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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

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婚約破棄され、私の心は折れた

作者: ここるく

改稿版です。

女性に対して無理矢理な行為があります。

ご注意下さい。


「ヴィクトリア嬢、貴方との婚約を破棄したい」


 ここは王宮の中の応接室。その中でも広めの一室。

 センターテーブルを挟んでソファーが置いてあり、更に両サイドに一人掛けの椅子も置いてある。

 扉前には衛兵が二入立ち、護衛は室内の扉近くに立ち、侍女達はお茶をセットしたのち、壁近くに控えている。

 だが室内が広いため、会話が聞こえる事はないだろう。


 このリナビニア国の王太子であるルドルフは輝くプラチナブロンドに青く透き通る瞳を持ち、美しく整った顔はいつもの自信に満ちた表情ではなく、伏し目がちに気不味そうな顔で自身の婚約者であるヴィクトリアに伝えた。


 その隣にはふわふわなピンクゴールドの髪を持つ小柄な女性が、ヘーゼルナッツの瞳を揺らしながらルドルフを見ていた。


 言われたヴィクトリアは銀髪に紫の瞳を持ち、吊り目がちなためキツめの顔立ちだ。表情も乏しく、いつも無表情で冷たい印象を与えている。かなり衝撃的な事を言われたにも関わらず、相変わらずの無表情だ。いつも着けている金で精巧に作られたチョーカーの先についているアメジストに触れながらソファーに浅く腰をかけ、美しい姿勢のまま王太子に問う。


「理由をお聞きしても?」


「すまない、貴方は悪くない。だが私は真実の愛を見つけたのだ。このマリエッタを愛してしまったのだ。彼女を王太子妃にしたい。だから……貴方との婚約を破棄したい」

「そうですか……では私を側妃にするのは?」


 そんな提案をされるとは思っていなかったのだろう。

 少しの間、考えたがルドルフはマリエッタの手を取ると、安心させるように瞳を見つめ力強く頷く。そしてヴィクトリアに向き直りゆっくりと告げる。


「いや、私は彼女以外を娶るつもりはない。私、ルドルフ・リナビリアはマリエッタ・シガールを生涯愛し、唯一とする事をアミール神に誓う!」


 そう言い切ったルドルフの体が淡く光輝く。

 その光がすぅっと頭上に集まり、天井を抜けて天に向かって発せられた。


 そして──気配が消えた。


 何が起こったか分からないルドルフとマリエッタ以外の者達は、一瞬目を見開いて二人を見たが、すぐさま無表情に戻った。流石王宮仕えだけはある。

 そんな中、ヴィクトリアだけはゆっくりと目を閉じ、全てが終わったのだと悟った。


「い、今のは? ……一体、何が……?」


 二人はオロオロと周りを見渡してうろたえている。

 それを見てヴィクトリアは深い溜息をついた。


「本当に殿下は知りたい事しか覚えていないのですね」


 呆れた目で見つめると、思い当たる事があるのか目を逸らして俯いてしまう。


「魔力の多い者が、心から神に誓うとアミール神に受け入れて貰えます。それは破られる事のない誓いになります。ですから王族は軽々しく誓う事がない様言われていると思うのですが……」

「……そういえば、そんな事を言われた様な気もするな……」


 顎に手を当て、目線を右上に上げて考えながら答えるルドルフ。


「誓ってしまったからには、もう覆すことは不可能です。婚約破棄、承りました。……ではもう二度とお会いする事もないと思います。それでは」


 そう言って立ち上がろうとするヴィクトリアに慌てて声を掛ける。


「ま、待て! 本当に貴方はそれで良いのか?」


 溜息がまた出た。

 淑女としてあるまじき行為だが、もう気にしなくてもいいだろう。


「良いも悪いも、もうどうにもならないではないですか」

「そうか……すまない。せめてもの償いに父上に貴方の事を進言させてくれ。私が言う資格はないと思うが、貴方には幸せになって欲しいのだ」


 なんとも辛そうに言うルドルフは、本当にそう思ってくれているようだ。

 だが、もう遅い。


「……その必要はありません。どうせ処刑か、よくて幽閉でしょうから。あぁ……陛下は私の魔力量に興味があったみたいだから、もしかしたら陛下の側妃にされるかもしれませんね……」


 それまで一言も発せず、成り行きを見ていたマリエッタだが、それを聞いて声を上げる。


「待って! 断罪してないんだから、処刑されることはないでしょう!?」

「断罪? ……あら? 貴方も転生者なの?」

「え!? ヴィクトリア様もですか? そ、そうです! でも私はルドルフを本気で好きなんです。それは許してください」

「ええ、別にそれは良いわ。私は殿下の事はなんとも思っていないから」

「だったら!」

「断罪どうこうじゃないのよ。王家に入らなければ処刑されるわ」

「どうして!?」

「それは殿下がご存知……ではなさそうですねぇ」


 殿下は言い合う二人をオロオロと見ていたが、ヴィクトリアに話を振られて驚いてふるふると顔を横に振る。


「貴方もゲームをしてた時、不思議に思わなかった? どのルートでもヴィクトリアは処刑されていたでしょう? 例え罪がなくても」

「そ、そう言われてみれば……そうかも」

「私も設定が酷いって思っていたわ。でも王太子の婚約者になって分かった。王妃教育には、王族に伝わる秘密を教わる事も含まれるの。勿論他国のものも。いわゆる王族同士の暗黙の了解ってヤツね。だから婚約者になり次第、王宮で暮らし、王家に囲われるのよ。それらを知ってる者が王家以外に居るのは、都合が悪いのは分かるでしょ?」

