第一印象は「苦手な人」
どっちの趣味だったのだろう。
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「ここが呪いのアイテム買取専門店……ですか?」
旦那様と一緒にやってきた小さなお店の佇まいに思わず困惑した。"呪いのアイテム買い取ります!""開店セール!安く売ります!高く買います!"という看板だけが奇妙に派手なその店には、極めて無愛想な男と、これまた極めて無口で無表情な童女の二人が開店準備を進めていた。
買取専門では無かったのかというツッコミなど、この看板の派手さに比べれば些細なことだろう。
どっちがこの看板を考えて作ったのか、全く想像もつかない。質屋そのものといった看板だが、扱っているのは呪われたアイテムなのだ。こんな明け透けに看板を立ててやるものなのだろうか?
だが旦那様は看板よりも、その店主の正体の方が衝撃が大きかったらしい。書類仕事をしている時にも負けないくらいの頭痛に耐えるように、頭を抱えていた。
「……セレスタン、なんでお前がここにいるんだ。王国付きの魔道士になったはずだろ?」
「ふん。あんなクソつまらん仕事、とっくにやめてやった。研究職とは名ばかりの書類と夜会の日々だったぞ。俺たちの功績ばかり褒め称えて、研究成果には目を向けようともしない貴族の娘どもに言い寄られる日々だ。くだらないとは思わないか」
「いやでも書類の名前にはオートンシアって……」
「面倒だから相方に提出させた。法的には問題ない」
セレスタン様は、かつて旦那様と一緒にダークドラゴンを討伐した三人のうちの一人だ。
幼馴染と言うだけあって、身分差が出来た今も気さくに……というより無遠慮な態度を崩さない。二人が歓談と言うにはあまりに抜き身のやり取りしている横で、私と童女はお茶を飲んでいた。
今日はあくまで休暇ついでの視察であって、メイドとして随伴している訳ではないので問題ない……と、思う。少なくとも旦那様に気にした様子はない。
「おねえちゃん」
「…………私、ですか?」
ここに来てからずっと無言だった童女から急に話しかけられて、すぐには反応できなかった。ガラスのような目とアメジストのように輝く髪が特徴的な、均整の取れすぎた顔立ちからはどこか違和感すら感じられる。
「なんで、そんなにためこんでるの?」
「……?」
「いつか"はれつ"しちゃうよ?ちゃんと出さなきゃだめだよ」
まさか私の体に宿った魔力のことを指しているのだろうか。だがこの子にはまだ何も話していないはずなのに、何故わかったのだろう?……破裂すると言われても、ピンとこないけど……このまま若返り続ける訳にはいかないのは確かだ。わかってはいるのだけども。
「……出し方がわからないのです」
「そっか」
それだけ言って彼女は満足したのか、再び無言でお茶を口にしだす。あまりにもあっさりし過ぎていて、それで良いのかと私の方が戸惑ってしまった。何か話すべきかと迷っていると、横から皮肉げな声を掛けられた。
「シアが他人に興味を持つのは珍しいな」
「…………そう?」
セレスタン様が浮かべた皮肉げな笑みには確かな温かみがあったが、私に向けられた途端にその温度は失われた。氷を思わせる髪と瞳は、まるで私を凍てつかせようとしているかのように輝いている。
「オートンシアは他人の魔力が見えるんだ。それで、お前は何者だ」
「……コレットと申します。平民ですが、旦那様と奥様のお慈悲でメイドをさせて頂いております」
「そうか。随分と高貴な匂いをさせる平民もいたものだ。それでもう一度聞くが、お前は何者なんだ」
セレスタン様はまるで私を見透かしているかのようだ。だが、私の出自がなんであろうと関係ない。それよりもだ。
「お言葉ですが、私はまだ貴方から自己紹介もされていません。名前も存じ上げない方に私の正体など話せません」
「コ、コレット!?」
旦那様が私の発言に驚いていたが、関係ない。相手は旦那様のご友人かも知れないが、私にとっては無遠慮で無礼な商人に過ぎない。こういう輩にはちゃんとはっきり言ってやるべきなのだ。
