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手を繋いで一緒に行こう  作者: 那由他
イーリン 心の再構築
8/35

我ら召命に応え

挿絵(By みてみん)


修道院に来て2回目の朝、イーリンは日が昇る前に飛び起きた。


(痒い痒い。どうしたのかしら? 左の二の腕の後ろと 右のお尻が痒い! 痛くて痒い!)


家はかきむしった。 射し込んできた朝日に照らされて自分の体を見ると、二の腕とお尻に二つ並んだ大きな真っ赤な虫食い痕があった。

「きゃぁぁぁっ!!」


耐えきれず大声を上げてシスターを呼んだ。


「どうしたのです?」

起き抜けだったのだろう 夜着の上に 軽く羽織ったシスターヴァネッサが現れた。


(痛くて痒いのよ!見てよ!)


「……これは」


シスターはそう呟くと 家のベッドに触れた。


「随分湿っていますね? 何か水をこぼしました?」

「濡れたタオルを置いたわ」

「それでは虫が湧いても仕方ないのです。湿り気が虫の大好物ですから。昨日は布団を干さなかったのですか?」

「そんな大変なこと私がするわけないじゃない」

「今日は必ずやるのですよ。ちょっと待ってください」


シスターはそう言って出ていくと、しばらく経って 臭い匂いのする ハート型の葉を積んできた。


「これは虫刺されに良い薬草です。少し揉んでから汁を擦りつけると痒みが和らぐでしょう」


嫌な臭いだったが少し痒みが良くなった。


「日が昇ったら布団を干してください。お日様に当てましょう。それまでを神に祈りを捧げる時間とします。この部屋でもいいですし、礼拝堂に行ってもいいです」

「部屋でするわ」


もちろんイーリンは祈らない。 かきむしる代わりに、シスターが持ってきた臭い葉っぱを、悪態をつきながら噛み跡に擦りつけるだけだ。


質素な朝食をすませ、やがて朝のミサの時間になった。

皆が手を組み目を閉じて 一心に聞く中、院長の厳かな声だけが響き語りかけている。


(ばかばかしい!)


院長の言葉など 家は全く聞いてなかった。代わりに考えていたのは、ろくなことではなかった。


どうやって早くここを逃げ出すか?

どうやってレスターに復讐してやるか?

どうやって もっと家柄のいい男を見つけるか?


そんなことばかり。


ミサが終わると、シスターはイーリンを伴って院長の部屋に訪れた。


「お入りなさい」


院長の隣には 年老いた文官らしき人がいた。


「イーリンを連れて 参りました」


シスターの言葉に修道院長は頷き、そしておもむろにイーリンの顔を見る。


「ここの暮らしはどうですか?」

「最低よ」

「ここで暮らしていくことはできますか?」

「今すぐ出て行きたいわ」


「イーリンはこのように言っていますが、スミス様いかがでしょうか?」


スミスと呼ばれた男は 考え込みながら言った。


「ここがダメだと言うのであれば、もう牢屋に入るしかない」

イーリンの目はキッと吊り上がった。


「冗談じゃないわ! 何で私が牢屋なんか入んなきゃいけないのよ!」

「未来の王太子妃に対する不敬は重罪である。王太子妃の従妹であり、君のご両親が国に忠実な臣下であるからこそ、この修道院で許されたのだ」

「私は誰も傷つけてない!」

「それは結果だ。王太子殿下が万難を廃してエスター嬢を守ったからだ。だが、あなたは学園中の生徒たちに嘘をばらまき、人心をかき乱した。内乱の種になったやも知れぬ」

「信じる方が馬鹿なのよ!」

「君を信じるという馬鹿なことを確かに彼らはした。騙される方が悪いのか? 悪意をもって彼らを騙す方が、もっと悪いのではないか? その理論でいけば 一番悪いのは君だ。真っ暗な牢屋ではネズミがずっと側にいてくれる」

「ネズミなんて大嫌いっ!!じゃあ修道院にいてあげるわよ!」


黙っていた院長が口をはさんだ。


「お断りします」

「何で? 何でよ!?」

「修道院は祈りの場です。イーリンはこの修道院に入ってから、たった一度も祈りを捧げていない」

「神様がいたら私はこんなとこにいやしない! いないものに祈ってどうするの!」

「この修道院にいる我らは皆、召命に応えここにいます。神が我らをお呼びになった。だから我らはこの修道院に来たのです。イーリンは 大層醜い心を持っていると聞いています。王太子殿下は改心を願われました。私達もずっと祈ってます。あなたの心が良きものに生まれ変わるように。神の愛が届くように。でも 悔い改める心があなたにはない。わずかばかりも神を信じる心がない。ここははゴミ棄て場ではないのですよ」


院長の言葉は重かった。


「院長、不快な思いをさせて大変申し訳なかった。ゴミ捨て場などと、そのようなひどいことを考えていたわけではない。あなた方のような清廉な人々のそばにいれば、この醜い心が洗われるのではないか? そう王太子殿下は 思われたのだ。 一か月、……いや一週間でいい。このわがまま娘が、少しでも心を入れ替えられるように シスター達の教えを請わせていただけないだろうか?」

「わかりました。一週間ですね、 溺れかけている子羊を救うことは 私たちの勤めです。請おうと願う心があればの話ですが……」


(牢屋なんて嫌だわ!絶対に嫌!!)


自分の考えに没頭して、院長とシスターがイーリンを見ていることにしばらく気づかなかった。

そして初めて二人の目を見つめたのだった。


(とても真剣な目。厳しいけれど……あたたかい)


「あなたの祈りに礼拝堂を使うことを許します。一心不乱に祈るのです。最初は形だけでも、やがていつか神の御心に触れることができるようになるかもしれません。私達も、あなたの為に祈りましょう」


イーリンは言葉もなかった。


そしてその夜、イーリンは礼拝堂に行って 生まれて初めて真剣に祈った。

「私は本当ならあの修道院に行きたかったわ。 憧れてた。 でもあそこは召命がないといけないのよ。 私には召命が来なかった、だから行けなかったの」

そう言った友達の言葉を覚えています。


シナイ山の見渡す限りの砂漠の中に、まるで奇跡のように聖カタリナ修道院があります。 満開の桜を思わせる花が咲き 赤いバラが咲き、優しい神父様が一生懸命修道院の歴史について観光客に説明していました。


- 荒野より呼ぶ声あり。我応えて来たり-


それが信仰ではないか? そう思いました。


写真はシナイ山で子供から買ったオケナイトっぽい石です。

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