「そ、そんな理由で?」

「王家の闇はそれだけ深いのよ。貴方もそのうち習うでしょ。王太子妃になれず、側妃にもなれない私は用済みよ」

「そんなっ! ……私、そんなつもりじゃ……」


 その瞳に涙を浮かべ、ふるふると震えるその姿は可愛らしく、流石ヒロインといった所か。だが断罪を避けてくれた所を見ると、よく小説で見た電波系ヒロインではなく本当に良い人なのだろう。


 ちらりと殿下を見ると、真っ青な顔で震えている。

 本当に知らなかったのね……。

 殺したい程私を憎んでいるのかと思っていたけど、どうやら違うらしい。


 俯いていたマリエッタはキッと顔をあげて叫んだ。


『だったら! 逃げてください!! 今なら陛下も居ないし、ルドルフに頼めば国外に逃げれるでしょっ!?』


 あぁ……久しぶりに日本語を聞いたわ。

 懐かしい。

 一応聞かれても良い様に気を使ってくれているのね。やっぱり優しい子みたい。でも……


『無駄よ。私は逃げ出せない。これがあるもの』


 そう言って首にあるチョーカーに触れる。


『それって……王子に認められたら貰えるっていう運が上がるアクセサリーでしょ?』

『違うわ。これは隷属の首輪よ』


「えっ!!」


 その様子を見ると知らなかったみたいね。


「殿下。殿下はこれが何か知っておられますよね?」


 チョーカーに触れながら聞いてみる。

 いきなり聞いた事の無い言葉で話し合う二人を、怪訝な顔で見ていたルドルフだったが、聞かれた事に答えるべくじっとチョーカーを見つめ、当たり前だろうとばかりに肩を竦めて答える。


「それは王族が必ずつけるチョーカーだろう?母上も着けているじゃないか」


 馬鹿だ馬鹿だと思っていたけど、ここまでとは……。

 勉強だってしてきた筈なのに。本当に聞きたい事しか聞いていなかったみたい。呆れてものが言えないとはこのことか。


「違います。これは隷属の首輪です。王に逆らわない様、着けられる首輪ですよ?」

「まさか! だってこの国では奴隷は認められていないじゃないか」

「そうですね。但し王族は除くという注釈がつきますが」

「えっ!?」


 その意味が分かってきたのか益々顔色が悪くなる。


「ま、まさか……母上のもそうなのか……?」

「ええ、そうですよ。王妃様と私の主人は陛下です。私はここに来た初日に着けられました。一応婚姻したら殿下が主人になる予定でしたけど」

「そ、そんな……父上がそんな理不尽な事をしていたのか?」

「まあ……伝統ですからねぇ」

「そんなものが!?」

「あら? でも最初は美談だったのですよ?」

「? 美談?」




昔、ここいら一帯は小さな国が入り乱れ、争いが絶えなかった。

そんな中それらの国々をまとめ上げた、強く美しい一人の男がいた。

その功績から国王になり国を安定させ、発展させていった。

だが様々な裏切りを見てきた国王は他人を信じきれず、妻を娶る事をしなかった。

その男を幼い頃からずっと慕っていた幼馴染みの女は、自ら奴隷となり、これなら私を信じられるでしょ?と笑った。

それでようやく信じられる様になった国王は、生涯命令はする事はなく、彼女を王妃に迎え、一生愛し大事にした。

それ以来王家の女性は王との契約をする様になったそうだ。




「ね? ちょっとした美談でしょ? でも受け継がれていく内に他国の王女を迎えたりした経緯もあって、普通に命令する様になったみたい。勿論しない王も居たらしいけど、それは本人達にしか分からない事ですよね」


 にっこり笑って伝えてみたけど、二人の顔色は悪くなるばかり。


「だから……逃げられないの?」

「そうよ。現在有効な命令は『王に従え』『許可なく魔法を使うな』『王妃教育に励め』かな? 王宮内なら移動可能だけど、外に出るには許可がないと出られないわ」

「そんな……でもこのままじゃあ……殺されちゃうの……?」


 泣きそうなマリエッタに、ヴィクトリアは淡く微笑み答える。


「……もういいのよ。殿下、彼女をちゃんと幸せにしてあげてくださいね」

「あ、あぁ……それは勿論だ」


 ヴィクトリアは立ち上がり、侍女に声を掛ける。


「王妃様に面会の許可を」

「畏まりました」


 陛下は今日は視察に出ており帰ってこない。

 取り敢えず王妃様にお伝えしておかなければ。


「それでは、お二人ともご機嫌よう」


 淑女の見本の様な美しいカーテシーをし、ヴィクトリアは退室した。



 王が不在の時には王妃が政務を代行する。

 とは言っても、視察に出ている程度なら全てを行う訳ではなく、必要な分のみの政務になる。そのため今の時間ならもうお部屋に戻られている筈。

 そんなに時間は掛からないだろう。


 自分に宛てがわれた部屋に戻り、侍女達を下がらせると一人きり。

 窓から代わり映えのしない景色を眺めながら、溜息が漏れる。


「やっぱり逃れられないのかしらね……」



◇◇◇



 ヴィクトリアが前世を思い出したのは、ルドルフに初めて会った時だった。

 王妃様のお茶会に呼ばれて、自分の婚約者だと紹介されたルドルフは可愛らしかった。キラキラと光る王子様を見つめて、あのエフェクトの指示が面倒くさかったなぁ……と思ったのがきっかけだった。

