現実?
やっと別の人出てくる。
この声はどちらの声であったのだろうか?私も言ったような気もするし、向こうが言ったような気もしなくもない。もしかしたらお互いに行っていたのかもしれない。
とにかく、木箱は私が立っていられたほどに大きかったので上から見下ろす青年と地べたに座っている私とではなかなか距離があり、なんだか井戸から見下ろされているような錯覚すら覚える。そしてこの状況がなんとも奇妙であることは間違えない。
「・・・なに、これ?」
私は若干呆れつつつぶやいた。この夢は本当に変な夢なんだなぁと改めて実感したのだ。
すると、今度は青年の方が話しかけてくる。
「服は、いるか?」
「はい?」
突然何を言い出すのだろうか?服なんて、来ているに決まって・・・
「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼」
人生で初めて出したんはないかってくらいの本気の悲鳴を口から噴き出した。
一気に私の頭には爆発するくらいに血が上っていった。
服・・・着てないじゃん!
なぜ気づかなかったのだろう。あの白い空間では確かに着ていた。しっかりと制服かなにかを着用していたはずだ。なのになぜ・・・。
(あの、黒い空間に飲まれたときか・・・)
あの時確かに全身が消えていくような錯覚があった。あの時に服を完全に消失してしまったのだろうか?いやでもなんで、服だけなのだ。それはいったい何の罰ゲームなのだろうか?
「まって。・・・これは、そう、これはおかしいわ。」
「どうした?」
「これは夢、そう。夢なんだ。」
私は全力で頭をまわす。
そもそもこれは夢であって現実ではない。従って私のこの状態は決して恥ずかしいものではないし、おかしいものでもない。大体そもそも私が好きで服を脱いだのではないし、服を溶かされてしまったからなのだし、私はまだセーフ!
青年が何か言った気がするがそれはがん無視した。
「覚めてしまうまでの辛抱なんだから。大丈夫。まだまだ大丈夫。」
そう言いつつ私は体を隠せるように全力で体育座りを行っていた。
「君、面白いな。」
「おも・・・」
面白い・・・?
なにをもってその言葉が出たのかは知らないが、なんだろう。その評価はすごくやめて欲しい。
「なんでこんなところにいるのかね?」
「いや・・・あの・・・」
夢だから、大丈夫なんだよね?
逆に私のこの状態は夢でなかったら改めて最悪であるだろう。
なにせ裸の変態に加えて不法侵入なのだから。
「これには魔装が入っているって話だったんだけど?」
「えっと・・・」
とりあえず必死に体を四肢で隠そうと努力してみる。けれど当然ほとんど丸見えなわけで、しかも夢だとは思えないほどの現実感が余計に私の羞恥心を掻き立てる。
「うーん、まいったね。」
「そうですね。」
青年はおそらく私が彼の質問に全く答えられないから困り果てているようだったが、私はこの状況のすべてに困り果てているのだ。許してほしい。
何が起きてるのか分からないから、もう夢ってことで全て納得してくれないかな?
