さよならはもういらない
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パーティー会場がざわついた。4大精霊のうち、火の精霊だけが召喚されなかったことに動揺が走る。だが精霊達の反応は実に淡白で、まるで大したことじゃないかのようだ。
「完全に自分の姿を失っちゃったのかな?…いや、でも彼の気配はするね。隠れてるわけでもないみたいだし…なにこれ?」
「わからんが、まあ死んではいないようだし問題ないだろう。さて、私も久しぶりの生身を楽しませてもらおうか」
「ケーキの山発見」
言うが早いか、チュベルーズとシアは文字通り山盛りになっているケーキへと向かっていき、早速更に取り分けて食べ始めている。イフも落ち着いた様子でワインを注文している。
「……と、とにかく一人を除いて参加者は揃ったみたいだから、パーティーを始めよう。新魔王コレットの誕生祝いと、ここにいる精霊たちとのお別れ会、その後はセレスタンとコレットの結婚式だ。俺の魔力もかなり込めたから、一晩くらいは余裕で姿を保てるはずだが、直接話せるのは今日が最後だろう。各々、精霊たちとの交流を楽しんでくれ」
旦那様の開会のご挨拶は、この手の挨拶としては簡素だった。順序としては逆…結婚式後に食事をするのが通例なのだが、復活したシアはまずケーキをお腹いっぱい食べたいだろうという奥様の計らいだった。参加者たちも「いいの?」という表情で精霊達の下へと集まっていった。
シアの下へはサンティレール邸の人々が。戦場で最も最初に兵たちを救ったチュベルーズと、ドラゴンを仕留めた上で瀕死の兵全員を救い上げたイフの元には、防衛戦に参加した兵や冒険者たちが集まり、労をねぎらっていた。
一通りの挨拶が済み、少しお酒が入ってきたところで精霊達が私とセレスタン様の下へと集まってきた。防衛戦での思い出話や武勇伝の語らいに夢中になっている人々は、そのことに気付いた様子はない。
「腕を上げたようだね、セレスタン。その様子だと上級魔法を3つくらいは同時発動できるようになったのではないか?」
「まだ片手に1つずつだ。出来の悪い精霊術師で悪いな」
だがイフはその皮肉に心から驚いたようだった。
「ほお…?本当に上級魔法を同時発動できる人間がいたとはな。驚いたぞ。過去の魔王でもそこまでは出来ていない」
「おい、アイススピアで満足するなと言ったのはイフだぞ」
「同時発動しろとは言っていない。連発が精々だと思っていたのに、大したものだ。お前を上位精霊術師にしたオートンシアの見立ては正しかったな」
精霊達は隠し事こそするが、演技はしないし嘘もつかないと言ったのはイフだ。つまり、そういうことらしい。だがあくまでイフの領域にたどり着きたいセレスタン様としては面白くないようだ。
「いつかお前を超えてみせるからな」
「楽しみだ。この目で見れないのが残念だがな」
精霊は本心をそのまま表情で表現するので、慣れていない内は戸惑ってしまう。だが、4人もの精霊と交流した私からすると、むしろ裏の顔を持たないまま自由に接してくる彼らの方が付き合いやすく、そして羨ましく感じていた。
「ねえ、お姉ちゃん。結婚式、まだ挙げてなかったの?」
「ええ、シアに見せてあげたかったから。あなた達を待っていたのよ」
「ほんと…!?とっても嬉しい!ありがとう、お姉ちゃん!」
そして普段は無表情なのに、本当に嬉しい時や悲しい時は輝かしい表情を見せるシア。この子ともっと一緒にいたいのに、一晩しか一緒にいられないなんて…本当に寂しい。けど、一晩でもちゃんとお別れする時間を取れただけでも贅沢というものだろう。それすらも許されず、ドラゴンのブレスで炭となって即死した人々もいたのだから。
「ごめんね、シア。赤ちゃんも見せてあげたかったんだけど、生まれてからあなたたちを召喚できるか自信が無くて、急いじゃったの」
「ううん、ありがとう。たぶん正解。あと半年も待ってたら、本当に形を失くしていたと思う」
「えっ!?妊娠してるんだ!?おめでとうコレットー!!」
これまた全力で笑顔を向けてくれるチュベルーズ。彼女とももっと末永く友人付き合いをしたかった。たぶんポーラに並ぶ親友の一人になれたことだろう。
