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プロローグ

年齢不詳のメイド長が主人公です。

 --------

 とある伯爵邸の昼下がり。ここには6名からなるメイドが働いている。いずれも身分は高くないが貴族の娘達であり、数年働いても嫁の貰い先が無い場合は手配するのがこの家の通例だった。たった一人の少女……つまりメイド長である私を除いては。


 書類への押印に一区切りつけた旦那様が眉間を指で揉みながら、手近にいた私に声を掛けてきた。サラリとした黒髪とオブシディアンを思わせる瞳の美しさは、全盛期の旦那様と比べても些かも劣るものではない。


「コレット、少し休憩したい。ハーブティーを頼む」

「かしこまりました」


 メイドという仕事は言ってしまえば旦那様の小間使いだ。お茶を用意し、ドレスやスーツの着替えを手伝い、洗濯をし、鍵の管理をし、夜になれば戸締まりを確認する。


 毎日ひたすらそれを繰り返すだけのルーチンワークで、求められるのは品性と仕事の速さであって、個性は求められない。他家では夜伽を求められることもあるが、少なくともこの家の旦那様は奥様一筋だった。


 ティーポットから溢れ出たハーブの香りが旦那様の鼻腔をくすぐったであろう頃、背中から気配が迫ってきた。


「……っ!?コレット、すまないっ!!」


「うわっ!?」


 お茶の準備中に後ろから抱きつかれたせいで、危うくポットを落とすところだった。旦那様は激しい息切れを起こしている。だがそれは興奮によるものではなく、発作によるものなのはわかっている。そうか、もうそんな時間か。


「あっ……!うぅ……っ!んっ……!」


 旦那様の膨大な、しかし純粋な魔力が背中からどんどん流れ込んでくる。それは私の体の隅々まで行き届いたかと思えば、次々と消えていった。消費するでもなく、消滅させるでもなく、体の細胞一つ一つによって魔力が()()されて、気持ちが満たされていくのを感じた。背筋に魔力が通るたびに得もしれぬ快感が走っていく。


 気持ちいい。でも辛い。何度やっても慣れない快楽だが、逆にそれが私を現実へと引き留めてくれていた。この快楽に溺れては駄目だと、冷静な部分がまだ叫んでくれていることが救いだ。




 ひとしきり魔力を放出しきった旦那様は、少女に抱き着いた興奮とは無縁の消耗しきった顔で謝意を示した。

「はぁ……!はぁ……っ……はぁぁー……いつもすまない、コレット……苦労を、かける……」

「……いえ、それが契約ですから。」


 努めて冷静な表情を作ってから身体を離す。興奮しているのはむしろ私の方であり、頬が紅潮しているのは間違いないので、落ち着くまで振り向かないのが暗黙のマナーだった。旦那様もそれをわかっているので、いつまでも振り向かない私に対して無理に話しかけることはしない。


 旦那様の魔力を一気に貪った私の肌は、抱きつかれる前よりも艶が出て、顔立ちも幼くなっている。服も心なしかぶかぶかになっていたので、13歳くらいの頃の服に着替える必要があるだろう。また少し若返ってしまったかと、女性であれば本来喜ぶべきことが私の心を苛んだ。


「あら、お邪魔だったかしら?」


 奥様の声が部屋の扉から聞こえてきた。ハッとした私は、服の大きさが合わなくなったせいで少しだけ露出してしまった肩を直して、奥様へすぐさま礼を取る。奥様にあらぬ疑いを抱かれる訳にはいかなかった。


「も……申し訳ありません!旦那様の発作が出てしまったものですから……!」


「ええ、分かっているわよ。どうせうちの主人がまた急に抱き着いたのでしょう?ちゃんとわかっているからそんなに怯えることないわ。それとも、何かやましいことがあるの?」


 幼くなった私の外見など気にせず、自然体で放たれた優し気な声には明確な棘があった。金髪の長髪によく似合う空色の瞳には嫉妬の色がある。だがそれを指摘できる立場にはない。私などクビにしようと思えばいつでもできる木っ端であり、その権限を旦那様だけでなく奥様も持っているのだから。


「オレリー、止してくれ。……すまない……君の言う通り、俺が我慢できなかったんだ。コレットは俺に言われてハーブティーを用意してくれようとしただけなんだ。どうか責めないでやってくれ」


「……ええ、ええ、確かにそうね。ごめんなさいコレット。大丈夫よ、本当に怒ってないから楽にしなさい。いきなり魔力譲渡されて疲れたでしょう?ハーブティーなら私が淹れるから、貴方は休みなさい」


「……奥様のお慈悲に感謝いたします」


 怒ってはいない。ただ、妬ましいだけ。それはねっとりとした熱い瞳からも感じとれるもので、奥様もそれを隠すことはしない。魔力を受け取るたびに強まる快感に打ちのめされる私にとって、その率直さが逆にありがたかった。


 旦那様の執務室から退室し、メイド用の休憩室でほっと息を付いた。予備のメイド服に着替え、普段飲まない黒茶コーヒーを沸かした。黒茶特有の香りが私の気持ちを穏やかにしていく。


「……本当に疲れましたわ」


 誰もいない休憩室で、昔置き去りにしてきたはずの口調が零れ落ちた。その声は朝より幼くなっていたのに、老婆のような疲労感を滲ませていた。




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ストック切れるまでは毎日12時に投稿する予定です。

どんな形にせよ完結はする見込みですので、よろしくお付き合いください。

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― 新着の感想 ―
[一言] ようやく最新作品までたどり着きました。 ただの異世界転生でない、ただの悪役令嬢でない、一方的な視点でない作品群に魅了されて一気に読みふけりました。 楽ませていただきます。
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