第二波
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偵察する間もなく、魔獣集団暴走の発生原因もよくわからないまま始まった防衛戦は、開戦当初サンティレール軍が圧倒していた。兵たちの練度の高さもあったが、同時に初日から手持ちのカードを全て切り、初日を乗り越えることに注力した結果に過ぎない。
旦那様が設置していた疑似地雷も、頼みの綱だった大砲も使えなくなった今、残された手段は正面衝突だけ。今第二波が立て続けにやってきたらひとたまりもない。サンティレール軍の士気を支えているものは、翌日にやってくるはずの王都からの応援部隊への期待と、勇者アレックスの劣らぬ覇気だけだった。
だが明確な終わりの見えない防衛戦の士気を維持することは難しい。もちろん第三波まで凌げばなんとかなるという、勇者の言葉と実力を誰もが疑っているわけではないが、第一波が観測よりも早くに到達したことに不安を感じる者がいるのもやむを得ないことだった。
誰かが言う。
「今日はいい。だが明日、王都からの応援が遅れたらどうなるのだ…?」
勝利条件が不明瞭な中、明日をも知れぬ綱渡りの中で戦う不安とストレスは相当なものだった。兵はもちろん、その中で指揮する旦那様もまた同様だった。
翌日の明け方、応援の騎士団は予定よりすこし早くに到着してくれた。それは私にとって、ある意味最も意外な騎士団だった。
「第二騎士団…!」
「ああ…確か、フルール王妃への個人的忠誠心の強い者たちが多い精鋭と聞くが…まさか最強戦力の一つをこちらに回してくれるとはな」
もちろん、あくまで王妃ではなく国王の命令によって動く騎士団であるため、フルールの意向が反映されたわけでは無い。それでも辺境の防衛に中隊規模が編成されるのは異例で、その配慮にはフルールの気持ちが乗せられているように感じられた。
騎士団の中には、フルールの使いとしてやってきていた騎士ユリアン様の姿もあった。
「ご無沙汰しております、ユリアン様」
「こちらこそ。コレット殿もお元気そうで何よりです。……それで、その…」
ユリアン様は非常に言いにくそうに目を伏せた。何が良いたいかはわかっているので、首を横に振る。
「まだです。戦いを終えた後、ちゃんと覚醒するつもりでいます」
「そう、ですか…あの、王妃様よりご伝言をお預かりしております」
「伝言?」
ユリアン様は咳払いをした後、気遣うような口調で伝えてきた。
「"戦いが終わったら首を洗って私の所へいらっしゃい"だそうです。何やら不穏なお言葉ですが…穏やかに微笑んでいました。多分、文字通りの意味ではないと思われます」
「ありがとうございます。戦いが終わりましたら、無事をお伝えに参りますとお伝えください」
ユリアン様はそれだけ言うと曖昧に笑い、走って部隊へと戻っていった。第二波がどれほどの規模であるかは、地響きが多すぎてシアにもよくわからないらしい。彼が無事に帰ってきてくれることを祈ろう。
旦那様がこちらにちらりと目配せをした後、第二騎士団長と共に前線へと向かっていった。既に火器と呼べるものは槍銃を除いては撃ち尽くしてしまっている上に、第二騎士団も到着時間を優先して重荷となる物は最低限しか持ち込んでいない。第二波から早くも剣と魔法による総力戦となる見込みだった。
だが、その見込みですら甘かった。
第二波の勢いは、第一波よりも遥かに激しく、総力を以てしても防ぎきれないものだったからだ。
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第二波の魔獣とサンティレール軍は正面から激突した。今回は騎士団による後方からの魔法支援こそあるものの、第二波の数は第一波のおよそ3倍にも上っており、単純な物量からして前日の比ではなかった。おまけに魔獣の多くがスピードに優れるクレイジーウルフであり、その速度は圧倒的で、どうしても討ち漏らしが発生してしまう。相当な数の狼が防衛線を突破し、町へと駆けてきた。
「来た」
「シアは隠れてて!」
真っすぐに町へ入ってきた魔獣達に対し、駐屯していた騎士たちと予備兵力が相対する。私も弓を手にして遠距離からの狙撃で援護をしていった。シアは大地の精霊であり、精霊達の中でも最大規模の魔力を誇ってはいるものの、精霊術師を介さない限りは魔法で魔獣を傷つけることは出来ないのだという。だからシアを護るのは私の役目だった。後日、命がけで守ったそのシアを喰らわねばならないと思うと、胸が痛む。
「くっ…!まだくるの!?」
既に兵たちは10体ほどの狼を町中で撃退しており、私も何匹か射止めたが、一向に町へ入ってくる狼の数が減る様子は無い。町中でさえこの有様なのだ、恐らく前線はさらに混沌としているだろう。旦那様は無事だろうかと、焦燥感ばかりが募っていく。
その余裕の無さが災いし、私は自分が何本撃ったかを忘れてしまった。眼前の敵を前に矢切れを起こす失態を犯したと同時に、2体の狼がこちらに向かって走ってきた。狙いは明らかに私とシア…最も無防備だった少女二人を、狼は見逃さなかった。
「シア!もっと下がって!」
腰の短剣を抜いた私は、狼たちと対峙する。だが旦那様の言うとおり、私は狩りの経験こそあるが、正面切って戦う技量も、複数を同時に一人で相手取った経験も無い。走り来る牙の大きさと鋭さに恐怖しつつ、それでも負けじと短剣を握った手に力を込めた。私の眼前に狼の口腔と牙が迫る中、負けじと剣を振りかぶり――
接触する寸前で、狼達は複数の炎の矢によって弾き飛ばされた。
「この魔法は…!」
「すまない、遅くなった」
そして町中で暴れ回る狼の頭頂部へ氷槍が精確に突き刺さっていく。中級破壊魔法であるアイススピアを複数狙撃という形で範囲攻撃を行える魔道士と言えば、私が知る限り一人しかいない。
「セレスタン様……!!」
「遅い」
「これでも急いだんだ。オレリーも間もなく到着するが…まずは前線を支えよう」
セレスタン様は前線からかなり遠い位置にいるにも関わらず、その場で支援魔法の詠唱を始めた。そして筋力増強と魔法障壁を発動させると……なんと前線部隊が明らかに魔獣の群れを押し返し始めたではないか。急に屈強となった兵たちに驚いた魔獣達が悲鳴を上げている。そして大型魔獣を中心に、アイススピアによる援護射撃が行われた。
旅の中でも範囲魔法と支援魔法の扱いに優れているとは思っていたが、その精度は対象が見えてさえいれば、大群であろうが距離が離れていようが関係ないらしい。その威力と範囲に驚いた私は呆然とし、ついついセレスタン様に見惚れてしまっていた。
戦況は一気に好転し、このまま行けば第二波は問題なくやり過ごせそうだった。だが、不測の事態とは戦争であれば常に起こるもの。
巨大な飛行型魔獣が、町へと迫ってきているのが見えた。それを見たセレスタン様に緊張が走る。
「あれはっ…!?馬鹿な、到達が速すぎる…!」
セレスタン様は咄嗟に攻撃魔法をその巨体の翼に集中させて撃墜するが、それは1体だけでは無かった。全身を黒い鱗で覆う飛行型魔獣は、2体、3体と数を増やしていく。そして撃墜した1体も絶命した訳ではなく、地上にいた兵士たちに襲いかかっていた。
「ダークドラゴンが3体…!?」
それは、あの日私が追放された数日後、王都へとやってきてスラム周辺を焼滅した邪悪な龍。
ダークドラゴンの群れだった。
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