 前世でこの乙女ゲームを作る会社の末端にいたのが私だと思い出したのだ。そして自分がそのゲームの中の悪役令嬢である事に気付いた。それから少しずつ思い出し、このままでは断罪されて処刑される事も思い出したがその時にはすでに婚約者であり、隷属させられていたのでもうどうする事も出来なかった。


 この国では5歳になると魔力量を測る。そして一番多い令嬢が、王太子の婚約者になり王宮に迎えられる。

 なぜなら魔力量の多い王族の子供を宿すには、それなりの魔力量が必要だからだ。そのため幼い頃から確保する。

 その分、選ばれた令嬢の家には十分な見返りを与えるのだ。


 ヴィクトリアは歴代の中でも群を抜いて魔力量が多かった。現在もこの国では一番多い。そのため発覚と同時に婚約者に決定してしまったのは、仕方がなかったろう。

 前世を思い出してからは、魔法のある世界だっ!と喜んだが、あまりにも多い事に恐れをなしたのか、王は余計な力を与えぬ様に魔法を教えてはくれなかった。こっそり本で読んだりしたが、所詮独学に過ぎなかった。


 魔法は使えなくとも、魔力だけは無闇矢鱈とあるので、子供の頃から前世の知識を生かし体内での魔力操作に励んだ。その結果、体外の魔力も感知出来る様になり、これはかなり役に立った。無論誰にも言っていないが。



 王妃教育も進めば、王太子妃になれなければ殺される事が分かってきた。例えヒロインを選んだとしても、せめて側妃にしてもらおうとルドルフとの関係に心を配った。

 だがルドルフは会った当初からなぜかヴィクトリアを好まず、邪険にはしないが寄り添うこともなかった。何とか嫌われない位には持ってこれたと思う。

 でも……ダメだった。


 溜息が出ても仕方ないと思う。



 そんな事をつらつらと考えていると、王妃様の許可が下りたので、お部屋へと向かう。

 王妃専用の応接間に通され、お茶を用意されて進められるままに座る。


「それで? どうしたのかしら、可愛いヴィクトリアから面会なんて珍しいわね?」


 そう言って嫋やかな微笑みをたたえた王妃ソフィア様は今日も美しい。

 真っ赤な髪を結い上げ、そのエメラルドグリーンの瞳は優しげにヴィクトリアを見つめている。

 ソフィア様は元々隣国の王の姉で、陛下が一目惚れして迎え入れた経緯がある。勿論陛下にも婚約者が居たので、彼女はそのまま側妃となった。だが、体調が優れず、子をなす前に儚くなられてしまった。仲が良かった王妃はかなり嘆き悲しんだと言う。


 ソフィアはヴィクトリアにとっても良き理解者であり、唯一と言っていい味方であった。その彼女にこんな事を言うのは憚られたが、言わない訳にもいくまい。



「はい……実は先程、ルドルフ様がマリエッタ嬢を唯一とするとアミール神に誓われました」



!!


 ソフィア様はふるふるとかすかに唇を震わせたが、すぐに閉じて深く息を吐く。


「それは……真ですか?」

「はい。どうやらルドルフ様は誓いの事もチョーカーの事もご存知なかった様です」


 それを聞いてソフィア様の王妃の仮面は剥がれてしまった。


「あの子は何をしているのです! ルドルフを今すぐここに連れて来なさいっ!!」


 そう侍女に命じると、一礼した侍女は急いで部屋から出て行った。

 それを見つめた後、ヴィクトリアを振り返り泣きそうな顔になる。


「あぁ……ごめんなさい、ヴィクトリア。私の育て方が間違っていたわ。こんな……こんな事になるなんて……」

「ソフィア様のせいではありません。どうぞお顔を上げてください」

「でもっ! このままでは貴女は……!」


 コンコン!

 いつもより強めのノックに急いで侍女が戻ってきたのが分かる。


「王妃様、王太子殿下をお連れしました!」


「入りなさいっ!」


 顔色の悪いルドルフが入ってきた。


 ソフィアはツカツカと近寄り、持っていた扇でルドルフの右頬を叩く。


「貴方は一体何をしているのですっ!!」


「申し訳ありません!」


 そう言って跪き、項垂れるルドルフ。

 その肩に王妃の追撃が飛ぶ。


「貴方は!」ビシッ!


「ヴィクトリアの!」ビシッ!


「十二年を!」ビシッ!


「何だと思っているのですっ!!」ビシッ!


