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07

 何度も言わせるなんて意地悪な子だ。

 意地悪がしたくて沖くんの要求を呑もうとしたわけではない。

 そもそも本人に冗談だと断られたうえに、まさかの彼女からやめてくれと言われたから。

 なんでやめてってことになるんだろう、特に実害もないはずなのに。

 沖くんのことを特別な意味で好きだと言うのなら納得はしたくないけどわかる……かな。


「私を抱きしめたいんですか?」

「はいっ」


 臆していてばかりでは取られてしまう。

 なにもユミさんやウサさんだけがライバルではない、男の子だってそこに加わってくるわけで。


「いいですよ、はい」


 え……もう少し恥ずかしそうにしてくれた方がいい気が……。

 いやいや、本人がこう言ってくれているのだから私は従っておけばいいんだ。

 両手を広げてくれていたから抱きしめやすかった、身長差がそんなにないというのもいい。

 そして抱きしめた瞬間に広がるぽかぽかとした温かさ。

 やはり間違いない、私のとってアミさんとはそういう子なんだなとわかった。


「そんなに必死にならなくても大丈夫ですよ」


 あくまで普通の声音、普通の態度。

 どうしたらもっと意識してくれるようになるだろうか。

 いまのままだとどちらか年上かわからなくなるし、この温かくなるというか熱くなるようなものをアミさんにも体験してほしいと思う。

 純粋に乙女心が叫ぶのだ、このままではいけないと。

 ユミさんみたいな魅力があればと今日ほど考えたことはない。

 このままだと終わりの時間がすぐにやってきてしまう、せめてその前に少しでも……少しだけでも動揺したところが見たい。


「……あの」

「え、な、なんですか?」

「ちょっと……離れてください」


 がーん……でも、本人にこう言われてしまったら従うしかないということで。


「すみませんでした、自分勝手にしてしまって」


 しかも今度は彼女がこちらを見てくれなくなってしまった。

 そうだ、年下に甘えるしかできない年上なんて……。


「ちょ、ちょっと暑いので顔を洗ってきます」


 熱い? あ、暑いの方か。

 立っていても仕方がないからコタツに入らせてもらった。


「ふぅ、なんか急に暑くなりましてですね」

「は、はい」

「なんででしょうね、ふふふ」


 あ、上手く笑えてない。

 結構人を見てきたからわかる、無理している時の表情は特に。

 しかも俯いてしまって、気づけば昨日の私になってしまっていた。


「そろそろ帰ります? それなら沖くんを呼んできますけど」

「泊まります」

「着替えとかはどうするんですか?」

「そのつもりで持ってきたんです、私はあなたから離れたくありませんから」


 やり方がフェアじゃないのはわかっている。

 でも、このまま帰ることなんてできない、そこまで大人じゃないから。


「アミさん、こっちを見てください」


 彼女の両頬に触れて少し上げさせてもらう。


「「あ……」」


 その瞬間に見えたのはすごい赤い顔だった。

 熱が出てるのではないかと思っておでこに手で触れてみたら凄く熱くて。

 だけど、体温計で計ってもらっても普通に平熱だったことに安心した。


「も、もしかして……照れていたりしましたか?」

「……意地悪ですね、仕返しですか?」

「ち、違います、ごめんなさい」


 予想とは違うもの。

 寧ろ見ていてソワソワとした気分にしかならない。

 だからまた落ち着くであろう沖くんを呼んで、一緒にいてもらうことに。


「あれ、今度は逆なんだ」


 それといまさらになってフェアじゃない、ずるいということが引っかかり始めている。

 来られない時を狙ってするなんて悪質ではないかということ。


「おーい?」

「あ、アミさんのためにいてくださいね」


 少しだけ優越感に浸っていてごめんなさい!

 ユミさんの時と同じくすぐ断られてしまったけど後の反応では勝っていると思う。

 実はあの時手を繋いできた時も同じように照れていてくれていたのでは? と自惚れてもいて。


「それはいいけど、スズは泊まっていくんでしょ?」

「はい」


 年上なのに断れないだろうと考えて行動してしまった。

 仮にアミさんに断られても沖くんに頼めばいいと考えてしまっていたから。

 

「ならもうお風呂に入っちゃったら? ここにいるアミも連れてさ」

「えぇ!? なんのために呼んだと思っているんですか!」


 沖くんは冗談だと口にして固まったままの彼女の頭を撫でていた。

 それでやっとこちらへ戻ってきてくれる彼女、なにより沖くんがいたことに驚いたようだ。


「もう、子ども扱いしないでよ……」

「だって石像みたいに固まっているからさ」

「うん、ちょっとね。そろそろお風呂に入ってこようかな」

「スズも連れていきなよ」

「そうだね、そういうことなのでスズさんも行きましょう、ほら早く早く!」

「えっ、ちょっ――」


 先程まであんな顔を見せていたくせにこれ。

 見方によっては抱きしめただけであれなのに裸を――無理っ、今度はこちらが無理!


