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旧知

悪夢は二度見る。

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 夜会の設営は、ポーラと後輩メイド達がテキパキと動いてくれたおかげで滞りなく進んだ。揶揄抜きで王都のシェフにも劣らない腕を持つ偏屈な料理長が次々と料理を完成させていき、伯爵邸に相応しくないレベルの豪華絢爛な空間が出来上がっていく。


 間違いなく王城の夜会か、それ以上の味と満足感を与えてくれるだろう。そしてその期待を裏切ることは今までに無く、今回もその例に洩れなかった。


 何度か参加している常連の貴族たちは満足げに笑い、初めて参加する貴族たちはその味の見事さに目を見張る。特にカベルネ・ソーヴィニヨンは、国内の地酒の中でもその深みと渋みはワイン通を唸らせるほどだ。


「何故こんな辺境に埋もれているのか」と酒造会社ないし職人への問い合わせが殺到しているのだが、肝心な職人が「ここの温泉が好きだから」という極めて個人的な理由で辺境地を離れないため、世に広まらないだけに過ぎない。


 要するに、食事と酒に関して言えば問題ないどころか合格以上だった。問題は会場の広さだった。


「人口密度がすっごいね!もう暑すぎるよお!」


「ポ、ポーラ……もう少し静かに……」


 あまりに人が多く、ポーラがいつもの声量で話すと耳が痛くなる。それは他の参加者にとっても同じなわけで、白い目で見られてしまっていた。


「コレット!お酒が無くなってきてると思うから、補充お願いね!私は料理とデザート運ぶから!」


「了解。ポーラ、後輩メイドの半分をこちらに回して。残りはあなたが自由に使っていいわ」


「了解!いい感じにそっちに回すよー!こっからは消化試合だから、もうひと頑張りだね!!」


 いや、だから、それを参加者の前で叫んだら駄目ですよと。……まあ、いいか。あとで奥様から怒られるのは私ではない。




 私も含めたメイド達が人を掻き分け右へ左へと奔走する中、ついに王妃様の激励が渡される時間になった。


 な、長かった……とにかくこれさえ終われば、ちゃんとした休憩時間はまだ先とはいえ一息つける。さっさと終わらせてほしいと祈りを込めて、王妃様の激励を部屋に隅っこで頂戴した。


 フルール・フォン・エル・シャミナード王妃は年々その美しさを深めている。その洗練された動作は隅々まで完成されていて、彼女以外で国王の横に立つのに相応しい女性は考えられない。


「エドガール・フォン・エル・シャミナード国王に代わり、フルール・フォン・エル・シャミナードより国王陛下よりお預かりしたお言葉をお贈りいたします。アレクサンドル・フォン・サンティレール伯爵のこれまでの功績と職務精励に対し心より感謝いたします。かつてダークドラゴンを討滅したのみならず、辺境の治安を回復させ、雇用を回復させたその手腕と努力を国王は高く評価されています。シュミナード王国は、サンティレール伯爵の努力と功績を評価し、新たな爵位を授けることを約束できるよう検討を進めております。サンティレール公爵を支え導いてくださった関係貴族の皆様には――」


 王妃様のご挨拶と激励が続く。直々のお言葉であるだけでなく、自信に満ちた声と表情を見た参加者の多くは陶酔したように頬を染めていた。


 その出自が子爵令嬢であったことなど、恐らく今の参加者の脳裏には微塵も残っていないに違いない。人間、喉元さえ過ぎてしまえば苦いも甘いも関係ないのだ。


「これからも我が国へ富をもたら――!?」


 だが、その見事な挨拶は私を瞳に納めてしまったことで止まってしまった。


「……コ……っ!?」


 表情が驚愕のまま固まり、二の句が継げなくなっているようだ。


 馬鹿な……今の私の姿は13歳にも満たない童女にしか見えないはずだ。成人した私しか見たことがない彼女にわかるはずがない。


 第一若返った事などわかるはずがないのに……愕然として私を見つめているその瞳には、奥様と同じか、それ以上の炎が燃え上がっていた。嫉妬と、殺意。そして……郷愁と安堵。王妃にあってはならない混濁した色。


 困惑した貴族たちのどよめきが会場に響きだしたのを受けて、王妃様はひとまず挨拶を切り上げることを選択した。長年王族を続けてきた者にこそできる、瞬時の選択だ。


「……失礼いたしました。サンティレール伯爵とそれを支持する皆様には、シャミナード王国の祝福と加護を得られることでしょう。今後の変わらない活躍を願うものであります」


 王妃の側近と、専属メイドたちの拍手が鳴り響いた。それに釣られ、どよめきを生んでいた人々も拍手を鳴らすことを選んでくれた。


 一時はやや冷え込んだ空気が熱気を取り戻し、ある人はデザートを楽しみ、ある人は王妃様のお言葉に満足し、別れの挨拶を済ませて退室していった。


 だが、どうやら王妃様は私を逃すつもりはないらしい。弧を描く目の奥から注がれる強すぎる視線が、まっすぐに私の瞳を貫いていた。


 不意に私の手が温かくなった。……ポーラだった。彼女は私を王妃様の視線から守るように、強い瞳を湛えたまま私の手を握っている。その率直な友情が本当に尊いものに思え……同時にその尊い友情が必要になる事態が起こっていることを、私自身予感せざるを得なかかった。


 学生時代、私が虐げていたフルールが……フルール・フォン・エル・シャミナード王妃が、私の存在をはっきりと認識したとあっては、今までの平穏がそのまま続くと考える方が難しかった。




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巡り巡った悪意の在処。

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