魔力喰らいの元悪役令嬢は余生を魔王として暮らしたい
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「コランティーヌ様、本日はお招きいただきましてありがとうございます」
「こんにちは、フルール。さあ、おかけになって」
その翌日、屋敷の庭園でいつものお茶会が開かれた。定期的に行っているはずのお茶会に猛烈な違和感を覚えながらも、体は覚えているのか自然と口は動いた。いつものお茶会、いつもの時間、そしていつものお茶会相手は親友のフルール。親友相手だから敬語も使わない気楽さもある。なのに…一体どこに違和感を覚えているのだろうか。記憶の底をさらって考えてみてもわからない。尤も昔の記憶ほど朧げになってしまうから、あまり意味のある思考でもないのだけれども。
「フルールが殿下の愛妾になるだなんて知らなかったわ。どうして相談してくれなかったの?」
「大変申し訳ありません、コランティーヌ様…私にも後ろめたさがありました。お二人がとても仲睦まじいのはわかっていましたのに、殿下への想いを捨て去ることが出来なかったのです…」
頭を下げて謝罪するフルールを見て、ずきりと胸が痛んだ。親友が謝る姿なんて見たくはない。だがそれ以上に…自らの優越感を満たすために人を貶めているような、強烈な自己嫌悪に苛まれた。頭の中で「こうではない」と誰かが叫んでいるような気がする。
「殿下のお相手があなたで良かったわ。もし他の女であったなら、きっと私は嫉妬心で狂っていたでしょうから」
心にもない言葉が口から飛び出す。何故親友相手にそうも上から目線でいられるのかと自嘲した。
「コランティーヌ様…ありがとうございます!私が婚約者である殿下のお心を盗んだと、お怒りになるとばかり思っておりました…!コランティーヌ様の御慈悲に感謝いたします…!」
「なんですって……?」
「私、ずっとコランティーヌ様のことをご尊敬申しあげておりましたが、私のことをそこまでご評価いただけているだなんて思わなくて…感激いたしました…!」
鳥肌が立った。若き日のフルールが、私に対して心から尊び、敬っているのが伝わってくる。まるで私に対して何の悪感情も持っていないかのような、完璧な親友ぶりだ。だが…だが、私にとっての親友とはそういう物だったか?
『――手を離せって言うから離してやったわ!ほら感謝!』
私の親友は、私に対して無遠慮で、起きないときは容赦なくたたき起こすやつだ。こんな都合の良いことばかり言うような、薄っぺらいやつじゃなかったはずだ。
「コランティーヌ様はきっと、聖女様の生まれ変わりです。聖女様は万人を導き、万人をお許しになる方だったとお聞きしました。私ごときをエドガール殿下の愛妾として認めてくださるコランティーヌ様こそ、聖女を名乗るにふさわしいお方に違いありません…!」
『――私が嫉妬できる相手はコレットだけ。唯一夫を取られるかもしれないと思うほど可愛くて、私に女を磨くことを忘れさせないでくれるのはコレットだけですもの』
私が聖女なはずがない…!本当の聖女様は、愛する男に近付く女に嫉妬してもその人間性を認め、嫉妬すらも自らの糧とし、そして愛することの出来る人のことだ…!!私のように嫌なことから逃げ出したり、親を殺してやろうと思うような醜い女が聖女であるはずがない!!
「ご安心ください、例え私にお子が産まれたとしても、絶対に王位継承権を放棄すると誓います!この国を治めるに相応しいのは、エドガール殿下とコランティーヌ様です!二人のお子様を見られる日を楽しみにしております!」
『復讐よ。あなたの愛する殿下と私が治める国が、あなたを含めた万民を幸せに導くところを見せつけてあげるわ。あなたよりも私の方が国母に相応しかったということを、その長く伸びた寿命を使って見届けることね』
『子供が出来たら私にちゃんと見せるのよ?たっぷりと恩を着せますからね?』
フルールはお前のように安い女じゃない…!私が知っているフルールは、毎日のようにいじめられても芯が折れず、殿下への愛を貫き、国母となるべく自らを磨き上げた誇り高き女だ!取り戻した悪意に飲まれることなく、それすらも自らの力と出来る高潔な女だ!乞食のように媚び、卑屈になって愛妾の立場を得ようとするような女じゃない!!
