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元魔力喰らいの公爵令嬢は余生を王妃として暮らしたい…?

 --------

「う……ん……」


 どれくらい意識を失っていたのだろう。なかなか体を起こすことが出来ず、まぶたが重かった。


 コ………テ…………。


 ……ラン………ーヌ……。


 誰かが私の肩を揺らしている。大きくて温かい手だ。こんなふうに肩に触れて優しく起こしてくれる人と言えば、あの人だろうか。




「セレスタン……様……?」

「コランティーヌ、起きなよ。もう下校の時間だよ?」

「……え!?」


 それは、絶対にありえない人の声だった。爽やかな空気はそのままに、私が最後に聞いた時よりも若い美少年の声。


「まさか君が机で居眠りとはね。さあ、屋敷まで送ってあげるよ。一緒に帰ろう?」

「へ、陛下…!」

「はははっ!気が早いな、君は。では行こうか、未来の王妃様?」


 冗談を言いながらも、しっかりと馬車までエスコートしてくださるこのお方のことを、私が見間違えるはずがない。あまり見せることのない白い歯ですら美しい。

 彼の名はエドガール・フォン・エル・シャミナード……第一王子。

 私が心からお慕いしていた婚約者が、最も愛していた頃の姿で隣にいた。




 --------

「まあ、おかえりなさいコランティーヌ」

「ひっ!?」


 恐る恐る屋敷の中へ入ると、お母様が私の帰りを待っていた。思わず後ろへ下がろうとしたが、お母様はなんとそのまま私を抱きしめた。


「お、お母様!?離れてください!!」

「そんな寂しいこと言わないでコランティーヌ。あなたをこうして気兼ねなく抱ける日々も、もうそう多くないのですから」


 困ったような表情を浮かべる母だが、私に魔力を吸われて疲労した様子は一切ない。母の体温がじわりと肌に伝わってきたが、慣れない接触にむしろ困惑してしまった。


「あの…大丈夫なのですか?魔力を吸われたりは…?」

「かつての魔王や悪魔のように?やだわコランティーヌ、そんなわけ無いでしょう?ほら、着替えてらっしゃい。主人があなたにお話があるようだから」


 困惑しながら部屋に戻ると、数人のメイドたちが「おかえりなさいませ」と頭を下げ、そして素早く私の更衣を手伝い始めた。制服を抜ぎ、私服のドレスに着替えて髪を整える。どれも普段なら独りでやっていたことなのに、メイドたちは私に触れることを厭わずに手早く進めていった。


「……すごい。こんなにも早く、綺麗に着替えられるなんて……」

「お褒め頂きまして光栄です、お嬢様。ですが私達は職務を果たしたのみ。それが普通でございます」

「普通……?」


 そんな普通など、私は知らない。着替える服と髪を整える櫛はいつもベッドに並べてあった。部屋にメイドは二人ほどいたけど、いつも警戒した目で、手を伸ばしても届かない距離にしか立たないはずだ。それが私が知っている普通と呼ばれる生活だ。


「…あ、お嬢様。失礼します」

「…!?」

「はい、取れました。申し訳ありません、花びらが髪に掛かっておりましたので」


 こんなふうに気兼ねなく私に触れようとする人なんて、一人もいなかったはずだ。ここは一体どこなのだ。どうして私は魔力を吸わずにいられるのだ。


 それとも……魔力を吸うなどという荒唐無稽な体質を持つ方こそが夢で、本当の私はただの人間だったのだろうか。


 考えてみたら、そんなことあり得るわけがない。恋愛小説でも読み過ぎたのだろうか。


 それにしてはずいぶんと生々しく、長い夢だった気がするけども。




 --------

「おお来たか、コランティーヌ。殿下と仲睦まじく過ごされていると聞いているぞ。充実した日々を送っているようだな」

「お父様……」


 執務室に入ると父が迎えてくれた。その目はとても優しくて、私への愛情に溢れているように見える。見慣れないはずなのに、昔からそうだった気もする。……こんな人だっただろうか。