 王妃はすでに泣いている。

 同じチョーカーをする者同士。この十二年間、支え合ってきたのだ。自分の息子よりも近しい子の未来を思えば、泣けてもくる。


 淑女の力で扇で叩いたところで、それ程痛みはないだろう。

 それでもルドルフには堪えた。

 母の心からの叫びに胸が痛む。

 そんな事すら思い浮かばなかった自分が情けない。


「有難うございます、ソフィア様。私の代わりに怒ってくださって。とても気が晴れましたわ」

「あぁ! ヴィクトリア! 陛下がお戻りになられたら、お願いするわ! せめて離宮で過ごせる様に!」

「……いいえ、ソフィア様。私もう疲れてしまいましたの。もう終わりにしたいですわ……」

「ヴィクトリア……」


 ヴィクトリアの側により、ぎゅっと抱きしめるソフィア。

 幼き頃に親から離れて、王宮に来たヴィクトリアにとってソフィアは、母であり、姉であり、友でもあった。


「御免なさい、ソフィア様……」


 そんな彼女を悲しませる結果になって、申し訳なく思う。


「ヴィクトリア……陛下が戻られるまで王妃教育はお休みです。好きに過ごしなさい」

「はい……有難うございます」


「ルドルフ! お前は謹慎していなさい! 部屋で一から勉強し直しなさい!!」

「……はい、母上」




 陛下は二日後に戻られるそうだ。

 好きに過ごしていいと言われたが、したい事もなければ何かをする気も起きず、窓辺に椅子を持ってきてもたれ掛かり、日がな一日ぼんやりと外を見ていた。

 淑女としてはあるまじき姿だが、もう咎めるものも居ない。


 実際にヴィクトリアの心は折れていた。


 それはルドルフがヒロインを選んだからでもなく、このままでは殺されてしまうからでもない。



 ──ずっと感じていた気配が絶たれたからだった。




◇◇◇




 王宮に来た頃から嫌がらせは絶えなかった。

 隷属の首輪の事は王族と限られた者しか知らないため、自分の娘を婚約者にしたい者には命を狙われ、その地位を羨んだ使用人達には妬まれ嫌がらせをされていた。


 好きでもない王太子のために、やりたくもない王妃教育をさせられていると言うのに、ルドルフはヴィクトリアに興味をあまり示さなかった。そのためさらに使用人達に蔑まれていた。


 食事を抜かれる事もあったし、異物が混入しているなど多々あった。

 衣類が届かなかったり、洗濯が生乾きだったり、掃除がされていなかったりと下らない事ばかりだったが、地味に堪える。


 流石に毒が混入されていた時には、問題視されたので、ついでに今までの事も訴え、主犯に毒味役を命じる等仕返しもしていた。

 前世の記憶があったため、自分の事はある程度自分で出来たから何とかなっていたが、面倒になり王妃に訴えて周りの使用人達を一掃したりしてもらった事もある。

 そのため使用人達からは距離を置かれ、専用の侍女など誰もなりたがらず、当たり障りない様に世話をされる様になった。


 日々の王妃教育は厳しかったし、その方が楽でいいとすら思っていた。


 折角魔法がある世界なのに使えないのは勿体無いと試行錯誤した結果、体内での魔力操作が出来るようになった。

 時間があれば魔力操作に勤しんだ結果、他人の魔力を感知出来るようになった。

 さらに集中すれば、その人の人となりや感情も何となく分かった。

 そのため害意のある者を察知出来る様になり、それ以降の自分の身を守るために大いに役に立った。


 気配は消せても、魔力を消す事は難しい様でいわゆる影達の事も把握出来た。


 王族には護衛の他に影と呼ばれる者たちが必ずつき、守る。

 それこそ一日中。ずっと側に居るのだ。

 最初は24時間ぶっ通しで、影ってなんてブラックなんだろうって思った。

 でもよくよく観察してみると、ちゃんと交代してるし休んでもいる様で安心した。


 ヴィクトリアの魔力量は他国でも需要がある様で度々狙われた。


 人知れず暗殺者から守ってくれている影。


 他の人には分からないだろうが、ヴィクトリアには手に取るように分かった。

 おそらく影達もヴィクトリアが気付いているとは思っていないだろう。


 仕事とはいえ、ずっと側に居て、自分を守ってくれる存在。

 影達に親しみを覚えるのは当然だった。


 中でも一番長く側に居る影が居た。

 その影の魔力量は、おそらくヴィクトリアに次いで多かった。そしてその魔力はヴィクトリアには、とても心地良いと感じるものだった。

 側にいてくれるだけで安心出来たのだ。


 幾ら前世が大人だったとはいえ、一般人だったヴィクトリアに王妃教育は厳しいものだった。また未来の不安から、うなされて起きる事も多々あった。


 そんな折、たまたま王妃も外交で国内におらず、自身の誕生日に誰にも何も言われない時があった。別に祝って欲しい訳でもないが、夜更に真っ暗な外を眺めていたらたまらなく寂しくなってしまう。


 多分心が弱っていたのだろう。

 いつもなら言わないセリフをはいてしまう。


「……ねぇ、誰にも言わないから……側に来てよ」


 言ってから思った。

 何て馬鹿な事を言ってしまったのかと。

 影は、緊急時を除いて対象者に姿を現す事などない。

 ましてや自分が影に気付いているなどと、今まで素振りも見せてこなかったのだ。独り言だと流されてもおかしくない。


 虚しくなって俯こうとしたその時、窓に映った姿に驚いた。

 ヴィクトリアの後ろにヴィクトリアよりも頭ひとつ背の高い人物が、後ろを向いて立っていたのだ。


 !!

