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18/33

闇を暴く火

13時に後編が掲載されます。

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 サンティレール邸の馬車を使い、私たちは火の精霊が住まう火山に向けて旅を進めていた。私が御者を行うと何かの拍子で馬の体力を奪ってしまう恐れがあったため、御者役は私以外の3人が交代で行うことになった。その代わり、私は馬車内で休息のための紅茶を淹れたり、その必要が無い時は弓を携えて魔獣の襲撃に備えることになった。かつて老冒険者から教わっていた基本的な戦闘技術が、こんな形で役に立つとは思わなかった。


 精霊巡礼の旅の中で最も貢献した者は誰かと問われた時、一概に誰と言い切ることは難しいだろう。精霊に関する知識面ではシアが圧倒的で、彼女抜きでこの旅は出来なかった。セレスタン様の魔法技術もまた、複数の魔獣に襲われた際に範囲攻撃を行ったり、私やシアに身体強化や保護の魔法を掛ける等のバックアップに不可欠だった。私は戦闘面では特に目立った長所はないが、2年以上のサバイバル経験から自己防衛や狩りは出来たし、いざとなれば魔獣の生命力を吸って弱体化させることが出来た。私が死ねば旅は終了なので、守られなくても生き残れる力があるだけで貢献していると言ってよかった。


 だが最もパーティーの安全確保に貢献した人物に限定するなら、旦那様だろう。旦那様は冒険者だった頃から比類なきタンクとして活躍していたらしく、現役からだいぶ長い期間離れていたにも関わらず、堅実な剣捌きと俊足、そして優れた判断力で道中の魔物を危なげなく狩っていった。セレスタン様の攻撃魔法と支援魔法もすさまじい威力ではあるのだが、詠唱が不可欠だ。不意打ちで襲い来た魔獣に対して、支援魔法抜きで即座に対応できる旦那様の戦闘力は尋常ではない。戦闘における瞬発力においては冒険者の中でも未だに最高峰だろう。


 事実それはあの皮肉屋セレスタンですら「勇者アレックスはいつが全盛期なのだ」と手放しに称賛し、あのシアが「かっこいい」と認めるレベルだった。しかも旦那様は無傷で数々の魔獣を狩っておきながら驕る様子も見せず、疲労を感じさせないまま埋葬する余裕さえ見せていた。そこだけ見ていればまさに勇者そのものであり、奥様がべた惚れになるのもわかるというものだ。


 …そう、わかるのだが。


「うっ!?コ、コレットすまない!」

「うわあっ!?」


 相変わらず暴走する直前まで自身の魔力の高まりを自覚できず、時々不意打ちのようなタイミングで背中から私に抱き着いてきていた。これまでは執務室で二人きり、あるいは奥様が見ている前での魔力吸収であったため、他の人間に見られる心配は少なかったのだが…今は屋外だ。


「あ、あぅっ!はっ!ふぅっ…だ、旦那様…お願いします、もっと優しく…!」

「すまん…!気持ちが我慢できないんだ!体が勝手に…はぁっ…はぁっ…!」


 比較的日常風景になりつつあるこの魔力吸収だが、ここは屋外だ。紅潮しながら快楽に耐える私と、ハアハアと興奮するように息を吐いて私に抱き着く旦那様を隠す壁など存在しない。もちろん、それを愉快に思う人間がここにいるはずもなく。


「…なるほど、オレリーが嫉妬するのもわかるな。いや、嫉妬じゃなくて危険視か?少しは自重しろ。僕もなんだか見ててイライラしてきた」

「えっち」


 私と旦那様は、そのたびに耐えがたい羞恥心に身を焼かれる思いを味わい…私は旦那様に対し、急に抱き着かなくて済むよう定期的に魔力量を確認するように説教することになってしまった。


 そんな、かなり気まずいこともありながらも順調に旅は進み、私たちは予定よりも2日ほど早く、火の精霊が住まうとされる火山の麓にまでたどり着いていた。




 --------

 サンティレール領からほど近い位置にある火山は、火山とはいえ休火山だ。麓に降り立ったところで周辺にマグマがあるわけでもなく、熱気も殆ど感じられない。むしろ大きな湖がすぐそこにあるため、ここが休火山であることを知らない人間の中には"水の精霊の住処"だと勘違いしている者も少なくなかった。だがその美しい景観とは裏腹に、山肌に近付くほど卵に似た硫黄の香りが周囲を漂っており、まだこの火山が休んでいるだけに過ぎないことを実感させられた。


