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憎まれる覚悟

セレスタン様にだけは言われたくない。

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フルールとの対談と、陛下との思わぬ再会を果たして数日後。フルールの使いとして彼女の専属騎士が屋敷へとやってきた。どうやらフルールは自ら宣言した通り、私の体質改善について力を貸してくれるらしい。だがどうやらコランティーヌの娘としてではなく、コレット個人に対する贔屓であるという位置付けであるらしい。城の門番が過剰な反応をしたことを、彼女なりに気にしてくれているのかもしれない。


「コレット様が必要としている物を教えていただくようにと仰せつかっております。巨額が動く話でなければ、可能な限り持ち帰るようにとのことです」


ユリアンと名乗るフルールの使いは、詳細がわからないままでありながらも、忠実に仕事を果たすつもりのようだ。そこで私は、呪いのアイテム買取専門店を支援してほしいと申し出た。当初呪いのアイテムを集めていることを説明すると怪訝な顔をされたが、勇者アレクサンドルの魔力暴走を予防する手立てとして呪いのアイテムを探していることを説明すると納得してくれた。


「わかりました。では王妃様へ私から伝えておきます。恐らく冒険者ギルドと教会を経由して呪いのアイテムがそちらに流れる形になると思います。アレクサンドル・フォン・サンティレール伯爵が壮健であられますよう、お祈りしております」


これでセレスタン様の仕事も捗るだろう。実際、旦那様と私にとっても必要なものであることには違いないのでこれでいい。だが闇雲に流されても選定が大変なので、探しているものは「体内の魔力を使うもの」「触るか装着するだけで魔力が吸われるもの」であることも併せてお願いした。


そしてその効果はすぐに表れた。これまではセレスタン様が王都の冒険者ギルドまでわざわざ呪いのアイテムを引き取りに行っていたのだが、王妃自ら専門店を支援するようにとのお触れを出したことで専門店と王都の間に太いパイプが形成され、何も言わなくても毎日アイテムが流れてくるようになり、その中には呪いというにはメリットが大きい物も数多く含まれていた。




「ふん。つまらん物が多いな。見ろ、この剣を。持っている間は使用者の魔力を奪い続けるが、その魔力を使って斬る相手の急所へと刃を導く力を持っている。"コランティーヌの懐剣"とかいう大層な名前らしいぞ」


ええ…?私、全然関わってませんけど…?


「……名前はともかく、効果は普通に有用じゃないか?魔力があっても魔法が使えない戦士辺りに持たせれば十分強力だろうに」

「ああ。どうも魔力を奪われることに対する偏見が強すぎるせいで、呪いと祝福の違いが判らなくなっているようだな。馬鹿な話だ。アイテムを見る目が無さすぎる」


…セレスタン様に言われたらお終いだろう。旦那様もその言葉に引き攣った苦すぎる笑みを浮かべていた。それにしても…間接的にではあるが、私の存在がアイテムの価値を歪めてしまっている気がして、少しだけ気が咎めた。しかしだからといって。


「アイテムを見る目が無いことまで私のせいにされてはたまりませんよ。いい武器ですし、"一撃の魔剣"とでも名前を変えて売ってしまいましょう」

「そうだな。存外これを手放したやつあたりが買うかもしれん」

「本当にそうなりそうでちょっと楽しみですね。その時はコランティーヌの再来ですねと皮肉ってやりましょう」

「ぷっ!はははははっ!それは傑作だ!よし、すぐに売り出してやろう!」


「…コレット、気を付けろよ。お前、ちょっとセレスタンに似てきたぞ」


失礼な。私はセレスタン様ほど悪人面ではありません。

だがここ最近一緒に過ごす時間が増えて、影響を受けていることは否定しない。特にダンスすることの楽しさを知ったセレスタン様は、定期的にサンティレール邸への訪れては私とのダンスに興じていた。仕事を通じて私を助けようとしてくれるだけでなく、皮肉たっぷりな軽口と冗談で楽しませてくれるセレスタン様に対し、恋心を否定することなんて出来なくなっていた。


体が大人になったら、ちゃんと告白しよう。そしてこの人と家庭を作るために一緒に考えていこう。そう思うだけで明るい未来が待っているような気持ちになれた。そんなものは錯覚に過ぎなかったというのに、その夢があまりにも甘いものだから、ずっと浸りたいと思ってしまっていた。


