if 愚かで可哀相なガラント(←嘘)
薄暗く底冷えする石牢の中で幾日が過ぎたか、幾晩を過ごしたか。
ガラントにはもう日にちの感覚すらない。
どこかでずっと滴り続ける水音が耳障りだった。
イライラしてたまらない。
こんな所で狂うのか?
こんな所で朽ち果てるのか?
希望など既に枯れ果てたが、まだ妄執の残滓はある。
(俺は悪くない。俺は悪くない。俺は悪くない)
そう信じ込むように繰り返し呟く。
そうしてやっと裁判の日が決まったとガラントに知らせが入った。
弁護人との面会室に行くと、そこには久しく会わない妻がいた。
目の下には真っ黒なクマ。
ボロボロな肌に白髪混じりの髪。
痩せて弛んだ身体。
垢染みた肌と灰色の囚人服。
しばらく見ぬ間に数十年も年を取ったようだった。
驚きからか声すら上げず、妻もひたすらマジマジとガラントを見ていた。
(そうか…。俺も同じようなもんなんだ)
「こちらへ座って下さい」
再会の驚愕など気にもとめず、弁護人は事務的に二人を呼び着席させた。
「いいですか、ガラント夫妻。あなた達は裁判中は何も喋らないで下さい」
「……どうしてだ?……」
「王族への不敬罪に民衆は怒り狂っています。そして今まであなた方夫妻が虐げた人々は決して少なくはない。何があったかも報道により民衆に拡散しています。それに憤る人は多い。今のあなた方には、もうお金も権力もないのです。裁判で暴言を吐けば、それがきっかけで暴動が起こってもおかしくありません」
「……そんなに憎まれてるのか……」
「牢屋でなければリンチで殺されていたくらいには」
「……そうか……」
妻は俯き押し黙ったままだ。
「牢に入ったのは逆に運が良かった。警備隊が守ってくれましたから誰も手が出せなかった。裁判では反論せずに、被害者たちの話を真摯に聞き謝罪することです。彼らの怒りが少しでも和らぐかもしれません」
「……それで許してもらえるのか?…」
「まさか。謝るというのは自己満足です。自分が救われるだけの行為です。相手の被った痛みも苦しみもなくなりません。身体の傷が癒えても心の傷は痛み続ける。心から悪かったと思うならば、誠心誠意頭を下げなさい」
(誠心誠意だと? 上っ面だけ頭を下げるならいくらでもできる。心からって、どうやってやるんだ?)
「私の話はこれで終わりです。裁判は明後日です。許可は取ってありますから、今晩はお二人でよく話し合って下さい」
弁護人は退室した。
残された二人は俯き、途切れ途切れにボソボソと話し始めた。
「……あれからどうしてたんだ?」
「……王都に来るまで縄で縛られて荷馬車に揺られて…たくさん荷物が積んであったから、いつ頭の上から降ってくるか潰されるかと気が気じゃなかった…だから、牢屋に入って安心したわ……」
「……俺は最初の晩に奴等に散々殴られてな……途方もない金を要求された……」
「払えるの?!」
「まさか。俺はもう破産してる。奴等へ払う金なぞないさ」
「そんなことしたら後で何をされるか!」
「俺達は一生牢屋暮らしか労役だ。もう払えない金の心配はいらないだろう」
「……そうね……私達が悪かったの?」
「……悪かったんだよ……」
「……」
「俺達がこんなでもマリーは人に愛される娘になった。残してく息子だってきっと人に愛される人間になるよ」
「……ううっ……」
妻は皺深くなった目尻に涙を浮かべ、夫は苦しげな表情になった。
それから一晩中、ガラント夫妻は何が悪かったか、どうしていたら良かったのかを話し合った。
「……時間が戻ればいいのにね……」
「……本当にそうだな……」
それはもう遅すぎる繰り言だが。
翌朝迎えに来た牢番は、姿形は変わらないものの妙にスッキリした二人を見て驚いた。
(たった一晩で何があった?)
二人はそれぞれの牢に帰り、かつてないほどに穏やかな眠りについた。
裁判は王城前の広場で行われた。
詰めかける群衆全てが入る裁判所などなかったからだ。
一際高く作られた席には初老の裁判長が座し、入廷して来るガラント夫妻を鋭い目で見た。
(心の奥底まで見られているようだ)
ガラントは冷や汗をかいた。
(この人には、どんな嘘も通じない、自分の真心で語らなければ……)
ガラントを見た途端に群衆かわ騒ぎ出す。
「死ねや! ガラント!!」
「最低のクズ野郎!!」
「死んで償えっ!!」
怒号が飛び交う中、裁判長が木槌を叩いた。
途端に群衆は静まり返る。
「静粛に!! これよりガラント夫妻の裁判を開廷する。証人たちの入廷を」
ガラントにとって証人たちは見慣れた者ばかりだった。
まず着いた証人席にはアーノルド一家。
ガラント家の使用人達と商会の部下達。
書類を持った徴税官達。
ガラントが汚い手を使って追い落とした商人達。
最後にサム。
マリーが打たれるのを止め、ガラントを手刀でおとした下男だった。
今は見違えるような騎士服を身にまとい、ティベリア殿下の意匠を凝らしたマントを羽織っている。
(最初から、この衣装だったら、ちゃんと敬ったのに…もはや繰り言だが…)
入廷した皆が厳しい表情を浮かべガラント夫妻を見ていた。
ガラントも妻も思わず下を向いた。
まず弁護人が手を上げた。
「裁判長。私及び被告は反論致しません。被告が何をしたか、それによりどのような被害を被った人がいたか? それを全て詳らかにして下さい」
裁判長はガラントを見つめた。
「弁護人の言葉に相違ないか?」
「はい。相違ありません」
それからは弾劾の嵐だった。
アーノルドの両親が、マリーが産まれた時の暴言を語る。
アーノルドがマリーへの冷遇を語る。
使用人長がマリーへの暴言と暴力を語る。
使用人が自分達への暴力を語る。
商会の部下達が役人への賄賂を語る。
徴税官達が裏帳簿を語る。
潰された商人達が自分達や家族への脅迫について語る。
ガラントも妻も言葉が語られる度に、どんどん顔色が悪くなった。
だが、それを見る者はいない。
既に真下を向いているからだ。
自身の栄達に目がくらみ人として何が欠けているか、今この時をもって思い知った。
全ての証言が終わった。
「弁護人。何か抗弁はあるか?」
「ありません」
「被告人ガラント夫妻は?」
「同じくありません」
「…ありません…」
ガラント夫妻は、終生の河岸工事の下働きを命じられた。
あれほど蔑み側に寄るのも汚らわしいとした平民よりも卑しい汚泥を啜る下民となった。
だが、その汚泥は夫妻にとって贖罪の穏やかな日々であったという。
私は皆様の感想欄を非常に重く読んでいます。今回はそれで if という一話を加えました。
元々私には設定がありません。
プロットもありません。
感想ひとつで話が変わります。
「甘いのかもしれないが、カミラが報われて欲しい」という感想一つで『第一王子』のラストが変わりました。
今回も決まっているのはエピローグだけです。
この章も一番最初に書いたのは最終話でした。そちらまでいけるといいと思います




