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嫉妬と敬愛

今日だけ二話投稿。

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 旦那様は王都に迫るダークドラゴンを退治したことで爵位を賜った勇者様だ。当時はよくいる冒険者の一人に過ぎなかったが、闇に呑まれないほどの膨大な光の魔力を保持していたことがわかり、当時同じパーティーでヒーラーだった奥様と、幼馴染の魔術師セレスタン様の三人が中心となって戦った結果、見事討伐せしめ勇者を名乗ることを許された。


 だが今の生活が旦那様に合っているのかと言えば、そうでもないらしく。


「あなたの事務仕事アレルギーは徹底してるわねえ……」


「うう……書類の文字を見ると頭が痛くなるんだよ……ふああ……」


「仕方ないわね……ほら、仕分けてあげるから頑張って読み進めなさい」


 旦那さまは書類仕事が大嫌いだった。だが無理も無い。冒険者を志す青年たちの多くは、冒険者として大成することを夢見ているのであって、貴族としての責務を負いたいだとか、書類仕事をしたいと思っているものは少ない。むしろ自由を愛する人々が多く、貴族たちを嫌悪していることが殆どだ。


 旦那さまは人が良すぎるのか、とにかく貴族に対して悪感情を持ってなかったがために、褒美として安々と伯爵位と辺境地を受け取ってしまった。そんな安請け合いのツケはあまりに大きく、毎日書類仕事に明け暮れている。


「こんなことなら伯爵位なんて貰わなけりゃ良かったよ……」


「馬鹿を言ってないでちゃんと手と頭を動かして。ポーラ、私に紅茶を、主人には黒茶を用意して頂戴。黒茶は濃いものにしてね。喉に絡みつくものに仕立て上げるのよ」


「はいっ!只今!」


 元気よく返事するポーラに旦那さまはげんなりした様子だ。旦那さまは紅茶の方が好きで、黒茶は大の苦手だった。


 ポーラは私が旦那様に拾われてすぐに雇われた同期だ。雇われた時は彼女のほうがずっと年下だったはずだが、今は大分年齢差が開いたように見える。人によっては歳の近い親子に見えてしまうだろう。


 彼女は私にウィンクすると、いそいそと厨房へ向かっていった。彼女は私の体質を知って尚、友人でい続けてくれる貴重な人間の一人だ。


「コレットは書類の仕分けを手伝いなさい」


「……よろしいのですか?」


「この人はどうせまた発作を起こすでしょうから。それならそばについている方がいいわ」


 やむを得ないとはいえ、一日に一度は旦那様と密着する私のことを明らかに嫌っているはずなのに、奥様は何につけても率直で、仕事ぶりも悪感情を抜きにして評価してくれる。褒めるときは褒め、叱るときは叱り、嫉妬する時も露骨でいてくれた。だからこそ、私はこの奥様を敬愛できるのだ。


「……ん?これは……?」


 旦那様が仕分けられた書類の中から一枚取り出し、喉に粘ついているだろう濃い黒茶で強引に眠気を飛ばしながら中身を凝視している。旦那様曰くくだらない要件ばかりの書類の中で、旦那様がそこまで興味を引くほどのものとは何なのだろう。


「どうかしたの?」


「ああ、これを見てくれ」


 それは国指定の売買許可申請書だった。領地で商いを行う際に必ず提出しなくてはならない書類の一つで、一日に数枚紛れ込んでくる珍しくもない書類。だが、その中身は確かに珍しかった。


「呪われたアイテムの買い取り専門店……ですか。変わったお店ですね」


「それがどうかしたの?」


「オレリー。俺のこの体質だが、呪いのアイテムなら抑制できるものがあるんじゃないか?」


 それは元ヒーラー、ひいては元聖女候補生だった奥様にとって、あまり楽しい話題ではなかったのだろう。眉間に刻まれたシワは深かった。


 勇者様が言う体質とは、かつてダークドラゴンとの戦いを通じて強まりすぎた光の魔力が、戦いを終えた後も限界を超えて溢れ出てしまう状態のことを指している。万が一光の魔力が魔法に変換されないまま暴走すれば、手当り次第に周辺の生き物や物質を消滅させてしまう上、旦那様の体力もかなり奪われてしまう。過去に一度だけ魔力暴走した際は、旦那様自身が疲労のあまり命の危機に瀕したほどだった。


 魔力を無尽蔵に食らう私を拾う前はまともに魔力調整する手段が無かったため、手当り次第に王都周辺の魔獣を消し去り、ついには空に向かって意識を失うまで魔法を放つことしか出来ることが無くなったほどだったそうだ。その魔法は雨雲を全て消し払ってしまうため、一時期領地周辺が干ばつ一歩手前まで追い込まれてしまったらしい。