 来てくれたっ!


 そう思った瞬間、後ろに立つ影の魔力がヴィクトリアを包み込んだ。


 勿論触れてなどいない。

 だが魔力は言葉よりも雄弁だった。


 戸惑い、恐れ、躊躇い、憐憫、同情。

 様々な想いが流れ込んできた。


 そして奥底に隠され、微かに感じる…慕情。



 あぁ……私を気にかけてくれている人が居る。


 誰にも必要とされていない私を見てくれている人が居る。


 それだけで嬉しかった。

 自然と涙が溢れてしまう。


 泣き出した私に驚いて、困惑しているのも感じられた。


 それが何だか可愛らしくて笑ってしまう。


「ふふ……有難う。嬉しいわ」


 そう伝えれば安心した様で、そのままふっと離れ、いつもの定位置に戻ってしまった。

 でも、そこに居てくれるのが分かる私は嬉しくて、久しぶりに安心して眠れたのだった。



 そんな彼に依存するなと言うのが無理だった。 

 魔力を感じていれば安心し、交代等で側に居ない時は不安だった。


 例え仕事であっても、側に居てくれるだけで良かった。




 でもルドルフが誓ったあの瞬間に、彼の気配は、魔力は──消えた。



 もう私は守る対象ではなくなった。


 あぁ……彼にも必要とされなくなってしまった……。







 ぼんやりしていたら、王からお呼びが掛かった。

 もうそんなに時間が経ったのだろうか。


 そう思いながらも、侍女に支度をしてもらい謁見の間に行く。




「面をあげよ」


 そう言われて顔を上げて、久しぶりに陛下を見ると眉間に深い皺が刻まれていた。

 陛下はルドルフを大人にして、ガッチリさせ腹黒くした感じだ。


 謁見の間と言ってもプライベート用で、王と、王妃様、ルドルフの三人しかいない。

 王妃様は泣きそうだし、ルドルフの顔色は悪いままだ。


「ヴィクトリア、此度は愚息が迷惑を掛けた。……何か希望はあるか?」

「では、出来れば苦しまない毒でも頂ければ幸いです」

「……そうか、相分かった。自室にて待機せよ」


「陛下っ!!」


 王妃が咎める様に叫ぶ。


「この事に口出しする事は許さん。ルドルフ、お前は引き続き謹慎しておれ!」





 部屋に戻り侍女達に部屋着に着替えさせられ、置いておかれた。

 夜になるとお風呂に入れさせられ、食事が運ばれる。

 いつもは一人で食べるのに、今日は侍女達がそのまま居た。まるで見張っている様だ。そんな事をしなくても逃げられる訳もないのに……。


 食事が終わると侍女長が近衛兵を連れて入ってきた。その手には美しいグラスがあった。何も言わずに差し出されたグラスを手に取る。いつもの癖で匂いや色を見分していたら、焦れた様に言われてしまった。


「どうぞお召し上がりください」


 一口飲んでみれば分かった。


「これは……」


 まあ、いいか、どうでも。


 一気に煽ると、くらりと視界が暗くなりそのまま意識を手放した。








◆◆◆








 カリカリと書類を書く音と、ぱらりぱらりと書類を捲る音のみが響く執務室。

 夜も更けてきたため、残っているのは王と執務長のみだ。

 書類を見ていた王が顔を上げて、執務長を見て告げる。


「明日も早い。そろそろ帰りたまえ」

「……ですが、陛下も連日ではありませんか。陛下より先に帰る訳にはまいりません」

「分かった、分かった。これを確認したら帰るから」

「そうですか。ではこれを書き上げたら失礼させていただきます」


 執務長が退室した後も、書類を確認していたがようやく確認を終えた。

 トントンと書類をまとめて顔を上げると、机から離れた所に見た事のない瞳の部分しか見えない黒い装束を着た男が跪き控えていた。

 全く気配を感じなかったため、気付かなかった。一体何時から居たのだろうか。


 王が気付いたと同時に、王についている影がその男の後ろに回り込み、首元に刃を当てる。が、それを気にした様子はなく男はピクリとも動かない。


 気配を感じさせずにここに入れる、影に背後を取られても焦らない所を見ると相当な実力を持っているだろう。この男がその気なら自分の命など、とうにない筈だ。


 影に視線で命じると、刃を引き王の前に立つ。自身の実力では相手を倒せないのが分かっているのだろう。


「私に何か用か?」

「……王にお願いがあって参りました」


 微かに王の眉が動く。


「聞こう」

「王弟を消す手勢を貸していただきたい」


 自分に弟は居ない。

 周辺諸国を思い浮かべても、六カ国はある。どこの事だか……。


「私に何か見返りはあるのかな?」


 期待せずに聞いてみる。


「姉君の自由を」


 !!