「コ、コランティーヌ様?」
「違う」
「え?」
「私はコランティーヌ・ド・カヴァリエ公爵令嬢ではないわ」
私が今名乗るべき名前はコランティーヌじゃない…!!
「私はコレットよ。サンティレール辺境伯にメイドとして勤める平民のコレットなのよ」
「コレット…?な、なんのことですか?コレットとは一体?」
義憤を禁じえなかった。目の前でフルールを装う何者かに対する怒りと、このような卑屈なフルールを演出した風の精霊に対する怒りで、握った拳が震える。
「おや?今日は二人のお茶会の日と聞いて来たんだけど…二人ともどうしたんだい?」
「あっ!エドガール殿下…!あの、コランティーヌ様のご様子が…」
都合よく現れたのは殿下だった。記憶の中で最も爽やかな姿をしている殿下は、白い歯を輝かせながら庭園へとやってきた。人間離れした麗しさのまま、私の様子がおかしいことを憂いている。
だが、恐らくはこの殿下も。
「殿下、一つご質問してもよろしいですか?」
「なんだい?私に答えられることであればなんでも答えよう」
「仮定のご質問となり恐縮ですが、もし私がフルールの事を虐め、最終的に傷つけたとしたら…殿下は私をお許しになられますか?」
フルールの顔をした女が青ざめた。恐らく、コランティーヌがそんなことを言うとは思わなかったのだろう。作り物だとしても良くできている。だが何もかも不愉快だ。この屋敷ごと、全て我が手で破壊してやりたい衝動に駆られそうだ。
「…その仮定に意味は無いよね?」
「はい、あくまで仮定の話です。ですが意味はあります。私にとっては大事なご質問なのです」
そしてその答えも分かりきっている。この殿下ならば――
「それでも君を愛していると思うよ。フルールはあくまで愛妾…私が心に決めた女性はコランティーヌ、君だけだ。例え君が悪女になろうとも、君を愛する気持ちは絶対に揺るがない」
――絶対に私が望んでいた答えを返す。何故ならそれがこの夢の目的だから。
「…よくも私を惑わせてくださいましたね、風の精霊様」
「え?」
「とぼけないでください。もう全部わかっているのですよ。これが夢であることも、そして殿下の姿をした貴方が風の精霊様であることも」
もしこの夢を用意したのが風の精霊様であるなら…惑う私のことを観察したいと思うはずだ。ならば、目覚めた時に最初に現れた殿下こそが風の精霊様である可能性が高い。そして何よりも。
「殿下は笑う時に、そんな風に歯を見せたりしません」
「っ!?」
「今すぐ私をこの夢から解放してください!都合のいい夢の中でベタベタと人に触って満足するような人間と思われてはたまりません!今の私に必要なものは、両親から得られなかった愛でも、フルールに対する歪んだ主従関係でも、殿下をお慕いできる資格でもありません!!弱くて卑怯な私が王都から逃げた先で出会った、愛すべき人たちです!!」
『今のお前は平民のコレットだ。コランティーヌなど関係ない。それで十分じゃないか』
「セレスタン様がいる世界に…!私が生きていくべき世界に帰してください!!」
心の叫びを聞いた殿下は呆けたような顔をした。だが、すぐににぃっと歯を見せて笑いながら、わざとらしく拍手を打ち鳴らす。同時に屋敷と庭園が歪んでいった。状況についていけなかったらしい夢のフルールは、助けを求めるようにその手を殿下の方に伸ばしたが、触れる寸前になって指が揺らいでしまい、結局届かなかった。夢の存在とは言え、消えるのは相当の恐怖だっただろうと思うと、少し哀れだった。
そして私と殿下の姿も揺らいでいき…私は再び意識を失った。
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「んん…」
背中に硬い感触を感じながら、私は少しずつ体を起こした。どうやら木の幹に寄りかかっていたらしい。
