一章 百億聖女は死亡フラグをぶち折って真夜中にワルツを踊る(二)
王であるディオスがそわそわとし、部屋にある恋愛本を粗方片づけている頃、聖女はというと——殺されかけていた。風呂場に入ったら唐突に風呂が爆発したので、聖女は扉を蹴破って外へと脱出した。きらめく銀髪、振り上げられる白い脚、そして飛び散る美しい風呂場の扉!
タオル一枚も纏わずに漢女らしく外に出た聖女は、ぶち壊してしまった扉を眺めて呟いた。
魔力ゴリマッチョなので無意識に肌に張り巡らせた魔力で傷は一つもない。
銀髪の天使と書いて可憐破壊神と読む。
イーナは気にせずに美しい銀の眉を寄せてふむと考え込んだ。その考える顔は可憐である。
まあ全裸だが。
「デイリーからタイムアタック暗殺者になりつつありますわね……」
壊したものの数が大分増えてきたような気がする。
これって二百億から差っ引かれるのかしら。聖女とはいえ庶民育ちのイーナ・ストロングは一瞬守銭奴のようなことを考えた、その時。
「イーナさま!ご無事ですか!」
可愛らしい声が二重でかかった。
イーナ付きのメイド二人だ。片方は金髪ツインテール、もう片方は黒髪ショート。わかりやすい。年齢は恐らく二人ともが十四ほど。随分と子供ではあるが、二人とも気立てよく働く良い子たちである。
「ええ、無事ですわ、ありがとう」
イーナは美しく微笑む。全裸だが。
しかし黒煙が濃すぎてバレてない。
黒髪メイドの方は聖女の無事を確認してくしゃりと相合を崩して泣きそうな顔をし、金髪ツインテの方は堅い表情のまま何度も頷いた。
「よ、よかったですぅ……」
「何よりでした、イーナ様。ってあああーー!?一昨日直ったばっかりなのにもう風呂場が爆発してるじゃない!まーた暗殺者が入りこんでるわ!……昨日ライア宮の生垣や仕切りの魔術強化を頼んだのに!シオン、伝え忘れたわね!?」
「ええっ!?ミオン姉さん、そんなこと言ってたっけ……」
「言ったわよ!忘れてるじゃない!別にあたしのせいなんかじゃないだからね!」
最悪の責任転嫁ツンデレを見た。
イーナ・ストロングはきょうだい喧嘩が終わるのを待ってからゆるゆると口を開いた。
ちょっとまずい。黒煙が晴れつつあった。
「ところでシオンさん、ミオンさん」
「あっ、は、はいイーナさま……」
「黒い煙で何も見えないかと思いますが、よろしければわたくしに新しいドレスを。今全裸なのですわよね」
「全裸」
「はい、全裸です」
堂々と宣言するな。
シオンの方が黒い髪に映える真っ白な肌を赤くして目を逸らす。
「よろしければ新しいわたくしの服を。前のものは燃えてしまいましたの。新しいドレスと——陛下のところに行くためのアクセサリの見立てを」
「はいっ、イーナさま!」
二人のメイドは、片方は敏捷に、片方はおどおどと頭を下げて走り去っていく。
——彼女たちが走り去った後に、イーナは少しだけ考え込んで、それからため息を吐いた。
デイリー暗殺が、タイムアタック暗殺になり始めて三日ほど。
どうにも奇妙だ。ここは仮にも王宮の奥だ。外に出るとディオス陛下が定期的に暗殺者に群がられていることは皆の周知の事実のようだが、こんなにも毎日城の中に暗殺者がやってこられるものだろうか?
内部の人間が手引きしている可能性はないか?
例えば——城の内部に詳しいもの。兵士。魔術師。あるいはそれこそ——メイド。
イーナは二人のメイドが駆け去った後を見やった。
そして厳しい顔をして、落ちていたものを拾い上げた。
「……手榴弾のピン……」
たまたま拾ったものだろうか、それとも?
「まあ、誰が犯人であろうとわたくしは自分の得しか考えませんので」
銀髪の天使は呟いた。
「デイリー暗殺者と引き換えに二百億と考えれば、まあね」
まあねではない。
イーナ・ストロングという女は、メンタルオリハルコンな上にくそ打算的であった。
暗殺者を処すより二百億の方が大事だった。
でも、まあ。
「……なにはともあれ、今夜は予定通り、ディオス様と初の語らいと参りましょう。」
イーナ・ストロングはふっと銀色の睫毛を伏せた。その様は息を呑むように美しく、まるで絵画のようであった。
まあ周りは硝煙の香りしてるし、本人は全裸であったけども。
さて、その日の夜は奇しくも、綺麗な満月だった。
ライア宮へやってきた馬車の馬車のクッションの下に雷魔法スタン・ガンが仕込んであったのと、馬車を開けたら薄ら毒の香りがした以外は特に大きなトラブルはなかった。
拳に聖女の力を纏わせて二発ぐらい殴ったら消えた。解決。
そんなこんなで、イーナ・ストロングは無事、ディオス王の部屋へと辿り着き——
扉を開いた死神に、聖女は可憐な声で言い募った。
「ディオス様、お久しぶりでございます。わたくしあまりに放置されすぎるとそのうち死んでしまいますわ。二百億のためになるべく早くあなたとの愛を成就させたく思っておりますの」
「お前が今夜来ると宣言していたせいで俺も死にそうだが」
「あら、わたくし何かいたしました?」
恋愛本を必死で自力で片付けていたディオス王はちょっと死にかけていた。
片付けとか二百年ぶりぐらいにやった。
「いや何も……ところで、何やら毒の香りがするな。どうした」
「あら、わかります?馬車の中に毒が撒かれておりましたの」
「それはどうした」
「浄化しましたわ」
「雷の魔術の香りがする」
「それも浄化しましたわ」
見た目は可憐、中身はゴリラ。その名はイーナ・ストロング。
ディオスはちょっと普通に感心した。
「………いや、だがな……怖くはないか。俺の、死を引き寄せる呪いは暗殺者も事故も無尽蔵に引き寄せる」
「どちらかといえば、あなたさまが業務メールばかりでちっとも恋人らしいことをしてくださらないので、二百億をもらい損ねるのではないかと心配で」
こういう展開は恋愛メソッド本には載ってなかったなあとディオス王は思った。
「——ところで、陛下」
「ああ」
「……少し、……大事なお話が」
急に真面目な声でイーナが言って見つめてきたので、死神王は一瞬思考がフリーズした。
睫毛は長い。見上げる首は折れそうなほどに華奢だ。銀色の髪はゆるく肩に落ち、清楚な白いドレスとよく似合っている。
あまりに天使。あまりに可憐であった。
あんまりに可憐な少女に距離を詰められてディオス王は静かに言った。
「…………子供ができたのか?」
「アホですの?」
語らいのための最初の夜は第一声からしてすっ転びまくっていた。
しかし。
急に死神王は強く少女を掴んで抱き寄せた。その広い胸の中に、イーナ・ストロングはきつく抱きこまれて思わず瞬いた。
唐突な恋愛展開に、聖女は完全にフリーズした。
プロローグの真ん中部分抜けてました!ということに今日気が付きましたのでお手数ですが、中編を読み返していただけると幸いに思います…。読んでくださりありがとうございます、とても嬉しいです!




