品格
いつの頃からか。
背中を丸めながら、下を向いて歩くことに慣れてしまったような気がします。
なるべく、道ゆく人と目を合わせなくても良いように。
そそくさと人通りの多い場所を避けながら、30年余りを生きてきました。
なぜ、人通りの多い場所を避けてきてしまったのか。
自分でもよくわかりません。
人を隠すならば、人混みのなか。
なるべく、道ゆく人と目を合わせなくても良いように。
思いっきり人通りの多い場所へ行くほうが、理にかなっていますけどね。
きっと、頭が弱いのでしょう。
控えめにいって、上品とは無縁の人生でした。
まともに人と挨拶を交わすことさえ、ままなりません。
人とすれ違うとき。
会釈をしたのだか、下を向き直したのだか。
自分でもよくわからないような状態で、やり過ごしてしまいます。
かろうじて挨拶ができるのは、賃貸アパートの敷地内にいるときくらいです。
それでも、なるべく人の気配がないときを狙いすまして玄関の外へ出ていますよ。
本当に、何なのでしょう。
ダメな大人になってしまいました。
そもそも上品な挨拶とは、「立ち止まって、自分から他人に声をかける」というものらしく。
立ち止まる壁が高すぎて、困惑しております。
全然、越えられそうにありません。
手前の手前の壁くらいから、苦戦を強いられていますよ。
昔は、「品格とは努力して身につけられるものではなく、育ちの良さで全てが決まる」と思い込んでいたのですが。
(「お行儀が悪い」と親に注意されても、「だって、育ちが悪いもん」と言い返すような子どもでした。)
さすがに、環境のせいにするのは無理があります。
何かのせいにしている場合でもないのですよ。
自分を変えられるのは、自分だけですから。
子どもの頃の自分に言ってやりたいです。
「うっせぇわ。何でもいいから直せや」
まぁ、聞く耳を持たないでしょうが。
子どもの頃の自分は今にも増して、性格に難がありました。
心の機微に鈍感なヤツでしたよ。
さらに悪いことに、「上品すぎるのは恥ずかしい」と思い込んでいたのです。
授業中に姿勢を正して座ることもできずにいました。
座高が高くて、目につくのが嫌だったのです。
人のなかに、風景のなかに。
溶け込んでいたかったのですよ。
そうしている間に、野田の筋肉は衰えてしまいましてね。
姿勢を正そうとしても正せない身体になってしまいました。
腹筋と背筋と、性根から鍛え直さねばなりませんね。
お上品への道のりは、険しくて遠いです。




