ハリルさん
ようやくちゃんと他のキャラが出てきました。
強張った体をほぐすように少し深呼吸すると、視野が広がる。
(ここは、民家?)
あるもので私が分かるのは、まずはベット。部屋の広さは学校の教室より少し狭いくらいだが暮らす分には十分な広さだと分かるり、私の使っているベットは丁度部屋の端っこに位置していた。
(あれは、机だよね?え?机?)
私は信じられないものを見た気がした。机というのは食器とか、本とか、いろんなものを置ける台のことだ。そして机には絶対に必要な要素が二つある。一つ目は板の部分。モノを置くのだからこれは当然だろう。そしてもう一つ、当然なくてはいけないのは「足」だ。
足が無ければそれは床に置いていることと変わらない。板を床より上で支えることが出来ないはずなのだ。
だというのに、なのに、
「浮いて・・・いる?」
部屋の真ん中に位置している机、らしきものは確かに床より高いところに位置している。なのに、にもかかわらず、足がどこにも見当たらないのだ。
「どうしたんですか?」
「あれ・・・浮いてる・・・」
普段の私だったら、いきなり知らない人と何て絶対に話せないだろう。けれど、あの机の異常さは私のあかない口を易々と開け放った。
女性は私の視線の先に目を向ける。そして
「浮いてるって、どれでしょう?」
「いや、だって、机・・・」
女性は本気で私が何に驚いているのか分からない表情をしていた。
「机って・・・なんか変なものまで干渉しちゃってます?」
「かんしょう?」
女性は机の方へ慣れた足取りで近づいていく。あんな不自然な存在にまるで生活の一部とでも言うように。
机の前で女性はあちこちを見ていたが、結局
「普通ですよ?」
「普通って・・・」
あれ?普通の机って浮いてた?ていうかこの世のもので浮くものなんてあったっけ?
「あ!」
ある。
浮いているものが、確かにあった。
リニアモーターカーだ。
磁石の力でなんちゃららってやつだ。その磁力やらなんやらがあの机を支えているの違いない。
「大丈夫ですか?」
なんだか目の前の女性を本気で心配させてしまっている気もするが、これでわかった。あれは足が無いことで足の小指をぶつける心配のない最新機能の机なのだ。いつの間に一体どこで売られていたのかは知らないが、そういうことで完全に納得した。
「まだ気が動転してるのかもしれませんね。まあ、なんたって、あの人が連れてきたんだもの。色々あるんでしょうね。」
女性は私を気遣ってくれたらしく、ベットの横の棚に手を伸ばす。
そして棚の戸を開けるのかと思いきや、
フッ
と、戸の部分が消失した。
・・・・・・え?
「お水でも飲めば落ち着きますよ。」
私を落ち着かせるための善意なのだろうが、その行動の方が私をパニックにさせている。
え?今、戸が、消えませんでした?気のせい?
何事もなかったように女性は棚からコップを一つ取ると、
「どうぞ。」
何も継がずに私に差し出した。
いや、水も何も入ってないんですけど。
ブラックジョークか何かだろうか?
そんなことを本気で予想した瞬間、
ブワッ
「⁉」
突如としてコップに水が満ちているではないか。
いやいやいやいや!
これは一体どういう手品なんだろうか。机ならまだ理解はできた。でも、でもこれは・・・
「あの、すみません。これ・・・どういった手品なんですか?」
「手品?」
「コップに、ついでもいないのに水が。」
「水用のコップだからだけど・・・ああ、お茶の方がよかった?」
そういって今度は別のコップを、またもや棚の戸を消し去りつつ取ろうとしていた。
「すみません。これって夢ですか?」
「ええ?どういった質問なんですか?それ。」
女性は本気で意味不明みたいな顔をしていたけれど、私は全てが意味不明なのだ。許してほしいです。
なんなんだろう。ここは。
幻想じみたことが度々起こっていて、いつまでたっても状況の把握が出来ない。そもそもここはどこで、私はなんでこんなところにいて、この女性は何者なのだろうか?
