さよなら
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「皆、大丈夫!?」
「奥様!ド、ドラゴンが!」
セレスタン様の言うとおり、奥様もすぐに到着された。だが、空には2体、地上にも1体のダークドラゴンがいる。そして前線に墜ちた1体は全身に剣戟を浴びながらもお構いなしに暴れまわっていた。
「闇に汚れた竜……まだ3匹も残っていたんだ」
「シア……!?」
「っ!コレット、伏せろ!」
突如、空を飛んでいる2体が上空から炎のブレスをデタラメに吹き付けてきた。どうやら一方的に蹂躙して、自らは高みの見物をするつもりらしい。
「ま…町が…燃えていく…!!」
「くそっ!堕ちろ!」
町が燃えていく中、セレスタン様が得意のアイススピアで1体のドラゴンの翼を撃ち抜いた。落ちなかった方のドラゴンはそれを見ても何も反応せず、煙の中に隠れるようにして飛び去っていった。とにかくこれで上空から広範囲にブレスを浴びる心配は無いが、代わりに落ちてきたドラゴンと戦わねばならない。セレスタン様と奥様、そして戦闘可能な兵たちが町に落ちたダークドラゴンを取り囲んだ。
「コレット!こっちはいい!あなたは屋敷まで下がりなさい!」
「で、でも…!?」
「僕とオレリーなら問題なく倒せる!ここでお前を死なせるわけにはいかないんだ!!」
なら、ならせめてこの町の火災をなんとかしないと…なんとか!!
「おねえちゃん、あれを使おう」
シアが真っ直ぐに私を見つめたまま、屋敷を指差した。そして私はあるものがそこに置いてあることを思い出した。
「そうか…あれを使えば!!セレスタン様、火災の方は私に任せてください!!」
「何をする気だ!?」
「大丈夫。わたしもついてく。おねえちゃんが無理しそうなら止める」
こんな時でもシアはマイペースだ。それがこの緊迫した状況ではありがたい。
「わかったわ!シア、コレットをお願い!コレット、無茶はだめよ!!」
「後で僕も行く!魔獣が来たら逃げろよ!」
私はセレスタン様と奥様の声を背に、屋敷まで走った。空は燃えゆく町の灰と煙によって赤く、そして黒く染められていった。
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私は屋根の一部が燃える屋敷へと飛び込み、執務室にある机の引き出しを開けた。そこには一つの宝石箱が入っている。
「私の中の器…私を魔王にしたいっていうなら、この程度の呪いに負けないでよ!!」
それは、"雨乞いの遺灰"。使用者の魔力に呼応して雨雲を生み出す、呪いのアイテムだ。すでに町はほぼ全域が炎に飲まれてしまっている。私は躊躇せず宝石箱を開け、中の宝石を鷲掴みにした。
だが掴んだ瞬間、全身の力が抜け落ち、握り込んだ手だけが宝石を離すまいと動かなくなる。
「ぐっ!?な、何…こんな!?」
完成間近の魔王の器が悲鳴を上げているように感じた。雨乞いの遺灰が魔力を吸い上げる勢いは、初めて触れた時よりもむしろ激しかった。雨雲もそれに比例してか、すさまじい勢いで形成されていき、ゴロゴロと雷の音が聞こえてくる。
旅の中で旦那様からも分け与えられてきた無尽蔵にも思えた魔力が、凄まじい勢いで奪われていくのを感じる。直後、学園に入ったときに感じた懐かしい感覚に襲われた。
「………っ!?まさか、ここで暴走するつもり!?この…言うことを聞きなさいよ!!」
悪意を感知する感覚だった。ただしこれは人間の悪意ではない。自分たちの希望である魔王を惑わし、魔王との共存を目指そうとする人間に対する……魔獣達の悪意だった。魔力を急激に失った魔王の器は、より多くの魔力を奪う為に再び私を悪意で染め上げようとしている。
「こ、こんな……獣に悪意が宿っているとでも言うの!?やつらに意思があるって!?」
「それだけじゃないよ」
シアが、身動きの取れない私のすぐ側までやってきた。その目は虚ろで、なんの感情も伺い知れない。
「魔獣たちは憎んでる。自然を壊す人間と、自然と魔獣を守ろうとした魔王たちを殺した勇者達を」
「憎しみ……!?まさか、それがスタンピードの原因!?でもどうして!?私は勇者を憎んでるわけじゃないのに!?」
「おねえちゃんじゃない。魔王の器に残ってる過去の魔王たちの無念が、魔獣たちに復讐心を抱かせている。魔獣を全部倒すか、おねえちゃんが死んで魔王の器が失われるか、どちらを選ばないと彼らは復讐心を捨てきれない。なら、取れる道は一つだよね」
シアが死んだような目をしたまま、両手を私の首へと向けて近付いてきた。………そうか。シアは形勢があまりに絶望的であることを認めて、私一人の命ではなく、サンティレールの皆を救うことを選んだのか。それで私に、この宝石を握らせた。確実に命を絶つために。
「さよなら、おねえちゃん」
悲しい結末だ。だけど、シアの手で殺されるなら、それも悪くないかもしれない。
「シア、私の剣を使いなさい」
「おねえちゃん…?」
「触れたらあなたまで傷付くわ。私に触れないように、剣で胸を突きなさい」
一瞬シアが戸惑ったのか動きを止める。戸惑う理由なんてないだろうのに、最期まで私のことを気遣ってくれているのがわかって嬉しかった。
「……シア、あなたのことは妹のように思っていた。だからあなたに刺されるなら、私はきっと無念を残さないと思う。ううん、絶対に残さない。心から死ぬと誓うわ」
「………妹?」
