06
さすがに抱きしめることはできなかった。
それと別にお泊りというわけでもなかったので、すぐ時間がきて兄と一緒に家まで送った。
なんであんな顔をしたんだろうというのがいまの気になっているところだ。
「アミ」
「うん?」
「次、移動教室だよ、早く行こ?」
「あ、そうだね」
あんな別れをしても普通に学校はある。
放課後になったらまた集まる約束をしているから会うことはできる。
でも、なんか凄く不安な気持ちに襲われていて。
「望月、ここは?」
なんでかなぁ、せっかく家に来てくれたのにあんな顔。
ウサちゃんやユミさんだって浮かべないような悲しそうな顔。
先生から聞かれたからちゃんと答えて席に座る。
こうして聞けば本当のことを教えてくれるだろうか。
仮に教えてくれてもその内容がマイナスのものだったら?
なんらかの対応の悪さで嫌われてしまったのだとしたら。
いや、こうして悩んでいても意味はない、思い切ってアプリで聞いてみることにした。
面と向かって答えられるのは辛いからだ。
「返事ない……」
この前のあれで学んでいない人間が私。
そりゃこんな中途半端な時間に連絡なんてしたらすぐこないに決まっているのに。
おかげで放課後まで落ち着かない時間を過ごすことになってしまったというね。
今度から聞く時は放課後にしようと決めましたよええ。
「アミごめん、今日は行けないかも」
「え、なにかあるの?」
「うん、ちょっと助っ人として部活動に参加してくるから」
「わかった、帰る時は気をつけてね」
「そっちこそ、それじゃあね」
スマホを持ちながら帰っていたらユミさんからも行けないというメッセージが送られてきた。
仮にスズさんが来てくれるのならふたりきりになるわけだが、来てくれるのだろうか。
ユミさんが送れて、スズさがんが送れない状況とはどんな?
忙しい人みたいだから仕方がないのかもしれないとしても、チェックぐらいしてくれてもいいのにと考えてしまう。
「ちょっと待って」
「え? あ、夏津さん、こんにちはー」
「うん、こんにちは」
おぅ、爽やかスマイルがいまの私には眩しい。
それにしてもよく私を好きになったよなといまさらになって思った。
基本的にウサちゃんと一緒に甘えることしかできていなかったのに。
面食いというわけでもないだろう、私の見た目は至って普通だし。
恐らくスズさんやユミさんに出会っていたらそちらに告白していたことだろう。
それぐらいの力がある、周囲の存在を霞ませてしまうぐらいのパワーが。
「最近、ウサと仲良くできているみたいだね」
「はい、この前話したスズさんとユミさんのおかげで」
「沖くんから聞いたよ、凄く綺麗な人たちなんだってね」
そう、だからこそああいう悲しそうな顔をされると効力が大きすぎるのだ。
こちらはただ見ていることしかできなくなる。
あんな状況で冗談でも抱きしめられる人がいたら見てみたいぐらい。
でも、助かったことになるのかな、冗談でも抱きしめたりしなくて済んで。
「それでも兄としてはウサとも仲良くしてほしいなって」
「それは大丈夫ですよ、今日だってずっと一緒にいましたから」
「そっか、それならいいんだ」
ぼけーっとしていたらおでこをすびしっと指で攻撃されちゃったけど。
ただまあ悪いことばかりでもない、人は失敗を繰り返して強くなっていくものだから。
「アミさん!」
「え」
まさかこちらの学校寄りの場所で遭遇するとは。
一応夏津さんにも紹介しておく、実際に見たのは初めてだろうからね。
「えっと、その方は?」
「ウサちゃんのお兄さんです」
「あ……は、はじめまして」
「うん、はじめまして」
そうか、同学年だから敬語じゃなくてもいいのか。
スズさんが敬語を続けている理由を今度聞いてみよう。
「アミちゃん、僕はそろそろ帰るよ」
「あ、わかりました、気をつけてくださいね」
「そっちこそ」
うん、とりあえずスズさんが来てくれて助かった。
ウサちゃんもユミさんもいないから寂しかったし。
それにこれは嫌われているわけではないことの証明だろう。
「あの、返事もせずにすみませんでした」
「いえ、それは大丈夫ですよ、こうして来てくれただけで感謝しかないですから」
「あの、いまの方はその……」
「はい、告白してくれた人です」
まさかこちらにそういう意味で興味を抱いているなんて思わなかった。
よく私と比べてとウサちゃんに何度も言っていたけど、そういう意味だったんだなと。
嫌な気はしない、人から好かれてそんな気持ちを抱く人はいない。
困ってしまったのはこちらの気持ちが変わらなかったことだ。
あとは保留にしたことや、断るつもりなのに断るの嫌だと考えてしまったこと。
結局のところ夏津さんのことをなにも考えていなかった、自分の気持ちを優先してしまった。
それでも怒らなかった夏津さんはさすがだし、それこそウサちゃんのお兄さんって感じがしたから素晴らしい。友達の兄が嫌な人だったら嫌だから。
「喫茶店に行きませんか?」
「わかりました、行きましょうか」
どうやら昨日と違って普通らしい。
向かっている最中も普通に話しかけてくれて安心した。