 湖の手前まで歩いたシアは膝までを水の中に浸すと、虚空に向けて静かに声を掛けた。


「アリストロシュ。隠れてないで出てきて」

「…なんでシアはいつもボクの位置がわかるのかなあ」


 何も無いところから声が聞こえ、ぎょっとして周囲を見渡すが、人影らしきものは見えない。そんな私たちを見ておかしくなったのか、ケラケラと笑い声が聞こえたと思った途端、シアの前に赤い髪の中性的な少年が突然現れた。いや、もしかしたら女の子だろうか?精霊に性別の概念があるかはわからないが、なんにせよ人型を取っているらしい。


「久しぶりだねえ、シア。ちょっと大きくなった?」

「久しぶり。大きくはなってない。ごめん、ケーキ持ってき忘れちゃった」

「えー!?次会うときは持ってくるって言ってたじゃないか!?」

「忙しかったから」

「むぅ…次こそは持ってきてよ?楽しみにしてるんだからさあ!」


 無表情のシアに対し、アリストロシュはころころとよく表情を変えている。非常に親密そうだが…昔からの知り合いだったのだろうか?火の精霊と言えば、生命と文明の進化を象徴するとされ、地の精霊に次いで力強いとされる強力な精霊だったはずだ。そんな精霊と何があればここまで親密になれるのだろう。


「で、あれがシアの言ってた人?」

「うん。魔力貰っていい?」

「いいよ!でもちょっと彼女と話してもいいかなあ?」

「うん、いいよ」


 対象的だが和やかな雰囲気だ。そこに首を傾げたのはセレスタン様だった。


「シアのやつ…いつ火の精霊に会っていたんだ?店番をしてる間に火の精霊が客として訪れていたとでも言うのか…?」

「何?セレスタンも知らなかったのか?」


 どうやら根回し済みであることを、セレスタン様もご存じなかったようだ。だが確かに妙な話だ。サンティレール領から近いとはいえ、ここまで馬車で1週間はかかっている。親密になったのがセレスタン様と出会う前と見ることは可能だが、その後も交友を続けていたとなると、その手段が不明だ。


「ああ。それにあいつとは数年前からの付き合いだが、僕以外の誰かと交流しているのをあまり見たことは無い。最近はそうでもないが、元々干渉しあうことをあまり良しとしない性格でな。てっきり僕以外には心を開こうとしないのとばかり思っていたんだが…」


 …シアの交友関係、か。私ももっとシアと仲良くなりたいな。今度またケーキバイキングに誘ってあげよう。


「やあ、人間さん達。はじめましてだよねえ?ボクの名前はアリストロシュ!もう知ってるだろうけど、君たちが火の精霊とよぶ存在さあ」


 各々がシアに対して思いを巡らせていた私たちの方へ、アリストロシュが歩み寄ってきた。先ほどまで湖の中にいたはずなのに、その身体には水滴が全く付いていない。見た目こそ人間と変わらないが、その佇まいも発せられている気配も人間離れしていた。


「ご挨拶が遅れまして申し訳ありません。私はコレットと申します」

「アレクサンドル・フォン・サンティレールだ。コレットの雇用主兼領主兼、今は護衛をしている」

「セレスタン・シュニエ」


 セレスタン様の名前を聞いた瞬間、アリストロシュの目にきらめきが宿った。


「君がセレスタン君かあ!シアから話は聞いているよ!クールに見えて気障なだけで、慎重そうに見えて無鉄砲!好きな女の子にはかっこつけるくせに、女の子の方から寄られると弱いんだよねえ!!」

「おいシアぁ!後で話があるッ!」

「魚が逃げるから静かにしてて」


 青筋を立てて叫ぶセレスタン様に対し、シアはそっけなかった。そして一体いつ持ってきていたのか、馬車に積んでいたサバイバル用の釣り竿で湖の魚を釣っている。…流石はセレスタン様の相棒だとしか言いようがない。


「あっははははは!なるほど、シアが懐くわけだあ!でもその様子だと、シアからは何も聞いてないんだねえ?」

「何…?」

「まあ、それはそのうちシアから君に話すと思うけど、今はこっちだね。コレット、ボクの魔力を君に分け与える前に、話しておくことがある」


 にこやかだったアリストロシュの目に剣呑な光が宿った。口の端は上がったままだが、見た目に不相応な凄みが感じられる。そしてその後に紡がれる言葉は、私の今までの価値観を破壊させかねないものだった。




