テイワズ3
美月が光のタンスを引っかき回してそこら中に服が散らばった。光はその中から適当に選んで拾い、寝間着から着替えた。
美月はまだ服を探している。
「自分で片づけろよ」
「わかってるって〜」
それから5分程あさって、しっかりと片付けて美月は出て行った。
「う゛ぅ〜」
光の足元で渚が呻いている。
光は特に気にすることなく本棚からドイツの歴史について書いてある本を取り出し、ベッドに転がって読み始めた。
光は昔から暇なときが多くてやることがなく、ただただ寝ていることがほとんどだったのだが、美月に『暇なら知識を増やせ』とアドバイスを受けてからはこうしていろいろな本を読むようにしている。だが光は学習能力が妙に高く、一回読んだだけでだいたいの内容は覚えてしまう。知識が増えるのに悪い気はしないので、どんどんいろんな本を読むうちに日本以外のモノを読みたくなった。英語、フランス語、イタリア語、ドイツ語、ロシア語、ベトナム語、中国語、韓国語など、たくさんの言語に触れたことで読み書きはだいたい出来るようになった。さすがに本だけでは発音がわからないので会話は出来ないが。
30分くらい経っただろうか。
光がウトウトしていると、近くでうめき声が聞こえてきた。見てみると、渚が体を起こそうとしている。だが体力があまっていないのか、少し体を浮かせたと思ったらすぐにまた床に倒れ込んだ。
「光・・・手・・・貸せ」
「ハイハイ」
めんどくさいがここにいつまでも寝ていられては困るので助けてやることにした。
「いってぇ・・・」
「お前なぁ〜あんな事言ったら美月が怒るのわかってんだろ?」
渚の向こう見ずな行動にため息をつきながら両手を腰にあてる。
「当たり前だ。わざとだよ。あそこで認めちまったらマジで男物着そうだろ?ああいうのはたまにしか見れないからいいんだよ。常に着てたら見慣れちまう」
そんな事を考えていたのか。
「・・・エロガッパ」
「んだと!?お前こそ鼻血なんか出しやがってムッツリが!!」
今のは頭にきた。
ムッツリと言われて黙っていられるほど光の心は広くはなかった。
「誰がムッツリだハゲカッパ!!!」
「はげてねぇ!!ちょっと髪が多いからって調子乗ってんじゃねえぞ女顔!!!」
「俺は男だ!!」
「オカマ野郎!!」
「うすらハゲ!!」
「うすら言うな!!」
それからはほとんどプロレス状態だった。
お互い同じようなことを繰り返し言い合い、しめ技や投げ技を次々と繰り出していた。
“コツン”
いきなり軽く何かがぶつかり合う音がして、ドアが開いた。2人は襟首をつかみ合った格好のまま音のした方を見た。
林檎だった。
「あ、ごめんなさい!!盗み聞きするつもりじゃなくて、じゃましちゃ悪いと思ったから・・・」
必死に言い訳を考えているようだが、光は全く聞いていなかった。
林檎が着ているのは、先ほど美月が持って行った光の洋服だった。
淡い青のシャツにジーンズ。
普段の光と同じ格好だ。
だが、なにもかもが違って見えた。
男物だからだろうが肩端はもちろん合ってないし、袖からは指先が2センチぐらいしか出ていない。丈がやけに長く、太ももにかかっている。ジーンズの裾には小さい足が見える。裾は引きずっていた。
(こんなに違うモンなのか?)
男女の違いを改めて感じ、また顔が火照ってきた。
「あの・・・どおしたんですか・・・?」
(£×∑≠#¥♯φ!!!!!!!!)
上目づかいの林檎を見て光は爆発寸前だった。
そこで渚がすかさずフォローする。
「いや、何でもねぇよ」
そこで光を見てギョッとした。今まで見たことがないくらいに顔が赤くなっている。
「あ!!えと、ちょっとごめん!!」
渚は急いで光の腕を掴み、部屋から出た。
「オイ光!!しっかりしろ!!」
渚に肩を揺さぶられてやっと正気に戻った。
「大丈夫かよ。お前そんなに女に免疫なかったっけ?」
「さぁ・・・こんな事初めてだからなぁ」
「なんだ。そういうことかよ」
渚は1人で納得した顔をした。
「原因があるのか?」
「わかんねぇか?特定の女にだけ心拍数が上がる症状といえば?」
「もしかして・・・」
ここでカッパ男が得意げに頷く。
「お前は林檎っちのことが好きなんだよ」
「そう・・・なのか?」
「本当に他の女には興味ねぇのか?」
「あぁ。この前クラスメートの女子がすっころんでスカートめくれたけどなんともなかった・・・」
「お前そんなおいしいシチュエーションに遭遇して男の血が騒がないなんて珍しい奴だな」
本当に珍しいモノを見るように渚の切れ長の目が上下する。
「男が誰でもお前みたいにエロいと思うなよ」
「いや、男はみんなエロイ。ただ表現方法が違うだけで」
「例えば?」
「そうだな…例えば、オレがその場にいたらガン見する」
「だろうな」
即答する俺を見て気分を害したのか、少し投げやりに続ける。
「他にもチラ見する奴とか、顔真っ赤にして顔そらしたりする奴らがいる」
おぉ。
なんとなく納得できた気がする。
「お前はその中でも理性が強いタイプなだけさ。ちょっと気にはなるが、理性がそれを隠しちまう」
「そう…か?」
それにはあまり納得がいかない。
首を傾げて眉をひそめると、渚が短いため息を吐いた。
「だからお前はムッツリなんだよ」
「それは違くねぇか!?」
「いいか?光。お前がこのまま林檎ッチのことを直視出来ない様なことがあったらお前の命が危ねぇ」
確かにそうだ。
一度コンフォーマーに触れてしまった以上、定期的にエネルギー補給が必要になる。
このまま林檎に近寄れなければ、さすがに死ぬことは無いが一生オムライスが旨いと感じられなくなってしまうだろう。
林檎のそばにずっといるためにも、早く克服せねば・・・。
(ん?ずっと・・・?)