でも、家でふたりきりになるのは避けたようにも見える。
ふたりでの行動はとにかくふたりきりは避けたいというところか。
はは、いいんだ、こうして一緒にいてくれるだけで。
嫌われているわけではないとわかればそれで結構。
「アミさんはどうしますか?」
「私は前回と同じくホットココアですかね」
「それなら私もそれにします、すみませーん」
早々に運ばれてきたココアを飲みながら目の前の女性と見つめる。
今日は横髪を結んでいて少し幼い感じがする。
スズさんはずっと俯きながら同じように飲んでいた。
誘ってきてくれてもこちらを見てくれることが少ないと。
くっ、なぜだぁ、そもそも興味があると言ってくれたのはスズさんなのに。
「今日は忙しくなかったんですか?」
「いえ、放課後までに全て片付けてきました」
「す、すごいですね、そこまでして会ってくれたんですか?」
「はい、昨日は私のせいで微妙な感じにしてしまいましたからね、それにユミさんが行けなくて好都――たまには夕方頃からふたりきりになれる方がいいと思いまして」
ふたりきりでいられることを望んだのは自分か。
だからといって、好都合と言おうとするなんて思わなかったけど。
「私、ずるい女なんです」
と言ってくすりと笑った。
ずるさで言えばユミさんも変わらないからなにも言わなかった。
なんならウサちゃんとはいつも一緒にいるし、一緒に寝たことだってあるぐらい。
伝える必要はないから黙っておく――あれ、でも嫉妬しているところを見るのも面白いのでは?
スズさんが頬を膨らませて「……なんでそれをわざわざ言うんですか」とか言ってくれたら最高!
「というわけで、リベンジしたいです!」
「それって私の家に来たいということですか?」
「はいっ」
長居はできないからそもそもここで解散かどちらかの家に行くかの2択だった。
私の家に来てくれるということならそれほど楽なことはない、スズさんの家に行くのは緊張するし。
払うと言ってくれたもののお金はしっかり払って外に出る。
相変わらず寒くてもう薄暗い空だ、藍色の空、だけどなんかこういう光景が好きで。
「いままで出かけてたんだ」
「あ、ウサちゃん」
家の前で誰かが立っていることには気づいていた。
ウサちゃんはこちらにやって来るとなにかを渡して去っていく。
「これ……」
特になんてことはない、今度は一緒に帰ろうと書かれた紙。
拒むつもりもない、アプリとかで済まさない辺りが彼女らしい。
そのうえで紙を渡すというところも彼女っぽいなと思えるところだった。
「中に入りましょうか」
「……ウサさんはアミさんのことがお好きなんでしょうか」
「大切とは言ってくれましたよ」
その先の感情があるかなんてわからない。
だからこちらはまっすぐに接していくしかない。
それで変わるかもしれないし、あっさりと他を見つけて離れるかもしれないし。
ただ何度も言うが離れたくはなかった、それが例え相手に負担を強いることになったとしても。
なんて、あっさり諦めようとした私が言うのは説得力がないけれども。
外にいても寒いだけだからスズさんを連れて中へ。
部屋だと昨日のを意識してしまうだろうからとリビングを選択した。
飲み物を渡してコタツの中へ。
まだ冷たいはずなのになんとも言えない暖かさがある気がする。
「スズさん、私の方を見てください」
「見て、ますよ?」
「目、逸らさないでください」
あ、どんどん顔が赤くなっていく。
決してコタツ内が温まっているからではないだろう。
アニメとかだったら目の中に渦巻き模様が出始める頃かも。
それでも私はやめなかった、スズさんも意地になってきているのか逸らさない。
「綺麗ですね」
何度見てもそう、いまは近いけど遠くから見てもわかる整った容姿。
なのに自信なさげにされるのは嫌だった、チンケなプライドがそう騒ぐ。
年上ならもっと堂々としていてもらいたい、それができるのにしないのは違う。
あんまりこういうこと言いたくないけど相手は所詮私だぞ、変に遠慮すらする必要がないのに。
遊ぼうとしているわけではない、本当のことに気づいてくれればいい。
「ただいま」
「あ、おかえり」
そういえば最近兄の帰宅時間は比較的遅めだが、なにかあるのだろうか。
あんまり恋愛に興味がある感じのしない人だから、女の子と一緒に過ごしているようには思えないが。
「ふぅ、入っていい?」
「うん、どうぞ」
兄はそのまま突っ伏してしまう。
この前のユミさんと同じく、お疲れムードなのかもしれない。
「アミ……スズはどうしたの?」
「え? あ」
顔の前で手を振っても反応しないぞ……。
それよりもと聞いてみたら、最近はよく告白されるようになって困っているらしい。
すごいな、モテる人との生活の違いがさ、それこそユミさんとかと相性が良さそう。
「断るのに疲れるんだ」
「わかる、断る時に苦しい気持ちになるから」
「そう、知っている相手ならなおさらね」
知らない相手からでも大変だけど。
なんなら怖い人とかないわぁと感じ人からの方が楽でいい。
「すごいな、ずっと固まってる」
顔を上げてスズさんを見つめている兄。
あれ、この目は……もしかして?
