08
なにもできないようにしたのは私のため。
明らかに調子に乗っていたのがわかったから自制した形になる。
「アミ」
「あ、ウサちゃん」
時間が経っていないのに話すのが久しぶりな感じが。
「小楠さんと楽しくやっていたの?」
「まあ、楽しかったけどさ」
「私、応援するね、アミのこと」
「ありがと」
その割に笑顔じゃないのは……なにも言わないけど。
ウサちゃんとは出会ってからずっと一緒に過ごしてきた。
家族を除けば他の誰よりも仲が良かったように思える。
私はずっと一緒にいたかった。
でも、なぜだかそれが終わりのような気がした。
原因は私だ、抱きしめられた瞬間に意識してしまった私。
「あ、別に離れたりしないから」
「……ほんと?」
「当たり前じゃん、私たちは親友なんだから」
「嬉しい……凄く」
「アミが離れてほしいと望んでも離れないよーだ、あははっ」
尊敬できるのはユミさんだ。
私は心の底からあれぐらい余裕のある人になれるようになりたいと願っている。
スズさんがすてきなことには変わらないけど意地悪をするからそこだけは駄目だった。
顔が赤くなっていたからってわざわざ「照れてるんですか?」なんて聞いてこなくてもいいのに。
大体、自分なんて見つめられただけで顔を真っ赤にしていたくせになんだよという話だろう。
「それよりアミ、課題やってきた?」
「うん、やってきたよ」
「写させてくれないっ?」
「いいよー、はい」
「ありがと!」
どうすればスズさんを動揺させられるか。
いまのままは偏っていなくていいけど、どちらかと言えば私が攻める方でいたかった。
ただ語彙もないし、身体で誘惑できるわけでもないしと悩んでいる状態がいまだ。
しかもこのまま待ちに徹していると自由にやられて終わってしまう。
好きだという気持ちを吐かされるのではなく、攻めたうえで吐かせたい。
となれば、特に考えずに至近距離で過ごすことだろうか。
しっかり目を見て、敢えて物理的接触はせずに仕掛けていく。
なんて、恋愛は勝負ではないのだからゆっくりやればいいんだけどね。
「アミ」
「うわぁ!?」
そうそうこんな感じでね! いきなり現れれば相手は動揺するよねっ、別の意味でねってね!
「なにそんなに驚いてるの? はいこれ、ありがとね」
「あ、うん、役に立てて良かったよ」
とにかく私はスズさんとの時間を重ねよう。
そしてそちらばかり優先することはしないでウサちゃんやユミさんとも遊ぶ。
あまり必死に考えすぎても泥沼にはまるだけだから。
――と、考えていた私ですが。
「アミ、ちょっと来なさい」
「あ、あの、私は――きゃあ!?」
ユミさんに誘惑されていました。
側にはウサちゃんもいる、油断していたらあっという間に引っ張られる。
いや違う、物理的に引っ張られてベッドの上で自由にされていた。
「アミ……もっと絡みを見せなさいよ」
「え、ちょ、おかしいよ? 目が据わってるよ!」
こんなところを見られたらスズさんに嫌われちゃう!
