過去
コレットとフルール。
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「王妃様が後日、王城の夜会で個人的にあなたに会いたいと申し出てきたわ。あなた一体何をしたの?」
「…………わかりません。私は給仕しかしていませんし、王妃様にも接触していません」
夜会を終え、夜も深くなった時間にも関わらず、私と奥様、そして旦那様は執務室で向かい合っていた。言うまでも無く、王妃様直々の召喚命令に対する対策会議だ。対策と言っても、やれることなんて殆どないけども。
「まあ直接ご招待を頂いた以上は行くしかないとは思うが……王妃様が初めて会うはずのコレットを呼び寄せるなど、ちょっと普通の用件とは思えない。コレット、すまないが過去に何があったのか話してくれないか?王妃様のあのご様子を見るに、君と浅からぬ因縁があるようにしか見えないんだよ」
「…………」
私はこのご夫婦に出自をまだ詳しくは話していない。お二人を信用していないからではない。むしろお二人には両親と並ぶ程の親愛と敬愛を持っている。ただ……怖かった。過去の私を教えることで、これまでの関係が壊れてしまうことが怖かった。
「まだ話せるほど信用がないのかしら?」
「……奥様」
「それとも話すのが怖いの?」
……奥様は本当に私のことを理解されている。だがここでお慈悲に甘えるわけにはいかない。いずれにせよ、ずっと黙っているつもりも無かった。いい機会かもしれない。
「……いえ、お二人の事は心より敬愛しております。ただ恥の多い話でしたので、奥様の言う通り話すのが怖かっただけです。……子供の頃の話もあって長くなりますので、紅茶をご用意してもよろしいですか?」
「ええ、構わないわ。アレックスは黒茶にする?とびきり苦いやつなら私でも淹れられるわよ」
「勘弁してくれよオレリー。コレットが勇気を出して話してくれるというのに、寝るわけないだろう?」
ご夫婦のやり取りがあまりに微笑ましくて、眩しくて、羨ましくて……私はつい目を細めてしまった。旦那様と奥様は、本当に心から愛し合っているんだ。
私だってそうなれたはずだったのにと思うのは、あまりにも身の程を知らなさすぎるからだろうか。
3人分のお茶とお茶菓子を用意した私は、照明をテーブルの中央に置き、ゆっくりと口を開いた。
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私が家名を捨ててコレットと名乗る前は、コランティーヌ・ド・カヴァリエと名乗っていた。王都で最も王城に近い場所に邸を構えている名家。
カヴァリエ公爵家は多数の魔法剣士を生み出した名家であり、代々王国の盾としての役割を担ってきた。現にこれまで発生した魔獣の異常発生を何度も食い止め、殲滅してきたのはカヴァリエ公爵家の私兵による功績が非常に大きいとされており、事実私が知る限りあの家の私兵が王国で最も強い兵だ。
だが私は当代領主の長女として生まれながら、体質に欠陥を抱えていた。
「つまり、コランティーヌに触れると生命力を吸われてしまうと言うのか?」
「はい。ですが動物を触っても影響が少ないことから、恐らくは魔力と一緒に生命力も吸われてしまっているのだと思われます。動物にはあまり魔力がありませんので」
「……だから出産に際し、ベラは命を落としかけたのか」
「ああ、そんな……!コランティーヌ……!」
触れた者の魔力を喰らってしまう体質。出産時より僅かに発現していたそれは、成長するに従ってどんどん強くなっていった。
はじめは私を抱いても体調を崩しやすくなる程度だったのが、いつしか触った後で明確に疲労を感じるようになり、5歳になる頃には触れ続けていると昏倒するようになってしまった。
だから魔法剣士を多数輩出する家というのもあって、両親も含めて私に触れようとする者はいなかった。
しかし、少なくとも両親は私をそれなりに愛してくれていたと思う。私を命がけで産んだはずの母は娘に触れないことを日々嘆き、父もまた私にどう接したらいいかわからなくなっていたが、私のことをいつも心配し、必要なものは全て与えてくれていた。
「ああ……!コランティーヌ!どうしてあなたを抱きしめられないの……!こんなにも、こんなにもあなたのことを愛しているのに……どうして!!」
「……本当にすまない、コランティーヌ。お前はよく勉強しているのに、私は頭を撫でてやることも出来ない。不出来な親を許してくれ……」
ただ体温だけは分けてもらえなかった。