 奥様が渋い顔をしつつも旦那様の言葉を頭から否定しないのは、その時の光景がまだ記憶に新しいからだろう。


「……無くはないかもしれないけどね。例えば魔力をより強力な魔法に変換してくれる代わりに、常に使用者の魔力を食い続けるブレスレットがあったわ。ただもうそれは失われているし、あなたの膨大な魔力をそう都合よく毎日食らってくれるアイテムなんて――」


「一つで足りないならいくつも着ければいいじゃないか」


「分かってないわね、命を削るかもしれない危険なアイテムなのよ?どうしてそこまでするのよ」


「……それは」


 旦那様は申し訳無さそうな目でこちらを見た。瞬時に奥様の目が吊り上がり、嫉妬の炎が宿る。


「へえ、そう?やっぱりその子のためなのね?」


「それもある。だが……」


 旦那様は否定しなかった。だが目線を私から奥様に移したとき、そこにあったのは見間違えようのない熱情だった。私には向けられたことのない男らしい熱さ……目の前の女に対する愛情に他ならない。


「……それ以上に、俺は本当ならオレリー以外の女に触れたくないんだ。俺が抱きたいと思うのも、心を捧げたいと思う相手もオレリーだけだ」


「……っ!?あ、あら、そうなの?……もう、仕方ない人ね……!」


 いつもなら旦那様に強気な奥様だが、実際は旦那様に心を鷲掴みにされていて、惚気けられると他の誰よりも甘くなってしまう。今晩あたりは私室に近寄らないよう命じられるかもしれないな。それならそれで喜ばしい。このご夫婦には末永く幸せになって欲しかった。


「そ、それはともかく……あなたの言葉じゃないけど、コレットにあまり負担を掛けられないのも確かね。この調子であなたの魔力を食らっていたら、そのうちこの子は赤ん坊になってしまうわ。流石に嫌よ、コレットにお乳を与えるのは」


「旦那様と奥様がお幸せになられるのが一番ですので、その際は川にでも捨ててください。それに若返る度合いもマチマチですから……実害はありませんし、あまりご心配なさらないでください」


 奥様から僅かな苛立ちが感じ取れた。だが敵意はない。私のことを心配してくれているのが伝わってくる。


 食らった魔力を放出できれば、若返りを鈍化させる事ができるかもしれないが……残念ながら私は魔力はあっても魔法が使えず、放出する方法がない。やればやったで私に別の負担が掛かるかもしれないが、この生活を続けるためと思えばそちらは苦ではない。ただ、やりようがないのだ。


「……いや待て。考えてみたら、コレットにこそ何か買い与えるべきなのかも知れないな。呪いのアイテムなら魔法を使わなくても魔力放出できるものもあるんじゃないか?」


「……っ!それは一理あるわね」


 なるほど……!それは思いつかなかった。どうしても魔法具は魔法を使うための道具としか見ていなかったが、強制的に魔力を吸い出す呪具であれば魔力放出させることができるかも知れない。


「もしかしたら若返りの作用を軽減できるかも知れない。検討してみるよ」


「それがいいわね。……コレット、何にせよ私とアレックスに出来ることがあるなら言いなさい。これは命令よ。あなたがちゃんと大人に成長してお嫁に出せない限り、私は安心して主人の愛を独占できないのよ。いつまでも若いあなたが主人と抱き合ってるのを見ると色々不安になるわ。主に主人が余計なものに目覚めないかとね」


「っ!?ふふふっ……!わかりました。特に奥様には必ずご相談させて頂きます」


「もう独占してるって、言ってるのにさあ……なんで信じないかなあ……」


 不貞腐れる旦那様だが、こればかりは奥様の言い分を支持したい。旦那様を愛していい女性は奥様だけだし、旦那様が愛するに相応しい女性も奥様以外にいないと思う。


 その旦那様が、致し方無いとは言え乙女に抱きつくしかない現状は不健全だ。なんとかしなくてはいけないと感じてるのは私も同じだった。


 行くところもない、家族すら失ったはみだし者の私が二人から愛を分け与えてもらえているのは、それだけで奇跡と言える。このお二人の大恩をどう返せば良いか、私はいつも考えていた。旦那様が呪いのアイテムを身に着けろと言うなら、私は迷わず実行するだろう。




 それがかつて一人の乙女を追い詰め、第一王子から断罪された私の贖罪に繋がるかもしれないと考えれば尚更だった。




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堂々と嫉妬する奥様。

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