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13/33

男として、人として

怪物夫婦。

--------

「…話し合いは無事に終わったのか?」

「はい。もう大丈夫です」

「そうか。じゃあ会場に向かおうか。せっかくだから一曲踊って、旨い物でも食ってから帰ろう」


晴れやかな表情で待機室から退室した私を見て、セレスタン様はちょっと意外そうな顔をしながらも微笑んでくれた。私の手を取り、何でもないかのような顔で会場までエスコートしてくださるセレスタン様がいつもより頼もしく思える。それにしても……その口ぶりだと、お店の宣伝をする気は無いみたいだ。私と仲良くなりたいだけという言葉は、本当だったのだろう。


「…聞かないのですね」

「何をだ?」

「王妃様と何を話していたかですよ。気になるのではないですか?」

「すごく気になる。だがそれはお前と()()()()()()()()聞くと決めている」


…つまり概ね何を話したかは想像がついているということか。流石だ。セレスタン様なりに、私に対して気を使ってくれていることも伝わってくる。その優しさに安堵を覚え、心が温まった。


「お待ちしておりました。どうぞごゆっくりお楽しみください」


会場前で警備をしていた騎士が、ゆっくりと扉を開けた。


そこには伯爵邸が丸ごと入るのではないかと思うほどの広さのダンスホールが、貴重な雷水晶をふんだんに使ったシャンデリアによって明るく照らし出されていた。身長が低くなったのもあって、以前よりも何もかもが大きく見える。立食形式が取られており、周囲にはどこか見覚えのある貴族もいたりして、ちょっと居心地が悪い。流石に私をコランティーヌ本人と思う人はいないだろうけども…。


「どうやらちょうど一曲目が始まるようだ。どうする、このまま踊るか?疲れているなら二曲目からで構わないが」

「ありがとうございます。でも私は全然疲れていませんのでこのまま踊りたいです。なにせ若いので!」


気分が明るくなっていたためか、普段は言わないちょっと黒い冗談が口から飛び出した。噴き出して笑ったセレスタン様は、私をエスコートしたままダンスホールへと歩を進めた。間もなく始まった曲に合わせて、拙いスローワルツを踊りはじめた。身長差がありすぎてちぐはぐだが、セレスタン様に気にした様子はない。

練習の成果が出ている。どちらも問題なく踊れているようでひとまずは良かった。


「……コレット」

「はい?」

「もしその体質が治ったら、何をしたい?」


体質が治ったら…か。考えたことも無かった。でも、せっかく遠慮なく人と触れ合えるなら。


「好きな人とお付き合いして、結婚して、子供を産みたいですね」


どれも当たり前の事なのに、どれ一つとっても、これまでは絶対に叶えられなかった夢だった。


「好きな人とか…それは素敵だな」


シャンデリアで逆光になったセレスタン様は、いつもよりかっこよく見える。きっとこの人は太陽よりも月の方が似合うだろう。久しぶりの夜会で浮ついていたのか、やはりいつも言わないようなキザな言葉が口から飛び出す。


「セレスタン様も素敵ですよ」

「…っ!?」


痛っ!あ、足を踏まれてしまった…!


「あっ…!す、すまない。ちょっと動揺した」

「いえ、大丈夫です…!ふふふっ…!」

「笑うな…!ただでさえ周りからも笑われているというのに…!」


あら、気にしていたのね?精一杯かっこつけていたのかな。なんだか可愛い。


「すみません…ふふっ!だけどこんな小娘から褒められても嬉しくないでしょう?」

「…君は小娘なんかじゃないさ」


曲がもうすぐ終わる。………あれ、君?()()ではなく…?