「コレット!?良かった、目覚めたか!」
「…あ…セレスタン様…おはようございます…」
「ああ、おはよう…!3日間も寝続けていたんだぞ!心配させてくれるな!」
セレスタン様がぎゅっと抱きしめてくれた。どうやら風生みの森に魔獣がいないのを確認して、魔力を完全に放出してくれていたようだ。旅に出てからセレスタン様に触れるのはすごく久しぶりで、私ももっと密着したくなって背中に手を回した。いつもの余裕が一切見られず、どこか疲れた表情をしていた気がする。
そういえば三日間も寝ていた割には、体のどこにも痛いところがない。もしかしたら寝ている間に体がおかしくならないよう、ずっと私の体を動かしてくれていたのかもしれない。
「…よく起きてくれたな!」
「はい、セレスタン様」
セレスタン様の力がもっと強くなった。抱きしめてもらえるだけで、こんなにも幸せになれるなんて。夢の中で母に抱きしめられた時でさえ、こんなに嬉しくはなかった。
ああ、やっぱり、私この人の事好きなんだ。
魔王になれたら、まずあなたを抱きしめたい。
あなたが魔力を放出しなくても済むようになったことを…私の方から抱き締められるようになったことを、一番最初に教えてあげたい。
心よりお慕いしております、セレスタン様。
「おはよ」
「お前は本当に寝坊助だなぁコレット。普段ちゃんと寝てるか?」
「シア、旦那様、おはようございます。ちゃんと寝ているんですが、寝るのっていつも気持ちよくてなかなか起きられないんです」
「そんな気持ちいいのか。俺の魔力吸収とどっちがいいんだ?」
「その質問、かなり気持ち悪いぞアレックス」
「おげひん?」
「変態だな」
「アレックスはへんたい」
「シアやめろ!ちょっと否定しにくいからそれ!!」
いつものやりとりだ。いつもの皆だ。思わず笑い声があふれ出た。
皆、ありがとう。大好きです。
帰ってこれた安心感に浸っていると、ぱちぱちと手を打ち鳴らす音が聞こえてきた。音のする方を振り返ると、そこには殿下の姿をした風の精霊が立っていた。
「おはよう、コレット!」
「あれはまさか…エドガール・フォン・エル・シャミナード国王か!?いや、かなり若いが…!?」
「違う。チュベルーズ、姿を戻して」
「うーん、この姿も結構気に入ってるんだけどな!シアの頼みなら仕方ないね!」
そう言って指を弾くと殿下の姿が一瞬で掻き消え、後に現れたのは新緑の髪と瞳を宿した少女だった。年の頃はシアと変わらないように見えるが、もちろんそんなはずはないだろう。
チュベルーズはにぃっと歯を見せて笑った。殿下やシアがしても似合わないが、今の彼女がすると妙に似合っていて"彼女らしい"と思えるから不思議だ。
「いやぁ、やるねコレット!こんなに早く夢から抜け出たのは君が初めてだよ!大抵は何年も眠り続けるか、二度と目覚めないかなのにね!すごいすごい!」
「…最低ですね。一体この夢になんの意味があったのですか?」
「えー!?君が一番幸せを感じる夢といえばこれかなって思ったから見せてあげたんだよ!?感謝してほしいくらいなのに、酷いな!」
アリストロシュもそうだが、精霊とはやはり、どこか人間離れした感性を持っているようだと改めて認識させられる。セレスタン様に肩を借りて、鈍った体を叱咤しながらなんとか立ち上がった。
「何年も夢を見させられて喜ぶ人間などいますか?よほど現実に不満が無い限り、貴重な時間を奪われた人々は怒り狂うはずです」
「それは君が今の現実に幸せを見出しているからそう思えるんでしょ?皆少なからず不満を抱いて生きているんだ。だから夢から覚めたくないと思って何年も見続けるし、死ぬまで夢見ていたいと思うんだよ。夢だと気付いて好き勝手する人なんかもいるんだ。どんな夢があったか知りたい?」
