!」
「他人に見られたら問題になりそうだけどな。少なくとも、優羽に目撃されたら言い訳ができなくて恐いぜ」
「わざわざ言い訳する必要はありませんよ!その時は、普段と変わりなくイチャイチャしていたと答えれば納得してくれますから」
「いやいや、余計な誤解しか招かないから勘弁してくれ」
他にも指摘したい所だったが、このまま話していても二人揃って半裸で居る時間が長くなるだけだ。
だから煌太は強引に気持ちを切り替えて、話題の方向性を変えた。
「しかし服装以外は準備が良いな。というか、いつの間にアロマのやつとか持っていたんだな」
「たまにブルプラのファンから、宅配へ送られてくるんですよね!こういうのが試しに欲しいかもって呟いたら、すぐプレゼントが来ます!」
「ファン?……あぁ、なんだっけ。コスプレ交流の何とかってやつか」
「そうです!皆さんリクエストしてくれて、優しい人ばかりなんですよ!それはともかく、こちらへどうぞ煌太様。最初は仰向けで寝て下さいね」
「こういうのって、基本うつ伏せじゃないのか?」
「まずは顔からしますので仰向けです!さぁさぁ、たくさん揉み揉みしちゃいますよ~!」
ひとまず煌太は言われるがままにマットの上で仰向けとなるが、すぐに問題があることに気づく。
マットを床に直接敷いているから、顔のマッサージに適した高さでは無いはずだ。
だけどブルプラは気にかけず、なぜか真っ先に煌太の下腹部へ馬乗りしてきた。
「待て待て待て。なんで馬乗りするんだ?普通なら俺の頭の方というか、床に座った方が良く無いか?」
「大丈夫ですよ!ここからでも気持ち良くできるはずなので!」
「え?本当に申し訳無いけど、大丈夫の意味が理解できないって」
「とにかくリラックスしていて下さいね。煌太様は何も考えず、このブルプラに身も心も委ねて下されば万事オッケーです!」
「もうなんだろうな、この状況は。どうなるのか分からなくて、これまでに経験したことがない新種の恐怖を覚え始めてる」
もはや自分がマッサージされるというより、ブルプラのおままごと遊びに付き合う流れとなってしまっている。
それでも、これはこれで気分転換には悪くないと好意的に捉えて、あとは彼女に全て任せることにした。
ただ、馬乗りされているせいで下腹部は常にブルプラの体重を感じるし、肝心のマッサージをする手つきと手順が予想とは裏腹に滅茶苦茶だ。
ほぐすために揉むというより、ペットに対する愛情表現で行う愛撫に近い。
しかも、懸命な彼女は馬乗りしたまま前屈みになっていくため、まるで愛犬が上に乗って甘えてきているような光景へ変わってしまう。
だから間もなくして、お互いの顔と胸が接近しきっていた。
「どうですか煌太様ぁ~。ブルプラの愛を感じてますか~?」
「そうだな。まるで犬に顔を舐められている気分だ」
「つまり気持ち良いって事ですね!えっと……。ひとまず、このまま仰向けの状態を先に一通り済ませちゃいます!」
「あぁ、好きにしてくれ」
ブルプラは形式だけマッサージっぽく進めていき、顔から首元、肩から胸元、腕から手、そして下腹部へと時間かけて行う。
あまり上手とは言えず、それほど効果的で無い事は煌太でも感覚的に理解していた。
このままだと、ひたすらオモチャにされている気分が拭えないだろう。
それでもブルプラ本人に意地悪なつもりは無く、むしろ本気の親切心しか持ち合わせてないことを煌太は知っている。
だから肉体の回復促進は得られずとも、まだ精神的なリラックスを得られていた。
それに慣れれば悪くないものだと思えた。
だが、唯一にして最大の疑問点としては、なぜか彼女が未だに馬乗りを続けていることだ。
「俺の視界が、ブルプラの迫りくる尻で埋め尽くされている………」
彼女のマッサージが太もも辺りへ進んだ時、合わせて煌太の上半身は厳しめの圧迫感を堪能させられることになる。
ブルプラが馬乗りのまま方向転換したため、彼女の尻が顎先に触れる体勢へ変わったからだ。
そのせいで彼女の体重を感じるのは、煌太の下腹部から胸元へ移った。
そして最初から奇妙な動作をしていると思っていたが、ブルプラは腕を伸ばす度に全身で大きく前後運動している。
「よいしょ、よいしょ……よいしょ…!」
「もうこれ、ただ執拗にヒップアタックされているのと同じなんだけどな……。どれだけ熱心に奉仕しているんだよ」
「んー?煌太様、何か言いましたか~?」
「今更で申し訳ないんだけど、さすがに馬乗りはやめてくれないか?さっきから想像を超えて重……、凄く息苦しい」
煌太は自分なりに言葉を選び直しながら、はっきりと本音を伝えた。
するとブルプラは慌てふためき、跨ったまま立ち上がる。
「え~!?すみません煌太様!でも、それなら早く言って下されば良かったのに~!」
「いや、まぁ正直、ちょっと悪くないと思った俺が馬鹿だった。俺も男だからな。思わぬ所で扇情されると頭が馬鹿になるんだ……。そう、男だからな」
「つまりリラックスし過ぎて、頭の回転が緩やかになっていたって事ですか?」
「あぁ、そういう事にしておいてくれ。頭のネジが緩んでいたのは事実だ」
「うーん、顔のマッサージが遅れて効いてきたって事ですかね。……あっ!それなら効き始めている間に口の中もマッサージしましょうか!案外、効果が倍増されるかもしれません!」
「さすがにどういう持論だよ。しかも、それって思いつきで手順を変えているだけだよな」
こうもブルプラがツッコミ所ある発想に至るのは、正しい知識が備わってない事だけが原因では無い。
やはりアンドロイドだから価値観や優先順位が異なっていて、今はマッサージ効果が得られるなら何でも実行してしまう思考パターンになっているのだ。
もっと言い換えれば、メンテナンス感覚であって、彼女は煌太の劣情を刺激しているとは一切思っていない。
そして、このままだと変な感情を抱きそうだと煌太は感じていて、必死に自身を律して寝返りをうつ。
「ひとまず、そろそろ背中の方も頼む。仕切り直すことで気分を落ち着かせたいから」
「分かりました~」
これで落ち着けると思った矢先、自宅内に甲高いブザー音が鳴り響いた。