備えは鉄壁
「姉である私を嵌めたのっ!! アーノルドっ!! 答えなさい!!」
更に夫人の目が血走った。
アーノルドはマリーを背に庇い身を固くしている。
「あんな端金なんて、顔に叩きつけてやるわ! だからマリーを返しなさい!!」
耳障りな金切り声で弟に命じる。
ルドルフ伯爵が間に入る。
「これは正式な書類であり法的にも有効だ。ガラント夫妻はマリーと何の関係もない他人だ」
幼子でも理解できるように重ねて言う。
「姉上っ! もうお止めてください。」
「お前などに何がわかるのっ! 卑しい女が産んだ日陰者の分際で! お前は小さな頃から可愛くない子だったわ!!」
幼少期の辛い記憶を思い出したのか、アーノルドの表情が陰る。
「確かに僕は父上が外で作った子供です。姉上はイライラすると、いつも必ず僕を打った。でもそれを言うならば、姉上ば母上が浮気して出来た子供です。父上の血は一滴も継いではおりません」
「何よ、それっ!! 私は信じないわよっ!!」
だが、それは真実だ。
我儘で暴力的な娘の嫁ぎ先に窮した伯爵家は、縁談を断れない気弱な男爵に押し付けた。
それなりの持参金をつけて。
妻は夫を馬鹿にし罵倒する。
私のものだと持参金を湯水のように使う。
妻として夫を支える気など最初からなかった。
跡取りの長男が産まれたら、義務は果たしたともっと酷くなり、不貞の女の子を堂々と産んだ。
他所に慰めを求めた男爵は、あまり家に近寄らなくなった。
愛していた女性が亡くなったと、やがて男爵が連れ帰ったのが、幼いアーノルドだ。
たちまちアーノルドに敵意を募らせた女二人は、ありとあらゆる暴言を浴びせた。
最初は父も兄も使用人も、二人をたしなめようとした。
だが、庇えば庇うほどアーノルドへの仕打ちが酷くなる。
やがて遠巻きに心配そうに見守るだけになった。
少しアーノルドが大きくなると口答えしたと、苛立ち紛れにアーノルドを打つようになった。
だが、アーノルドは泣かなかった。
(泣いてコイツらを喜ばしてなんてやるものか! 負けるものか!)
「生意気なのよっ! お前に人間の食事なんか要らないわ! 台所で残飯でも漁りなさい!!」
兄と優しい使用人は、影でそっと食事を部屋に運んでくれ手当てしてくれた。
姉が成長するにつれ散財が増えていった。
そうまでして着飾っても貴族家からは縁談が来ず、姉は嫌々ながら持参金の要らない商家に嫁いだ。
(少し家の空気が良くなった)
姉が女の子を産んだと聞いて、家族でお祝いに行った。
「あんまり可愛くない子ねぇ」
「せめて男だったらなぁ。女なんぞ、どうしょうもない」
「妾に行けば金にはなるわよ。それに次は必ず男の子を産むわ。そうしたら、ご褒美をたくさん頂戴!」
隣の部屋では聞くに耐えない話をしてる。
父上と兄は無言だ。
もう二度と彼らが来ることはないだろう。
そっとベビーベッドを覗き込む。
(わぁっ! 何もかもちっちゃくて可愛い!)
指を握るとキャッキャッと笑う。
心の中に愛しさが湧き上がる。
(僕は血の繋がらない叔父さんだけど、僕のように酷い目に合わないように、僕がマリーを守ってあげるんだ)
時間を見つけて会いに行った。でも成長するにつれマリーの表情が暗くなっていく。心配した。
(僕のように酷い躾をされてるんだ)
やがて面会も手紙も禁止されて、会うことすらできなかった。
「父上は母上と離縁されました。そして姉上は絶縁されました。もう姉ではない」
「そんなの嘘よっ!!」
「この度の事件は、それほどの罪に値すると父上がお決めになりました」
「娘を取り返すのが、いったいどんな事件なのよっ!!」
「そこからは私が説明しましょう。この修道院は王族が治める祈りの場です。ここにいる修道女は皆が王族の庇護下にあります。一人の少女の誘拐を企んで、ゴロツキどもに襲わせようとした。修道女たちに下品な言葉を吐き、脅して怯えさせもした。殿下が庇えば暴力を振るわれたやも知りぬ。これは不敬罪です」
ルドルフ伯爵の声は淡々としていたが、奥底に込められた怒りは十分周囲に伝わった。
伯爵ばかりでなく、この状況に皆が怒っていた。
「ふんっ! 馬鹿にするんじゃないっ! 王族なんぞ何処にいる? まさかそこの下男のことかね?」
ガラントが下品に吐き捨てた。
部屋中に殺気が走った。
部屋の温度が寒く寒くなっていく。
その冷気を和らげるように、威厳溢れる院長の声が響いた。
「私が王族です。私は先王陛下の妹、王女ティベリア・ランカスター。今代の陛下にとっては叔母にあたります」
「……まさか……そんな馬鹿な……」
(そんなことがあるはずない。さっき骨を折ってやろうかと思ったばばぁが王女?……それじゃあ……俺は……)
ガラント夫妻の顔が見る間に青くなり、ガタガタと震えだす。
「……外には、まだ腕っぷしの立つ仲間達がいるんだ!! 奴らさぇ、ここに来たらっ!!」
それでも愚かな虚勢だけは漏れ続けた。
「そんな仲間はもういないわ。そうでしょう、ルドルフ副隊長?」
「はっ! 殿下! 既に捕縛してあります!」
「あなたの仕事に落ちがあるはずがないわ。でももう少し早く部屋に入って、事態の鎮圧化をはかるべきじゃなくて?」
「サム隊長の尋問のお手並みが素晴らしいので傾聴しておりました」
「仕方のない子ね」
院長がクスクス笑った。
その時二人の騎士が部屋に入ってきて、まず院長に敬礼する。
その後サムに向かって報告した。
「隊長! 移送の準備整いました!」
「ご苦労。この二人が主犯だ。連れて行け!」
サムの言葉には威厳があった。
イーリンとマリーの顔に???が浮かぶ。
それに気づいた院長が優しく説明する。
「この修道院には下男など一人もいないの。ここにいるのはみな近衛騎士たちよ」
「「近衛騎士さまっ!!」」
イーリンとマリーが仰天して声をあげた。
近衛騎士とは、王室を護る雲の上の憧れの存在だ。
((みんなが騎士さまなのっ!!))
キラキラした目で自分を見つめる少女たちにサムが苦笑した。
「儂たちはもう引退した身で、そんな御大層なもんじゃない。だが身体が動かなくなるまで、殿下とその庇護者をお守り致します」
「ありがとう、サム」
楽しげな口調で院長が言った。
「私がこんなに可愛い子供たちを危険に晒すわけがないでしょう。むしろ鉄壁の備えをしますよ」
『女子供ばかり』『男手がない』『不用心』
そう見せて油断を誘い踏み込むと、実は近衛騎士隊本部。なかなか酷い罠でした(笑)




