テイワズ 9
いゃあ、怒らせちゃいましたね(笑)
真顔で「ついてこないで」って言われちゃったら・・・きっついなぁ(゜Д゜)
そもそも光君はなぜあの場にいたのでしょうか。
それが知りたい方はお次へ+++
( ・∀・)つ
なんだろう。
ものすごく気分が悪い。精神的に。
今光の目の前では即席の腕相撲大会が行われている。
参加者はたった二人。坂下南と氷屋のオヤジ(というほどの歳ではないが)である。
それでも見物客を盛り上げるには事足りたようで、二人が丸椅子の上に腕を乗せただけで光は耳をふさぎたくなるほどだった。
しかし光の不機嫌の原因はそこではない。
俺は南の家に行くはずだった。そのために必死で走る林檎を泣く泣く置いてきたのだ。
なのに南は満足げな顔で氷屋と腕相撲をしている。
この俺を無視して。
何故こうなったんだっけ?
・・・あぁ、そうだ。
バカがバカな事を言い出したからだ。
「ふぅ・・・・・・・・」
これだけ走ればついては来れないだろう。
しかしテイワズの力なのだろうか、明らかに足の速さが増している。しかもほとんど息が上がらないとは・・・。
きっと今朝の怪力もテイワズのせいだろう。でなければ自分より大きな南を殴り飛ばすことなど出来はしない。
さて、南は商店街にいると電話で言っていたが、商店街のどこにいるとは言わなかった。早く探さなければ。
「コォォオ〜〜〜〜〜ちゃぁぁあ〜〜〜〜〜ん!!!!」
「・・・」
この声は・・・。
「南、ウルサイ。恥ずかしいから手を振るな」
「いゃあ、遅いから心配したぞ?」
「それは・・・悪かった」
「ま、何はともあれ、無事合流出来たんだ!!早速家に・・・と言いたいところなんだがコウちゃん」
「・・・なんだよ?」
突如顔を近づけて真剣な眼差しを向ける南に多少の鬱陶しさを感じながらも、彼の言葉に耳を貸す。
「男には戦わなければならない時があるとは思わないか?」
「・・・」
コイツの意味不明さは持病なんだろうか。
もう呆れて声も出ない。
その様子を見てか、南が慌てて説明した内容はこうだ。
今まで、自分の自慢は並外れた力の強さだった。それがつい最近崩れ去ってしまったのだ。
それは一週間ほど前。商店街をぶらついているときだった。
何気なく目をやった掲示板に貼られていたのは毎年恒例の力自慢大会の結果表だ。今年の種目は腕相撲だったらしい。
一緒にいた仲間たちが「坂下さんなら一位の奴でも秒殺でしょうね!!」と言うので「当たり前だ!!殺ってみようじゃないか!!」とノリノリで一位の奴がいるという氷屋に向かった。
するとどうだ。秒殺されたのは自分の方ではないか。油断していたとはいえ、力の差は歴然だった。
もちろんこの竹蔵という男は力が強いというだけで、喧嘩なら負けない自信がある。それでも自慢していたモノが他人より劣っていると思うと悔しくてならなかった。
「だからこそ!!あれから毎日通いつめて何度も勝負を挑んでいるのだ!!」
話しているうちに熱を上げたのか、終いには拳を突き上げて天に向かって叫んだ。
「・・・それで?」
「へ?」
「なんで今その話をしたんだ」
「え、だから、今からその竹蔵のとこに行くんだよ?」
南は行き場をなくした拳を揺らしながら「何当たり前のこと聞いてんの?」とでも言いたげな顔をしている。
は?ふざけんなよ。
何のために走ってきたと思ってるんだ。
「・・・俺が来るまでにやっとかなかったのは何でだ」
「いゃあ、オレにも色々と用事があるんだよぉ」
よし、帰ろう。
光はクルリと向きを変え、家に向かって歩き出した。
「えぇ!?待って!!ちょっと待って!!すぐ終わるから!!終わらせるからぁ!!」
で、
こうなった。
「すぐって・・・いつだ?」
もうすでに3分はたっている。よくこんなに続けてられるな。
だが先程の説明で秒殺と言っていたのを考えると随分成長したようだ。
「こっのぉぉおぉぉぉ・・・」
「最初よりはいい感じだな、坊主。だがそんなんじゃ勝てねぇぞっと」
氷屋がより一層力を込めると、呆気なく決着がついてしまった。
すると周りの歓声がピークに達し、それに比例して光の苛立ちも確かなものになっていく。
「なんだよぉ。今日こそはと思ってたのにぃ!!」
お前はガキか。
まるでおやつ禁止を言い渡された子供のようだ。
「悔しかったら特訓でもしてくるんだな!!」
「そうなんだよな・・・だから今朝ちょっとした特訓をと思ってある人に喧嘩売ったら吹っ飛ばされちゃうし・・・」
「・・・は?」
それは今朝の待ち伏せのことか?
