魔王か、魔人か、それ以上か
皮肉屋さんサイド。少しペース上げましょう。
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「はぁ……!はぁ……!くそっ……なんて、ざまだっ……!」
店の奥に設置した休憩室に入り、彼らから見えなくなったのを確認した僕は、ついに立っていることが出来なくなった。動悸と息切れが止まらない。
まるで魔力ごと生命力も一緒に吸われたような、強烈な疲労感が次々と襲ってくる。もう少し手を離すのが遅ければ、あの場で失神していたかもしれない。
「へいき?」
「はぁ……はぁ……平気に、見えるか?」
「うん。まだ死なない」
「はっ……!そりゃどうも……」
表情筋が無いのではと思わせるシアだが、一応心配してくれているのか水を持ってきてくれた。僕はそれを受け取るとってすぐ一気に飲み干す。まだ冷蔵施設がないので温いが、それでも心遣いがありがたい。
「…………っはぁー……。だが、これで確定したな。メイドに魔力を調整させてるとはあいつから聞いていたが、ミス・コレットがそれを担っていたんだ。あれだけの魔力を吸い取っても平然としているなんて普通じゃない。人間が備えている魔力保有限界量を遥かに超えている」
「やっぱり魔女?」
「いや、魔女ではないな。」
…………あれは本質的にはもっと邪悪な存在だ。
恐らくは魔王か…………魔人に類する存在。
人類の敵。
生物の魔力を生命力ごと奪い、自らの力とするあの能力。それは自らの生命力を分け与えて他人を癒やす聖女とは対極にある、魔を統べるものにしか持ち得ない闇の力だ。
僕が知る限り、そのような能力を持っていたのは過去に伝説の勇者によって討滅された魔王と、愚王によって召喚された魔人だけだ。
そしてその力の本質は、魔力を吸うだけに留まらない。だから魔王や魔人は邪悪なままでいられるのだ。もしミス・コレットが同等の能力に目覚めつつあるのだとしたら、その先にあるのは破滅だけだ。
おそらく彼女は生まれつきの体質に酷く苦悩してきたはずだ。だから僕に極力触れようとしなかったし、深く関わろうともしないのだろう。
それでいて邪悪からは遠いままでいられるとは…………これまでにどれほど傷付き、心から血を流すことが出来たら、あのような優しい娘に育つのだろうか。家から勘当されたらしいが、それまでは愛情をもって育てられたのかもしれない。
愛を知らない娘に、あの瞳を持つことはできない。あんな悲しい色を持つことなんて。
「……おねえちゃんは敵?」
心なしか、シアの声はそう願っていないかのようにも聞こえる。僕の錯覚かもしれないが。
「…………わからない。ただ、ミス・コレットのおかげでアレックスが延命できているのは確かだ。そうでなければ、あいつの妻になったオレリーはとっくの昔に虫食い状態で死んでいるはずだし、そうなればアレックスのやつも正気を保てなくて自害しているはずだ」
そして自害すれば、暴走する光の魔力がどこまで暴れるのか見当もつかない。少なくとも僕だけでは絶対に抑えきれないだろう。
つまりこの領地……いや、この国が消滅していないことが、そのままコレットの貢献として表れていることになる。魔王や魔人と同じ能力を持つ彼女が守護神を担っているなどと、誰が信じるだろうか。
「敵じゃないなら、助けてあげよ?」
「……シア?」
「あのままじゃ"はれつ"しちゃうよ」
「………………そうか。ならガス抜きが必要だな」
言われてみれば当然のことながら、そんな勇者をも苦しませる膨大な魔力を蓄え続けてきたコレットが無事であるはずがない。まずは彼女に蓄えられすぎている魔力を発散する必要があるだろう。
尤も魔人がどのようにして魔力を使用しているかなど、それこそ想像もできない。だが最適な呪具が見つかればきっとなんとかなるだろう。
そう、きっとだ。……確証なんて無い。
だが小娘一人救えずして、アレックスの友を名乗ることなど出来はしない。ならばやるしかあるまい。
彼女から見れば僕はさぞ失礼な人間に見えただろうな。下手すれば彼女に魔力を吸われつくされて殺されても文句は言えないかもしれない。だがそれもまた一興だ。お互い遠慮なしに話し合える友を持てると考えれば安いものじゃないか。なあ、セレスタン・シュニエよ。
それにしても、どうしてあの少女にここまで入れ込んでいるのだろう。僕らしくもない。
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素直になれない。