16 金髪君行進曲
今回は坂下南の脳内目線からお話が進んでいきますが、一応本編です。
「・・・あぁあ、やっちゃった」
「うるせぇよ・・・」
「このままじゃ明日も口聞いてくれないだろうなぁ〜」
「楽しそうだなおい」
・・・意外だった。
コウちゃんは硬派な一匹狼だと思っていたが、人は見かけによらないものだな。
他人に興味がなさそうな彼が、たった一人の少女に四苦八苦している。
「コウちゃんも一人の人間だったんだな・・・」
「お前はホントになんなんだ・・・」
本気で落ち込み始めたコウちゃんを励まそうと、飲み物を買って近くの公園に入った。
そしてベンチに倒れ込んでしまったコウちゃんの隣に腰掛けると、日除けもないのに手元に影が差した。何事かと顔をあげてみると、ほんの数センチ先に自分を見つめる茶色みがかった瞳があった。
「わぁ!!」
離れてよく見てみると、先程からコウちゃんの隣をウロウロしていた女が仁王立ちで自分の顔を覗き込んでいるではないか。
「な、なんだよ。お前」
「ん〜・・・そうかぁ、確かになぁ・・・」
「何か用かって言ってんだよ!!質問に答えろ!!」
「へぇ、威勢がいいね。イケメン少年」
「なっ、い、イケメン?」
「君のことだよ?何、恥ずかしいの?」
なんなんだこの女は。
何を考えているのか全くわからない。
さっきの感じだとたぶんコウちゃんの同級生とかだろう。だとしたら、「親友」のオレよりもコウちゃんのことに詳しいのかもしれない。そう考えると自然と敵意がわいてきた。
しかし女はにっこりと笑いかけてくる。
「私は松下早恵。君の名前は?」
「さ、坂下南だ」
こちらが名乗ると、女は右手をつきだしてきた。
「よろしく。南君」
握手をしろと言うのか?
なんだ。宣戦布告か?
それとも見下されているのか?
やんのかこのやろう。
一向に握手に応じないこちらをみて、女は右手を引っ込めた。
口をとがらせて残念そうな顔をしたって無駄だぞ!!
「まぁいいけどさ。南君、肴山の友達なんだって?」
「親友だ!!」
「・・・そう。じゃあさ、中学時代の肴山ってどんな感じだった?」
「は?」
中学時代のコウちゃん・・・。
当時は猫のような目をした猫のような少年が、襲ってきた野郎達を次々と潰していると噂で聞いていただけで、顔を合わせたことすらなかった。
卒業の1ヶ月前あたりに「ここらで猫目とかいう奴を狩っとこう」という話になって初めて対面したのだ。
仲間達を五人ほど連れて行ったのだがあっさりと負けてしまい、屈辱感にさいなまれているところに彼が放ったあの一言は今でも忘れはしない。
「あ、靴紐ほどけた」
その時だ。オレがリベンジを誓ったのは。
まぁそれも今となっては親友と出会うためのフラグだったのだと納得してしまうのだが。
もしかしてこの女、オレとコウちゃんが親友になったのが今朝だと聞いてないのか?
「・・・コウちゃんにオレの事何か聞いたか?」
「いや?今日友達と会うって言ってただけだよ。だから君に聞いた方が早いと思ってさ」
友達!!
なんと心に響く言葉なんだ!!
南はうれしさのあまり拳を握りしめて光を振り返った。しかし彼はこちらに気づかず、うなり声をあげてベンチの下を凝視している。どうやら食べ物を求めて近づいてきたハトを威嚇しているようだ。
「こ、コウちゃん?」
「・・・とうとう壊れたか」
壊れただって!?
確かに頭部と右腕がベンチからこぼれ落ちている様はサスペンスドラマの死体さながらである。
ここは公園。純真無垢なよい子たちが集う場所。そこにこんな人間がいれば興味が引かれるのは当然の事だった。
「コウちゃん起きて!!なんかやばいよその格好!!」
何とかまともに座らせようと光の上半身を持ち上げたが、本人にその気はないらしく首がダランと垂れてしまっていた。
「ちょっとぉ!?生きてる?お兄さん生気が感じられないんだけどぉ!!!もしもぉし!!」
こうなったらもうヤケだ。
南は死体の肩を大きく揺さぶったり耳元で叫んだりして蘇生をはかった。
いいかげんではあったが、どうやら効果があったようだ。十数秒後には南の顔面目掛けて右ストレートが飛んできた。急いで避けたつもりだったが、頬骨に少しかすってしまった。
「!!!・・・・・・っぶね!!コウちゃん!?イタいよ!?何で殴ったの!!何で殴られたのオレ!?」
「・・・首痛い」
「だろうねぇ!!」
あんだけやればそりゃ痛いわな。でもあのぐらいやんなきゃ起きなかったのアンタだよ?