そのとき光の頭の中に、まるで映画のワンシーンのような映像が流れた。
綺麗に掃除されたリビング。赤いエプロン姿の女性がご飯が出来上がったことを知らせると、小さな子ども達が足早に駆けてきていつもの定位置に着く。眠そうな目を擦りながら遅れて入ってきた男性の頬に、女性がおはようのキスをする。まだ完全に覚醒はしていないものの、軽く微笑んで女性の頭に手を置き、おはようと返し席に着く。食卓にはツヤツヤしたオムライス。『いただきます』。女性がスプーンを手に取り、男性の目の前にあるオムライスを一口程度すくって男性に差し出す。はにかみながらもそれを口にするが、照れ隠しに「まぁまぁだな」と言ってしまう。拗ねて下を向いてしまった女性に慌てて冗談だと告げると、目の前に満面の笑みが咲いた・・・・・。
「・・・イイ」
「なにがだよっ!!」
すかさず渚が突っ込んで、ようやく我に返る。
「いいか?林檎ッチの隣にいられる事を喜べ!!可愛すぎて見てられないのはわかるが、もったいないと思わないか?あの子の笑顔をちょっとでも多く見ていたいだろ?」
「そ・・・うか。そうだな、見ていたい。・・・もう逃げないぞ!!!」
「おぅ!!その息だ!!!」
はたから見れば今から探検に行く子ども達のようだ。拳を突き上げて「「おぉ〜〜!!!」」と叫んでいる。
「じゃ、行ってくる」
「行ってこい!!!」
ドアノブに手をかけ、深呼吸をしてから中に入った。
もう逃げないぞ!!いくら可愛くたって目を逸らすもんか!!!
そう意気込んだはいいが、林檎はこっちを見てはいなかった。
先程美月がかき回していったタンスの上を凝視している。のぞき込んでいるので、背伸びしているのだが上半身は下げているという可笑しな体勢だった。
「林檎?どうしたんだ?そんな格好で」
そこにあるのは写真立てとカギつきの箱だが・・・。
林檎の見つめる先を確認する。
(あぁ。あんなとこにあったのか)
あれは光自身が選んで買ったものだが、もう必要無い。
「・・・欲しいならやるよ」
「え!?でも・・・」
林檎が驚いた顔をして振り向いた。
「趣味じゃないから。それにそういうの好きそうだしな、林檎」
するととても嬉しそうに、
「うん。ウサギは大好きだよ」
と笑ってくれた。
その笑顔だ。その笑顔が好きなんだ。
・・・なんだか恥ずかしいな。
「光」
「ん?」
「さっきから変だと思ってたんだけどさ。光、学校にいるときとなんか違うよね。今は可愛い感じしないもん」
突然の予想外すぎる言葉に、顔が火照ってくる。上手く呂律が回らない。
「な!?か、可愛い・・・!?ま、まぁ・・・学校の時と素の俺が違うのは事実だよ。中学の時には素でやってたんだけど、そしたら頻繁に不良に絡まれた上に学校では問題児扱いされてさ。平和に学校卒業するにはちょっと芝居する必要があった訳よ」
ただ無表情で歩いてただけなのに・・・おかげでいつも微笑みながら歩かなくてはならなくなってしまった。中学の時の知り合いに会ったときは急いで顔を戻していたが、何度か間に合わなかったことがあった。アイツ等から見たら意味不明な微笑みが逆に恐いらしいが。
「不良に絡まれるようなことした覚えないのにってこと?」
「ない。でも目がガンとばしまくってるように見えるらしい」
高校にも何人か知り合いが入学していて、声をかけられたことがあった。だが悪い奴らではなかったので、協力してもらっているのだ。林檎が複雑そうに苦笑いしているのを見て、ぎこちなくではあるが、なんとか学校のキャラとしての笑顔を作ってみた。
「今の学校の俺からじゃ想像もつかないけどな」
すると、思いがけない返答が来た。
「光はいい子だよ」
・・・びっくりした・・・。
なんなんだ?この、小さい子供をあやすような言葉は。
コイツは俺を慰めようとしてるのか?
「こんなに優しく笑えるんだもん。性根は曲がってるかもしれないけど」
・・・違うな。本当にそう思っているんだ。
真っ直ぐに自分に向けられた笑顔には、妙な気遣いなんて一欠片も見当たらなかった。
ほんと、面白いヤツ。
「そりゃどぉも」