02
「は? あの後会って名前で呼び合うぐらいの仲になった?」
「は、はい」
なんだろう、ウサちゃんの圧がすごいよ?
髪の毛も逆だっているように見えるし大変怖い。
「行く時は必ず私に言ってからにしてって言いましたけど?」
「ほ、ほら、ちょっと危ない雰囲気を漂わせていたから――ひぃ!?」
怖い顔で相手を脅してなにも言わせない方法は良くないぞ!
「今度からはふたりだけで会わないように、いいね?」
「ど、どうしようもない時は会うからね?」
「はぁ!?」
だ、大体ウサちゃんは私以外を優先する時があるのだから縛る権利はない。
おかけにスズさんと仲良くしておけばウサちゃんだってもっと他を優先できていいだろう。
大丈夫、それなりの躱しスキルがあるから拘束からはすぐに逃れた。
授業も真面目にやって学生生活をまずは優先、他人と仲良くはその後でいい。
お昼休みになったら母が作ってくれた美味しいお弁当を食べて、ぽかぽか陽気に体を預けて睡眠。
ただ授業を受けて帰るだけだというのに楽しい時間だった。
「終わっ、たぁ!?」
急いで教室を出ようとしたらすっ転んで床にスライディング。
「も、望月、大丈夫か?」
「あ、う、うん、ありがと」
優しい男の子が手を差し出してくれたので掴ませてもらって立ち上がる。
「ありがとね!」
「あ、鼻血が出てるぞ?」
「あ、大丈夫大丈夫、部活頑張ってね!」
確かいまの子はサッカー部の子だ。
いいね、部活動に励む高校生活というのも悪くないかもね。
私がもし高校で部活をやるとしたらテニス部かなあと予想。
中学生の頃に入って結構楽しかったから、なんていう理由だけど。
というかさ、急いで出ても今日はスズさんから連絡がきていないというね。
「こんにちは」
「えっ、あ、あなたは……」
スズさんと話していた美人さん!
なのにスズさんがいないぃ! どうしてだぁ!
「あの?」
「ああ、あなたに用があったの、それぐらいしかないわよね」
なんで……?
「喫茶店にでも行きましょうか、外では寒いことだし」
「わかりました」
これもまたミカマルスーパー近くの喫茶店。
本当に便利なお店だな、近くにすてきなお店ばかりがあってグッド。
「アミはなにを飲む?」
「あ、それならホットココアで」
「わかったわ。すみません」
すごいな、自然と名前呼びか。
スズさんよりも大人びている感じがするし、私もこの人みたいになりたいな。
「今日待っていた理由はあなたに会うためよ」
それはまあこうなっている時点でそうでしょうねという内容。
ただ、私とも友達になりたいということだった。
拒絶する理由もないことから了承し、連絡先も交換させてもらう。
「す、すみませんっ」
あ、目的の人物であるスズさんが来たようだ。
凄く慌てつつもユミさんの隣に座る。
どうやらスズさんの反応を見るに、元々ここで集まるつもりだったみたい。
楽しそうに会話しているふたりを見ながら飲むココアはとても美味しかった。
美人ふたりが揃うと目の保養になるなあと私は気づく。
「こ、こんにちは」
「はい、こんにちはです」
今日はどこか落ち着きがなさそうなスズさん。
ユミさんはそんなスズさんに「落ち着きなさい」と口にする。
まあただ、落ち着けと言われて落ち着けたらどれほど楽かという話だろう。
「ふぅ……すみません、慌てて来たものですから」
「なにかあったんですか?」
「はい……残ってやらなければならないことがあったんです」
「お疲れ様です、スズさんは真面目で尊敬できます!」
「あ……あはは、ありがとうございます」
って、ちょっと偉そうかな?
それにユミさんの精神的にどっしりとした感じは本当に格好いい。
その人がこちらの友達になってくれたことを嬉しく思う。
仮にそれがスズさんに悪さしないよう監視するためだとしても気にする必要はない。
「私はそろそろ帰るわ、アミ、連絡しなさいよ?」
「はい、させていただきますっ」
「ふふ、お金はここに置いておくから、それじゃ」
いやいや、なんで3000円も置いていったの?