「ええ、ありがとうチュベルーズ!男の子なの。名前ももう決めてあるのよ」
「そうなんだー!ねえねえ、なんて名前にしたの!?」
「ふふっ…皆との絆を残したくて、勝手に名前を貰っちゃったんだ。アリストロシュって名前にしたの。本人に聞かせて驚かせてあげたかったのに、残念だわ」
微笑ましい話題のはずだったのに、精霊達の表情がピシリと音を立てて石のように固まった。
「………え?そ、それまじでやっちゃったの!?」
「へ?え、ええ…あなたたちの事を身近に感じられるようにって、随分前に決めたんだけど…」
チュベルーズが何故かひどく焦った様子で叫んだ。おかげで周囲の人々が何事かと私達に注目し始めてしまっている。衝撃から立ち直ったらしいイフが、私ではなくシアに対して呆れた表情を浮かべていた。
「…おい、オートンシア。何故消える前に教えてやらなかったんだ。お前から教えるべきことだろう」
「ごめん、それどころじゃなかった」
そのシアはどこか遠い目をしている。
「な、なんだ?僕らが何かしたのか?」
「やらかした」
「やらかした!?」
「あっちゃー…確かにやっちゃったね…」
そしてイフが大きな溜息と共に、その意味を語った。
「精霊を器に宿したまま子供を産むのは良いが、生まれる前の子供に精霊の名前を付けてしまえば、精霊の魂と魔力はその名付けられた子供に縛られてしまう。名前とは存在を縛る呪いの一種だ。お前は精霊を無自覚に呪ってしまったんだ」
「そ、それってどうなるの!?」
「アリストロシュそっくりな子供が生まれてくるだろうな。記憶も持っているかもしれない。やれやれ…無知とはなんとも恐ろしい」
てことは、アリストロシュの存在に私たちがトドメを刺して、生まれ変わらせちゃったってこと!?魔王になるために魔力を全部奪っただけでなく、ついに存在そのものにまで手をかけてしまったとは……あまりの失態に顔がどんどん白くなっていくのを感じた。
だが私とは対照的に、セレスタン様は悪事を思いついたような、良い表情をしていた。
「なるほどな…ふふふふふ…!はっはっは!これは傑作だ!」
「セレスタン様?」
「おい、いいことを思いついたぞコレット。僕らで6人家族を作ろうじゃないか」
「4人子供を作るってことですか!?………あっ」
「はい!?ちょっと、まさか本気!?」
「おい正気か」
つまりセレスタン様は、精霊達にもう一度生を与えようとしているのか。私が死なない限り器に縛られて復活できない彼らのために。
「この鼻持ちならない水の精霊と、やることが突拍子もない風の精霊を躾けるいい機会だ」
「き、君を父と呼べというのか!?」
「ああ。いつだったかコレットをいじめた罰だ。」
「いじめ!?そ、そんなつもりは…!!」
彼らと共に生きる人生は、きっとすごく楽しいものになるだろう。
迷う理由なんて一つもない。
「わかりました、セレスタン様。頑張りましょうね!」
「コレットー!?」「嘘だろう…!?」
「セレスタンがパパ?」
「ああ、コレットがママだ」
「ママはお姉ちゃん」
「シア、待って!その発言はちょっと危ない!」
周囲は騒然としていた。精霊を食い尽くした魔王が、精霊の生まれ変わりを産むなどということは、少なくとも歴史上類を見ない。少なくとも歴史書には残っていないはずだ。
でも、やってみせよう。私もあのデリカシーの無い火の精霊には再教育が必要だと思っていた。
私はもう一度お腹に手を当てて、生まれてくる子供に向けて心の中で語り掛けた。
元気に生まれておいで、アリストロシュ。
シュニエ家の長男としてしっかり育てて差し上げますからね、と。
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パーティーも落ち着き、もうすぐ結婚式が始まる時間だ。私は控室でウェディングドレスに着替えていた。シアの「一番最初に見たい」という希望を叶えるため、同じ控室で式の開始を待っている。
「お姉ちゃん、すごく綺麗」
「ありがとうシア。本当ならあなたにも着せてあげたかったんだけどね」
「お姉ちゃんの子供として産まれてからそうする」
「…そっか」