「……大好きだよ、シア。あなたに看取ってもらえて嬉しい……セレスタン様のこと、お願いね」
「………ッ!!」
シアが息を呑む気配を感じながら、私は目を閉じた。
だが剣が私を貫く気配が無いまま、執務室の静寂を窓ガラスと壁が豪快に砕ける音が打ち破った。セレスタン様が撃ち落とし損ねた1体のダークドラゴンが、私とシアの眼前へと降臨していた。
もはやその目は、人間の形をしていれば全て滅ぼそうという怨嗟によって燃え上がっているように見える。まるで私達こそが魔王の仇であるかのように。
その口腔が瞳に負けない熱さで赤く燃え上がった。
「ドラゴン…!?シアは焼かせない!!シア、奥へ逃げなさい!!早く!!」
「おねえちゃん!?」
私は力の入らない身体で強引に飛び、ドラゴンの口元へとその身を投げ出す。
「焼くなら私を焼けぇー!!」
どうせ失われる命なら、シアの盾になりたい。いよいよ眼前を炎が支配した時、私は死を覚悟した。
「目を閉じるな、コランティーヌ」
だがついにブレスが吐かれんというタイミングで、竜の下顎から長剣が飛び出し、上顎と縫い付けた。何が起こったのかわからないまま首だけを右へ向けると、そこには老いた冒険者が…12年前、私にサバイバル技術を教えてくれた人が立っていた。
あの日と変わらぬ風貌と、人を寄せ付けない孤独を纏ったまま、私を守ってくれていた。
「……貴方様は!?今までどこに!?」
「オートンシアを信じろ」
「待って!貴方様は何者なのですか!?」
その老体のどこにそのような膂力があるのか、老冒険者は無言のまま竜を強引に壁の外へ押し出し、巨体と共に落下していった。あとを追いかけたかったが、わたしの体は雨乞いの遺灰によって身動きがとれないままだった。
「おねえちゃん」
「シア…」
執務室に残されたのは、また私達二人だけになった。
「誤解してる」
「誤解…?…えっ!?」
「わたしがおねえちゃんを殺す道なんて選ぶはずないよ」
シアが笑っていた。寂しそうに、嬉しそうに…そして、悔しそうに。これまで見せてきた中でも段違いに感情のこもった笑顔だ。
そして再び両手を私の首へと伸ばし…そのまま私を抱擁した。全てを包み込むような温かで膨大な、しかし有限の魔力が凄まじい勢いで吸い込んでいるのが伝わってくる。完成を迎える器の吸収力は、シアの体を早くも砂へと変えていった。
あまりに膨大な魔力を一度に吸ったためか雨乞いの遺灰が砕け散り、町には大雨が降りだしている。
「シア!?駄目、離れて!!まだ、まだお別れしたくない!!」
「おねえちゃん…やっぱり駄目そうなの。器もそうだけど、勇者がそろそろ保たない」
「だ……旦那様が!?」
「3つ目の波ももっと大きくなってる。もうわたしにも魔獣を数え切れない。このままじゃ皆死んじゃう。だから……仕方ないの」
旦那様の安否とシアの吸収がどう関係するのかもわからず困惑する中、一人の足音が執務室へと近付いてきた。乱暴に開けられたドアの先に立っていたのは……セレスタン様だった。どうやら屋敷に取り付くドラゴンを見て、すぐに駆けつけてくれたらしい。セレスタン様は私とシアの様子を見て、全てを察したように顔をしかめた。
「シア……お前……!」
「ごめん、セレスタン…約束を…守ってね…」
「セレスタン様!シアを引き剥がしてください!このままじゃシアが…シアが消えちゃいます!!」
サラサラとシアの命が流れていく中で、しかしセレスタン様は…。
「……後は任せろ。必ずコレットに代わって成し遂げてみせるから……安心して、眠れ」
「セレスタン様!?そ、そんな…!!」
「うん…ありがと…じゃあ…いくね…」
シアの体がどんどん軽くなっていく。壁に開けられた風によってシアだった砂はどんどん飛ばされていき、私の体に張り付く砂ですら雨がさらっていった。
「シ…シア…ごめんなさい…ごめんなさい!私…結局あなたに、何もしてあげられなかった…!!」
「……ううん……妹って言ってくれた……わたしも……大好き……!」
「そんな……ことで……っ!!」
「ありがとう……お姉ちゃん……またね……」
私の後悔の念に、シアはただ静かに、嬉しそうに微笑んだまま。
砂となって消えた。
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「シア……!!オートンシアあああああ!!!」
号泣する私の肩に、セレスタン様が手を置いた。
「コレット、すまないが泣いている暇はない。シアを喰らいきった今、君は完全な魔王となったはずだ。僕の魔力が吸われていないのがその証拠となる。ならばシアの約束を守るために、僕に協力しろ」
セレスタン様の目は悲嘆に暮れていない。それどころか、使命感に燃え上がっていた。
「約…束……?わ、私に出来ることがあるなら、なんでもします!それがシアの思いに応えることになるなら!」
「よし。ならば僕に精霊の魔力をすべて寄越せ。シアの分も、他の精霊の分も全てだ」
「………え?」
セレスタン様の目が鋭くなった。
「シアが言っていただろう。君は魔力を扱うことに特化している。だから魔法が使えない君に代わり、僕が君の魔力で魔法を使うんだ」
皮肉げな笑みを浮かべたまま断言した。
「大丈夫だ。僕が全部なんとかしてやる。君に無念など残させないさ」
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