 隣国の王に強く願われ、姉は嫁いだ。断る理由もなく我が国にとっても大国であるリナビニア国との繋がりは有難い。

 だが婚姻式で姉は一見幸せそうに見えたが、幼い頃から知っているだけに分かる。そうではないと。

 どの王国にも闇はある。裏を見ればどこもそう変わらないだろう。だが、リナビニア国には密やかに囁かれている噂がある。アレが本当なら、姉に自由がある筈がない。


「どれくらい必要だね?」

「二、三人で。準備は我々が」


 影が振り返り、王が問えば頷き肯定する。


「連れて行け」


 影と共に男も消え去り、後には王のみが残された。


「警備体制も見直さなきゃいかんな……」


 そう言う王の口元は軽く上がっていた。








◆◆◆








 意識が緩やかに覚醒する。


 ゆっくりと目を開ければ、暗闇の中で陛下が隣に寝ているのに気づいた。


 やっぱりね……。


 完全に寝ている事を確認してから、そっと起きベッドから出る。

 改めて部屋を確認すると、陛下の寝室っぽかった。


 周りを見渡しても服が見当たらない。

 椅子には陛下のローブがかかっていたが、あいつの物を着るのは嫌だった。


 ふと部屋の隅にシーツらしきものが置いてあった。おそらく私をここまで運んだ際に包んできたものだろう。

 それを拾い、くるくると適当に巻きつける。


 音を出さない様にバルコニーへの窓を開け、ぺたぺたと素足で出る。


 空を見上げれば満月が輝いていた。



 緩やかな風を頰に受け、初めて自分が泣いている事に気付く。

 好きでもない男に抱かれる位なんともないと思っていたのに。


 案外自分が弱かった事に気付き、ふふと笑ってしまう。





 その時斜め下からキィと窓が開く音がした。


「ヴィクトリアなのか!?」


 小声で囁かれた声を見れば、ルドルフがこちらを見上げていた。

 そういえば、陛下の居室の下の階にはルドルフの部屋があった事を思い出す。


「あら、殿下。良い月ですね」

「ヴィクトリア……その姿は……一体?」


 月明かりに見えるルドルフの顔は赤い。

 確かに淑女がする格好ではない。前世の感覚のあるヴィクトリアには大した事はなくとも、この世界では有り得ない位、肌を露出している。


「陛下に貴方の弟か妹を産まされる様ですよ」

「……」


 このままなら子供を産むまでは生きられるだろう。

 更に陛下の側妃として発表されれば、殺される事もない。


 だが、もう……疲れてしまった。


 自分の部屋では出来なかったが、陛下の居室であるここなら可能だ。


 手摺りの上に登り、立ち上がる。


 あぁ……月が綺麗だ。

 手を伸ばせば届きそうなくらい。




 月明かりの下、銀髪は風になびき輝きを増す。白いローブを纏った様に見えるヴィクトリアが月に請うように手を伸ばす姿は、まるで月の女神の様だった。


 見惚れていたルドルフだが、はっと我に返って声を上げる。


「止めろ!」


 だがその声に何の反応もせず、ふわりとその体が傾ぐ。

 月明かりにチョーカーのアメジストがきらりと反射する。


 その瞬間、パシッという音と共にチョーカーが外れ、ヴィクトリアとは違った放物線を描いて落ちていったのをルドルフは確かに見た。



 そしてヴィクトリアは何の抵抗もなく落ちていく。





 その時、王の部屋から黒い影が飛び出し、バルコニーからヴィクトリアへと追いすがる。

 その影は風魔法を使い、空中でヴィクトリアを捕まえると、そのまま抱き抱えて闇へと消えていった。




 取り敢えず助かったのだと、ほぅっと力が抜け、バルコニーに座り込んでしまう。

 やがて王の寝室が騒がしくなり、近衛兵が部屋にやってくるまでルドルフは放心していた。




◇◇◇




 やっと楽になれると思い、束の間の浮遊感を感じた後、いきなり衝撃が走ったかと思えば、抱えられ激しいアップダウンを繰り返される。

 何事か全く分からず、パニックに陥ろうとしたその時に感じた魔力。


 誰よりも会いたいと願ったその人のものだと気付いた。


 抱えられたまま、じっと身を任せているとしばらくして漸く止まった。辺りを見れば、王城に面した森の大きな木の枝の上に居た。



「何て格好をしているのです? 折角迎えに来たのに勝手に死なないでください」



 問い掛けられそちらを見れば、懐かしい闇色の瞳が優しげに自分を見ていた。


 ボロボロと涙を零してただ見つめるしか出来ないヴィクトリア。

 その様子を見て躊躇ったように言われた。


「どこかお怪我でも?」


 痛い所はあるが、怪我ではない。

 ふるふると頭を振り答える。


「初めて聞いたけど、良い声してるのね」

「ふふ、そうですか」


 ゆっくりとヴィクトリアを下ろし、涙をそっと拭う。


「貴女をこのまま攫っても良いだろうか?」


 その言葉の意味をゆっくりと脳が咀嚼する。

 じわじわと嬉しくなったが、自分の格好を見て思い知る。


「……で、でも、私は陛下に……」


 瞳を揺らし俯くヴィクトリアの頰に手を当て、顔を上げさせ、瞳を覗く。


「俺は、貴女が生きていればそれで良い。だが……俺の手は血塗れている。それにこのままいけばお尋ね者だ。でも貴女を手放したくないんだ」

「……私なんかで良いの?」

「貴女だから良いんだ」


 その言葉に全身が歓喜する。

 名前も姿も知らない、声すら今初めて聞いた。

 だが彼の魔力は誰よりも心地良い。

 その彼に求められている事が、唯々嬉しい。


 心のままに彼に抱きつけば、強く抱きしめられる。

 ふわりと彼の魔力に包まれ、深い愛情を感じると共に安心感に満たされる。


 お返しとばかりに自身の魔力で影を覆う。

 チョーカーが外れた事には気付いていた。初めての体外での魔力操作だったが上手くいったと思う。



 ピシッと音がするように固まる影。

 やがて片手で顔を覆い、横を向いて俯く。


 どうしたのだろう?