家族以外からは腫物以下の扱いをされる日々。しかし、それでも私が保有する魔力量は公爵家の歴史を辿っても類を見ないほど高く、そこから推定される魔力保有限界量も底知れない物と見込まれたため、魔法を学べば国の守護神にもなりうると目されていた。
特に母はそれを信じようとしていたのか、判明してからは私に魔法の使い方を教えようとしてくれていました。
そして当時カヴァリエ家にはまだ私しか子供がいなかったのもあって、10歳になる頃に政略結婚の相手として第一王子が選ばれた。
もちろん世継ぎの問題はあったが、万が一体質の問題が解決しなかった場合は、特例で側妃を作ることで解決しようと考えていたらしい。
それほどまでに私の魔力に対する王国の期待は強く、子を期待できなくとも私を迎え入れようとしてくれたのだが――。
「……剣の方はともかく、魔法を使うことも出来ないとはな」
「まったく使えない小娘だ。本当にあの公爵家の娘なのか?」
「しっ!声が高い……!聞こえるぞ……!」
それが判明したときの王城内の落胆ぶりは、子供だった私にも十分分かるほど大きかった。
宝石に思えたものがガラスだったような、あるいは美酒と信じて開けた瓶の中身が腐っていたような、そんな失望感で見つめてくる大人達。それなのに、彼らは触るだけで致命傷になる私のことが恐ろしくて、まともに手を出す事もしなかった。
辛かった。苦しかった。人知れず寝る前に枕を濡らした。
だが婚約破棄も囁かれる中で唯一、第一王子だけが違った。
「コランティーヌ……」
「殿下……申し訳ありません……!私は……私は殿下に相応しくありません……!どうか、今すぐに婚約を破棄なさってください……!」
「いいんだ、君は悪くない。周りが勝手に期待してるだけさ。特に才の無い私から見れば、君の方が秀でたものがあって羨ましい」
「秀でてなどっ!」
「大丈夫だよ、コランティーヌ。きっといつか全部よくなる。希望のある未来を信じよう。私は愛らしくて優しい君のことが好きだよ」
「で……殿下……!殿下ぁ……!」
君の涙を払う事さえ出来ない今の私を許してくれ。そう言った殿下の痛ましい表情が、今でも鮮明に思い出される。
殿下は化け物と囁かれていた私のことを愛し、お心を砕いてくださっていた。恐らくその後の学園生活における騒動が無ければ、本当に殿下は私と結婚し、触れられない中でも愛のある生活を送ろうと努力してくれただろう。
その時の私にとって、殿下との幸せな結婚生活だけが希望だった。魔法も使えない、剣の才も無い私にできる事は、もう王妃教育を完璧に修得することしか残っていなかった。
猛勉強を重ねて肌が触れ合うダンス以外の教養を13歳までに修了させた私は、さらに外国語習得に力を注ぎ、経済に関する政治的意見を言えるようになった。
そこまでしてようやく大人達から"聡い怪物"と見てもらえるようになった。化け物を見るような白い目はいつまでも残ったが、少なくとも無能ではないことが証明されたことで、意見交換の場に出席することだけは許された。
より近い距離で嫌悪の表情を浴びせられるのも辛かったが、それすらも与えられなかった頃に比べればまだ恵まれているように思えた。
そして15歳になり、王国付属の学園に入学した日から、私の体質にある異変が生じた。
「……っ!こ、こんな……!なんて数の強い嫉妬と……嫌悪なの……!!」
長年魔力を吸わなかったためか、それとも成長に伴う変化なのかはわからない。私は魔力ではなく、周囲の"悪意"を身体に取り込むようになっていた。しかもそれは人に触れる必要すらなく、広範囲かつ無差別に取り込まれていった。
学園中で悪意が生じるたびに、私の中への取り込まれていく。嫉妬、敵意、復讐心、軽蔑、恐怖……それらから生まれた害意と悪意は、私の中へと取り込まれていき、蝕み、私自身その影響を受けていく。
遂には、頭で考えるよりも先に体と口が動くようになっていった。
「きゃあっ!」
「フルール、大丈夫!?誰かタオルを!!」
「あら、手が滑りましたわ。ごめんあそばせ?」
「コランティーヌ!君は一体何をしているんだ!!」
「殿下もご機嫌麗しゅうございますわ。ふふふ……」
悪意のままに体が動くようになってからむしろ楽だった。その通りに動けば暗い喜びで心が震え、満足感にも似た空虚感で心が軽くなっていった。
いつしか表情も暗く醜いものばかりになり、人を害することが多くなった。それらの多くは学園内にあって犯罪とはされないまでも、陰湿な嫌がらせには違いなかった。