光はうつろな目をしていて、首もまだ傾いたままだった。
それでもやっと応答があったので肩を掴んでいた手を退けようとすると何故か左手首をガシッと掴まれてしまった。
「ひっ」
あのうつろな目がこっちを見ている。
光だとわかってはいたが3日ぐらいは寿命が縮んだような気がしてしまった。
よく見れば唇を細かく動かしてなにか言っているようだ。
「ぉ・・・・・・だ・・・」
「・・・え?今、なんて?」
「俺は・・・だ」
「????」
良く聞き取れない。
首を傾げてもう一度聞き返すと、力尽きたのかぐったりと南に体を預ける形になる。
「こ、コウちゃ・・・」
「バカだよなぁ・・・全く・・・」
そう呟いた光は小さくまるまって南の胸に納まっている。
やっぱり小動物みたいだ。「ちゃん」をつけたのは間違いではなかったと改めて思う。別に光が特別小さいわけではないが、南との身長差はまるで兄弟だ。
南は弟を持った気分で光を宥めるように背中をポンポンと叩いた。
「松下・・・」
「ん?」
「おまえに聞くのもあれなんだけどさ、その・・・」
「なにさ」
光は少しだけ顔を上げて女と目を合わせるとゆっくりではあるが起き上がって座り直した。
「林檎は・・・」
「うん?」
「何に対して、キレたんだ・・・?」
「・・・は?」
光の問いかけが予想外だったのか、五回ほどまばたきをした後呆れ顔で長いため息をはいた。
「し、しょうがねぇだろ!!俺はついてくんなって言われた事で頭いっぱいだったんだよ!!」
「そんなん知らないよ。林檎は私置いてっちゃうぐらい頭にくること言われたんだから」
「・・・置いてかれた自覚あったんだな」
「どうしてくれんだよ。帰り道わかんないじゃないか」
この女は仁王立ちが好きなのか。
常に腕を組むか仁王立ちをしているように思う。
コウちゃんは頭を抱えた体勢のままいろいろと思案していて、さっきの鳩が足元に寄ってきても見向きもしなかった。
「そんなんじゃ知恵熱出すぞ肴山」
「何!?熱だって!?コウちゃん、熱出すのか!?」
「知るか!!」
元の調子でツッコミを入れる光だが、その瞳は涙で潤んでしまっている。
そしてグシャグシャと髪をかき回した後、思い詰めた顔をして呟いた。
「やっぱ、バカって言ったから・・・?」
それを聞いて女が再度ため息をついた。
「ただバカって言っただけじゃあんなに怒んないって。言葉だけじゃないんだよ」
「・・・顔背けたのが悪かったのか?」
「はい残念。・・・明日答え合わせしてやる。お布団かぶってよく考えな坊や」
「同級生に坊や呼ばわりされたかねぇよ。・・・でも・・・今日は一人でゆっくり考えたい」
光はそう言って立ち上がり、こちらを向いて苦笑を浮かべた。
「悪いな、南。ゲームはまた今度だ」
「おう・・・家まで送ろうか?」
「俺が地元で迷子になるようなやつに見えるか?」
「そうじゃないけど」
「・・・サンキュ。またな」
「あぁ。また」
だいぶ憔悴しているように見えるが、足取りはしっかりしていたので黙って見送ることにした。
時刻は5時前。
公園で走り回っていた子ども達は母親に手を引かれて帰り始めていた。
「松下・・・だったか?」
南がベンチから呼びかけると、松下はにこやかに近づいてきて隣に腰掛けた。
「もう覚えてくれたの、ありがとう。出来れば早恵って呼んでほしかったけど」
「コウちゃんは名字で呼んでた」
「まぁ、ね・・・学校じゃ違うけど」
「ん?」
「何でもないよ。仲良いんだね、親友って感じするよ」
「ホントか?」
「うん・・・?」
今朝結ばれた友情がもう馴染んでいるようだ。確かにコウちゃんといると落ち着きはないが、安心感がある。まるでずっと一緒にいたかのような、心地の良い感覚。
「フンっ!!親友なんだから、当然と言えば当然だな!!」
「・・・でも性格っていうか、生き方はだいぶ違うようだね」
「ん?なんか言ったか?」
ふるふると横に首を振る松下を見てそうかとすぐに納得して立ち上がる。
「コウちゃんいねぇんじゃここにいたってしょうがねえな。おい、立て。行くぞ」
「え?」
松下は不思議そうに首をひねるが、南は公園の出口に向かって歩き始めていた。
急いで追いかけてきた松下を横目で見ながら歩幅を小さくして問いかけた。
「どの辺だ?」
いまいち言葉の意味が伝わらなかったのか、「何が?」と聞き返されてしまった。
「おまえんちだよ。どこだ?」
そう答えると、松下が嬉しそうに微笑んで南の隣を歩き始めた。
15分程歩き2人が駅付近に到着した頃、松下の携帯電話が持ち主を呼ぶ音がした。松下は「ちょっと失礼」とそれを耳に当てて相手を確認し驚いたように話を聞いていたが、すぐに「え?」と声を上げて立ち止まってしまった。
「林檎が・・・?」
その珍しい名に聞き覚えがあった南は松下の愕然とした表情に言いようのない不安を覚えた。
コウちゃんが必死になって呼び止めようとした少女。会話こそしていないものの、ついさっきまで顔を合わせていた人物。
「さっきの子がどうかしたのか?」
すがるような表情で自分を見上げる松下を見れば、返事を聞かずとも答えは明らかだった。
多分、吉報でないことは確かだ。