言い訳をしたところで聞いてくれはしなさそうだ、つまり詰み。
「アミさん、お待たせしました」
「あ゛……」
「あ、ふふ、仲良くしているようですね。あれ、どうしたんですか? そんな顔をして」
ウサちゃんはさすがにベッドから下りた。
だが、ユミさんは逆に挑発をするかのように私を抱き寄せたまま。
「ゆ、ユミさん……」
「なに?」
「なんでこんなこと……」
こんなことをしても意味はない。
こういう意地悪を望んでいるわけではないのだ。
「ただで譲るわけないじゃない、そこまでできた人間ではないわ」
と呟き、より強く抱きしめてくる。
スズさんは立ってこちらを見てきているだけ。
「なにをすれば譲ってくれるんですか?」
「そうね、いまここでアミに好きだと言いなさい」
え、あ、そういう……。
なるほど、私たちだけじゃ平行線だと判断したのか。
だから余計なことだとはわかっていても介入することを選んだと。
「悪いですがそれはできません」
「それじゃあいいの?」
「アミさんも譲れません」
「わがままね、わかったわ」
ユミさんはこちらを抱きしめるのをやめ、ウサちゃんの隣に移動した。
私もベッドから下りて立ち上がる。
部屋にいるのにみんなで立って固まっているというのはなんとも不思議な時間だ。
「アミ、お菓子が食べたいわ」
「あ、わかりました、持ってきますね」
「ええ、よろしく」
無言が続いてもなにかをしていれば紛れるか。
単純に私が食べたかったのもあるからありがたい提案だった。
「アミ、飲み物運ぶの手伝うよ」
「ありがとー」
こういうことをすぐにできるのは格好いい。。
私も特に言われなくても相手が望むことをできるようになれればいいなと考えている。
「ねえ」
「ん?」
「……抱きしめていい?」
「それは……」
「ごめん、ちょっとやらせて」
やっぱりあったのかな、友達以上のそれが。
もしスズさんに出会ってなかったらウサちゃんとそうなっていたのかな。
考えても意味はないことだけど、それはそれで楽しそうだなと思った。
「アミ、小楠さんと仲良くね」
「うん」
「よしっ、じゃあ戻ろっか!」
「だね」
いい笑顔を見たらなにも言えなくなった。
そこからは至って平和でみんなでお菓子を食べて解散に。
今日はひとりでふたりを送って行くことになった。
スズさんは少し前を歩いてユミさんが隣を歩いている。
だからといってなにかをしてくるというわけでもなくただ話しながら歩いていただけだ。
「気をつけなさいよ」
「はい、ありがとうございました」
まずはユミさんと別れて次はスズさん。
「……やはりふたりともあなたのことが好きだったみたいですね」
「多分……そうだと思います」
「でも、私はあなたのことが好きなんです、そこだけは譲れません」
「ちょ、いいんですか?」
こちらの手を握って見つめてくる彼女。
「言わないと平気で他の女の子に抱きしめられちゃいますもんね」
「……見ていたんですか」
それで少しでも満足できるのならと考えてしまった。
そもそもそこを指摘されてももう終わったことだし、私がほいほいとやらせることもない。
って、これじゃ浮気したのに逆ギレしている人間みたいじゃないか。
「すみません」
「……責めるつもりはありません」
「安心してください、もう抱きしめられたりはないですから」
あのふたりは常識がない人たちではないから。
「アミさん、あなたの時間を私にください」
「はい」
意識してからはすぐだった。
こちらにはない魅力がある人が求めてくれているということがわかった。
初めてだったからというのも大きいと思う。
なによりこちらを抱きしめているくせに身体を熱くさせている彼女が可愛かったのだ。
年上に、それも綺麗な人に可愛いと言うのは妥当ではないかもしれないけど。
「私もあなたのことが好きです」
「ありがとうございます」
「思い切り赤くさせたいです」
「え……」
さて、これで私たちの関係が変わったことになる。
やはりというか大人の強さを見せつけてきたスズさんが優位だ。
だけどそれは嫌だった、こちらばかり赤くさせられるのは違う。
「スズさん、また家に来てください」
「また泊まってもいいんですか?」
「大丈夫ですよ」
「それなら先に言ってくれれば……」
「ごめんなさい、効率が悪くて」
仮に私だけがユミさんを送ったら嫉妬しそうだし。
少なくともこのタイミングで言うのが正しいはず。
「あ、でも着替えを持ってきますね」
「はい、外で待っています」
少し移動して小楠家前までやってきた。
やはり大きい家だ、大変お金持ちそう。
こんなところに住んでいる人がどうして私を好きになったんだ?