「なんて……できないですけどね。先に入ってください、私はここで待っているので」

「そ、そうですか? それならお先に……」


 意識しない、ここは私の家、私の家の洗面所、ここには私しかいない!

 けれど服を脱いで浴室へ入った瞬間、私の敗北が決まった。

 なにを使っていいのかがわからない、だから扉を開けてアミさんを頼ることに。


「あ、いま行きますよ」

「あ゛、あぁ、ぁ……」


 結果、よくわからせられました。

 本当に先程の様子がなんだったのかと聞きたいぐらいの変わりよう。

 余裕がありすぎる、こういうところはユミさんとよく似ている。


「うぅ……」

「早く拭いてリビングに戻りましょう、お腹が空きました」

「で、ですね」


 これは調子に乗ってしまった罰だと片付けたのだった。




「ん……あれ?」


 気づけば真っ暗というほどではなくなっていた。

 もう既に午前6時を越えていて、いつの間にか寝てしまっていたことに気づく。


「っくしゅっ」


 風邪を引かれては嫌だからとベッドに運んで布団をかけておいた。

 こちらは部屋から出てその冷えた空気に体を震わせる。


「おはよう」

「ひゃっ、あ、おはようございます」

「昨日は随分盛り上がっていたみたいだね」

「ご、ごめんなさい、寝られませんでしたか?」

「ううん、それは大丈夫、楽しそうで自分も行きたかったぐらいだよ」


 あれからは強気なアミさんに何度も負けそうになった。

 もう1回抱きしめてもいいとか、抱きしめるとかそういう風に。

 だから寧ろ遠慮なく入ってきてほしかったことではある。


「それよりさ、一緒に歩かない?」

「え?」

「ちょっと歩きながら話そうよ」

「わ、わかりました」


 いつもの柔らかい笑みを浮かべていることから変なことではないはず。

 変に構えずに沖くんと一緒に歩いてみた結果、本当にただ歩きたかっただけのようだった。

 良かった、だって断るのは勇気がいるから――って、自惚れで痛くなってしまうけれど。


「スズはさ、アミのことが好きなんでしょ?」

「はい」

「ウサちゃんとかユミがいるから大変そうだね」


 下手をすれば争う前にウサさんのお兄さんに取られていた可能性がある。

 あの子には悪いけどそうでなくて良かった、と思ってしまうのは性格が悪い証拠だろうか。


「そりゃ合コンなんて行ってもああなるだけだよね」

「それは単純によくわからなかっただけですけどね」

「贔屓したいわけじゃないけどさ、アミのこと、よろしくね」

「え、私で……いいんですか?」

「うん、なんかスズといる時のアミが1番自然だと思うんだよ」


 私はずっと劣っていると考えていた。

 一緒にいたい時にいることができなくて差ができてしまって。

 その間にも順調にユミさんと仲良くするし、ウサさんとも仲直りした。

 もちろん向こうから働きかけがあったということはわかっている。

 でもその全てを受け入れていたのはアミさんだ、やはり油断はできない。


「早いわね」

「あ、よく来てくれたね」


 なっ、まさかこれが目的……。

 くっ、そう考えると沖くんの柔らかい笑みが凄く引っかかってくる。

 

「スズ、あなたアミの家に泊まったそうね」

「はい……」

「決めたのよね?」

「えっ? む、無理ですよっ、抱きしめるだけで精一杯でした!」


 お風呂……はなぜか一緒に入ったけどそれだけ。

 夜中のハイテンションを前にたじたじでいた私だが、そこで負けたりはしなかった。

 