慌てて呼び止めようとしたけどもう出た後で不可能だった。
今度返しておこう、これはとりあえずスズさんに預けておく。
「横に行ってもいいですか?」
「はい、どうぞ」
飲み物1杯で長居するのも申し訳ないからもう1杯注文。
カウンターというわけでもないのに横並びで座っている謎な私たち。
「そういえばウサさんとはどうですか?」
「今日も他の友達を優先してどこかに行ってしまいました」
あんなことを言っておきながら頻度が高くなってきている気がする。
それはそれでいいんだけど……寂しい気持ちは確かにあった。
ウサアミコンビと口にされることが減るのも複雑な気持ちでね。
「冷えませんでしたか?」
「少し寒かったです」
「温めてあげますよ」
手を握らせてもらって寂しさをどこかに吹き飛ばす。
相手を利用してしまっているところが少し申し訳ないが、こちらは満たされていた。
「そろそろ出ましょうか、これ以上は迷惑をかけてしまいますから」
「ですね」
会計時、スズさんは躊躇なく先程ユミさんが置いていった3000円で払った。
なんとも言えない気持ちになりつつも自分の分は渡しておく。
元々こうしてふたりは奢ったり奢られたりを繰り返していたのだろう。
だけどその効力はあくまでスズさんまでだ、厚かましく甘えるわけにもいかないしね。
「アミさん、手を握るのはやめてくださいね」
「あ……ごめんなさい」
くそぉ……温もりを感じながら帰るつもりだったのに。
でもそうかあ、普通は出会ったばかり女に手を握られたくはないわな。
寂しいからって利用しちゃ駄目だ、気をつけなければならない。
いまのままだと自分からどんどん距離を作ろうとしているのと同じだ。
「今日はここで帰ります、気をつけてくださいね」
「はい、そちらこそ」
暇だからミカマルスーパーに寄って惣菜パンを購入し食べることに。
イートインスペースでひとりもしゃもしゃ食べていたらより寂しくなったけど。
なんでユミさん先に帰っちゃったかな、見ている方が気が楽で良かった。
利用することなく寂しい気持ちも吹き飛ばせていたし。
「や、ここいいかい?」
「奇遇ですね」
話しかけてきたのは夏津さんだった。
私のことをウサちゃんと同じぐらい丁寧に扱ってくれて助かっている。
「ウサは?」
「友達と遊びに行きました」
「そっか、ずっと一緒にいるというわけじゃないもんね」
とにかく、こちらは来てくれるのを待つしかない。
というか、自分から行ったところで他の子と会話しているからで終わってしまうだけ。
「それなら今度、泊まりに来たらどうだい?」
「そうですね、本人がいいと言ってくれた場合はそうしたいと思います」
ゴミを捨てて店の外へ。
さむ……冗談抜きで凍えるぐらい。
冬があるのがいいのか悪いのか、真剣に悩んでしまうぐらいだった。
あ、でも温かい食べ物とかお風呂とかが最高になるからなあ。
おまけにベッドに転んで布団にこもった場合なんかも最高でいつまでも出たくないみたいな、悩む。
「かばん、持ってあげるよ」
「大丈夫です、友達のお兄さんを使うわけにはいきませんから」
「待って、そういうこと気にしなくていいから」
「あっ……」
持ってくれるのはありがたいけどさあ、そういう感じで取っちゃったら誤解しちゃう人も出てくるよ。
え、荷物取られるんじゃ? というか取られたんですけど? みたいな感じで。
「アミちゃんはさ、好きな人とかいないの?」
「いませんね」
友達と好きな人ならたくさんいる。
既にスズさんとミユさんのことは好きになってしまっていた。
この短期間でそうだと判断するのはだいぶアレだけど。
「アミちゃんはそうでも、アミちゃんのことが好きな子はいっぱいいそうだね」
「まさか、いませんよそんな人」
卑下しているわけではない。
その証拠に告白されたことはこれまでになかった。
私はそれを寂しいと判断していなかったので傷つくこともなく。
春はぽかぽか陽気に任せてたくさん寝て、夏は思い切り体を動かして汗を流して、秋は読書よりも食欲を優先して、冬はなるべく屋内でぬくぬく過ごす。
そう、そういう風に生活していれば恋愛などに縁がなくても問題ないのだ。
「僕がそうなんだけど」
「うぇ?」
腕を優しく掴まれて強制的に足を止めさせられる。
兄と同じでいつもは柔らかい笑みを浮かべている夏津さん、けれど今日は真剣な表情。
「すぐじゃなくていいから必ず返事はほしい」