 首を傾げて見上げる。


「いや……これってこんな風に感じるものなのか? 嘘だろ……」


 どうやら影も魔力を感知して、感情を読み取れるようだ。

 私の想いも少しは伝わっただろうか?



 影は深く息を吐いてから、こちらを向いた。


「ヴィクトリア」


 初めて名を呼ばれ、嬉しくなる。改めて自分の名前がヴィクトリアで良かったとすら思う。

 影は口元を隠した布を下げ、素顔を晒しながら口角を上げヴィクトリアを見つめた。


 そして見えた顔は、切れ長の瞳、薄くしまった唇、整った顔立ちはまるで彫刻のようだ。



 え?

 こんなイケメンだなんて聞いてないんですけどっ!?


 思わず見惚れたヴィクトリアの頬が赤く染まる。

 その頬をそっと包み込みながら、愛おしげに告げる。


「ずっと貴女を見て、守ってきた。これからも俺が守る。もう誰にも渡さない。愛しているんだ、ヴィクトリア」


 ホロリと一筋涙が溢れ、それから花が綻ぶように微笑んだ。

 それは今まで誰も見た事のない、ヴィクトリアの心からの微笑みだった。


「嬉しい……」


 そんなヴィクトリアに影はそっと口付けを落とす。

 ゆっくりと瞳を閉じて、キスに応じる。


 それからヴィクトリアを横抱きに抱えなおし、音もなく闇に消えていった。





◇◇◇





 すぅすぅと可愛らしい寝息を立てて、眠っているヴィクトリアの髪をそっと撫でる。

 ん……と寝言を言いながら自分に擦り寄ってくる。


 可愛い。


 ヴィクトリアに触れる事が出来る自分が、未だに信じられない。

 夢ではない事を確かめたくて、何度も撫でてしまう。


 起こしてしまっては可哀想だ。いい加減やめねば……。





 俺は黒目黒髪で生まれた時から親に疎まれていた。淡い色の髪の多いこの国で黒髪は忌み嫌われていた。だが五歳になり魔力量が多いと分かると、さっさと王家に売り払われた。


 かしらに隷属させられ、影として無理やり仕込まれた。

 そう言うかしらも隷属させられているので、かしらを恨む事はなかったが、理不尽な事に変わりはなかった。

 影は全員隷属させられている。誰もが大なり小なり思う事はあるようで、王家に心から仕えている者など誰も居なかった。


 反抗心はあっても、従わざるを得ない状況だが、俺は魔力量が多い事もあって、段々と地位が上がっていった。

 そして与えられた仕事は王太子の婚約者を守る事だった。



 最初は保護対象として見ていた。

 だがずっと見ていれば分かる。


 家族から離され、婚約者である王太子には疎まれ、使用人達には蔑まれていた。

 王妃は心を配っていたようだが、いつも側に居られる訳でもない。


 そんな孤独な一人の少女だった。



 隷属させられ、やりたくもない王妃教育をさせられ、命を狙われる立場。

 同情するなと言うのが無理だった。

 見守る事しか出来ないのが悔しかった。


 だが、そんなある日、ぽつりと彼女は呟いた。

 注意していなければ、聞き取れないくらいの小さな声で。


「……ねぇ、誰にも言わないから……側に来てよ」 


 最初は自分に向けて言っているとは思わなかった。

 でも普段は表情を出さずに、何事も淡々とこなす彼女が初めて漏らした甘え。

 俺の事を気付いている事にも驚いたが、それよりも俺に甘えてくれて嬉しいと思っている自分に驚いた。


 悩んだが、姿を見せずに側に行く位なら良いだろう。

 そっと背後に立ち、いつも孤独な彼女に少しでも安心させたくて自身の魔力で覆った。守る意味も込めて。

 そんな事は初めてしたが、泣き出した彼女に焦った。

 が、喜んでいるようなのでほっとする。



 それからうなされる彼女を試しに魔力で包むと、安心して眠るようになったので何度となく包んでやった。

 どうやら彼女は俺達を感知出来る様で、俺が戻ると明らかに安心している様を見て嬉しく思う。



 だが学院に入ってから王太子の行動が怪しくなった。一人の令嬢に傾倒しているようだった。このまま婚約が破棄でもされれば彼女の命が危ない。

 それから俺は密かに根回しを始めた。


 他の影達も皆、現状に不満があるため、命令に背かないギリギリのラインで協力してくれた。そしてかしらを隷属させているのが、王弟である事を突き止めた。だが俺達には王族を傷つける事が出来ないため、現状を維持するしかなかった。



