徳衛来香という女
誰でもこんな気持ち抱くときありますよね。
そんなこと思いながら書いてました。
「死にたい」
と彼女が言った。
じゃあ、死ねば?
そう言ってあげれば、そう答えてあげれば、
彼女は死ぬのだろうか?
なんで生きているのかも、君は知らないのに。
なんで死にたいのかも、俺は知らないのに。
ただ、率直に、端的に、簡単に、純粋に思うのは、
「傲慢だ。」
「来香もそう思うよね?」
ふいに目の前の少女が言葉を投げつけた。
「・・・。」
どう答えていいのかも分からず無意味な沈黙を流していると、彼女は怒気を含めて声を放つ。
「だぁから!来香だって着るならこっちの方がいいでしょ?」
ばさっと少し乱暴に私の前に突き出されたそれは、薄く青みがかったワンピースだ。肩から腰にかけてオーロラのように重なるフリルが、シンプルな色合いを煌びやかな印象へと変貌させていた。
「私は、・・・そうだね。凛奈の言う通りだと思う。」
「ほらね!」
私はそのように言いつつ、こっそり視線をもう一つの服へ向ける。その服はベージュ色のゆったりとしたシルエットのワンピースだ。煌びやかさは無いが落ち着いていて、唯一のアクセントである腰のリボンにもお淑やかさのようなものを感じられて好感が持てた。彼氏に買ってもらう服を選んでいる凛奈はどうやら気に入らなかったようだが・・・。
そして目の前の彼氏は
「リンちゃん。俺、ワンピースそんなすきじゃないんだよねぇ。」
と、元も子もないことを言い始めると、
「うるせっ」
と凛奈から小突かれている。
「いたいって、リンちゃん・・。」
二人がイチャイチャとしている中、私はひたすらになんでこんなところにいるのか考えていた。
(なんで、こんなところにいるんだろう?)
決して服屋が嫌いなわけではない。
けれど、私には十分に服だってあるし、凛奈に連れて行ってほしそうな素振りも一度も見せたことはない。
ならばなぜここにいるのか。
(なんなの?)
なぞでしかない。それどころか、彼氏のいない、いたことすらない私には、凛奈が自分たちの幸せさをまぶしさを見せつけているようにしか見えなくなってくる。
(いやだなぁ)
凛奈は、私の姉は、そんな嫌みな人ではない。それは周りの人間関係からも分かるし、何より家族なのだ。そんなことはきっと誰よりも分かっている。
そう。分かっているはず。
分かっているはずなのに。
(私は悪意を感じてしまう。)
分かっていると言っても、それでも分かれていない部分。それは私が彼女ではないということ。
それほどまで根本的なところに立ち返ってまでして、わざわざ彼女の悪意を疑う。
――誰だって、悪を持っているだろうーー
って言って。
「・・・」
無言のため息が出る。
私はなんて惨めな人間なのだろう。
自分にはできないことを呪っているのか、何でもできる彼女を恨んでいるのか、それとも。
いったい何がしたいのか。
疑っても仕方がないのに、誰も幸せにはならないのに、でも憎んでしまう。仕返しを望んでしまう。いつからかこんなことを考えられるようにひねくれて育ってしまった自分に、否応もない、どうしようもない嫌悪感があふれ出した。
(ほんとに嫌い)
凛奈が、ではない。
自分の考え方や生き方、育ち方などだ。いや、はっきり言って自分が嫌いなのだ。
「・・・」
私は立ち鏡に映るわが身を見た。
姿、形は前の凛奈とほとんど一緒だ。なにせ双子の姉妹なのだから。
(でも・・・)
凛奈は輝いて見えた。服はシンプルで清楚なだけなのに、輝いているのだ。
宝石とか金とかでは発せられない、何か魅力的な輝きがあったのだ。
けれど
私は
「来香もさ、そんなよれよれの服着てないでさ、ことワンピース着てみなよ!」
曇り切っていた。輝きなんて最初からなかったかのようなシミが私の全身に張り付いている。
「ええ!?そんなことされたら俺、どっちがリンちゃんか分かんなくなっちゃうよ!」
「彼氏なんだから、そんくらい心で見分けなさい!」
「ええ~」
二人は冗談だと分かっているから無邪気に笑いあっている。
けれど私には、侮辱のように思えてしまう。
(同じになるわけないじゃない!)
いくら双子だからって、見た目が同じだからって、違うじゃないか。光が。明るさが。輝きが。
私が何したって絶対に凛奈みたいにはならないのに。
私にはそんな力無いって知ってるくせに。
「適当なこと、言わないでよ・・・」
「え・・・?」
「あ・・・」
何をしているのだろう?