あれはこの腕相撲のためにしたことだったのか?
冗談だろ?
「ちょっとまて。お前今特訓って言ったか?」
「へ?あ、いやぁ・・・あははは」
南は光が真後ろに立っていることにたった今気づいたようで、ハッと息をのんだ後苦笑いを浮かべた。
まさか・・・。
「そのちょっとした特訓とやらのために俺は遅刻させられたのか?」
元々気分が優れなかった所為もあり、苛立ちから徐々に声量が大きくなる。
周囲のざわめきも、もう気にならなくなっていた。
「いや!!そんなまさか!!だから、その・・・ねえ?」
「・・・」
光は自分の中で何かのスイッチが切り替わったのを感じた。
「違うんだよ!!まさかコウちゃんがこんなにいい子だとは思いもしなくって!!」
「・・・へぇ」
俺が、いい子・・・ねぇ?
面白い事を言うじゃないか。
では御期待に沿って、声を荒げるなんて子供じみた真似はよそう。
優しく、あくまでも穏便に。
光は苛立ちが限界まで達するとそれ以上のストレスを受けないように、その状況を楽しもうとしてしまう。
もちろん、無自覚だが。
それは今回も例外ではなく、どうやって目の前の奴を遊んでやろうかとほくそ笑んだのだった。
「じゃぁ、俺がいい子に育っててよかったなぁ?もし悪い子に育ってたら・・・いやぁ、アブナイアブナイ」
「ご、ごめ・・・なさ・・・」
足元で恐怖にわななき目に涙を浮かべる南を見て高揚感に包まれた光は、さらに距離をつめて言葉を重ねる。
「ん〜?どうして謝るの、南君?」
南は助けを求めるように辺りを見渡した。
無駄だ。たとえ誰かに咎められようと、耳を貸すつもりはない。
しかし想定外というものは常に存在するもので、何者かがこの遊戯を邪魔立てするように人混みから飛び出した。
そんな事知るものかと無視を決め込んだ光だったが、その者の声を聞いてハッと我に返った。
「ひ・・・光!!」
「・・・林檎・・・?なんでここに・・・」
・・・そうか。
この商店街は高校から林檎の自宅までの道のりのちょうど中間地点だ。
俺を見失って時間に余裕ができたから遊びにでも寄ったのだろう。
「あ、あれで撒けるとでも思った?ずぅっとつけてたんだから!!」
・・・・・・・・・・・・・。
いや、追いつけてなかったし。
超動揺してんじゃん。
後ろに控える松下も驚きを隠そうともせずに林檎を見つめていた。
南に至ってはまだ恐怖感が抜けないようで、しゃがみ込んだまま林檎と光を交互に見上げている。
せっかく二人が接触するのを避けるために撒いたというのに・・・。
南のことだ。俺の周りに女がいるというだけで質問の嵐だろう。よくわからないが、奴の中の危険物ランキングでは学校の次に女がランクインしているらしいのだ。
俺の苦労を無駄にしやがって・・・。
「・・・何?そんな暇なの?君たち」
「ひ、光がお友達いじめてるから止めに来たんだよ!!」
「・・・いじめてねぇよ」
「ハタから見りゃいじめてるように見えるのさ」
いや、いじめたけど。
それでも悪いのは俺じゃないはずだ。
「今の聞いてた?今日遅刻したのこいつのせいなんだぞ?」
「だからゴメンってば!!」
なんだその言い方は?
