1.日常のフリスビー勝負(1)
日本の某都付近、風は心地良く天気も良好。
そして緩やかなせせらぎ音が聴こえる川土手にて、学生服を着た一人の少年がフリスビーを手に訪れていた。
「せっかくだし、ショート動画として撮影しておくか」
そう言いながらスマホを取り出す彼の傍らには、二人の若い女性が付き添っていた。
どちらも滅多に見かけないほど容姿端麗であり、姿勢が妙に正しい。
一方はメイド服の銀髪少女で、更にもう一方はラフな服装をした金髪少女だ。
周囲の人から見れば、奇妙な組み合わせに思うことだろう。
特に男子学生は平凡な見た目をしており、せいぜい特徴的なのは眼鏡をかけていることくらい。
まして服装がチグハグした三人組だからこそ、より奇異に映るはずだ。
しかし、本当に奇妙な事が起きるのはこれからだった。
「よし行くぞー」
男子学生は大きく手を振りながら、気が抜けた表情かつ間延びした声で呼びかける。
するとメイド服の銀髪少女が、真っ先に嬉々とした態度を示してきた。
「はい!どうぞお任せ下さい!このブルプラが全機能をフル活用して見事に、そして華麗にキャッチしてみせます!煌太様が投げる、愛情たっぷりのフリスビーを!」
銀髪少女は自分の事をブルプラと言い、男子学生のことは敬称を付けて煌太様と呼ぶ。
如何にもメイドらしい恰好であることを考えたら、そういう主従関係があるのかもしれない。
だが、彼女の口から次に飛び出る言葉は、並々ならぬ関係を疑わせるものだった。
「さぁ早く!ブルプラにペットとしての役割を果たさせて下さい!もう待ちきれませんよ!」
ブルプラは清々しい笑顔で、しかも大声で自分をペットだと自称する。
更に彼女が期待しているような雰囲気を振り撒くため、見知らぬ人からしたら事実に聞こえてしまう。
実際、一部の人からは彼らを避けようとする眼差しが送られてしまったから、煌太は焦り気味に指摘するのだった。
「おい、待て待て!いつからブルプラはペットになったんだよ」
「初めて会った日からです!そして煌太様のペットだという自覚を持つようになった日々を、ブルプラはしっかり覚えていますよ!」
「いや、白昼堂々と何を言ってるんだ?あと調教されたみたいな口ぶりは勘弁してくれ。まるで俺が変態みたいだ」
「とにかく煌太様!いつものように投げて下さいよ!早くぅ早くぅ~!まずは景気づけに一発シュババっと行きましょうよぉ!」
動揺と困惑を見せる煌太に対し、ブルプラは元気よく催促してきた。
その振る舞い方は、まるで遊びを全力で要求する子犬のようだ。
また、彼女が一段と張り上げた声を発し続けるため、同じく川土手にて来ていた人達からの注目を更に浴びてしまう。
とりあえず煌太は賑やかな彼女の要望に応え、フリスビーを大きく投げた。
「よぉ~し!ブルプラの勇姿を見てて下さいね~!」
「おう、しっかり見てるからな」
すぐさまブルプラは満面の笑みで駆け出す。
彼がフリスビーを投げてくれていること。
自分が走ること。
対象を追うこと。
こうしてコミュニケーションを取っていること。
それら全てが至福で楽しいから、あえてブルプラはぎりぎりまでフリスビーを目で追いながら走った。
実は彼女が本気を出せば、空中で取ることは容易い。
それでも取らないのは、一秒でも長く自分に注目して欲しいからだ。
取る瞬間まで見届けてくれる事を知っているから、とにかく彼の気を引きたいブルプラはフリスビーが地面へ落ちる直前まで粘る。
「さぁ、ここで華麗なスライディングを入れてスタイリッシュに……!」
「あっ」
「はぇ?」
ブルプラが宣言通りスライディングしようとする直前、まず煌太が素っ頓狂な声を漏らす。
なぜなら彼女が恰好つけた瞬間に、まったく無関係の犬が走って来たからだ。
そして彼女が求めて止まないフリスビーを、その犬が即座に奪い取ってしまう。