(これは、勇気出して、一つ一つ確かめるしかないよね・・・)
いかんせん凛奈たちとばかり話していて友達なんて二人しかいなかったものだったから、知らない人と話す経験がほぼなかった。それ故に上手くしゃべれるか不安だったが、もうこれはやるしかない。やるしかないのだ。
「あ、あの・・・」
「はい?」
「私、今更なんですけど、徳衛 来香って言います。」
「ああ、自己紹介忘れてました。私はツグハ・リルレン。気軽にハリルと呼んでいただいていですよ。エイラさん。」
「はい、は?エイラ?」
「トクエイ・ライカさんの方がよかったですか?」
「あ、お好きな感じでいいです。」
「では、エイラさんで。私のことも是非ハリルって読んでくださいね。」
なんでエイラなのだろうか?凛奈とかはリンちゃんって呼ばれていたのだから私もライちゃんとかでいいのに。
少し引っかかる気もしたがまあいい。重要なのは今がどういう状況なのかってことだ。
「あの。ハリルさん。」
「はい。」
ハリルは少し嬉しそうに微笑んでくれた。
(すごく優しそうな人だな。)
物腰が落ち着いているとは思っていたが、改めて近くで顔を見てみるとしっかりと整った顔をしているうえになんというか肌が綺麗だった。
正直良いなぁって思う。断じて嫉妬ではない、と思いたいが、うらやましい・・・。
けれど、この人は安心して話せる、と思った。こんなことを知らない人にわずか数分くらい話しただけで思えたのは初めてかもしれない。
「ここは、どこなんですか?私、ここに来たときの記憶が無くて。」
ハリルは少し納得したようにうなずいた。
「そうでしたね。そういえばエイラさんはここに連れてこられた時、気を失ってましたものね。」
「はい。何で気を失ったのかも分からなくて。」
「それは木箱に頭突きをかましたからだと聞きましたよ?」
「・・・え?」
それって、つまり・・・
「あの・・・つかぬことを、お聞きしますが、私、裸でした?」
一気に顔が引きつっていくのが分かる。
え?まじ?
気にしてなかったけど、というか忘れようとしてたことだけど、裸を見られた記憶って本当にあったことだったってこと?
それは・・・まじ?
祈るように私が着用している服に目を向ける。するとそこにあったのは私の見知ったパジャマ、とは一ミリも似ていない代物だった。
むしろハリルさんの着ている服と同じ柄。それどころかぶかぶかであることを鑑みるにこの服はおそらくハリルさんのものに違いない。
いや・・・まじか~。
ハリルさんは少し言いずらそうな顔をした後に苦笑いを浮かべながら言った。
「素っ裸で、運ばれてきました。」
「うわぁ・・・・・」
あんまりだ。
あんまりだぁぁぁ。
私は思わず頭を抱えた。そこで更なる恐ろしい想像が頭上に舞い降りる。
「あの、そういえば、私を運んでくれたのは、ハリルさんですか?」
ハリルは首を振る。
「いいえ、私はここに住んでいるだけでエイラさんのいた所にはいませんでしたよ。」
「えっと、じゃあ、あの、誰が?」
「バークさんですね。」
「バークって、もしかして、若い・・・」
「はい。大体24歳くらいの男の子ですよ。」
予想的中である。
「う・・・」
「大丈夫ですか⁉」
思わす頭がくらくらした。
ハリルが私の不調に驚いていたが、私はそんなことに気をまわしている場合ではなかった。
よもや、よもやよもや、あの時木箱の上から覗いていた青年にこんなところまで運ばれてきてしまったとは。
恥ずかしい。恥ずかしすぎる。
「一応その時エイラさんは気を失っておりましたし、ある意味でお医者さんに体を見られるのと同じように、別に恥ずかしがることではないのでしょうか?」
「む、無理です・・・。そんな簡単に、割り切れません・・・」
そのバークとやらが実存しているということは、また会うことがあるということだ。もし買い物だとか、学校の登下校だとかの時に鉢合わせでもしたら私は居たたまれなすぎて爆発してしまう。
もうとにかく早く家に帰りたい気分だった。
ハリルの本名はツグハ・リルレンです。