ひざまづいて言えクソガキ。
と言おうとしたが、正気に戻った光には羞恥というものが存在しているので何とかとどまることができた。
とりあえず場所を変えなければ。人の多い商店街では学校に噂が届いてしまう可能性がある。
そこで光は南の胸倉をつかみ、人の少ない場所を求めて歩き出す。南は何の抵抗もしなかったが、一度だけ鼻をすする音を聞いた気がした。
しばらく歩くと、商店街の入り口あたりにある公園が目に入った。確かあそこには公衆トイレがあったはず。
よぉし、説教タイムだ。
光がトイレに向けて歩幅を広げると、不安そうな顔をした林檎が追いついてきた。
「ねぇ光、かわいそうだよ。制服も伸びちゃうし・・・」
「知ってる」
どうせめったに登校などしないのだから気にする必要はないだろう。
その時南が何故か体勢を低くしたので様子をうかがうと、大きい両の手で顔を押さえて指の隙間からこちらを見つめていた。
「コウちゃん・・・どこまで行くんだよ・・・なんかいやんなってきた・・・女2人に見られてるよ、恥ずかしいよ!?」
「わぁかったっての!!デカいのが両手で顔隠してる方が恥ずかしいんだよ!!普通に歩けバカ!!」
こいつは本当に同い年か?
みっともない奴だ。
仮にも自分の「親友」だと思うと一緒にいるこちらが恥ずかしくなってくる。
しかし南は光の言葉にに何やら不満があったようで、少しだけ手をずらして言い返してきた。
「今バカって言った!?引きずられてちゃんと歩けるわけないだろ!?コウちゃんのがバ―――――――――」
・・・・・・・・・バ?
それを聞いたとたん、光は殺意が芽生えてバッと後ろに振り向いた。そして目だけを動かして脅すように睨みつけると、南の体がその場に凍り付いたようだった。光はここが商店街だという事も忘れ、本能のままに怒りを体外へと流出させていた。
しかしそれもすぐに止むことになる。何故なら、またも林檎が飛び出してきたから。だが一つ先程と違うのは、左腕に妙な重圧感があることだった。
「待って!!ストップ!!タンマ!!」
どうやら林檎が何とかして光を止めようとしているらしく、きつく左腕に巻きついてこちらを見上げているようだった。
その密着具合は光にとってある意味でのトラウマである。例によって光の思考は停止状態となり、自然と林檎を見つめる形になる。
そして林檎が潤んだ瞳で覗き込むようにして再び口を開くとこう言った。
「ちゃんとお話、しよ?ね?」
その瞬間、鼻の奥から熱くこみ上げるものを感じた光は南を掴んでいた手で顔を(鼻を中心に)覆った。それと同時に林檎から顔を背け下を向いたが、予想していた事態にはならなかった。向いた先には松下が腕を組んで立っており、目が合ったとたんに吹き出す素振りを見せたために一瞬の苛立ちを覚えたが、まだ発作の余韻が残っていた光はそれどころではなかった。
「え?コウちゃん?」
「光?」
後ろから聞こえる二人の声は自分を心配している様に聞こえたが、確実に赤く染まっているであろう今の顔を見せるわけにはいかない。かと言って声を出すこともできそうになかった。
仕方なくニヤついた松下を睨みつけながら呼吸を整えていると、柔らかい何かを押しつけられていた左腕が解放されたのを感じた。
すると目の前に今にも泣き出しそうな顔の林檎が現れ、グイと近づいてきたではないか。
「ひ、光!?どうしたの?苦しいの????」
「わっ!!バカ、くんな!!」
突然の出来事に心臓が跳ね上がり、思わず顔を背けてしまった。
またやってしまった。
土曜日の朝に渚から言われたことも忘れてまたこんなことを・・・。
すぐに誤解だと伝えなければ、この間のように泣かせてしまうかもしれない。
そう思った光は急いで林檎を振り返った。すると林檎の顔に涙はないが、代わりに咎めるような視線が向けられていた。
それは呆れたような、苛立っているような。そんな面持ちに見えた。
つまり、怒らせたのだ。