唯一、最後の理性で意図的に人に触ろうとする事だけはしなかった。そこに踏み込んだが最後、恐らく私は人ではなくなるような気がしたから。
一方で私によって悪意を奪われた周囲の人々は皆善良になり、学園には善意と正義に溢れているように見えた。ただ一人、私だけが学園の中で邪悪な存在へと変化していき、私と対決する事が正義の証明になっていった。
事実として私は学園にいるだけで悪だった。私の希望とは裏腹に、学園中から敵視されるようになっていった。
そして遂に……その日はやってきた。
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紅茶はとうに冷めきっているが、誰も交換しようとはしなかった。私も含め、誰も紅茶を口にしない。お二人は私の話にただ圧倒されているようだった。
「そうして毎日悪意を振りまく私を見て、周囲も私のことを真に怪物だと思うようになりました。触れれば生命を吸われ、それを良いことに学園で好き放題しているように見えていた私のことを、魔獣にも劣る怪物だと評していたのです」
「……ひどいな」
「いえ、正当な評価です。もし私が正常で、同じ存在が学園にいたなら、私はその者を許せなかったと思います。現に私は、当時の自分のことが大嫌いで、自分自身じゃなければ殺してやりたいと、そんなことばかり考えていましたから」
同情する旦那様の横で、奥様はただ黙って私の話を聞き続けている。その表情は真剣そのもので、悪意からは程遠い。
「王妃教育を早々に済ませた聡明な怪物は、ただの化け物……いえ、悪魔になっていました。婚約破棄が声高に叫ばれる中、唯一殿下だけが私の味方であろうとしました。しかし私が嫌がらせをしている事実は事実。そして婚約破棄はただ善意からの声で、正義にあふれていました。だから殿下も遂にかばいきれなくなって、殿下自身私に婚約を維持できなくなることを警告してくださっていたんです。ですが、入学して一年が経ったその日……」
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『子爵令嬢如きにお心を砕かれるなどと!!』
『君のやっていることはただの私刑だ!!このままでは婚約も維持できなくなるぞ!!』
『結局それが狙いですのね!?やはり殿下も私のことが邪魔なのだわ!私よりもこの女が良いのですね!?私よりも愛らしくて、私よりも殿下に優しく、私には無い物を持っているこの女の方が好きなのでしょう!!私と違って人肌のぬくもりを感じさせてくれるこの小娘を愛しているのだわ!!はっきりおっしゃってくださいまし!!』
『そんなことは――』
『……エドガー様はそんな人じゃありません……!エドガー様への侮辱を撤回してください!!』
『……っ!?バカ!!駄目よ、その手を離しなさい!!すぐに私から離れて!!』
『えっ……!?』
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「当時はまだ田舎の子爵令嬢に過ぎなかったフルールは、私の体質についてちゃんと理解していなかったのです。魔力を吸われるだけだと誤解していた彼女は、詰め寄る私と殿下の間に入り、思い切り両腕を掴んでしまいました。その結果、私はフルールの魔力と生命力をほぼ根こそぎ奪い去り、彼女の魔力が充填されたためかはわかりませんが、正気に戻ることが出来ました」
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『いやあああああああ!!フルール、しっかりして!!フルール!!』
『これ以上彼女に近寄るなコランティーヌ!!おい、誰か医務室に運ぶのを手伝ってくれ!!治癒術を持っている者もついてこい!!』
『嘘……!?嘘よ!!嘘っ!!ごめんなさいフルール!!お願い目を開けて!!』
『白々しいぞコランティーヌッ!!何故今まで彼女に自分の体質の事を説明しなかったッ!!これまでいくらでもその機会はあったではないか!!これが狙いだったのではないのかッ!!』
『ち、違う……!違います殿下!!私、そんなつもりは――』
『罪のない子爵令嬢を殺害し掛けたのだぞ!!君との婚約は破棄されるだろう!!家で沙汰を待つがいい!!』
『殿下……!?殿下、お待ちください!!殿下ぁー!!』
