理解者
君に触れたくて。
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フルール王妃が私に対して恨みを抱いているのは確かだろう。恐らく断罪された私を見ても溜飲を下げる事ができなかったのではないだろうか。彼女をイジメ、ついには命をも奪いかけた女なのだから当然なのかもしれない。そうでなくては、若返って子供になっている私に気付くことなど不可能だ。
だが、翌日の朝になって話したその見解に対し、旦那様も奥様もイマイチ腑に落ちない様子だった。そしてその理由は単純明快、かつ当然のものだった。
「いや、たぶん若返っていた君に気付いたわけではないと思う」
どうやら奥様も同感らしく、頷いていた。
「普通憎い相手が若返っているだなんて思わないわ。多分、あなたをコランティーヌの子供ではないかと睨んでいるのではないかしら?だとしても、何故夜会に招待してきたかはわからないけどね」
なるほど、言われてみればその通りだ。しかし娘と会って何を話すつもりなのだろうか?コランティーヌの居場所でも吐かせるつもりなのだろうか。
……いずれにせよ行くしかない以上は、色々と覚悟を決めるしかない。
「それでもコレットとして夜会に出る以上はエスコート役が必要だ。だが俺がメイドをエスコートしたとなれば、オレリーとの仲を疑われてしまう。なんとか相手を見つけないといけないな」
「それなら僕がエスコートしよう」
突然の来訪者に度肝を抜かれた私達は、ビクリとして扉の方へ向き直った。そこにはセレスタン様と、オーレンシアが音もなく立っていた。
「脅かすなよセレスタン……何の用だ?また呪いのアイテムを持ってきてくれたのか?ていうか、そもそもいつからそこにいたんだ?」
「質問が多いぞアレックス。ミス・コレットの様子が気になったから来たに決まっているだろう。僕の商品のせいで倒れたんだから、これでも少し責任を感じているんだ」
「私の……ですか?」
まさか、この尊大な人からそんな言葉が出てくるとは思わなかった。そして驚くことに、いきなり額に手を当ててきた。
「ちょっ!?あ、あぶな!?」
「ふむ、熱は無いな。シア、魔力の方はどうだ?」
「ほんのちょっぴり吸われただけだからよゆー」
「僕のじゃなくてミス・コレットの方だ」
「じょうずに抜けてる。しばらくはだいじょうぶ」
な、なんてマイペースな二人だろう……冗談のようなやり取りで気が抜けそうになる。さすがはあの店の従業員と言うべきか……。
「ていうか!気軽にさわらないでくださいって言ってるじゃないですか!本当に危ないですよ!?」
「対策してあるから問題ない。それで、エスコートの件だ。僕に務めさせて頂く事はできないか?ミス・コレット」
この人はどうしてここまで無遠慮で、傲慢なのに…………私のために動いてくれるのだろう?悪意が無いのはなんとなくわかるが、どうも学生時代のトラウマもあって完全な善意というものが信用できなくなっている。
「セレスタン様にとって何の利益があるのですか?」
「無くはないぞ、コランティーヌ嬢」
どうしてそれを!?
「な……に……!?誰から聞いた!?」
「おや、本当にそうなのか?かつて魔力喰らいの公爵令嬢がいたと王城で聞いたからもしやと思っただけなのだが、随分と若いのだな」
……どうやら鎌をかけられたらしい。ああ、旦那様のバカ……。
「…………アレックス。後でお仕置きよ」
「す、すまん……だ、だがそれとエスコートがどう関係するんだ?」
なんとか奥様の関心を逸らそうと必死の旦那様だが……これは多分、後で長いお仕置きが待っていることだろう。だが、その疑問の方は私も同じだった。
「別に大した理由でもないんだがな。まず王国付属の魔道士という職から離れたのは良かったのだが、そのせいで夜会に出席する機会も減ってしまってな。ついでにうちの店の宣伝をさせて欲しいんだ」
「…………本当にそれだけですか?」
ある意味もっともらしい理由だが、未だに貴族から擦り寄られていると言っていたのはセレスタン様だ。なら伝手がありそうな物だが……?
「この機に君と仲良くなりたくてな。こっちの方が重要な理由だ」
「へ?」
「最初に言っただろう?君と親しくなりたいと。そしてその暁には、君の出自について君の口から話してもらう栄誉を貰いたいのさ」
「そ、そんな理由で!?」
「ああ、大した理由だ。それに悪い条件ではないと思う」
そう言うとセレスタン様は私の手を取った。繰り返される凶行に驚いて反射的に手を離そうとしたのだが、今度はダンスでもするかのように背中から抱き寄せられてしまった。
動けないことに焦ったが、同時に違和感があった。ずいぶん長い時間密着しているはずなのに、吸っている魔力が少ないような……?どうしてこんな、手が汗ばむ程の時間触れ合っていても平気なの!?
「嘘……!?私の時はフラフラになったのに!?」
「セレスタン、どういうことだ!?何故お前は大丈夫なんだ!?前回は昏倒しかけていたじゃないか!!」
「簡単だ。ミス・コレットに触れる前に魔法を撃ち尽くして、体内の魔力を空っぽにしてきたんだ。だからミス・コレットは僕の中でちまちまと自然回復している魔力を蝶のように吸っているに過ぎない。魔力と一緒に生命力が吸われると言うなら、魔力を無くしてから触れれば良いだけのことだ」
そんなシンプルなことで解決したというの……!?そんな……そんな方法は考えたこともなかった!!
じゃあ……私はこれから先、好きな人と一緒に抱き合うことも出来るの?魔力さえ減らしてもらえれば……手を繋いでも……キスしても……大切な人を傷つけずに済むの……!?ひょっとしたら、結婚して子供を産むことだって……!!
私の体質のことを、私よりも理解している人がいたなんて思わなかった……!!
「どうだ、ミス・コレット。今の僕は君にとって理解ある友人と言えないだろうか?君のエスコート役として、僕以上に相応しい人間は居まい。さあ、返事を聞かせろ」
すごい……なんてすごい人なんだろう。
私が20年以上思い悩んできたことを、たった数日で解決してしまったというのか。魔力を減らしたと簡単に言うが、セレスタン様の魔力量は人並みを遥かに超えているはずだ。私に触れるために魔法を打ち尽くすなんて、一体どれほど長い時間魔法を使い続けたと言うんだ。
よく見ると、セレスタン様の目元には疲労の陰があった。きっと、今日私に触れるためだけに、すごく頑張って魔力を出し切ってきてくれたんだろう。
久しく感じていなかった心臓の高鳴りを覚えた私は、密着している事も忘れ、心のままに返事をしてしまった。
「は……はい。セレスタン様、どうか私をエスコートして頂けませんか……?」
「喜んで。ミス・コレット」
手の甲に口づけを落とす姿は平民離れしていて、まるでどこかの国の王子様のように見えた。
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為せば成る。