現実から目を逸らしてきた報いは、ゆっくりと近づいてきていた。




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平和な日々がゆっくりと過ぎていく。雨乞いの遺灰や、それより少し弱い呪具も織り交ぜながら、私は体内に溜まった旦那様の魔力を発散していった。おかげでここ数年は若返る一方だったのに、最近はすこし身長が伸び、体も丸みを帯びてきた。どうやら無事に成長できているらしい。


だが根本的な体質改善には至ってはいなかった。それどころか、体質は悪化の一途を辿っていく。


「うぅ…ぐっ…!はぁ…!はぁ…!」

「大丈夫か、コレット?」

「は、はい…あの…もう少しだけ魔力を頂いてもよろしいですか…?」

「それは構わないが、無理はするなよ?」

「申し訳…ありません…」


最近の私は魔力を吸っても物足りなさを感じ、依存気味になってしまっていた。快楽に対して抵抗する気持ちは持ち続けていたが、十分に吸わないと苛立ち、攻撃的な気持ちになることが増えた。暴力的になることは無かったが、言葉の端々に棘がついてしまう。それはまるで、かつてのコランティーヌの再来を思わせた。


セレスタン様は、私とは逆に全く成長する様子の無いオートンシアを連れて、私の体を診てくれた。


「体の成長は順調なんだがな…シア、今のミス・コレットをどう見る?」

「………器が大きくなってる。よくないことになる」

「器…?」

「たぶん、そのうち勇者の魔力だけじゃ足りなくなる」


ガラスを思わせるシアの瞳に、わずかながら剣呑な色が宿った。それはある意味死刑宣告に等しかった。世界で最も膨大であろう旦那様の魔力でも足りなくなってしまったら、一体私は最終的にどれほどの魔力を喰らわねばならなくなるのだろうか。


「ねえ。おねえちゃんは、世界が憎い?」

「え?世界…?」


質問の意味が分からない。だが、どうやらシアはどうしてもそれを知りたいらしい。


「…憎くないですよ」

「どうして?公爵令嬢だったのに、おねえちゃんのせいじゃないのに、その力のせいで皆から嫌われて、追放されて親からも捨てられたんだよ?なのにおねえちゃんが王様と王妃様のお気に入りだとわかったら、今度は皆すりよってきたんだよ。きもちわるいでしょ?みんなのことが、世の中のことが憎いんじゃないの?」

「シア、どうした?」


セレスタン様が普段とは段違いの感情を見せるシアに、珍しく困惑している。シアはセレスタン様を無視していたが、それ自体普段ならあり得ないことだった。


「答えて、おねえちゃん。大事なことなの」

「…この力は憎いです。この力は私から人肌の暖かさを知る機会を奪い、無関係な人たちからも大事な感情を奪ってきましたから。でも、皆が私を嫌うのはこの力のせいであって、世界のせいではありません。追放されたのだって納得しているし、今の生活にも満足しています。…でも、もしこのままこの力で皆を害するようなことになったら――」


シアの瞳から目をそらさず、断言する。


「私は私自身を許せないと思います。世界なんてどうでもいいですが、これ以上大事な人たちのことを傷つけたくありません。旦那様も、奥様も、仕事仲間達も、セレスタン様も…もちろん、シアのことも」

「……そっか」


シアは私の答えを聞いて、微笑んでいた。あのシアがこんなにも優しい笑みを浮かべるだなんて思わなくて、ただただ驚いてしまって何も言えなくなった。そして次の瞬間、今度はこれまで見たことも無いくらいの凄みを放ちながらセレスタン様の方を振り向いた。


「セレスタン」

「な、なんだ?」

「おねえちゃんのためなら、世界から憎まれてもいい?」


冗談には聞こえなかった。シアは何かを知っているようだが、かなり危険な話だとわかる。


「…ミス・コレットが幸せになるためなら、誰に憎まれても構わん」

「わかった。食堂に皆を集めて」




――思い返してみると、シアはきっとこの時から、私を助けるために命を賭ける覚悟を決めてくれていたのだろう。例え世界中から憎まれてでも、私のことを助けようとしてくれていたんだ。




「おねえちゃんが助かる方法を教えてあげる」




――ありがとう、オートンシア。

――あなたのこと、私は生涯忘れない。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 前半はセレスタン色に染まっていくコレットが微笑ましかったです。恋心を自覚し、未来を想像する彼女の姿が愛らしかったのですが…後半は何だか少々暗雲立ち込めるような展開になってきましたね。世界か…
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