愚か者達の選択
修道院での楽しい毎日が過ぎる中で事件は起こった。
マリーが伯爵家には着かず、修道院にいると両親に知られたのだ。
伯爵家から知らせたわけではない。
妾として娘を差し出したのだから領地での商売の便宜をはかって欲しい、当商会を他商会より優先契約して欲しいと父親が催促したのだ。
伯爵家当主の言葉は否。
マリーは本人の希望により修道院に入った。
だが、マリーの為に支度金が払ってある以上は問題ないはずだ。
当然、父親は怒る。
確かにそれなりのお金は貰ったが、マリーが本来妾や後妻として嫁ぐ結納金に比べれば、そんなもの雀の涙でしかない。
それに駒として動かせるマリーには、もっと利用価値があったはずだ。
商売の繋がりを運んできたはずだ。
マリーの両親は歯噛みした。
悔しかった。
「馬鹿な娘だ! せっかくの良縁より修道院なんぞを選ぶとはっ!! 伯爵も伯爵だ! なんでもっと早く言って来ない! グルだったのかっ!!」
「多分そうよ!! マリーも本当に馬鹿だわ! ちゃんと大人しく従順になるよう育てたのにっ! きっと私の鞭が足りなかったんだわ!!」
「取り戻したら俺も躾をし直す! 行くぞっ!!」
そして両親は、マリーをなんとしてでも連れて帰ろうと決意した。
あちこち調べて修道院を突き止めた。
自ら戻りたいと言うよう何度か手紙を送っても、マリーからの返事は来ない。
人を送ってもマリーとの面会すら叶わない。
後は自分たちで行くしかない。
自分達はマリーの親だ。
自分達に育ててもらった大恩があるはずだ。
貸しはきちんと返してもらう。
そう思った両親は町で雇ったゴロツキ達を連れて行った。
たかが女ばかりの修道院だ。
下卑た強面の男達を見れば震えあがってあっさりマリーを渡すだろう。
多少手荒な真似をしても、力で勝てるわけがない。
自分達は親であり、道を踏み外した愚かな娘を取り戻すという大義名分がある。
そしてゴロツキ達を引き連れて、遠路はるばるマリーがいる修道院に押しかけた。
門の近くにいた一人の修道女が来客に対応した。
「何のご用ですか?」
「ここにマリー・ガラントという娘がいるはずだ!」
「私達はマリーの親よ! 娘に会わせて!」
「……こちらでは院長先生の許可がない限り、どなたも面会はできません」
「遠路遥々と娘を探しに来た親を追い返すのかっ!!」
「そうよっ! 行方不明だと心配して、八方手を尽くしてやっと探し出したのよ! 娘を気遣う親心がわからないのっ!! それで、よく修道女だと威張れるわねっ!!」
「………」
「それでマリーという娘はいるのかっ!?」
「そうよ! 答えなさいよっ!!」
「……確かにマリーという名前の娘はいますが、よくある名前ですので、お探しの娘さんかどうかは……」
その一言を聞いた二人が歪に嗤った。
「「見つけた」」
そして馬車の陰に待機させていたゴロツキ達を振り返った。
「お前達! 出番だぞ!」
5人の卑しい顔の男達がゾロゾロ出てくる。
「ひっ!!」
年若い修道女の顔が一気に青褪めた。
「大丈夫ですよ、シスター・ナタリー。ここは私に任せて、先に院長に伝えて来なさい」
騒ぎに気づいたシスター・ヴァネッサが助けに入った。
「はい! シスター!」
思わぬ救いに顔色を戻したナタリーは、そう言って小走りに修道院を目指す。
「ちっとは物分りのいいばあさんじゃねえか」
「ああ。全くだ」
ゴロツキの一人が下卑た口を開くと、周りがゲラゲラと嗤った。
「こちらでは、皆さんが自分の意思で修道院の門をくぐっています。例え親といえども強引に連れ去ることはできません」
シスター・ヴァネッサは一歩も引かない。
「何だとぉ! この糞ばばぁっ!!」
「粋がってるんじゃねぇよっ!!」
ゴロツキ達の怒号が響く。
「ただし、どうしても娘さんの安否を確認したいと仰るならば、院長の前で会わせて差し上げることはできます」
マリーの父と母は内心ほくそ笑んだ。
自分達を見れば、いつものように高圧的な態度を取れば、マリーはオドオドして何でもきくはずだ。
「もちろんですとも」
「私達はマリーの無事な姿を一目見たいだけなんです」
そう。見かけだけは従順に。
「ただし、そちらの男性達は修道院の中には入れません。事情のある方以外は男子禁制ですから。外で待っていていただくことになります」
「もちろん、わかっています」
そう言いながら父親は狡そうな目で、こっそりゴロツキ達を見た。
((わかってまさぁ))
マリーが拒んだら、みなが有無を言わさす押し入って、無理やりマリーを連れて行く。
最初から、そういう計画だった。
自分達に抜かりはない。
思わず自画自賛する素晴らしさだ。
案内された院内の静謐な雰囲気は、二人にとっては陰気なだけだった。
「はじめまして、ガラント夫妻。私は院長を勤めるティベリアです。確かにマリーは、こちらでお預かりしていますが、それはあくまで自分の意思です。マリーが留まることを選べば、お二人にはお帰りいただきます」
(吹けば飛ぶような年寄りの癖に、面倒臭くてしつこいな)
父親が思った。
ちょっと押すだけで、足の一本くらい簡単に折れるだろう。
足元が覚束ず転んだと二人で証言すれば、耄碌した年寄りが何を言おうと、世間は自分達の味方をするに決まっている。
やがてシスターに連れられて暗い顔をしたマリーと、どうしてもついて行くときかなかったイーリンが二人の前に現れた。
「マリー! 心配したわ。どうして手紙を寄越さなかったの?」
「まぁ、無事だったんだから良かったじゃないか。さぁ、マリー! 帰るぞ!」
「伯爵なんて選んだ私達が悪かったわ。もっといい嫁ぎ先をちゃんと用意してあるのよ。帰りましょう、マリー」
「……嫌よ!」
俯いていたマリーが顔を上げた。
「「何だって!!!」」
両親の顔が怒りで歪む。
「…もう嫌なの。私はお父様とお母様の道具じゃない。ここが好きなの! 院長もシスターもイーリンも好き。お父様達よりずっと好き! ここにいると楽しいわ! それに私は、お金がなくても好きな人と一緒に苦労したい」
「世間知らずの小娘がっ! お前に何がわかるっ!!」
父親が顔を真っ赤にして怒鳴りつけた。
「私に逆らうなんて、私の躾が足りなかった証拠ねっ!!」
般若のように吊り上げた目を血走らせて、母親が高く右手をあげた。
(ああ。打たれる……)
顔を庇えば鞭が飛んでくる。
そう躾られた。
マリーは衝撃と痛みを待った。
いつまで待っても来ない痛みにマリーが恐る恐る目を開けると、逞しい腕が振り上げた母親の手を止めていた。
気になさる方もいらっしゃるでしょうが、『達』と『たち』は意識して選んでます。
最初は全体の文章のバランスから書いてましたが、今回は悪役揃いなので手間暇かけてスマホで打つのはなぁとサボりました(笑)
さて、次回ヒーロー登場です!