「あの・・・」
「ん?」
青年と遠巻きながら目が合う。一気に私のコミュ障が発動して口を開くのが猛烈に恐ろしくなったが、羞恥心をばねに何とか口を開く。
「ここは、その、ゆ・・・」
「ゆ?」
「ゆ・・・夢の中、だったり、しませんでしょうか?」
言った直後、私は悟った。
あ、これ、完全に頭のおかしい子だ。
すると当然のごとく青年は唖然とした。
「あははは!それは厳しすぎるよ!」
「ですよね・・・」
私はきっと頭自体がおかしかったのだろう。無口なのもきっとそのせいだ。
一人勝手に泣きたくなっていると、青年の方は思いもよらないことを言ってきた。
「とりあえずこの中に入っていいかい?」
「・・・は?」
何を言っているんだ。この男は。
何をどう考えたらこんなあり得ない状況を作り出した木箱の中に入るという発想になるのか。
「やめて。」
当然、私は全力で拒否。
「でもこのままってわけにもいかんだろ?」
それは、全力で同意する。確かにこのままなのは最悪だ。お願いだからこんな悪夢ははやく覚めて欲しい。でも、先ほどから一向に夢から覚めないのはなぜだろう?普通、これだけ精神的にショックを受けていたらどんなに深い夢でも目が覚めるだろうに。
とにかくなかなか夢から覚めてくれないなら、最もこのままにしておきたくないことは一つしかない。決して話がしにくいとか、離れていて顔がよく見えないとか、そんなどうでもいいことではない。
「あの・・・」
本当はもうなにも話したくない・・・というかいろんな意味で早くこの世界から消えたかったが、今はぐっとがまんして、
「うん?」
「ふ、」
「ふ?」
「ふ、服を・・・くれないでしょうか・・・?」
服。
とにかく一枚でいいから私の見た目をせめて対人モデルに変更させて欲しいのだ。そうでないと、いくら夢とはいえさすがに恥ずかしすぎる。夢だからって何をしてもいいわけではない。私は今日からそう信じて生きていく。だから服が欲しい。
青年はぶふっと噴き出した。
「あはははは、だよね。それはそうだ。今から持って来るから、くれぐれも、じっとしていて。」
そう言って青年はヒョイと木箱の上から顔をひっこめた。
青年がいなくなると、また人々の喧騒だけが聞こえてくるだけの孤独な空間にもどった。
だからだろうか、いつもよりも明らかに自分のテンションが高くなっているのが分かった。
「・・・これはまずい。」
私は覚醒した。
というか冷静に自分の恥ずかしさを思い知る。
「まずい、まずい、まずい!」
あまりの出来事に多少パニックになっているのが分かるが、もう夢で済ませていい状態ではないのだと確信した。
「なにがまずいかって、私の羞恥心がまずい!」
たとえこれが夢であったとしても、素っ裸で箱の中に納められ、更には男の人にあんなにもジロジロと見られていたのでは理性の前に本能が耐えられなかった。
裸を隠したところでこの夢は覚めて、全て忘れる。そうであったとしても、たとえなかったことに出来たのだとしても、こんなの恥ずかしくて仕方がない。というか、ここまで鮮明に恥ずかしかったのだ。もし夢から覚めることが出来たとしても顔を真っ赤にする自信があった。
しかも腹の立つことに、私の体に見てみると夢によるご都合補正など一切かかっておらず、まさしく私の体であった。つまり今の状況は見知らぬ男性(同年代)に現実の私の素っ裸をまざまざと見せつけていたことになるのだ。
「うぎゃあああ・・・・」
思わず頭を抱えた。
こんなことってある?
何が悲しくてこんな木箱の中で裸を見せつけなくてはいけないというのだ。
「いやだぁぁ・・・」
嫌だああああああ!
まるで追い込みをかけるかのように先ほどの男の声が蘇る。
『君、面白いな。』
「うわぁ・・・」
完全に痴女扱いの言葉だ。
よもや私の人生にこんな展開が待っていたなんて全く予想していなかった。たとえ好きな人が出来たとしてその人とにゃほにゃほするとしたって最初は絶対に暗い中でしたいと思っていたし、そんな展開が訪れないのならこの裸はせめて墓場まで持っていきたかった。
もうとにかく恥ずかしさで死にそうだった。
いやいっそ死んでしまおうか?
だって最初からそういう話だったはずだ。
勝手に覚めないならこっちから覚めに行ってやればいいのだ。
「大丈夫。・・・きっと痛くない。・・・だから怖くも、ない。」
私は沸騰した頭で何とか立ち上がる。
そして両手を木箱の壁にそえると、
「こんのぉぉぉ!」
というよくわからない掛け声と共に大きく頭を振りかぶり、
ドゴン
と、額からぶつけてみた。
「ご・・・」
痛い、とは感じなかった。というよりも頭が揺れる、気持ちの悪いような感覚が全身に響き渡ったと思うと、そのまま視界が真っ暗に閉じていったのだった。
ああ、これでようやく夢から覚められる。
そう思ったとき、ふとした不安がよぎった。
(夢じゃなかったらどうしよう・・・)
もしこれで夢から覚めていなかったらって?
(泣くかな・・・)
いろいろな意味で泣いてしまうだろう。
夢でないのだとしたら、せめて今しがた味わった羞恥の記憶だけでも消し飛ばしてはくれないだろうか?いやほんと、心からお願いしたいものである。
最後の最後に床に倒れたような感覚があった気もしなくはないが、今度こそ私は意識を手放した。
はわわわー