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手を繋いで一緒に行こう  作者: 那由他
イーリン 心の再構築
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令嬢の転落

シラミやダニが嫌いな方、不潔恐怖症の方、回避です。

イーリンは子爵の家の一人娘として産まれ、大切に大切に育てられた。


「世界で一番可愛いらしい」

何度も周囲からそう言われれば、やがてイーリンは本当に自分をそう思い込んだ。


人は見たいものを見る。鏡に映るイーリンは、実物の何倍も可愛らしく美しく見えた。


「世界で一番可愛いのは私。綺麗なのは私」

周りに褒められるたびに、鏡を見るたびに、イーリンの瞳には傲慢な光が宿る。ただ、それに気が付く者はいなかった。


そのイーリンの自信を打ち砕いたのは、一つ年上の従姉妹のエスターだった。自分よりも爵位が高い家に、自分よりも器用で刺繍までしているらしい。物覚えもいい。ちょっとは見れる顔立ちもイーリンの気にくわなかった。


(悔しい悔しい!)


自分に優るものなど認められない。恨みつらみ憎しみ。イーリンの自尊心は、復讐というエスターへの攻撃に向かった。


(悔しい悔しい!)


エスターのお気に入りの若草色のドレスを、紅茶のシミで台無してやってほくそ笑んだ。


兄がくれたという可愛らしいうさぎのヌイグルミを奪ってやった時も面白かった。


エスターは耐えているが、表情から辛さがほの見える。それはイーリンの嗜虐心を煽った。


だがエスターの両親がしゃしゃり出てくる。もっと良いものを買い与えようと約束する。


(胸糞悪いわ! 邪魔くさいのよ!)


だから、エスターの刺繍したハンカチを地面に叩きつけてやった。繰り返し繰り返し踏みにじった。刺繍糸は解れ、どんなに洗っても茶色く汚たままだろう。


(ざまあみろ)


自分の親もエスターの親もイーリンに味方した。泣きそうなエスターの顔は愉快だった。


だがその後エスターが来なくなった。両親に聞いても理由すら知らない。何が悪かったのか?


遠くから話だけを聞く。エスターが王太子と婚約した。


(悔しい、悔しい! 私の方が…、私の方があんな女より優れているのに。私が先に目をつけて、私が先にアピールしたのに。…悔しい、悔しい。だがまだ学園があるわ。そこでエスターがどんなにつまらない女か証明してやるのよ。そして蹴落としやる。あいつなんて私の踏み台に過ぎないんだから。そしたら私が後釜に選ばれてやるんだ。王太子は地位も金も権力も顔も最高級なんだから、私のアクセサリーになるべきよ)


どうやればあの女を貶められるか?小さい時と同じことを起こせばいい。ほら、面白いように上手くいく。


(馬鹿な人達。馬鹿な人ばかり)


もうエスターの味方なんて学園に一人もいやしないわ。


「他人の不幸は蜜の味。エスター 。あなたはとっても素敵な踏み台よ。せいぜい足掻いてね」

そうせせら笑ったイーリンの顔を、侍女が恐ろしいもののように見て怯えていた。


「なんなのその顔つきは! 私の部屋の掃除一つ満足にできないくせに!」

イーリンは侍女の顔をひっぱたいた。侍女は踞り身を縮めた。


「申し訳ありませんでした」

「下がりなさい」

それはイーリンの家ではいつものこと。もはや当たり前と受け止める侍女もいれば、怯えて無気力になり、やがて辞めていく侍女もいる。だがそれらはイーリンの興味を引かない。


そうやってエスターを追い詰めて、成人式典で最後の仕上げになるはずだった。


だがそれは覆された。


-戒律の厳しい修道院で謹慎せよ!-


繰り返し耳にこだまする王太子の声はイーリンの心に絶望を生んだ。


(あんな女の為に私が修道院なんかにやられるなんて! 見てなさいよ! 必ず仕返ししてやるから!!)


