シア
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「それで…話とはなんだ、シア。ケーキなら持ってないぞ」
「セレスタン、ごめん」
シアのやつが頭を下げた。あの無愛想で、常に無表情を貫き続けていたシアが、本当に申し訳無さそうに。……こんなことは初めてだ。一体、何を謝ろうとしている?
「もっと早くに言わなきゃいけなかった。でも、皆と過ごすのが楽しくて、ずっと続けたくて、本当のことを言い出すのが怖かった。セレスタンともっと一緒にいたかったから…今まで通り一緒にいたかったから、ずっと先延ばしにしちゃった」
「……今日はよくしゃべるな」
本当によく喋る。だがそれは良いことではない。シアが饒舌によく喋るのは、大抵最悪の事態が起こっている時だ。
「何を言うつもりかわからないが、怒りはしない。お前と僕の仲だ………と言えるほど、お前と長くいたとも思えないが。とにかく、お前はいつだって僕の味方だった。それでいいよ。そのお前を今更疑いはしないし、嫌いにもなれんよ」
「ううん、十分。……十分、報われた…」
ふと見上げた先のシアの顔を見て、思わず息を呑んだ。ありえない。可憐で美しいが、シアにはあってはならない顔だ。
「嬉しい…!」
泣き笑い。シアが浮かべたことのない、少なくとも僕の前では絶対に見せたことはない顔。
何を言う気だ。やめろ。やめろ、シア。
「セレスタン、聞いて。……わたしは人間じゃない……大地の精霊。4属性の精霊を統べる上位精霊なの。……おねえちゃんが魔王になるためには、私の全部をおねえちゃんに取り込んでもらわないといけない。おねえちゃんに、食べてもら――」
「やめろ…!」
わかった…もういい…精霊だろうと妖精だろうと関係あるか…!
お前はシアだ…!
精霊でも上位精霊でもかまわないから、僕のそばで勝手に紅茶でも飲んでればいい!ケーキでもなんでも食ってればいいじゃないか!だから……!
「聞いて。おねえちゃんをここまで導いてくれて本当にありがとう。セレスタンの言う通り、きっとおねえちゃんなら――」
「やめろって言ってるだろッ!!まさかお別れの挨拶でもしてるつもりじゃないだろうな!?」
その先を言うな…!頼む、言わないでくれ…!
「ごめん。でも、もう決めたから」
「何をだ!?今更さよならなんて言ってみろ!!僕は絶対にお前を許さないぞ!!お前がいなくなったら誰が店番をするんだ!!お前の名前で開店したんだ!!今更無責任にやっぱり退職しますだなんて言わせないぞ!!」
「………ごめん」
だが、決意したシアを止めることなんて、僕にだって出来やしない。ちくしょう。僕だってわかってたのに。
「……ケーキ、お腹いっぱい食いたかったんだろ」
「うん」
「……ずっと皆と一緒に遊びたいって言ってただろ…!」
「……うん」
「僕とコレットの結婚式でブーケを取りたかったんだろう…!?」
「…………うん…!」
「僕たちの子供を抱っこしたいって言ってたじゃないか…!!」
「抱っこ……したかったなぁ……!!」
最後の声は、かすれていた。
「消えたくない……!消えたくないよぉ……!お腹いっぱいケーキ食べたかった……!おねえちゃんとセレスタンの結婚式……見たかった……!!二人の子供……抱っこしたかったよぉ……っ!!」
「じゃあどうしてだよ!?消えなきゃいいじゃないか!!僕が方法を考えてやる!!僕がお前もコレットも全部なんとかしてやる!!僕を頼れよ!!僕に任せればどんなことだって!!」
「どうにもならないよっ!!!」
シアがついに、泣いた。笑いもしたし、静かに怒りもしたこともあるシアが、初めて見せた涙だった。
「魔王の器を完成させるためには精霊を全部取り込まないといけないの!!おねえちゃんだけなんだよっ!!人間への復讐で自然を傷つけない魔王になってくれそうなのはっ!!」
あのシアが激情のまま叫んでいる。その声は幼いのに、ずっと長い年月を生きてきた者の疲労が滲んでいた。
「わたしはずっと見てきた!!何度もっ!!何度もッ!!!何人もの勇者が生まれては魔王に勝って!!死んでいってッ!!魔王が復活すれば新しい勇者がまた魔王を殺して!!そして再び魔王になった人間がたくさんの人間を殺して!!自然を護ると言いながら壊して!!また勇者に殺されて!!もう嫌なの!!ここで終わらせたいんだよ!!精霊も魔王もいらない世界にしたいんだよ!!」
慟哭。絶叫。シアには似合わない号泣。遺跡に入ったコレットとアレックスに聞こえていないだろうか。ちくしょう…ちくしょう。シアの言うとおりだ。こんなこと、二人きりじゃないと話せない…!
「………シア。コレットが魔王になれば……その連鎖は止まるのか?」
「………うん。おねえちゃんが魔王になって、無念のまま死ななければ……幸せなまま天寿を全うできれば、魔王の無念はきっともう残らない。きっと次の魔王も、次の勇者も生まれなくなる。精霊が居なくても平気な世界ができるはずなの」
「根拠はあるのか?」
「ない」
「……そうか」
だが断定したときのシアには逆らうべきじゃない。
「……それでも今言ったのは曲げようのない真実なんだろう。そんなものは二人きりで話す必要もない。どうせ最後にお前は吸収される以上、あの二人にも知られるのだから。なら、本題は別にあるんだろう?」
「……流石。そう、セレスタンにしか頼めない。魔道士として優れていて、魔王になった後もコレットを愛することができるセレスタンにしか、これは頼めないの」
「何でも言ってみろよ。もうすぐ消えちまうんだろ?親友記念で全部叶えてやるからさ」
「わたしのこと……親友って言ってくれるんだぁ…!!ありがとう……!!ありがとう、セレスタン……!!」
シアは満面の笑みを浮かべながら、今までで一番涙を流した。
親友どころか、家族だ。愛すべき、失わざるべき妹で、娘だ。それは恥ずかしくて言えなかったけども。たぶん、シアには伝わってしまったと思う。その証拠に、シアのやつは満面の笑みを崩さなかった。
「わたし……セレスタンに会えて、良かったっ……!!」
くそ…くそっ!ちくしょうめ!!こいつが一番幸せそうに見える顔が、ケーキを食うときじゃなくて、俺と話している時だなんて…!!
「私……地の精霊オートンシアが、セレスタン・シュニエにお願いします。どうか――」
――僕はこのお願いを言ったときのシアの顔を、決して忘れない。
――そしてコレットにも今は明かすまいと決めた。
――自らの消滅を前に最後に僕に託したもの。
――それは、下手すれば僕の身体を破壊しかねない、とても苛烈で、しかし切なる希望だった。
――だが叶えなくてはシアのパートナーではいられない。だから僕は、その願いだけは絶対に叶えようと心に誓ったんだ。
――シアの願い………それは、僕がコレットに代わって――
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