「はぁ……なんのために昨日行かなかったと思っているのよ」

「あの、もしかしてウサさんも?」

「ええ、そもそも言い出したのはウサだもの」


 なのにフェアじゃないとか考えて行動できなかった自分を叩きたい。


「でも、いいんですか?」

「それならアミをくれるの?」

「嫌ですっ」

「でしょう? だから堂々と気にせずにアピールしていきなさい」

「……抱きしめたって聞きましたけど」

「ええ、ちょうどいい大きさだからいいかもと思ったのよ、予想通り温かくていい抱き枕だったわ」


 それを聞いて積極的にならなければならないと動いた結果がこれとは……。

 中途半端な人間になってしまっている。

 私はそもそも最初から周りのことなど考えずに動くべきだった。

 なにより中途半端な気持ちで接するのはアミさんにも失礼。


「沖、少し付き合いなさい」

「いいよ、ウサちゃんもいるんでしょ?」

「ええ」


 私は望月家へと帰ってやらなければならないことがある。

 積極的にきてくれたのはアミさんだ、こちらもそれに応えなければならない。

 それになにより少しでも意識してくれたことが嬉しかった。

 一方通行ではない、たったそれだけで私は頑張れる。


「あ……」


 しかし私はまたもや敗北することになった。

 鍵がなければ中に入ることはできない、インターホンを鳴らすには非常識な時間だ。


「こういう時にこそ連絡すればいいんですよね!」


 負けたままではいられるか、こんな扉1枚に阻まれるわけにはいかない。


「あ、もう、言ってからにしてくださいよ」


 その前にアミさんの方が出てきてくれた。

 あまり着込んでいない状態で出てきたりしたら風邪を引いてしまうというのに。

 こういうところは年下らしい感じがするけれど。


「アミさん、お部屋に行きましょう」

「はい、元々そのつもりですけど」


 ユミさんはともかくとして、ウサさんは……多分納得できていないと思う。

 けれどこうしてふたりきりにさせてくれたということなら、遠慮せずにいくしかない。


「どこに行っていたんですか?」

「お散歩です、沖くんはユミさんたちと行ってしまいましたけど」

「ユミさんと会ったんですね」


 自分で出しておきながら苦しんでいる馬鹿がここにいる。

 級友の子たちは頭がいいとか優秀とか褒めてくれるけどそうじゃない。

 実際はなにもできない女だった、少なくとも先程までは。

 でもいまの私は違う、「ユミさんにも会いたいです」と口にしている彼女を抱きしめて止めた――というのは妄想で、逆にこちらが抱きしめられることになった。

 え、なんでと困惑している内に「勘違いしないでくださいね」と耳元で囁いてくる彼女。

 

「そんな顔をしなくて大丈夫ですよ」

「はい……」


 動けと願ってもただされているだけでなにもできず。

 私はとにかくこの大きなドキドキが伝わらないでくださいと願った。

 あの時に調子に乗った私が悪かった、その証拠に彼女はいつまでも離してくれない。


「疲れたので座りましょうか」


 どこにと聞く前にこちらをベッドに誘ってきた。

 ここでユミさんもウサさんも転んだと聞く、私は結局床で朝を迎えてしまったのに。


「単純に抱きしめられただけでその気になってしまったのが私です」

「……ユミさんに抱きしめられた時は違かったんですか?」

「ドキドキは……しましたけどね」

「ふーん、それで私の時はどうでしたか?」


 決して逃したりはしない。

 ここで本当のところを吐かせておかなければ駄目だ。


「もう言ったと思いますけど、本当にあなたは意地悪ですね」

「ふふ、きちんと言いなさい」

「……その証拠に抱きしめたじゃないですか、ウサちゃんとユミさんにもしてないことですよ」

「そう、ならいいわ」


 頑張ったおかげでいい情報も得られた。

 たったそれだけで喜んでしまう私の心は問題だけど、素直に喜べるだけマシだと片付けた。


「なんかあれですね、ユミさんのモノマネ、1番スズさんが上手いです」

「元々私がこういう話し方をしていたんですよ」

「うそっ?」

「嘘ですっ、あははっ」

「はぁ……そういうのは良くないと思います」


 実は嘘ではない。

 けれどユミさんと知り合って自分には似合わないとわかったからやめた。

 昔のことを考えるとゾワゾワとして気持ちが悪くなる。

 簡単に言えば恥ずかしすぎていますぐにわー! と叫びたいぐらい。


「嘘をついてしまうあなたにはお仕置きをしなければなりません」

「なにをするんですか?」

「なにもしないというお仕置きです、この間はなにもできませんよ」

「そ、それって……?」

「あなたが触れたくなっても触れることはできません」


 すぐに後悔することになったのだった。

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