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「しかし、全て遅すぎました。私は失うべくして、すべての希望を失ってしまったんです。当然のことながらその一件で私と殿下の婚約は破棄され、有責となった私は王都から追放されました。本来なら国外追放だった所を、殿下のお慈悲により王都からの追放だけで許してもらえたんです。そして教育の仕方を間違えたのではないかと自分を責めた両親は、私に僅かばかりの路銀だけを渡すと、公爵家の名を語ることを禁じました」
当時の私の愚かさを思い出して自嘲の笑みが浮かんだ。本当にひどい喜劇だ。
毎日のようにフルールをはじめとした生徒たちに嫌がらせを続け、嗤い、楽しんでいたというのに、いざ取り返しのつかないことが起これば錯乱して取り繕おうとする。
全く公爵令嬢として失格……いや、どうしようもない人でなしじゃないか。まさに化け物と呼ばれるにふさわしい。やはり私は、魔獣以下の存在だったのだろう。
そんな魔獣以下の私に対し、最後まで慈悲深かった殿下のことが気がかりだった。私はまだ、あの優しく麗しい殿下のことを愛していた。
「私は人の悪意から離れたくて、人里から離れていくことを選びました。でも野外での生活方法などわからなかった私は、その路銀を報酬として、とある老冒険者から様々な事を教わることにしたのです。火の起こし方、雨風の凌ぎ方、狩りの仕方、加食植物と毒草の見分け方。たぶんまだ若い私を憐れんでくださったのでしょうね……報酬額に見合わないほど手厚く、長い期間を教育に充ててくださいました。そして一年ほど老冒険者と過ごした後は、一人でさらに一年ほど野営で過ごしていたのです」
「2年も野営を続けたのか……!?普通、新人冒険者が野営にあたる際は一週間が限度とされている中、君は王都の外で2年もサバイバルを続けていたと!?」
「そうするしか無かったんです。王都に入れない私はスラムの住民として脚を開いて春を売ることも出来ませんでしたし、そもそも渡された路銀だけで村に向かうのは不可能でした。多分、追放された私が公共の馬車を使えなくなった事を、両親も失念していたのかもしれません。もちろん確かめたことはありませんが……」
だがそれは返って良かったかもしれない。一度娼婦に堕ちた貴族は普通二度と日の目を見ないから。
それに追放とほぼ同時期にダークドラゴンが王都へ襲来していたのだ。あのスラムに直撃したブレスによって、廃屋とともに灰になっていたとしても不思議ではない。
もっと言うならば……もし仮にスラム中の悪意を取り込むことにでもなっていれば、私は今度こそ正気を失ったまま戻ってこれなくなっていただろう。
「あてもなく、希望もないまま野営を続け、辛いながらも悪意とは無縁の生活を送っている中、ふと空に伸びていく数本の巨大な炎を見つけました。その頃狩りが上手く行かなくなって疲労の極みに達していた私は、まるで炎の光に釣られて飛ぶ虫のようにフラフラとそちらへ向かって歩き続けました。毎日のように立ち上る炎を頼りに歩き続けたその先で、全身を輝かせながら苦しむ旦那様を見つけたのです。そして錯乱状態だった旦那様は、ボロボロだった私の腕を鷲掴みにし……魔力を吸われた旦那様はその場で気絶しました。……あとは、旦那様と奥様が知る通りです」
……それが12年前の出来事だった。
当時まだ18歳だった私は、旦那様の魔力と生命力を吸ったことで活力を復活させた。同時に、すぐ側にいた奥様に事情を説明すると、旦那様の魔力を調整する役割を担うことを条件に雇用契約を結び、メイドとして働かせてもらえるようになったのだ。
幸せな日々だった。ただ、5年ほど前から魔力を吸うたびに少しずつ若返るようになってしまったことだけが気がかりだったが。
「……コレット。立ちなさい」
「……?はい、奥様」
奥様に言われて立った私の前に奥様がやってきた。肌が触れないよう少しだけ後ずさったが……。
奥様は構わず私を抱擁した。
「なっ、オレリー!?」
暖かく優しい魔力が私の全身を満たしていく。旦那様とはまた違う、陽だまりにいるような気持ちよさだった。だがそれ以上に、初めて奥様の体温を感じて感動した私は、身体を離すことが出来なくなってしまった。
「……っ!はぁ……!!はぁっ……!!ぐっ……!」
奥様は自ら体を離すと、バランスを崩して床に倒れそうになった。すぐさま旦那様が支え、奥様を立たせてくださった。
「お、奥様……!?」
「はぁ…………はぁ…………よく…………話してくれたわね…………今までよく頑張ったわね……コレット」
そんな。そんな、奥様。
何故そんな優しい言葉と、暖かな目を向けてくださるのですか。
こんな、私のために、どうして……!?
