結
書き足りない部分が多く 1話目からほぼ書き直しました。
成人式典から数日後、エスターは城に招かれていた。中庭でフリードリヒと一緒に午後のお茶を楽しむ。もちろん何も言わずともエスターの好きなファーストフラッシュだ。一口飲めば、芳醇な味わいとかすかな苦味が広がる。
いつもながら王城で飲む茶葉は最高級だとエスターは思い、そして気を引き締めた。
エスターにはどうしても聞ききたいことがあった。上品に紅茶を飲むフリードリヒに緊張したエスターはきいた。
「フリードリヒ殿下はあのイーリンに心惹かれなかったのですか?」
「いつものようにフリードリヒと呼べ。答えだが、そのようなことあるわけがない」
とても面白そうにフリードリヒが答えた。
「何故でしょう?」
「あの者は自分への愛があまりにも強すぎる」
「自分への愛?」
「自分が世界で一番美しく可愛らしいという優越感と他者を見下す蔑みだ」
「皆それぞれ違った可愛らしさ美しさがありますし、比べるものではありません」
「普通はそうだな」
「フリードリヒ様はそれに直ぐ気が付いたんですか」
「ナルシストには特有の嫌な目の光がある。自己満足に満ちた傲慢な光だ。観察には面白いが愛せるわけがない」
「ではイーリンがフリードリヒ様を好いていたというのは?」
「好きなのは私の地位や金や顔だけだ。私自身など何一つ見てはいない」
「確かにそれはフリードリヒ殿下の一つですわ。でもそれだけではありません。忍耐力、見識の高さ、公明正大な心。自然を愛し、こうした穏やかな午後を好まれることもまた魅力の一つです」
「エスター、そなたは得難い人だな」
「フリードリヒ殿下に褒めていただけるような、何を私は持っているのでしょう?」
「その心だ」
「…心?」
「そなたは、先入観に囚われずまず人を見ようとする。より多くの愛を相手に与えようとする。誰かと意見が違えれば、自分に悪いところがあったのではないかと、まず自分を振り返る。どこかで妥協点を見出すことができるのではないかと頭を悩ませる」
「それは普通のことですわ」
「まだある。花を見る。刺繍をさす。小さな一つ一つのことに喜びを見出せる。多分、あの者はそなたのそういう部分を嫌って標的に選んだのであろうよ」
「私が隙だらけだったから……」
そういうわけではないとでも言うように フリードリヒは小さく首を振った。
「あの者は家柄や成績や容姿のみで人を判断する。だがイーリンの何もかもエスターに劣る。その劣等感からきた恨みつらみ憎しみだったのであろう」
「何もしていないのにですか?」
「優るというだけで人は妬む。そなたの兄は正しかった。そなたから話を聞いて、家族で話し合って遠ざけたのだから。幼い頃からあのような悪意を受けていたら、心が傷を負ってしまう。傷が癒える時間はずいぶん長かったろう」
「私は守られるばかりで……。私は自分が口惜しい……」
「今回はそなたを悪意から遠ざけながら、衆人環視の中での確かな証拠が揃うまで待っていたのだ」
「……このような私が、お側にいて良いのでしょうか? 私は何も知らず、何もわからず、何もできない役立たずです」
「エスター。今は戦乱の世ではないよ。国も安定している。これからは国外と通商し、国を発展させるべき時だ」
「はい」
「私は祖父に育てられた。賢人と名高き祖父の教えを毎日聞いて育った。祖父に習った帝王学は既に私の日常生活の一部でもある。その帝王学から見る私の世界は厳しい。一面の荒野だ。私の周囲には誰一人いない。私の婚約者は私が愛することができることを基準に選んだよ。長く厳しい道のりでも愛を傍らに歩いて行けるように。そなたは荒野で見つけた鮮やかな一輪の花だ。たった一つの私だけの花。失うわけにはいかない」
「フリードリヒ様……」
「そなたを害するあらゆるものから守ろう。私が戦う。そなたには無事でいて欲しい」
「……はい」
フリードリヒはいきなり立ち上がるとエスターのそばに跪き、騎士がするように方膝をつきエスターの手を取った。
「初めて見た時から、その真っ直ぐな瞳に惹きつけられた。それから時を重ねるだけそなたが好きになった」
その姿勢のまま、真剣な眼差しでエスターを見つめる。その瞳は、あの日エスターが綺麗だと思った静かな水面のように澄んでいる。見つめられたエスターは、胸が高鳴り我知らず頬が染まっていった。
「これからも私と生涯を共にしてもください。私と結婚していただけますか」
「はい」
恥ずかしさのあまり小さな声になってしまったが、フリードリヒの耳は ちゃんと返事を聞き届けたようだ。
「手を繋いで一緒に行こう。この先の長い道のりを二人で行こう。いつか年老いた時にも、そなたにずっと傍らにいて欲しい」
「私もです。私もフリードリヒ様を心からお慕いしています」
「おいで」
フリードリヒは優しく確かにエスターを抱き締めた。
エスターが学校を卒業した1年後に結婚式が開かれた。
「エスター。本当に綺麗だよ」
「フリードリヒ様も素敵です」
式はは王都の大聖堂で行われた。レースで縁取られた純白のベールを靡かせこの日のために時間をかけて用意した絹の白いウェディングドレスを着たエスターは参列者の感嘆のため息を誘った。白いスーツを着たフリードリヒはいつもより更に男振りが増し、こちらもまた美麗だった。華燭の式は国中で祝われ、美男美女の王太子夫妻の仲睦まじい姿に国民達は熱狂した。
その後二人は国の発展に力を入れ、賢王と賢妃として歴史に名を残す。
国外との友好関係を築き通商に力を入れ、国の上下水道の整備に尽力し、公衆衛生の概念を定着させた。
また市井の福祉に心を配るエスターは、度々病院や孤児院に慰問に訪れ、慈悲深き王妃として国民に慕われた。
二人はおしどり夫婦と呼ばれ一男一女をもうけた。父の賢さ、母の優しさを受け継いだ子供達は立派に育った。
やがて二人も年老いて、息子に王の座を譲り離宮を住まいとした。それでもなお、仲良く二人で手を繋ぎ庭を散歩する姿は、毎日のように見られたという。
帝王学について調べていたら そこから見る世界は とても寂しいものではないかと思いました。
こちらがその思いを入れた文章になりました。
おまけがもう1話あります。