「親友曰く、他人の夢ほどつまらない話はないそうですので遠慮しておきます。……それより、あくまで親切心で夢を見せてくれたというのですか?目的はなんです?」
チュベルーズは笑顔を深め、目を三日月のように曲げた。まるで心から愉快だと思っているかのように。
「魔王になろうって子が、魔王にならなくても幸せになれる世界があると知ったらどうなるんだろうって思ったんだよね!でも実際はこの通り、すぐに目を覚ましちゃったんだけどさ!いやあ逆に痛快だったよ!絶対に殿下とイチャイチャしながら、優雅な王族ライフを満喫すると思ってたからね!」
しかし、ひとしきり愉快そうに笑っていたチュベルーズはため息をつくと、風が止んだように静謐な表情を見せた。ずっと笑顔だけを見せていたはずなのに、何故かその真剣な表情の方がずっと似合っているように見える。まさか、俄かには信じがたいが、こちらが本質なのだろうか。
「……正直意外だったし、予想以上だったよ。人間なんて皆嫌なことから目を逸らして、気持ちのいいことだけを追い求めると思っていたから。特にコレットは、得られるはずの物を何も得られないままだったからさ。それでも君は、嫌なことや辛いことの多かった現実を否定せず、出会った人達の事を愛しながら生きていくことを選んだね。よほど大事なものがこちらにない限りできる決断じゃない。それとも、私の夢はそんなに出来が悪かったかな?」
つまり、夢の中のフルールはあくまでチュベルーズが作った幻影で、私の願望ではなかったらしい。それを知って少しホッとすると同時に、人間や屋敷の姿を完全に再現する精霊の実力にゾッとさせられる。もし彼女がその魔力を夢ではなく、攻撃魔法として放っていたら、私たちは無事でいられたのだろうか。
「いえ、貴方の夢は素晴らしい出来でした。だから私も最初、夢の方が現実なんじゃないかと思ったほどです。ですが、私の記憶にまで手を出したのは失敗でしたね」
「どういうこと?」
「記憶が夢の方に寄っていくほど、私は逆に夢の記憶に対して疑問を抱き続けてしまったんですよ。人間というのは、いつも持っている物が手から離れてしまうとわかると、手放さないために努力するものですから」
「あーそういうことか!」
「それに人間観察が足りません。皆、私にとって都合の良い人たちばかりで違和感がありました。例え私の体質が正常であったとしても、ああはなりませんよ。悪意が奪われていないのですから」
だが、一番の失敗に比べれば、それさえも些末なことだ。
「そして一番良くなかったのは…私のフルールに対する認識を誤解したことです。彼女自身の努力で王妃となったフルールを見下して、優越感に浸ることが私の望みだと想ったのが間違いです。そもそも私は、過去を乗り越えて友情を育もうとした彼女を心から尊敬しているのです。あのような卑屈な姿を見せつけられるのは極めて不愉快でした」
「……そうか。どうも私は君のお友達を侮辱してしまったみたいだね。ごめん、反省するよ」
「……いえ、分かってくださったならいいんです」
だが…もしフルールが悪意を奪われていなかったとしたら、善意だけでは動かないもっと強かな少女だったことだろう。万が一夢の中のフルールがそちらだったなら、もう少し目覚めるのが遅れたかもしれない。あの狡猾さと誇り高き精神が合わさった少女と送る学園生活は、さぞ楽しいものになったことだろうから。
「なるほど……うーんいいねえ、コレット!容赦なくて客観的な指摘!友情を違えない精神!気に入ったよ!君を夢見アドバイザーとして雇いたいね!どう?魔王なんかやめて風の下位精霊にならない?森からは出られなくなるけど、半不老不死になれるよ!」
「チュベルーズ」
シアはただ一言、名前を呼んだだけだ。なのにチュベルーズはシアの方を本当に口惜しそうに見て、大きなため息をついた。
