テイワズ8
嵐が来ます(笑)
光はツンデレコールから逃げるように教室に戻り、荷物を持って下駄箱に向かった。
他の学年と帰りが重なったようでだいぶ混雑しているようだ。
この時間はいつもこうだが、今日は少しもどかしい。
「あれ・・・?」
なんだかふらついてきた。そんなに走った覚えはないのだが・・・。
なんとか靴を履き替えて傘立てに手をついてしゃがみ込んだ。
「やっぱり、昼休みのアレは・・・」
昼休み、教師達を騒がせた体育館裏事件。ホームルームでは「不審者が入った可能性がある」として、今日の部活動は日が落ちる前に終了させると言っていた。
もちろん、不審者など入ってはいない。
体育館裏の桜の樹を真っ二つに折ったのは、誰あろう光自身なのだ。
人間の力で出来るものではない。あらゆる可能性を考えたが、一つしか浮かばなかった。
「テイワズ・・・戦いのルーン」
光の持つテイワズは、戦いを意味するルーンだ。
もしテイワズの力を使えるようになったのだとしたら、怒りにまかせて暴れたあの時、知らないうちに使ってしまった可能性が高い。
まだどんな能力があるのかすら知らないのだ。気をつけなければ、周りの人間に知られてしまうかもしれない。
「やば・・・エネルギーが・・・」
とりあえずここを動かなければ、先程からこちらを見ている2年の女子達に保健室に連れて行かれそうだ。
「光!?どうしたの!?」
「林檎・・・」
ナイスタイミング!!
「ちょっとこっちこい!!」
「え!?何!?」
少し強引だが、背に腹は代えられない。
腕を引いて校庭から死角になる木の影に走った。
「はぁ、はぁ・・・林檎、エネルギー切れだ・・・くれ」
「え?もう?」
「使っちまったみたいなんだよ」
「そ、そっか。いいよ」
その言葉を聞いて既に頭の回らなくなっていた光は、林檎の首筋に喰らいついた。
「ん!!!ひ、光・・・あぁぁ」
「ん・・・」
まるで腹が満たされるように、体中にエネルギーが満ちていく。
やっと脳が正常に戻った光は、林檎の体から段々と力が抜けていくのがわかった。一旦口を離し林檎が倒れないように抱き留めたが、すぐに自力で立てるようになったようだ。
「悪い!!一気に吸いすぎたな」
「大丈夫大丈夫・・・続けていいよ」
林檎の顔は真っ赤になっていた。だが、やはりまだ充分には吸えていない。
「いいのか?」
「うん」
「・・・もらうぞ」
今度はゆっくりと吸っていく。
「うぅ・・・」
おとなしく動かないように耐えている様はとても健気だ。どうしてもこういう姿を見ているとうずうずしてくる。
光は我慢できずに、林檎の腰に腕を回そうとした。
・・・が。
突然誰かが雄叫びをあげて突進してきた。
「てめぇかぁぁあああ!!!!!!!!!」
「!?」
「きゃ!?」
しかし、奇襲など何度も経験している光は林檎共々あっさりとかわしてしまい、当の本人はそのまま真っ直ぐに転がっていった。しばらく頭を抱えてウンウン唸っていたが、二人が自分を見ていることに気がついてパッと立ち上がった。
上級生だろうか。細身の派手な服装をした男子生徒だ。鼻を鳴らしてこちらを睨んでいるが、いまいち迫力に欠ける奴だ。
男子生徒は腕を組むと、ポーズを決めてこう言った。
「フッ。少しはできるようだな」
・・・・・・・・・・・・は?
「ちょっと柚樹!!」
男子生徒の正体を確認して林檎が叫んだ。
柚樹・・・?知り合いか?
「林檎!!コイツだな?お前をたぶらかしている小童は!!」
たぶらかす?
何のことだ???
てか小童って・・・俺か?