出すつもりのなかった本音が理性を超えて出て行ってしまった。
(どうしよう・・・)
言葉が手に取ることが出来るものであったなら、急いで先ほどの言葉をかき集めて飲み込んでしまいたい気分だった。けれど、実際はどうすることもできず、ただ茫然と自分自身の行いに後悔していることしかできなかった。
彼女たちは何と言うのだろう。ただ、ここに連れてきてくれた理由が善意であったのなら、この後に訪れるのは氷河期のような気まずさと、自分に対する失望であろう。
(ああ、そうか。)
私は気づく。
やはり凛奈がここへ連れてきてくれたのは善意だ。私も綺麗な服を着ればきれいになれると、実際にそうなるかは分からなくても、そうなると信じて私をここまで連れてきてくれていたのだ。
本心を、私の中に膿のようにたまっていた毒を、口から吐き出してようやくその事実に思い至る。というより分かっていた真実に目を向けれるようにやっとなれたのだ。
ああ、遅すぎる。
なんでいつも、私は醜くなってからしか、そのありがたみに気づけないのだろう。
私は全てに嫌になりそうな気分で、彼女たちの次の言葉を待った。
「適当なこと?」
「・・・」
「私は、絶対に、この服は、来香も似合うと思ってるよ。」
「・・・」
(さすがだなぁ。)
「え?もしかして、俺が来香ちゃんとリンちゃんを間違うって言ったこと嫌だった?ごめんね。ちがうんだよ!その、侮辱したわけじゃなくて!」
「ばーか。ちがうっての。この子はそんなちっさいこと気にしてるわけじゃないのよ。」
「え?」
そう。私が気にしているのは双子で顔が同じだからって同じくらい綺麗になれるわけじゃないということだ。同じ服を着たとしても全く違ったものになるという絶対的自信があった。
この劣等感や嫉妬をきっと彼女は感じ取っていたのだ。どれほど周りからの評価が違っても、性格が異なっていても、私の一番の理解者は凛奈だったのかもしれないと改めて思わされる。
けれど、だからだろうか。
(くやしい・・・)
私はこんなにも醜い姿なのに、誰にも評価されないのに、その中身までもがあちらの方が上であるのか?年も、姿も、声すらもほとんど変わらないというのに。
私とあなたとの違いはなに?
一体何がこんな差を生んでしまったのだろう?
何が、どこがいけなかったのだろう?
悔しい。
こんな私は、嫌だ・・・。
「ごめんなさい。」
「え?」
私は謝った。
一つは二人に気を使わせてしまったことに対して。
もう一つは、
「今日は、先に帰えります。」
この場から逃げ出すことについて。
「じゃあ・・・」
そして多分、私というどうしようもない存在に対する謝罪でもあるだろう。
私は二人の返事も待たずにとぼとぼと歩き出す。お店から出るまで、なんだかみんなが私を見ているような気がしてどうしようもなく恥ずかしくなった。そして、・・・そして
ただただ、申し訳ない。
でも、どうしようもない。
これ以外、私にはきっと無理だ。
・・・・・・・・・・
最悪だ・・・。
気分が落ち込んでばっかりだ。
いつも、気持ちが落ち込んだときは、散歩に行ったり本屋に行ったりすることで気を紛らわしていたけれど、今は歩いているのに気持ちが階段を下っていくようにどんどん落ちていく。体を支えているはずの足は重くなり、ただズルズルと引きずるようにしか歩けていない。
なんなのだろう?
私の人生とは何なのだろう?
ああ、つらい。
なんでこんなことを考えてしまうのだ。
なんでこんな自分になってしまったのだ。
「嫌だ・・・」
また、たまった心の膿が容量を超えて溢れてしまう。
何なのだろう?
・・・・・・
私は何度も、何度も何度も同じ思考を繰り返す。
つらい。何でだろう?こんなことを考えるからだ。なんで考えるの?私が最低だからだ。何が最低?こんなことを考えてしまっているから。なんで?ああ、つらい。
この終わりのない思考のループは私を小さなけれど分厚い真っ黒な箱の中に閉じ込められたかのように私の自由を奪った。そして奪われたという感覚が、私のなかを新たな劣等感で埋めていく。
もし、神が私の魂を見たのなら、きっと、縄のような何かでがんじがらめにされた今にも破裂してしまいそうな卵、いや、ピンポン玉みたいになっているはずだ。自分で自分を縛り上げている。けれど、その縛りに焦り、恐怖し、頑丈にしようとして更に縛り上げる。なんとも愚かな魂であることだろう。
「あ・・・」
いつの間にか目の前には見慣れた玄関と「徳衛家」と私の苗字が書かれたネームプレートが見えた。
いつの間にか自分の家に着いたのだ。服を買いに行っていたショッピングモールはここから歩いて40分はかかる。けれど私にはわずか5分程度の感覚で、改めて自分が相当に思い詰めていたということを理解できた。
私は、ある意味で解放されるような感覚に浸りつつ、家に入る。
もう休みたい。
真っ先に思ったことはベットで眠ってしまいたい、考えたくない、意識を無くしたいという思いでいっぱいいっぱいだった。
「ただいま・・・」
我が家だというのに、もう誰とも話している場合ではなく一刻も早くベットに入らんとして、自ずと声は小さくぼそりとした口調になった。
自分の部屋までの足取りももちろん静かに、それでいて素早くドアに手をかけてあまり音の出ないように開閉を行う。
そして部屋に入ると居間と思われる方向から「来香~?帰ってきたの~?」という母の声。
「ただいま~!」
そのようにサクッと言葉を返すと、自分のベットの横に手荷物を全て放り投げ、直後に自分自身もベットに放り投げた。
「ううううう」
ようやく安息の地に入れたと言わんばかりに猛烈な安堵感が心を満たしていく。ベットに染み付いた自分の匂いを肺に入れるたびに、それが合図とばかりに体中の溜まった毒が口からあふれ出してくる。
「なんでなのよ~」
シーツの柔らかさが妙に気持ちがいい。
「何を間違えったていうの~」
カーテンからは夕日が布の隙間から入り込み、部屋全体を少し照らしている。
「こんなの不公平だよ~」
言葉を重ねていくたびに目頭が熱くなっていく。
なんで私はこんなのなんだろう?
どうすれば凛奈のように幸せな人生になるのだろう。
そして、なんで私にはこのたくさんの愚痴を聞いてくれる人が一人もいないのだろう。
一人でもいたら、きっと私は孤独にベットで泣いてなんかいないはずなのに。
「もう、死にたいよ・・・」
ふうう