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前中後編 ➡ 起承転結に変更しました。
ここは王城。今日は王太子の成人を祝う式典でエスターも家族とともに参加している。
フリードリヒの顔はは秀麗としか言い表せず、相変わらず令嬢達の熱いまなざしを浴びている。
成人の祝いもかねてエスターは、フリードリヒの海の色の瞳を模したマリンブルーのドレスを着てきた。その裾には自分の手で銅色の刺繍を施した。今日のために用意したのだ。全てはフリードリヒの為に。
「式典を始める前にイーリン・ファリム子爵令嬢から訴えがあった。それについて審議したい。他のものは口を挟むな。エスター・ファリム侯爵令嬢、前にいでよ」
フリードリヒの周りにはイーリンと、彼女を守るように側近となるべく選ばれた高位貴族の令息達がいた。皆がエスターを険しい目つきで睨み付けている
周囲のざわめきが止まない。
名前を呼ばれたエスターはピクリと顔色を青くした。家族が気遣うようににエスターを見た。呼ばれたからには前に進みでなければならない。エスターは震える足元を叱咤して 一歩ずつ前に進みてた。
「フリードリヒ殿下。御前に参りました」
「イーリン・ファリム子爵令嬢が、そなたを告発した。エスター、そなたが非道に走り、権力にあかせて、いじめを行っているとな。これに対して何か申し開きはあるか?」
いつも穏やかなフリードリヒが、今は厳しい表情を浮かべている。
「そのようなこと、私はいたしておりません。全てが虚偽でございます」
表情はかたいがはっきりとした口調でエスターは言った。
「ではイーリン・ファリムよ! その申し出は真実か? 虚偽ではないか?」
「私の話したことが事実です。 エスター様が嘘をついているのです。フリードリッヒ様の婚約者の座を守りたいがために。 私の申すことこそ誠でございます。 確かにエスター様は 私を罵倒し暴力を振るったのです」
イーリンもフリードリヒに合わせたであろうマリンブルーのドレスを着ていた。その身を震わせ涙を浮かべる様を皆が痛ましげに眺めた。
「 困ったな。双方が嘘だと言う。ではイーリン・ファリムよ。証拠はどこにある?」
フリードリヒは真剣な表情できいた。
「確かに証拠はありません。でも学園の皆様が証言してくれるはずです。どんなに私が理不尽な目にあっていたか」
イーリンが周りを見れば側近達が力強く頷いた。
「それは証拠ではない」
「私は清廉潔白です。フリードリヒ様が、それを一番よくお分かりのはずです」
「随分口清いことを言う。その腹の中は真っ黒ではないのか?」
「いくらフリードリヒ様といえどもひどいですわっ!!」
「イーリンは無実です!」
「そうです! みなエスターのせいです!」
「エスターがやったんだ!」
「誰がお前たちに喋れと言った?」
フリードリヒのその冷たい一言に側近達が静まり返った。
「その迫真の演技はさすがだな。 さすが国を謀ろうとしただけはある」
「フリードリヒ様。お疑いになるのですか? どうか私を信じてください」
「名前を呼ぶ許しを与えたことはない。何故私の名前を連呼する? そなたが学園入学時より何か意図があって私や側近達に近づいたことはわかっている。エスターを貶めようとしたこともわかっている」
「殿下っ!」
たまりかねたようにイーリンの父親が進み出た。
「我が娘は幼い頃より心優しい性格であり、誰かを貶め傷つけるための虚言を申すことは絶対にありません 」
「では家族の目が曇っているのであろうよ」
「そんなっ!!」
「王太子の婚約者として、常にエスターは護衛に守られている。眠る時でさえ決して一人になることはない。そのエスターに、イーリンが申すような嫌がらせができたというのか? 答えよ」
「……それは……」
「では下がれ」
「……はっ!」
まだ納得いかないような顔をして、渋々とイーリンの父親が後ろに下がった。
「イーリン・ファリム。王太子妃となる者に冤罪を被せ、あまつさえその地位から追い落とそうとすること。これがどれほどの罪に値するかわかるか?」
「知りません! 私は何も知りません!」
「そなたは面白い人心掌握術を使う。なかなか楽しい見せ物だった。側近たちも学園の生徒たちも、よく踊ってみせたものだ。みな勉強になったであろうよ。だが証拠もなく裁こうというのは阿呆しかおらぬ」
「…………」
フリードリヒに阿呆呼ばわりされた側近達は、みな固まったまま動かない。
「そなたの家の使用人達には心を病んだものが多いと聞く。皆そなたがやった、そなたの所業の被害者達だ。彼らに詫びながら、しばらく戒律の厳しい修道院に入って謹慎せよ!」
「殿下! 今一度お考え直しを」
イーリンが真っ青になって言った。
「くどいっ!!」
フリードリヒの大音声に座が静まり返る。
「…悔しいっ!!」
もはや血の気の失せた恐ろしい形相でイーリンはエスターを睨みつけた。
「エスターっ! お前のせいだ! お前さえ私の踏み台になっていれば!!」
イーリンの父親が真っ青になり膝から崩れ落ちた。
「衛兵! この女を連れて行け」
「触らないでよっ!! いやー!!」
騒ぐイーリンを衛兵達が二人がかりで連れて行った。その顔には嫌悪感が滲み出ていた。
「これでいいエスター。心配をかけたな」
「…殿下」
目の前で起こったことの、あまりの恐怖にエスターの顔色も悪かった。
「あの者の悪意はわかっていたが、そなたに害が及んではならない。王となる者が私情を挟んでもはならない。確たる証拠を掴み法にのっとって裁く。この全てはそなたを守るためだ。許せよ」
気遣うフリードリヒにエスターの胸が熱くなる。
「もったいないお言葉です。そのような深いお考えがあろうとは。我が身の不明を恥じるばかりです」
「そなたの父も兄もこの件を知っている。皆がそなたを守る為に動いた」
エスターの家族が二人を見て微笑んでいた。
「 さあ! 宴はこれからだ。エスター 。私と踊っていただけますか?」
「喜んで」
差し伸べられたフリードリヒの手に 、エスターはゆっくり自分の手を載せた。
エスターとフリードリヒはファーストダンスを踊った。やっと解放された喜びに二人は何曲も踊り続けた。
見事に騙されていた学園の生徒たちは反省し、そしてまたフリードリヒの見識の高さを賞賛した。その一方で阿呆と呼ばれた側近達は、鬼のように目を吊り上げた父親達に耳を引っ張られて、節穴の目をどうにかする為の教育に帰ったのだ。
こうしてイーリンのもたらした騒動は終わりを告げた。その後、戒律の厳しい修道院にイーリンは入り、恩赦で許されて家に帰り婿をとった。その後二度と表舞台に上がることはなかった。だがそれはまた別の物語である。
帝王学というマネジメントが出てくると、茶番劇も小悪党もみな吹き飛んでしまいました。
「ここは王城」を音声入力すると「ここは王将」 の表記でウケましたが 一気にお笑いになってしまいますね。