「だから!!違うって言ってるでしょ!!光はクラスメイトの男の子で、席が隣だから仲良くなったの!!なんか文句ある?」
「ある!!見てたんだからな!!林檎が襲われてるところを!!現行犯だ!!」
襲ってないし。
いや、手を出しかけたのは認めるが。
というか誰なんだアンタ。
「名を名乗れぃ!!ここでたたっ切ってやる!!!!」
「・・・肴山・・・光」
「・・・意外と素直なんだな」
「はぁ・・・どうも」
「だがしかぁし!!そんなことで認める程甘くはないぞ小童ぁ!!!」
「柚樹、うるさいってば・・・ていうか、どうしてまだ帰ってなかったの?」
林檎がため息と共にあきれ声を吐き出すと、ショックを隠しきれないと言わんばかりの表情を浮かべた。
「朝学校に着いてから言ったじゃん!!放課後は迎えに行くから教室にいてって。なのに林檎いないから探し回ってたらこの人に引っ張られて走ってるのが窓から見えたの!!」
「そんなこと言ってたっけ?」
「言ったもん!!全く覚えてなかったんだね!!」
マズい。このままでは南を待たせてしまう。
どうにかして話を切り上げなければ。
「あの・・・林檎――――――」
「僕の林檎を呼び捨てにするとは!!なんて図々しいヤツなんだ!!」
「柚樹のモノになった覚えないんだけど?」
「僕の」だって?????
イイ度胸じゃねぇか。
「えぇい!!正々堂々と勝負だ小童!!」
「お兄ちゃん!!!!!!!」
二度目の突進をしようと身構えた柚樹を見て、とうとう林檎のナニかがキレた。
相当頭に血がのぼっているのか、柚樹の耳元で林檎が叫んだ。
しかし光はそのことよりも、口にした言葉の方がが気になった。
今「お兄ちゃん」って言った?
「は、はい・・・?」
「失礼にも程があるでしょうが!!!そんなに歳も変わらないくせに小童呼ばわりして!!!なんにも悪いことしてないのにいきなり暴力振るうなんて!!!謝りなさい!!!!!」
「ご、めん・・・なさい」
いや、むしろ怪我をしたのはその人なんだけど。
林檎に一喝されて一瞬で小さくなってしまったその人は、涙目になって震えている。
「ふぅ・・・ゴメンね、うるさくしちゃって」
「あ、いや・・・えっと・・・お兄さん?」
「君にお兄さんと呼ばれる筋合いはない!!!」
「・・・」
「ごめんね!!!黙ってるから!!そんな目で見ないで!!!」
「・・・そう。水野柚樹、私の兄です。ちょっとシスコンの傾向があって、面倒な人だけどよろしく」
見たまんまだ。
柚樹はまだ反論し足りないようだが、また怒られるのが怖いのか動けずにいるようだ。
なんだか可哀想になってきた。
「い、妹思いのお兄さんなんだな」
いたたまれなくなってそう言うと、柚樹が予想外な反応をした。
瞳を涙できらめかせてこちらを見てきたのだ。しかしそれでも声だけは出したくないらしく、激しく首を上下に振り出した。
だが林檎は意図して放置した。
「ほら光。人待たせてるんでしょ?」
「あ、うん。・・・じゃあ、またな・・・。お兄さん、ちゃんとご挨拶出来なくてすみません。失礼します・・・」
「あ。いえ、こちらこそ」
こちらが礼をしたのを見て丁寧に返してくれたのだが、柚樹は元々正座をしていたので土下座の様になってしまった。
何故だろう。この人といると自分が悪いような気がしてくる。
光が立ち去る間にも、林檎が説教を始めていた。なるべく早く歩いてその場を離れたが、柚樹を助けるべきだったのかもしれない。何を隠そう、林檎の兄なのだ。仲良がいいにこしたことはない。
しかし今回ばかりは仕方がない。今柚樹をかばっても林檎に疎まれるだけだ。本末転倒ってやつだな。