 そして王太子が婚約を破棄した瞬間、城を飛び出した。

 後は時間との勝負だ。

 ぐずぐずしていては彼女が殺されてしまうかもしれない。


 王妃の祖国に行き、協力を願う。

 不安はあったが姉弟仲は良かった筈だ。助けられるならば助けたいだろう。

 案の定あっさりと協力して貰えた。


 急いで戻り、王弟を消してもらう。

 王弟さえ消せば、かしらの隷属は解除される。かしらもすぐに俺達の隷属を解除してくれた。


 目的である陛下を探せば、明らかに事が済んだ状態。


 怒りで頭の芯が冴えわたる。


 音も立てずに陛下に忍び寄り、口元を押さえ、心の臓に刃を突き立てる。

 ぐぅ……と呻き、すぐに動かなくなった。

 初めて私怨で人を殺したが、今更だった。



 改めてヴィクトリアを探せば、今まさにバルコニーから飛び降りようとしている所ではないか!

 慌てて追いすがり、空中で捕まえる。



 間に合ったっ!!



 そのまま抱き抱え連れ去る。

 腕の中の温もりに安堵する。



 ひとまず安全な所まで行き、ヴィクトリアの状態を確認してみる。

 怪我はなさそうだった。


 拒否されても連れて行くつもりだったが、一応聞いてみた。

 だが彼女は陛下に抱かれた事を気にしている様だった。

 確かに思う所はあるが、陛下は殺したし、それに俺にはヴィクトリアが生きていてくれるだけで良かったのだ。


 そう告げれば、ヴィクトリアも応えてくれた。

 抱きついてくる彼女が可愛くて、抱きしめていると不意に彼女の魔力に包まれた。


 そして、感謝、親愛、依存、深い愛情……様々な感情が感じられた。


 え?

 これってこんな風に感じるものなのか?


 嬉しいけど……俺が今までしてきた時にも彼女は感じていたって事か?



 ちょっと所か、かなり恥ずかしい。


 だが、嘘偽りなくお互いに思っている事を実感する。



 そのまま彼女を拠点まで連れて行き、着替えさせてから馬で隣国に向かう。

 一先ず街まで行き、宿をとれば、疲れがピークに達したヴィクトリアはすぐに寝入ってしまい、今に至る。



 王が死に、影達が放たれ、頼りない王太子が継ぐあの国の行く末は暗いだろうが、知った事ではない。

 連れて行った手勢がそのまま王妃に接触するだろうし、約束は果たした。



 ようやく自由になれたのだ。

 これからは二人で好きに生きよう。


 俺はヴィクトリアの笑顔が見られれば、それで良い。



 取り敢えず今は彼女の温もりを感じながら眠るとするか。



 そっと彼女の隣に滑り込み、後ろから抱き締めた。


 温かい……。


 生きていてくれる事に感謝しながら眠りについた。





◇◇◇




 あれから陛下は急な病死とされ、王太子の婚約者であるヴィクトリアも病気のため離宮で静養する事になった。だが回復せずに暫くしたのちに、亡くなったと発表された。


 半月後、王太子であるルドルフが即位した。

 それと同時にマリエッタが王妃となり、慣れないながらもルドルフに寄り添った。

 それら全てを取り仕切ったのはソフィアだった。


 自由になったソフィアは、すぐにでも祖国に帰りたかったが、長年過ごしてきた情もあり、国民を見捨てられなかったのだ。

 即位したルドルフを陰ながら助け、マリエッタにも同時に教育を施し、何とか態勢を立て直した。



 ルドルフは長年続いた悪しき風習であるチョーカーを廃した。

 契約で縛って良い事など一つもないと、嫌という程理解したから。


 契約ではなく、自ら仕えるに相応しい王であると思わせねばならなかった。

 自身の愚かさと後悔を忘れずに、弛まぬ努力を重ね、様々な事を乗り越えたルドルフは見違えるような大人になった。


 多少国力は落ちたが、それでも大国として成り立たせ安定した治世を行った。



 そして今日はルドルフとマリエッタの結婚式だ。

 王が亡くなり喪に服していたため、一年経ってからの式だった。

 沢山の国民に祝福され、王都を馬車で周る。


 そのパレードを遠く、小高い丘から眺める二人。



「こんな所で良いのか?」

「ええ、マリエッタを見たかっただけだから」


 マリエッタもヒロインだけあって魔力が多い。

 遠く感じるその魔力は幸せそうだ。


 同じ転生者として話をしてみたかったが、死んだ事になっている自分が彼女に会う事はもう無理だろう。



 隣国に逃げて落ち着いてから、影こと、グレンと結婚した。

 そしてグレンと共に、国を転々としながら冒険者として活動している。


 元々グレンは表の顔で冒険者として活動していたため、生活には困らなかった。

 私もトリアと名を変え改めて魔法を習い、今では名の通った魔法使いとして活躍している。


 お互いの魔力を感知出来る私達に隠し事などない。

 転生者である事も話してある。


 元々一般人だった私には、貴族の生活よりもこっちの方がよっぽど合っている。

 グレンは変わりなく私に愛情を注いでくれる。


 あんなに孤独で寂しかったのが嘘みたいだ。



 生きてて良かったと心から思える。

 これからも死ぬまでグレンと共に生きる。




 私は幸せだ。



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