それこそ動画で収めたくなるような、スタイリッシュで躍動感が溢れる動きだった。
「あぁあぁそんな無殺生な!?せっかく煌太様が投げて下さったフリスビーが~!あぁ、お慈悲を!どうかブルプラにお慈悲を下さい~!煌太様に良い所を魅せたいのですぅ~!」
「クゥン?」
「もしかして犬語じゃないと伝わらない感じですか!?わんわんわん!くぅ~んですよぉ~!」
この予想外の出来事に、すかさず彼女は乱入してきた飼い犬に泣きついてしまう。
対して見知らぬ飼い犬は呑気そうに喜んでいて、彼女が戯れ付いてきていると思っているようだ。
その一連の出来事を眺めていた金髪少女は、小さく笑った後に呟いた。
「うふふっ、ブルプラは相変わらず健気ね。でも、私なら犬より早く取れるわ」
「お、いきなり対抗心を燃やしてきたな。いつもならロゼッタは静観しているだけなのに。まぁ、あれだけ愉快だったら一緒に遊びたい気分にもなるよな」
煌太はブルプラの行動を気にかけながらも、ラフな服装をした金髪少女の名前を口にする。
ロゼッタ。
そう呼ばれた彼女は、ちょっとムズ痒そうな眼差しを見せるのだった。
「誘惑しないでちょうだい。外出中は、煌太様の護衛が第一優先なのよ」
「プログラム通りの判断だなぁ。戦闘用アンドロイドとは言え、たまには気楽に遊んだ方が気分爽快だろ。それにブルプラも居れば、気を抜いても大丈夫だろうしな」
「むぅ……、煌太様は楽観的過ぎるわ。そのブルプラに一度殺されかけたのに」
明らかに物騒な単語が会話に出てくる。
しかし、煌太は冗談を投げかけられたような反応で軽く流した。
「ははっ、大袈裟だなぁ。拉致されかけただけで、命は狙われてないって。そもそも半年前の話で、今のブルプラとは色々違うからな」
「そうは言うけれど、危機的状況に陥っていたのは事実じゃない。もう忘れたのかしら?」
「……えっ、あれ?けっこう真面目な感じだな。もしかして本当に殺される可能性があったのか?」
「肉体的な死に限らず、自由を失えば死も同然だと言う教えが、私の中に記録されているわ。それは私達アンドロイドも、煌太様のような人間でも同意義だと」
何やら気難しく、そして複雑そうな考えの上でロゼッタは淡々と応える。
ただし、自由を尊重した意見の割には、彼女自身は自制心を強く働かせているように感じられた。
その矛盾した様子を煌太は見抜き、気を利かせた口ぶりで問いかける。
「そういう考え方もあるだろうけど………。それよりさ、やっぱり遊びたいのか?ロゼッタが羽目を外しても、誰も文句なんて言わないぜ」
「なぜ今の会話から、そんな捉え方をするのか疑問ね」
「なんていうか自由ってのは、つまり自分の意思を尊重するってことだろ。そして外出中の護衛は命令であって、ロゼッタの自由意思とは違うはずだ」
「それはどうかしら」
あえてロゼッタは素っ気無く返すことで、はぐらかそうとする。
しかし、今や主人である煌太に通じるわけが無く、なるべく柔らかい声色で指摘を続けた。
「少なくとも今のロゼッタは、遊びたいという自由意思を抑制している。俺にはそう見える」
「ふふっ………。そうね、否定はしないわ。でも、命令を優先的に従事することも、私の自由意思だと言えるはずよ。私は遊ばないという判断を下し、それを自分から選択したの」
「なるほどな。とにかく命令が絶対に最優先ってわけだ。だけど、そこまで屁理屈を言うなら、俺が命令してやるよ。さぁ、命令だ!ロゼッタも今すぐ遊べ!」
「あはっ、感心するわ。惚れ惚れするほど強引なのね」
煌太の思いきった命令に対して、つい彼女はにこやかな笑顔を見せる。
それは確実に素直な反応だ。
そして、ようやく本心を露呈してくれた機会を逃さず、煌太は一気に捲し立てた。
「こういう時くらい、合理的な判断なんて捨てた方が良いさ!何より楽しむためには、場の勢いが大事だからな!たまには無邪気に行こうぜ!ほら、ブルプラも次いくぞ~!」