旅人たちへ祝福を
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旅の準備を終えた私たちは、旦那様と、セレスタン様、そして私とオートンシアを連れて4大精霊巡礼の旅に出発しようとした。後輩メイドは流石に旅に連れていく余裕は無かったので、屋敷の維持を任せることになるが、それも十分大事な仕事だった。
ポーラは万が一私が動けなくなった時に備えて連れて行きたかったが、あまり大人数で行くのも却って時間がかかるし、サバイバル経験が浅すぎるのもあって今回は留守番だ。
「だったら次の休暇にソロキャンプしてくる!」と息巻いていたが……その経験が活かされる日は来るのだろうか。全部が片付いたら、皆でキャンプをするのも良いかもしれない。
そんな中、当然のように元ヒーラーの奥様も同行を願い出ていたのだが…。
「オレリー。君にしか領主の代行を任せられない。領主である俺だって本来なら残るべきなんだが、コレットの魔力をまともに補充できるのは俺しかいない。セレスタンとシアだけでは、恐らく旅の途中で力尽きてしまう」
「嫌よ!あなたが行くなら私も連れて行ってよ!あなたの隣にずっといるって誓ったじゃない!」
「オレリー…わかってくれ。君のお腹には、俺たちの子供がいるじゃないか。身重の君を旅には連れていけない」
その爆弾発言は、私をはじめとしたメイド達だけでなく、特にセレスタン様を仰天させた。
「は!?身重!?オ、オレリー、お前妊娠しているのか!?いつから!?初耳だぞ!?」
「だから何だって言うのよ!?妊娠してたって治癒術は使えるし、旅をしてたって出産は出来るわよ!!赤ん坊を抱きながらでも余裕よ余裕!!」
「なにっ!?旅の中で出産する気か!?よ、余裕だって!?いやいやいや、駄目だろうそれは!いくら何でも妊婦を旅に連れていけるか!常識以前の問題だ!!絶対に僕は認めないぞ!!」
「最初からセレスタンの許可なんて求めてないわよ!行くわよアレックス!さっさと旅を終わらせて、コレットを魔王にしてやろうじゃないの!」
………妊婦?
………妊娠してるのに、旅?
………本気で旅の中で出産するつもりなの?
「…奥様ぁッ!!!」
男たちの話を一向に聞かない奥様に対し、私は初めて激怒した。自分でも驚くほどの声量は、窓ガラスをビリビリと揺らした。
「ひぃぃっ!?えっ!?コ、コレット…!?」
「ご自身のわがままで、旦那様のお子様を危険に晒すおつもりですか!奥様はせっかく授かられたお子様を何だと思っていらっしゃるのです!?お子様に万が一のことが起きても旅の中だから仕方ないとでも言うおつもりですか!!」
「違うわ、そうじゃない!でも、私たちは3人でチームなのよ!これまでだって――」
「いつまで冒険者気分でいるおつもりですか!奥様は伯爵夫人です!ならばお世継ぎとなる可能性のあるお子様を生むことは最大の責務ではありませんか!いえ、母親として、子供を確実に産み育むことは当然のことです!奥様はまず母親としてのご自覚をお持ちくださいッ!!」
そこまで言われ、奥様はハッとしてお腹に触れた。
「母親としての自覚…?」
「そうです。奥様は旦那様のパートナーであると同時に妻であるかもしれませんが、これからは母親となられるのです。今の奥様の体は、奥様だけのものではありません。だからお体を大事に…旦那様だけでなく、お子様のことも同じくらい愛して差し上げてください」
……少々厳しい言い方だったかもしれないな。
「大丈夫ですよ奥様、私は旦那様を男としてでなく、もう一人の父としか見ていません。肝心な所で私の正体を暴露したり、時々無許可で私に背後から抱き着く旦那様を、男として見ることなど不可能です。旦那様のパートナー役は奥様にしかできません」
精一杯の冗談だったつもりだが、何故か旦那様が非常に傷ついた顔をし、後半のセリフが聞き捨てならなかったらしいセレスタン様が旦那様を詰問していたが…奥様は私の言葉に安心してくれたらしかった。
「……この期に及んで、あなたに嫉妬したりはしないわ。しかし参ったわね、あなたに言い負かされる日が来るとは思わなかったわ。でも…あなたの言う通りよね」
「奥様…」
「わかったわ。私はこの屋敷に残って、あなたたちの帰りを待つことにする。だから必ず無事に帰ってきなさい。そしてちゃんと魔王として目覚めてくるのよ。あなたにはアレックスの次に、子供を抱っこしてほしいと思っているのだからね」
「かしこまりました。奥様と旦那様のお子様を、勇者と魔王から抱っこされた唯一無二の赤ん坊にして差し上げましょう」
奥様は私を激励する意味で抱擁してくださろうとしたが…私はそれを片手で制した。その手で自分のお腹に手を当ててみせると、奥様は暖かな笑顔を浮かべ……両手を胸の前で組んで祈ってくださった。それは聖女が旅人に祝福を与える際に行う所作で、旅人に幸運を与えるという。
「どうか、この者達に神の祝福がありますように」
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「シア、ここから一番近いのはどの精霊だ?」
「ある意味、地の精霊。でもあれはいつも自由に動けるから捕まえにくい。次に近いのは火の精霊アリストロシュで、火山の麓にいる」
「それならまずは火の精霊から行きましょう。魔力を分けてもらえたらいいのですが…」
「ふん。いざとなれば呪いのアイテムを装着させて言う事を聞かせるまでだ」
「やめろセレスタン…まじでお前が言うとやりかねないから…」
奥様の祝福を受けた私たちは、胸の奥底に熱いものを感じながらついに旅立った。
精霊たちの魔力を求め、私を魔王とするために。
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