もしかして顔が良かったとか……それはないな、顔が良ければいまごろモテモテだろう。
「お待たせしました」
「はい、行きましょうか」
それでもこちらは大胆にいくだけ。
だから手を握ろうとしたら先に握られてしまった。
彼女がが設定したスピードはとにかくゆっくりで、それがまた私を焦らせた。
このままではまず間違いなく彼女優位になってしまう、そうしたらまたあのように追い詰められてどうしようもなくなってしまうわけだ。
「あのっ、あくまで私が優位でいたいんですけど!」
「駄目です、年上の私がリードするべきでしょう?」
「だけどそうしたら……」
「それより早くお家に行きましょう、あなたが風邪を引いてしまったら嫌ですから」
この時点でもうどちらが上か明白だった。
手を握るのではなく握られた時点で駄目だ。
勝負じゃないとわかっていても複雑であることには変わらない。
「はい、そんな顔をしていないで座ってください」
「はい……」
変なプライドがあるせいでこんなことになる。
いまからそれを捨てる、そうすれば純粋に彼女といられるから。
「先程はヒヤッとしました」
「それってユミさんが抱きしめていた時ですか?」
「はい、だってあんなに余裕な態度でしたから」
狼狽えるどころか挑発していく度胸。
なかなかできることじゃない、でも挑発とかはあんまりするべきではないかな。
「救いだったのはあなたが照れたりしていなかったことです」
「困惑しかなかったですしね」
「拒もうとしなかったところはマイナスです、そのうえでウサさんにもさせていますし」
あれはしょうがなかった、最後みたいなものだったから。
あれをして少しは割り切れたということなら嬉しい。
「なのによく好きって言ってくれましたね」
「当たり前です」
「スズさんは私のどこを好きになってくれたんですか?」
「最初は見た目でした、でも関わるようになってからは優しさとかそういう面も加わりましたよ」
私の見た目を好きになってくれる人とかいるのかと困惑。
よくわからない見た目を好きになってもらえるよりも内面を評価される方が嬉しいとわかった。
だってそれは全てではなくても私という存在を肯定してくれているということだから。
「ですので、告白しました」
「あの、やっぱり私優位での――」
「駄目です、一方的にやられるばかりだったら恥ずかしいじゃないですか……」
それはこちらのセリフだ。
年下だからってされるだけというのは嫌だ。
「とりあえずそのことはいま置いておきましょう」
「……ですね」
「もう、そんな顔しないでくださいよ、もっと笑ってください!」
「え、えへへー」
もう1度好きだと言って改めよう。
彼女の手を引いて立たせて、そのまま抱きしめる。
「スズさんのことが好きです」
「はい」
「なので色々言うのはやめます、好きな時に自由にしてくださいね」
私がすることはこれからも変わらない。
この人に嫌われないように行動するだけ。
ユミさんやウサちゃんが相手でもそう、いつまでも一緒にいたいから。
「今度、私の家にも来てくださいね」
「え……でも、お母さんとかに会ったら気まずいですし」
「大丈夫ですよ、遅くまで帰ってこないですから。それでも気になるということなら完全に扉をロックすることもできます、そうしたらつまりあなたもお部屋から逃げられないですけどね」
「暴力を振るったりしないのであれば逃げたりしませんよ」
「暴力なんか振るいません」
「それなら今度行かせてもらいますね」
その時にはもう少し相応しい存在になれていたらと思う。
いまはただ彼女が求めてくれたからというだけだ。
もちろん私が好きなのは確かだけど、このままではいけない。
もっと好きになってもらえるようできることはしなければならない。
「スズさんはいま私になにかしてほしいことってありますか?」
「うーん、そうですねえ……一緒にいてくれればそれでいいです」
「なんかないんですか?」
「だってこうして抱きしめてくれているじゃないですか、しかもずっとですよ?」
「あの時照れていたのは演技だったんですか?」
「そんなわけないじゃないですか、恥ずかしかったんですよ」
その割にはこちらを抱きしめ続けて落としてくれたのが彼女だけど。
それにしても私も単純というか……結果的にこうなれたから良かったものの、下手をすれば悲しい思いを味わっていたパターンもあったかもしれない。
もう少しぐらい身持ちが堅い女になりたいなとそう思った。
「アミ、あなたのことが好きですよー」
「んー、違和感しかないです」
「アミ、あなたのことが好きよ」
「それは嘘じゃないですか、お互いにさん付けしているのが私たちらしくないですか?」
「あははっ、そうですね! なにも変化させることだけが正解というわけではないですからね、アミさんと呼ぶことにします!」
もし仮に呼び捨てにしたりする場合は成人してからだ。
だからとにかくいまはそれまではせめてこの関係でいられるように頑張ろうと決めたのだった。
本編はここで終わり。
読んでくれてありがとう。
内容が過去作品に酷似しているのがなんともね。