いや駄目だろ、すぐにそういう意味で考えてしまったら失礼だ。
「スズー?」
「…………」
「合コンの時もこんな感じだったんだよ。呼びかけられても固まっててさ、それで見ていられなくて無理やり連れ出したんだけどね」
「合コン、もう行ってないよね?」
「行ってないよ、僕は少しずつ仲を深められるような方がいいんだ」
飛び飛びだと発言に説得力が失くなってしまう。
出会ったばかりなのに? と引っかかってしまうこともあるかもしれない。
その点、こういう風に毎日会っていくことで仲を深められていると思う。
問題なのは言わないと見てくれないということ。
「はぁ……大学にあんまり行きたくないな」
「お疲れ様」
「ありがと」
一緒に入っているとスズさんも家族みたい。
スズさんみたいな姉がいたらそれはもう楽しい生活を送れるはずだから。
姉であるのならしっかり見てくれるだろうし、悪い雰囲気になることもない、はず!
「そうだ、今度アミも来てよ、そうすれば彼女と勘違いして告白してこなくなるかも」
「え、無理でしょそれは、スズさんとかユミさんレベルじゃないと」
「でも、スズを借りてもいいの?」
「そりゃ……本人がいいならいいんじゃない?」
どちらかと言えば冷静に対応できるユミさんの方が最適かな。
余裕な態度で寧ろノリノリでやってくれそう。
そうしたら逆に取り返しのつかないことになる可能性も高そうだけど。
「スズ」
「……恋人のフリですか?」
おぉ、やっと反応を見せてくれた。
実に曖昧な表情を浮かべているところを見るに、断るつもりなんだろうな。
兄も「いや、冗談だよ、さすがに巻き込めないし」と口にし困ったような笑みを浮かべる。
妹に先程のようなことを言ってしまうぐらいだ、本当に凄く大変なのかもしれない。
「いいですよ、私で良ければですけど」
「え、いや……無理しなくていいからっ」
そりゃ驚くよなあと。
こちらはなにも言えなくなってしまったぐらい。
そもそもこのふたりはふたりの世界を構築する回数が多いから困っていた。
「大丈夫です、明日でいいですよね?」
「明日は平日だよ?」
「私の高校はお休みですので」
「いや、やっぱりできないよ、嘘なんてすぐばれちゃうしね。だから忘れて、スズはアミと仲良くしてあげてよ。それじゃ僕は部屋に戻るから、あ、帰る時は僕も送るから安心してね」
兄はスズさんにお礼を言ってからコタツとリビングからも出ていった。
「まさか受け入れようとするなんて思いませんでしたけど」
「……アミさんが仮にでも沖くんの彼女さんになるのが嫌だったんです」
「それであなたが代わりになるんですか?」
「でも、助けてくれましたから、私も沖くんのためになにかをしてあげたいなと」
優しいけどなんか違う。
いや、私が嫌になるからというだけか。
ウサちゃんやユミさんにもいい顔をして、それでスズさんにもって悪い女だなと。
「やめてください」
「アミさん?」
「いえ、それでリベンジできましたか?」
「いえ……それはできていないですね、だって昨日は……」
昨日はなんだよぉ……そこをはっきりしてくれないとこちらはどうしようもない。
昨日の私はずっと俯いていたスズさんに見てほしくて至近距離で見つめるということをした。
そのリベンジとは同じように見つめ返すこと? だけどそれなら先程したわけだけど。
「いいですよ、したいことがあったら言ってください」
「……私もあなたを抱きしめたいです」
「え?」
「私もあなたを抱きしめたいです!」
いや、聞こえなかったわけじゃなくて……。
結局すぐに返すこともできずに私は固まるしかできなかった。