「君は立派なレディだ。初めて会った時から感じていたことだが、誰に対しても言うべき事を言える、自分を見失わない強い女性だと思っていた。君がコランティーヌだったかどうかなどどうでもいい。君の高潔な精神を心から尊敬しているんだ」

「そ…それは、どうもありがとうございます?」

「なあ、コレット」


セレスタン様は曲の終わりに合わせて、私を抱き寄せてきた。練習には無かった動きだ。


「いつかもう一度大人になった時は、僕を一人の男として見てくれないか」

「…っ!?」

「払う対価は……そうだな、どんな手段を使ってでも、君の体が大人になる前にその体質を必ず改善してみせよう。必ずだ」


心臓が爆発しそうだ。く、口説かれている…?私、口説かれているの!?公爵令嬢だった頃にだって、こんなことを言われたことはない…!どんな返事をすればいいのかわからない…!!


「どうだ?」

「……お……お願いしま…す?」

「さては微妙にわかっていないな?」


苦笑いを浮かべたセレスタン様は、そのまま体を離すと食事の置いてあるテーブルまでエスコートしてくれた。軽食を取り分けて、私に手渡してくださった。王城お抱えのシェフが作った料理だというのに味がしない…顔が熱い…。


「僕は本気だぞ、コレット」

「うっ…あの、ごめんなさい。どう返事したらいいのかわかりません……」

「嫌か?」

「と、とんでもない!!全然嫌じゃないです!!むしろ嬉し…!?」


はっ!?


「そうか、嫌じゃないなら、見込みはありそうだ」


駄目だ、全然考えがまとまらない…!頭の中が茹だる!顔の赤みが取れない!お酒だって入ってないというのに、完全にセレスタン様のペースだ…!このままでは良くない!なんとか主導権を握らないと…!


「あ、あの!…中身を見てくれたのはわかりますけど…まだ会って数ヶ月です。しかも私は、セレスタン様から色々頂いてばかりで、何もお返し出来ていません。それなのに私のことをこんなに気にかけてくださっているのは、一体何故ですか?」

「うん、理由か?そうだなぁ…面白いから、かな」


面白い?


「君の反応は面白い。君と一緒に過ごしていると楽しいんだ。昔、アレックスとオレリーの三人で冒険していた時より、君と一緒にどうでもいい話をしていたり、ダンスの練習をしている時の方が楽しい気がする。もちろん、それまでは三人で過ごした時間こそが掛け替えのない唯一の時間だと思っていた。君と過ごす時間はそれ位以上に楽しい…それが理由ではダメか?」


そ……それはほぼ、愛の告白なんじゃ……!?


「……い、いや…あの、駄目っていうか…駄目じゃないんですけど、なんで私なのかなって」

「まだ確認したいのか?それは――」

「コランティーヌ」


赤面して思考を放棄していた私の背後から、懐かしい声が聞こえてきた。記憶よりも低いが、聞き間違えるはずもない、しかし今この場にいるはずのない声だった。




「……お久しぶりです、陛下。ですが、私の名は――」

「ああ、これは失礼した、コレット。…懐かしい姿だ」


私は頭を冷ましてから振り向き、礼を返した。

エドガール・フォン・エル・シャミナード国王。

かつての婚約者がそこに立っていた。




--------

突然の登場に反応が遅れた周囲の貴族たちが、一斉に礼を取る。王冠を外していることにも気付かずに跪きそうになった者すらいた。だがここはあくまで夜会の場であり、身分としては最上位にいる陛下であろうとも、王冠をしていない以上はただの王族だ。この場で跪く必要まではないのだが…それでも、覆しようがない身分の差があることは事実だった。


「皆の者、顔を上げて楽にしてくれ。今の私は国王としてではなく、エドガール個人として立っている。演奏隊、演奏を続けてくれたまえ」


そう命じられれば、その通りに動くしかないのが貴族たちだ。演奏隊も気を取り直し、一曲目よりもアップテンポになったウィンナ・ワルツを演奏し直している。ダンスを続ける者たちは減ってしまったものの、華やかな雰囲気が戻ってきた。


