記憶にございません
余談なのですが。
1歳になった娘のマイブームは、点や線をクレヨンで描くことなのですよ。
遊びたくなったときは、度々。
クレヨンの箱を片手で持ちながら、野田のところまで這ってきます。
「開けて」と言いたい場面。
まだ喋ることができないものですからね。
ひたすら、野田にクレヨンの箱を渡してくるのです。
拒否権はありません。
本当は、自分でも開けられるはずなのですけどね。
開けられないフリをしてきます。
さすがは赤ちゃん。
天性の甘え上手かもしれません。
仕方あるまい、と。
フローリングの床の上へ移動しましてね。
らくがき帳を大きく広げて、クレヨンの箱を開けて。
セッティングをするわけなのです。
あとから追ってきた彼女は、クレヨンを手に取るや否や。
ぽいぽいっと、放り投げてしまいます。
クレヨンの転がりゆくさまが楽しいようです。
気がついたら、いつも箱の中身は空っぽになっています。
四方八方に散らばった12色のクレヨン。
いちばん近くに残ったクレヨンが今日の主役です。
お絵かきが始まります。
描いて、と。
たまにクレヨンを渡されることもあるのですが。
適当なところで、ふらっといなくなる野田。
だいたいは扉の陰に隠れて、ツイッターをしております。
見事に立派なツイッター民です。
ちょっと、廃がかっているかもしれません。
てんてんてん。
てんてんてん。
軽やかなリズムで、色をつけていく娘。
気がついたら、フローリングの床がキャンパスになっています。
水で落とせるクレヨンなので、床は問題ないのですけどね。
衣類につくと、落ちません……。
そうして、心ゆくまで遊び続ける娘。
興味が薄れたところで、野田がお掃除隊となって現場に突撃します。
無限の点々に塗れたクレヨンの空箱を拾うわけなのですが。
それを見て、思い出すことがありました。
遠い昔。
同じようなクレヨンの箱を目にしたことがあったのです。
「ママ、このクレヨンの箱。どうしてこんなに汚いの?」と聞いたところ。
「あなたがやったのよ」と言われてしまいました。
そのときの野田。
「やってないよ」と言い返したのです。
今、思えば。
「記憶にございません」という主旨の言葉を、初めて野田が発した瞬間でした。
本当に記憶がなかったのですけどね。
こういうことだったのか、と。
約25年の時を経て、納得しましたよ……。
自分の認識にズレがあると、抗議の声を挙げたくなってしまうものですね。
記憶なんて曖昧なものには、頼らないほうが良さそうです。