「それに、この前のテストでも良い成績をおさめたと言うではないか。よく頑張ったな」

「!?」


 そう言うと、お父様は私の頭を躊躇なく撫でた。慈しむように、宝物が壊れないように、優しく暖かな手つきだった。


「…?どうかしたか、コランティーヌ」

「い、いえ…その、少し驚いたものですから」

「ははは…許せ。こうしてお前の頭を撫でてやれる機会も無くなるだろうから」


 母と同じく寂しそうな目で微笑む父は、やはり母と同じことを口にした。


「あの、先ほどお母さまも言っていましたが、触れる機会が無くなるというのは…?」

「そうだ、その話をしたかったのだ。まあ座りなさい」


 私は執務室の一角に設けられた、来賓者用のソファに腰かけ、父の話を待った。ただひたすらに愛おしそうな目は、私のことを最も愛し、案じているように見える。


「お前ももう2年生。来年には卒業して、殿下とご結婚されることになる。既に王妃教育も終わらせているお前のことだから心配はしていないが…お前の友人の事で少し気になることがあってな」

「友人…?もしかしてポーラのことですか?」

「うん?ポーラとは誰の事だ?私が言っているのはフルール嬢のことだ。よく屋敷でもお茶会をしているし、お前とは深い友情を結んでいると聞いていたが」

「フルール様と!?」


 一種の夢心地だった私の頭に冷や水をかけられた思いがした。彼女は…良く言っていじめられっ子、常識的に見れば"コランティーヌによる最大の被害者"だったはずだ。あの頃の彼女を友人と呼べるほど恥を知らないわけでもない。


 そのはずなのだが、何故か、今は最も親しい友人のような気がしてならない。先ほど私は、誰の名前を言っていたのだろう?ポーラ……ひどく懐かしく、掛け替えのない名前だったはずだが…顔が、出てこない。


 ポーラとは、誰の事だ?


「フルール()?どうしたコランティーヌ。今日はいつもと様子が違うな」

「そ、そうですか?しかし…」

「まあいい、いずれにしても明日はちょうどお茶会の日と聞いている。そこでちゃんと話を付けておきなさい」

「…え、話とは?」

「コランティーヌ、友情に厚いのはお前の美点だが、けじめはつけるのだ。話すことなど決まっているだろう」


 次から次へと、聞き覚えのあるようなないような話ばかりが飛び出てくるあまり混乱してしまっている。だが、次に出た言葉は極め付きだった。


「殿下の愛妾となるフルール嬢と、今後の友誼をどう交わし続けるかという点についてだ」

「なっ…はいっ…!?」

「本来なら話す必要もないことだろうが、身分を超えた親友とあらば思うところもあるだろう。今のうちにちゃんと、二人で決めておきなさい」


 それだけ言い残すと、父は執務室から出るように私を促した。父も父で忙しいので仕方ないのだろうが…私としてはもっと確認したいことがあった。サンティレール領は今どうなっているのか?ダークドラゴンは既に来襲したのか?火の精霊は今はどうしているのだろう?


 ()()()()()()()()()()は、本当に幻だったというのか?


 わからない。だが、それ以上にもっとわからなくなっていることがある。




 そもそもサンティレール領とは、どこの事だ?


 ダークドラゴンとは何の話だ?


 どうして火の精霊のことが気になるのだ?


 私は公爵令嬢で、今は王妃としてどうあるべきかを考える時であろうに。


 そうだ、そして今の私が考えるべきことは、フルールとの深い友情を確かなものにすることだ。


 贅沢な悩みだ。この暖かな日々のどこに疑問を感じていたのだろう?


「……私、何にそんなに悩んでいたのかしら?」




 お疲れ様ですと頭を下げるメイドの肩にそっと触れ、いつもご苦労様ね、ありがとうと声を掛ける。何のことは無いスキンシップだが、貴族令嬢としてはフランクな部類に入るだろう。だが私はこの人肌に触れる瞬間が()()()()()()()()()()()


 これもいつものことだ。なのに、なのにどうして。






 どうして、セレスタン・シュニエという名前だけが、頭から離れないのだろう。


 どうして、その名を思い出すとこうも胸が痛むのだろう。


 まるで心に穴が空いたかのような虚しさを、どうして。




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