「え、ちょ、本気……ですか?」
「うん、本気だよ」
夏津さんは掴むのをやめて「行こうか」と口にし歩きだした。
かばんを持たれているままだから別れるわけにはいかないということで付いていく。
「はい」
「ありがとうございます」
「返事は僕が卒業するまでに聞かせてくれればいいよ、無理なら無理って言ってくれればいいし」
「はい……失礼します」
どうしてこうなった。
なんかよくわからない感情がある。
把握できているのは、夏津さんはあくまでウサちゃんのお兄さんだということ。
友達というか、ウサちゃんと遊んでいたら夏津さんもいるなあぐらいの……うん、そんな感じ。
「アミ? なにやってるの?」
「あ、沖くん……」
告白されたことって言ってもいいのかな。
だけどひとりで抱えているとどうしようもなくなりそうだったから、他の人に言わないでほしいと念押ししてから説明しておく。
「とりあえず中に入ろう、外は寒いから」
それもそうだ、手とかキンキンに冷えちゃってるし。
まあ、中に入っても両親共働きで暖房とかはついてないんだけどね。
「はい、コーヒー」
「ありがと」
美味しい、先程ココアを飲んでいても普通に。
インスタントだからといって特に差があるわけじゃない。
あれでもそう考えたら、お金を出して飲み物を飲むのはもったいない気が。
「夏津が告白か」
「うん……」
「その反応を見るに、あまりいい感じではなさそうだね」
どうしても友達の優しいお兄さんという印象が抜けない。
ウサちゃんとも仲がいいから本当は怖い人とかそういうことはないだろうけどね。
「うん、その気がないなら早く断ってあげなよ」
「でも、こんなこと初めてで……」
「嬉しかったの?」
「でもね? あくまでウサちゃんのお兄さんって感じだから……」
「難しいか。卒業まで待ってくれるって言ってるんだからよく考えるしかないね」
なんか先程のスズさんの反応が微妙で気になっているところだったのに。
私はただ現実をしっかり見て発言しただけだった。
それが夏津さんにとっては気になることだったのだろう。
でもさ、それでもそのまま告白するのはちょっとね……。
「僕はウサちゃんから告白されると思っていたけどね」
「ウサちゃんか、他の子とばかりいるからなあ」
それでいてふたりきりで会うのは止めてくる子。
ま、今日はミユさんとふたりきりだったからルール違反にはならない。
スズさんとふたりきりになってもすぐ解散になったし、そのせいで告白もされたんだけど。
「それにアミは女の子の方が好きでしょ?」
「へ? 別にそんなことはないけど」
ただこれまで縁がなかっただけ。
気楽と言えば気楽だけどね、襲われるとかそういうことはないだろうから。
怖いのは不仲になった際に暴走されそうとかそういうの。
女の子って悪口とか平気で吐くから怖い。
ウサちゃんの友達が同じグループの子の悪口を言っているところだって見たことがある。
しかもそれを止めようとしたら自分だって巻き込まれかねないという恐ろしさ。
でも、ウサちゃんは「やめなよ」と言えるから強いと思う。
身近に尊敬できる、真似したいと思える子がいた。
本当に大切にするべきなのはウサちゃんとの時間なのかもしれない。
けれど本人は別のところに行ってしまっていると、くぅ……上手くいかないものだぜ。
「さてと、僕は部屋に戻るよ」
「あ、聞いてくれてありがとね」
「兄ならこれぐらい当然だよ、また困ったらなんでも言ってくれればいいから」
「うん、頼らせてもらうね」
頼りになるなあ、私も関わっている人から必要とされたい。
あ、恋愛的な意味でではなく人として。
さて、私もコタツにこもっていないで出されていた課題をしないと。
「あ、ここでやれば最強か」
くぅ、やはりコタツは最強のアイテムだ。
冬限定での話ではあるが、みんなが暖かい場所にいたら争いは起こらないと思う。
「……断っても怒らないかな?」
夏津さんが怒ったところなんて私たちが危険なことをした時ぐらいしか見たことがないけど。
先程は優しく掴んでくれたけど、怒った場合は骨が軋むぐらいの強さで握られるかもしれない。
って、これじゃ信用できないと言っているようなものじゃないか。
いやでも、その気がないのにいつまでも悩んで保留状態にしてしまう方が悪な気がする。
そもそも夏津さんは3年生だからそんなに時間がない、年が変わるまでに言わなければ。