「あなたのご両親の……そして殿下の……いえ陛下のお気持ちは私にはよくわからないけども……御覧なさい。私はあなたを抱きしめたのに、こうして立っているわ。あなたと私が愛するアレックスに支えられれば、あなたを抱いても私は立っていられるのよ」
「あっ……」
「誰にも抱きしめてもらえなかったのは、あなたのせいじゃないわ。あなたを抱きしめられるなら倒れてもいいって、周りがそう思ってくれなかっただけよ。でも愛が無かったんじゃない。あなたも含めて周りが気付かなかっただけで、誰だってあなたを抱きしめることができるのよ」
私は…………誰かと抱き合ってもいいの?こんな私でも、誰かを愛してもいいの?
罪を犯した私が誰かに愛される日々を送ってもいいの?
「あなたはもう一人じゃないのよ、コレット。あなたを抱きしめてもいいって人は、ちゃんといるのだから」
…………駄目だ、ダメだ泣くなコランティーヌ。お前は化け物だったはずだ。触れた者の生命を吸い取る魔獣以下の怪物だったはずだ。泣く資格なんてお前には無いはずだ。
「奥……様っ!わ、私……!私はぁ……!」
けれど涙が抑えられなかった。立っているのがやっとだった。私の心を凍らせていたものが、奥様の陽だまりにも似た魔力によって溶かされてしまっていた。立っていられるのは、奥様の魔力と生命力が私の体を支えてくれているからに過ぎなかった。
これほどまでに……こんなにも、私のことを愛してくださっていたのですか……!?
「私……っ!私、ずっと寂しかったんです……っ!誰にも触ってもらえなくて……っ!皆から軽蔑の目を向けられて……っ!それが当たり前だと思ってて……!あ、愛しても……っ!愛し合っても触れ合うこともできないのが辛くてっ!!」
体を巡る暖かな魔力が、私に醜態をさらす勇気を与えてくれた。
「わ……私だって愛し合いたかった……っ!好きな人と手をつなぎたかった……っ!抱き合いたかった……っ!唇を捧げたかった……っ!私がこんな体質じゃなければっ!化け物じゃなければこんな寂しい思いをしなくて済んだのにっ!!なんで私は命を吸ってしまうのっ!?どうして愛する人の命を奪い取ろうとするのっ!?なぜ私だけが悪意を背負わなきゃならなかったのっ!?ごめんなさい……ごめんなさいっ!!ごめんなさい奥様っ!!ごめんなさい旦那様っ!!ごめんなさいフルールっ!!許してくださいっ!!皆の命を踏みにじって本当にごめんなさいっ!!!」
半狂乱のまま、赤ん坊のように泣き叫ぶ私は、再び抱きしめられた。今度は奥様よりもがっしりとしていて、触れ慣れたもの。抱きしめてくれたのは、旦那様だった。いつもよりも力強く、温かい魔力が全身を満たしていく。それは紛れもなく勇者様の魔力だった。
「……違うよ、コレット。俺がこうして生きていられるのは、君のおかげなんだ。オレリーと幸せな生活を送れるのも、君が俺の魔力を吸い上げてくれているからだ。君は化け物なんかじゃない。俺の命の恩人だ」
「そんな……っ!そんな……こと……っ!わ、私は……人の命を……っ!!」
「ありがとう。俺たちの家で働いてくれて。君が俺たちのメイドで、本当によかった」
「あ……ああ……!!旦那様……っ!!うああああああ!!!」
ただでさえ膨大な魔力はいつもよりも多く流れてきて、尽きることが無いかのようだった。旦那様は私が泣き止むまで、ずっと私のことを抱きしめてくれていた。いつもなら嫉妬の炎を燃やす奥様の目はただ優しく、慈悲深く、どこか母を思い出させてくれた。
その日の夜は快晴だったが、日が昇る少し前に、弱い雨が降り出した。
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空が再び泣いている。