イーリンは粗末な馬車に乗せられた。


「何なのよっ!?もっといい馬車を用意しなさいよっ!!」


固い木の椅子は座り心地が悪くイーリンのお尻はアザだらけになった。とても長く感じられたが実際には数時間だったのかもしれない。節々まで痛くなる頃に着いたのは、荒れ地にあるみすぼらしい小さな修道院だった。


「ようこそ、イーリン。最果ての修道院へ。私はシスター・ヴァネッサです」

対してイーリンは頷いただけだった。こんな中年女にかける言葉も下げる頭もない。シスターにみすぼらしい修道院の中を案内された。一番奥の部屋で立ち止まった。


「こちらが修道院長のお部屋です」


-トントン-

「入りなさい」

氷のような厳しい顔をした年老いた修道院長がイーリンを迎えた。


院長はイーリンの顔を繁々見ると重いため息を漏らした。


「イーリンですね?」

「…はい。ファリム子爵が娘、イーリンです」

「この修道院では貴族も平民も関係ありません。爵位などに意味はない。ここではまずは貴族の名を捨てなさい」

「……はい」

「ここに入ったからには規律に従ってもらいます」

「……はい」

「ではまず髪を切りなさい」

「……嫌です」


修道院に入るのは恩情だと、大人しくしていれば直ぐに出られると、去り際にお父様は言った。けど貴族の女性にとって髪は命だ。短い髪は恥。罪人の証だ。そんなことができるはずがない。


(私は直ぐに出ていく。直ぐに貴族に戻るんだから!)


「毎日忙しいのです。髪を洗う暇はない。髪の手入れをする時間もない。ここではそんな手間はかけられないのです。水汲みやお湯を沸かすことが、どんなに重労働か明日にはあなたにもわかるでしょう。髪を切りなさい」

「髪だけは嫌! 髪だけは!!」


「脂や垢で汚れた不潔な髪にはシラミがたかります。頭中シラミという虫にたかられれば、体もたくさん血を吸われ、あちこちかきむしって夜も眠れなくなるでしょう。それでもいいと言うのであれば」


(バッカじゃないの? そんなことあるわけない!)


鼻でせせら笑ったイーリンを、先ほどのシスター・ヴァネッサが、別の小部屋に案内した。


「ここがあなたの部屋です。言っておきますか皆同じような部屋をもらっています。あなたの部屋も私の部屋も変わりありません。今日からここで暮らしなさい」


火の気のない部屋にベッド、硬い煎餅のような布団がある、とても粗末な小さな部屋に通された。


シスターはしばらくいなくなると、バンと水差しと小さな手拭いを持ってきた。


「今日は特別に運んであげましたが、明日からはあなたは飲み水を自分で汲むんです。明日説明します。身体を拭くのは、そこにあるタライを使いなさい」

小さなタライが床に置いてあった。


「ここでは皆が日の出に起きます。朝食係は日の出前から準備に取り掛かっています。明日は一度だけ起こしてあげますか、次の日から寝坊したら朝食はありません。これからは日の出とともに起きるのです」


イーリンは渋々固いパンと水の夕食を取り、わずかな水を浸した粗末な手拭いを使い手足を拭いた。


実家から持ってきていたわずかな荷物に入っていた櫛で豊かな髪をといた。


(何で私がこんな目にっ!!)


イーリンは水の入ったタライを蹴飛ばした。飛び散った水飛沫など目もくれない。濡れた手拭いをベッドに叩きつけた。


その固く肌触りの悪い寝台では、ほとんどイーリンは寝付くことができなかった。


(なんで私がこんな目に合わなきゃならないのよ! あいつのせいだっ!!)

悔しさに歯噛みしながら。

厳格な修道院に入ったお嬢様はどうなるのか?

とても気になって、そこら辺を一生懸命考えて こちらに書きました笑

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