「まずボク達はこれまで、魔王と呼ばれる人達に魔力を分け与えてきた。でもそれは魔王に協力するためであって、奪われてのことではない。つまりボクらこそが魔王を生み出す元凶と言ってもいい」

「元凶…!?これまでも自ら分け与えていたというのですか!?」

「そうだよお?だってそうしないと魔王が生まれないからねえ」


 クスクスと笑う彼の姿を見た時、これまで教わってきた精霊に関する認識の正確性を疑いたくなった。私は今まで、精霊たちに対して都合の良い側面だけを信じてきたのではないか。


「私はてっきり、魔王から無理矢理魔力を吸われていたのだと思っていました。なぜ魔王誕生にご協力を…?」

「魔王になろうとした人間たちは、人里から離れた後も自然の中で生きることを尊んでいたからだよお?文明をどんどん進化させていく王国の人達のことも好きだけど、皆から悪い心を受け取った後も自然と魔獣の生命をとっても大事にしてくれる人を見ると、やっぱり応援したくなるんだよねえ!皆いい人たちだったなあ」


 懐かしそうに語ってはいるが、その後誕生した魔王と呼ばれる存在が、精霊より賜った魔力と魔法、そして使役した魔獣でどれほどの犠牲者を生んだかを彼は知っているのだろうか?確かに魔王は自然と魔獣たちの生命を尊んだかも知れないが、その代償に選ばれたのは人間たちの生命だ。知らないなら教えてやろうかとも思い、口を開こうとしたが――


「まあ、いつも勇者が殺すんだけどねえ?」


 灼熱を思わせる赤い瞳は、私如きの説教など不要だと如実に語っていた。それは圧倒的に長い年月と、出会いと別れを経験しながら生きてきた者にしか宿せない壮絶な色だった。人間をかたどってこそいるが、やはり彼らは精霊であり、人知を超えた存在だと認めるしかなかった。


「で、新しい魔王候補のコレット!そんなわけだから、ボクたちは君にいつ魔王覚醒の協力をしても構わないんだけどねえ?その前に教えてほしいことがあるんだあ」

「……私にこたえられることなら、何でもお答えします」

「いい子だねえ?本当にいい子だ。だからこそ聞きたいんだけどさあ」


 彼は口の端をさらに上に持ち上げ、壮絶な笑みを浮かべたまま顔を近づけ、尋ねてきた。




「どうして君の心には、そんなに憎悪ばかりが重く残り続けているんだい?」

「…!!!」




 どうして、それを…!?




「……コレット?」

「君さあ、いい子ぶってるけど、実はずぅぅぅっと我慢してることあるよねえ?お城に行った時も、無意識に避けてたから彼らのことを探さなかったんでしょお?夜会なんだから探せば見つかったかもしれないのにさあ?」




 な…なんでわかったの…!?




「なんでわかったかって?それはねえ、ボクが火の精霊だからさあ」

「なっ…!?」

「ボクはねえ、心の闇ってやつも明るく照らせるんだよお?ボクはそれを見るのが特に好きなんだあ……でもさあ、魔王になる前に仲間にこんな大事なことを明かしてないのは、良くないんじゃないかなあ?」





 ま、まさか…ここでバラすというの!?旦那様と…セレスタン様の前で!?




「止めて…!お願いします、まだ言わないでください!!時が来れば自分で言いますからっ!!」

「コレット!?」

「皆を傷つけたくないとかシアに言ったんだって?いい子だねえ。健気だねえ。でもさあ、君はそんな聖人って訳でもないでしょお?だって君、まだ許せてない人たちがいるもんねえ?魔王になった後、その人たちに復讐しないって、この人達にはっきり言えるのかなあ?」




 いや…!!駄目、それ以上言わないで…!!

 嫌われちゃう……!!

 こんな汚い部分を知られたら皆に嫌われる!!




「コレットが…許せてない人達?」

「直接教えてもらえなくて残念だったねえ?だからボクが教えてあげるよお。実は彼女はねえ――」

「お願いやめてぇッ!!」








「自分を捨てた両親のことだけは、絶っ対に許すつもりがないんだよお。必ず復讐してやろうって思ってるんだあ。例え魔王になった後でもねえ」








 にやにやと笑い続けるアリストロシュ。


 呆然とする旦那様とセレスタン様。


 まだ誰にも知られたくなかった心の闇を暴かれた私は、ただ震えていることしか出来ずにいた。




「…魚、逃げちゃった」


 ただ一人、シアだけが変わらぬ様子のまま、釣りを続けていた。




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