一瞬きょとんとして瞬きを繰り返したセレスタン様は、怒るのかと思えば破顔して見せた。
「……ははっ、あっはははははっ!なかなか面白い女だな!ええ?アレックスよ。お前随分と変わった平民をメイドにしたんだなあ」
「い、いや……普段はもっと……?」
「まあいい、お前の言うとおりだな、ミス・コレット。僕の名前はセレスタン・シュニエ、お前と同じ平民だ。かつてこいつと一緒にダークドラゴンと戦ってから、平民でありながら国王の覚えよろしい僕にすり寄る貴族共を振り払う日々を送っている。これでいいか?では、お前のことを教えてもらおうか」
「…………」
私は旦那様の方に目線を移して、話してもいいかと目で尋ねてみた。だが旦那様は肯定も否定もしない。私が判断しろ、ということか。
「……平民なのは本当です。私はかつて貴族の娘でしたが、ある事情から家を勘当された後、当時まだ領主不在だったこの地へ流れ着いた所を旦那様に拾って頂いたのです」
「なるほどな。それで、どこの家の娘だ?ある事情とはなんだ?」
「そこまでお話しするほどまだ親しくありません。ましてや旦那様と奥様にもまだお話ししてないことでもありますから」
セレスタン様は私の言葉が意外だったようで、旦那さまの方を胡乱げに見た。
「……そうなのか?」
「え?あ、ああ。あまり詮索する気も無かったからな。仕事も真面目だし、彼女が話したい時に話してもらえればいいと思っているから聞いていない」
しかし本当に無遠慮な人だ。よくこの人と友人付き合いを続けられるものだと旦那様の懐の深さには呆れ……感心してしまう。
「なら親しくなれば、僕が旦那様より先に教えてもらえるわけだな」
「現時点ではマイナスからのスタートですけどね」
「素晴らしい跳ね返りっぶりだな、ミス・コレット。ここ数年まとわりついてきた貴族の女どもと違って随分とサッパリしている。これも平民暮らしが長いせいか?」
……なんという悪食だろう。普通こんな対応をされれば機嫌を損ねるだろうに。セレスタン様はニヤつく顔もそのまま、手を差し伸べた。握手……か。
「お前のことをもっと知りたくなった。より親しくなる努力をさせてもらってもよろしいかな?」
「申し訳ありませんが、旦那様のお許しも無しに……っ!?」
断りの言葉をすべて言い終わる前に、なんと強引に手を掴まれてしまった。私の意思とは無関係にセレスタン様の魔力が吸い上げられていく。
旦那様の魔力とは違う、冷たくて鋭い魔力が腕を這ってきた。心の準備なしに急激に襲い来るその感覚に混乱し、半狂乱一歩手前にまで追い込まれてしまった。
「ん……っ!や、やだっ!離してください!」
「ああ、離すぞ」
あっさりと離されてしまい、腕を引いていた私はバランスを崩して数歩後退りした。だが魔力を吸われたはずのセレスタン様は平然としているどころか、余裕の笑みすら浮かべている。
ど、どういう魔力量をしているのだ!?接触面が手だけだったとはいえ、かなりの量を吸ったと思う。普通なら昏倒しているはずだ……!
「どうかしたのかな?ミス・コレット」
「………………私だってレディです。いきなり触らないでください」
……駄目だ。私この人のことが苦手かもしれない。学生時代に体得したはずの、笑みの仮面を被ることさえできず、素面を晒してしまう。こんなに自分から余裕を奪ってくる人は初めてだ。
セレスタン様は、思わぬ醜態を晒されてにらみつける私を無視して旦那様に向き直った。
「お前が探してるだろう、光の魔力をなんとかしてくれそうな呪具が見つかったら教えてやるよ。今後ともよろしく頼む」
「あ……ああ」
「では、開店準備が終わってないからここで失礼する。また会おう、アレックス。そして……ミス・コレット」
セレスタン様は最後までキザなセリフを残し、小さな店の奥へと入っていってしまった。
これが、私とセレスタン様との出会いだった。
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平民vs平民。伯爵様は蚊帳の外。