シアはいつも必ず、自分には死が無いかのように話す。だけどそんなはずはない。超越した死生観を持っていたとしても、理性と知性を持つ生物である以上、死への恐怖は大なり小なりあるはずだ。それでも彼女は、きっとこれから先も私を不安にさせないために「自分は死なない」と言い続けてくれるのだろう。
しんみりとした空気が流れそうになった。彼女が心待ちにしていた結婚式を前に、彼女を看取るような雰囲気にはしたくない。だから私は、最後の機会だと思いあのお方の事を聞いてみた。
「シア、お屋敷でダークドラゴンを押し返した老冒険者様の事、あなた知ってる?」
「うん。あれは半端者」
「半端者?」
シアの目に、寂し気な色が宿った。彼女が寂しいという気持ちを表情に乗せるのは、非常に珍しい。
「魔王の成りそこない。国のために精霊の加護を得ようとしたのに、地の精霊以外は全部吸わなかった。だから器が半端に完成しちゃって、でも自裁する勇気も無いまま、魔物の魔力だけを吸いながらずっとあの姿のまま生き続けてる」
あの方が、魔王の…!?じゃあ、あのお方は不老不死…?いや、器が未完成だった私と同じで、ただ老いたり若返ったりを繰り返しているということか。
それなら私に対して妙に親切だったのにもある程度説明がつく。あのお方は同じ境遇に陥った私に対して同情してくださったんだ。だから決して多いとは言えない報酬で、触れれば魔力を奪われると知った上で親身になって教えてくださっていたのか。
「でもわたしはあの人がまだ生きてたことより、お姉ちゃんと知り合ってたことの方に驚いた。あの人は妻を亡くしてからは、この世に対して無関心になったのだと思ってたから」
「そうだったんだ…お名前はわかる?私、あの人にまだお礼を言えてないの。出来れば探し出して、ちゃんとお礼を言いたいわ」
「シャミナード」
あれ、聞いたことがある名前だな?…んん?
「え、シャミナ…はいっ!?」
「アドルフ・フォン・エル・シャミナード初代国王。建国の父」
そ、それじゃあ私は2年もの間、初代国王からサバイバル技術を学んでいたってこと!?なんと数奇で、奇妙な出会いなの…!?
「シア、随分詳しいんだね」
「………だしね」
「え?今なんて!?」
「何でもない。セレスタンとお姉ちゃんの子供になるの楽しみ」
今、聞き捨てならないことを言った気がする。私の聞き違いじゃなければ、彼女はこう言ったのだ。
パパだしね、と。
それを確認すべきか迷っているところに、ノック音が響いた。
「コレット、準備が出来たわ。さあ、結婚式を始めるわよ」
「え?あ、はい!ありがとうございます奥様!シア、行きましょう!」
「うん」
シアの目にはもう寂し気な色は見られない。私とセレスタン様の結婚式にむけて、期待に胸を膨らませているようだ。……シアの生い立ちを気にした自分が恥ずかしい。彼女が何者かなどと関係ないじゃないか。私だって、コレットになる前は世界を滅ぼしかねない悪の公爵令嬢だったのだ。シアはそれを知ってもなお、私の事を信じてくれた。なら、私がシアの正体だとか、身の上だとか、そう言う事を追求する資格などない。
私が彼女のために出来ることは、シアに私とセレスタン様の結婚式をちゃんと見届けて貰って、必ずオートンシアを産み育むこと…妹としてではなく、血のつながる娘としてシアを愛する日々を約束することだ。
その日、高位の礼服を着たセレスタン様を見た私は、その麗しさにあてられて再び恋をした。この神聖なひと時をセレスタン様とシアの3人で迎えられたことを、私は生涯忘れないだろう。
奥様が神父役を務める中で愛の宣誓を終えた私達は、ようやくシア達に夫婦としての契りを交わすところを見せることが出来た。
結婚式を終えたその夜、シアとセレスタン様の3人で語らい、再会を約束してから3人で抱き合うようにして眠った夜――
――私たちは一睡もしないまま、ただ静かに消えゆくシアをもう一度見送った。
シアの笑顔を目に焼き付けながら…完全に消え去ったシアを思って、私はもう一度彼女のために涙した。
シア、必ずあなたを産み落としてみせるから。
だから、待っていてね――
この約5か月後、私は赤ん坊を出産した。
笑顔の良く似合う元気な男の子だった。
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