「ああもう、冗談だよシア。そんな怒らないでよ」
「怒ってないけど、冗談でもないでしょ。悪戯に満足したなら魔力分けて」
「はいはーい」
チュベルーズは小さな手を私に向けてきた。だが、どうも気乗りしない。元々そのために来たはずなのに、アリストロシュの最期を思い出してしまっていけなかった。
魔王になるために精霊の姿を奪うだなんて大罪、一つ犯せば十分だ。
「……消えちゃう前に手を離しますからね」
「何言ってるの?」
「え?きゃあ!?」
だがチュベルーズは手をクルクルと回すと、風を操って私の体を空中へ浮かべた。そしてバランスをうまく保てなくてもがく私のお腹の上に座りこむ。どけようにも空中にいるせいで力が入らない。
森の風を思わせる、自由で清涼な魔力が全身を満たしていく。やはり、快感は無い。どこまでも吸い取れてしまえるだろう質の高い魔力で器が満たされていった。そしてそれが意味するものを、私は瞬時に理解させられた。
「どうして!?なんで精霊はそんなすぐに死のうとするの!?私なんかのために姿を消そうとしないでよ!!もうこんなの嫌だよ!!アリストロシュも、チュベルーズも!!なんで私のために生きようとしてくれないのよ!!」
また精霊を殺してしまうのかと思い半狂乱になって叫ぶうちに、目の端から涙が浮かんだが、風が強すぎてすぐに散ってしまう。
「あらら、泣いちゃった?でも仕方ないんだよ。魔王になるためには、精霊の力を完全に宿さないといけないからね。特にコレット、君の器は既に大きすぎる」
「私の器…魔王の!?」
「うん!だから今までの魔王よりちゃんと手伝ってあげないと、本当に危ないんだ!中途半端に覚醒しちゃったら、今度こそ世界中の魔力を吸い取ろうと器が暴れかねないからね!」
明るく話す彼女の体は、足の方から徐々に揺らいで消えてきてしまっている。
「…ほかに方法は無いの!?せめて魔王になった後で、貴方たちを復活させられる方法は!?魔王になれれば、貴方たちを救うためにやれることがあるはずでしょう!?」
それを聞いたチュベルーズはひどく驚いた顔をした後で、にぃっと笑った。その笑みに今までの悪戯っぽさは全く見られず、まるで親友に向けて笑いかけているかのような、明るく透き通った素敵な笑顔だった。
「ありがとう、コレット!魔王になる人からそんなこと言われたのは初めてだよ!嬉しい!すっごく!」
「チュベルーズ!!」
「シア!水の精霊は"湧き水の祠"で待ってるからね!絶対コレットを導いてあげるんだよ!」
「うん。またね、チュベルーズ」
「またね、シア!…コレット!!」
チュベルーズが、私の手を握った。お腹からだけじゃなくて、手からも吸収してしまい、チュベルーズの体が一気に儚くなっていく。
「私の魔力、私の力、全部貸してあげるから!絶対に魔王になるんだよ!そしたらいつか、また会おうね!約束だよ!」
それでも彼女は、最期まで笑顔だった。
歯を見せた大きな笑顔のまま彼女は消えさり、最期まで握っていた手が風となって揺らいで消えた後、私を浮かべていた風は徐々に弱まっていった。まるで私を怪我させないように、気遣っているかのようだ。
着地してよろめく私をセレスタン様が支えてくださった。その手の温かさと、胸の中を吹き抜ける爽やかな風にも似た魔力を感じて、風で散りきらなかった涙が流れ落ちた。
「……あなたが見せてくれた夢…大切な物が何かを教えてくれたこと…絶対に忘れない…!!……ありがとう、チュベルーズ!!」
森の木々の隙間を風が自由に吹き抜けている。
彼女の表情を思い出させるその自由さは、彼女を失ってもなお些かも損なわれていなかった。
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