校庭にはまだたくさんの生徒が歩いていた。
大声で騒ぎながら集団で帰る生徒や、本を片手にゆっくりと歩く生徒。おしゃべりに夢中になっている女子。
その中で、なぜかカバンを2つ持っている女生徒がいた。女生徒はこちらに気がつくとスタスタと近づいてくる。
「松下?」
「話は終わった?」
「え?話・・・?」
まさか、また最初から見られていたのだろうか。だとしたらまずい。はたから見れば隠れて変なことをしているようにしか見えなかっただろう。
「さっき金メッシュ入れた常人らしからぬ人がそっちに飛び込んでいっただろ?」
「・・・」
「あんたがあの人と対面して何も起こらないはずがないからね。少しくらいは話したんだろ」
「・・・転がってきて凄んで怒られた」
「???」
この説明でわかるはずもないが、詳しく言う気にもなれなかった。どうせ林檎から愚痴という形で聞くだろうから言う必要もなさそうだが。
話を変えるために先程から気になっていたカバンに目を向けた。すると視線に気がついたようで、こうなった経緯を話し始めた。
「急がなきゃ光行っちゃうよ!!見失っちゃう!!」
「私まだ荷物まとめてないから先行って。電話するから」
「う〜ん・・・わかった。すぐ来てよ!!」
そう言って林檎が教室を出て行ってから5分後。
靴を履き替えて校舎から出ると、どこからか自分を呼ぶ声がする。
「さぁ〜〜〜〜〜え〜〜〜〜〜ちゃぁ〜〜〜〜ん!!!!パ〜〜〜〜〜〜〜ス!!!!」
ようやく声の主を認識した瞬間、目の前にはショルダーバッグが迫っていた。
なんとかそれを掴むと、走り去る金メッシュが視界に入る。
「柚樹先輩・・・・!?」
「ゴメンね!!戦いに行かなきゃならないから預かってて!!!」
「え!?ちょっ―――――」
呼び止める隙さえ与えず、彼は校庭から校舎裏へとつながる道にある木の一つに向かって飛び込んでいった。そのとたん、小さな悲鳴と「何か」が地面を転がる音がした。
どうやら誰かいるようだ。
目を凝らして見てみると、2人の男女が立っているように見える。後ろ姿ではあるが、確かに林檎と肴山だ。
まだ学校にいたとは・・・とりあえず電話をする必要はなくなった。
「戦い・・・ねぇ?」
何をしに行ったのかは明白だ。愛しの妹が見知らぬ男と二人きりなのだから。たとえ肴山が何もしていなくとも、彼にとっては一緒にいるだけで罪なのだ。
見たところ乱闘になっているわけではなさそうなので、終わるまで待つことにした。
「・・・・・・・と、こういうわけです」
「・・・そうか。じゃあ今度は何故俺を見失ってはいけなかったのかを教えてもらおうか」
「えぇ〜。林檎に聞けよぉ〜」
「いやそうな顔しても無駄だぞ」
どうやら中学生時代の友達だという電話の主に興味が湧き、後をつけようとしていたらしい。
確かに初めて会ったのは中学の時だが、実際に知り合ったのは今朝である。
「何?暇なの?」
「本屋に行くのを諦めただけさ」
「・・・そう」
要するに暇なんじゃないか。
「はぁ・・・・。じゃあ林檎が戻ってくる前に行かなきゃな」
「なんで?会わせたくないの?」
「とっっっっても面倒くさいヤツだから。林檎に会わせるくらいなら全力で逃げる。というわけで俺は行く」
「じゃあ私は林檎と一緒に後から行くよ」
「俺の話し聞いてた?」
「行かないなんて言ってないだろう?」
そう言ってヤツはニタリと笑う。
というか、尾行宣言なんてしてもいいのだろうか?
I love 妹。
そんな柚樹さんが恋人とうまくいく秘訣ってなんなんでしょうね(--;)
きっと彼には女顔の敵兵にお姫様がさらわれていくような心境だったことでしょう。