「フルールから君が出席していると聞いて、会いたくなったんだ。…元気だったかい?」

「はい。陛下より頂きましたお慈悲により、健やかに過ごしております。今はアレクサンドル・フォン・サンティレール伯爵の下でメイドとして働かせて頂いております」

「君がメイドか。なんだかとても奇妙だが、不思議と似合っている気がするね。君は昔から優しく、献身的な女の子だったから」


陛下は最後にお会いした時と印象が変わっていないように思えた。優しく、温和で、正義感が強く、誰にでも誠実なそのお姿は、まさに平時の王に相応しい存在に見える。それが逆に私を不安にさせた。

入学してほぼ間もなくして、私は周囲の悪意を吸収していた。当時の殿下がその例外ではなかったはずがないのに、何故彼は入学前から現在まで印象を変えずにいられるのだろうか。悪意がない人間なんてこの世に存在しないはずがないというのに。


「セレスタン殿、あなたが彼女をエスコートされたのか?触れただけで魔力を吸われるというのに、よくぞそれを成し遂げた。どのような手を使ったかは存じ上げないが、あなたの勇気と友情に敬意を表する」

「…恐縮です。ですが僕は好きでそうしているだけです」

「そうか、好きでそうしているのか。なるほどな」


陛下は昔の婚約者のエスコート役に対してさえ、気さくに接している。


「陛下、そろそろご挨拶の時間です。壇上へお上がりください」

「ありがとう、フルール。ではな、コレット。またいつか会おう」


陛下はついに、最後までさわやかなまま去っていった。だがフルールは何故か、その後ろについていこうとはせず、むしろ私の方へと近付いてきた。


「コレットはどう思う?」

「どうって…」

「……陛下は悪意を持ったことがあるのかしら?」

「っ!?」


耳打ちされる声には、不安が滲んでいた。だが次の瞬間にはそれらを全て拭い去り、王妃としての顔を取り戻している。取り戻したまま、爆弾を投下していった。


「コレット。私はあなたを()()()()()()()()だと思っているわ。後日使いを出すから、必要なものはその者に何でも言い伝えておきなさい。ではね」


華麗に陛下の下へ歩き去るフルールの姿を呆然と眺めるしかなかった私に、奇異の目が突き刺さる。それはそうだろう。国王がまるで親戚のように気さくに接し、王妃が"とても大事な友人"と言い放ち、聞きようによっては"欲しいものがあればなんでも言え"とも取れるお言葉まで言ってのけたのだ。二人の子供同然の扱いに見えてもおかしくない。

……当然、否が応でも目立つ。


「コレット殿、自己紹介をさせて頂いてもよろしいですかな?」

「ポール殿、抜け駆けはよくありませんな。コレット殿、私の息子が君と歳が合いそうなのだが、紹介させて頂いても?」

「え、あ、あの!?」

「コレット殿!」

「コレット殿、是非お話を伺いたい!」


これはまずい…さっさと帰らないと余計な詮索をされかねないし、このままではボディタッチされて大惨事にもなりかねない。もはやダンスや食事どころではなくなってしまった。


「最後は激励と一緒に嫌がらせか…なかなか強かな王妃様だな。帰るぞ、コレット。少女趣味の輩に目を付けられる前にな」

「は、はい!帰りましょう!」


そしてその奇異と好奇の視線は、英雄術師セレスタンがエスコートを務めていたことにより、さらに強まることになってしまった。おかげで私とセレスタン様は、王城で用意された料理を殆ど楽しむことも出来ないまま、逃げるようにして帰路に着くより他に無かった。なかなか計算された嫌がらせだと思う。


『……陛下は悪意を持ったことがあるのかしら?』


だが帰りの馬車の中でも、フルールの言葉が耳から離れることはなかった。




--------

(え…もしかして、嬉しいのか?そうかぁ…!)

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― 新着の感想 ―
[良い点] コレットから褒められて動揺するセレスタンも可愛かったですが、セレスタンからコレットへの情熱的な愛の告白もとても素敵ですね。コレットもそろそろ陥落寸前なのでは。フルールの最後の言葉はどういう…
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