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手を繋いで一緒に行こう  作者: 那由他
本編 王太子殿下の守りたいもの
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イーリンと会わなくなって2年後、エスターが10才の時に王太子フリードリヒの婚約者選定が始まった。


エスターにとっては所謂他人事だ。王家主催の茶会ではフリードリヒの周囲に令嬢達が群がる。皆が頬を染め瞳を輝かせて、ハートマークが飛び交っている。イーリンの姿も見えた。すごいなぁとは思うが、あの中に入ろうとは思わない。


(私には無縁の世界だわ)


婚約者選定は難航した。まず家柄や力関係、本人の聡明さ、勉学に対する意欲、努力をし続けることができるか? 色々な条件があった。


フリードリヒ本人の好みもなかなか難しいらしい。


努力が嫌い勉強が嫌いという令嬢が外された。次に皇太子の周りをうろちょろして媚を売る令嬢も外された。化粧の濃い令嬢も外された。


次々と脱落者がでる中でエスターが呼ばれた。ドレスやら髪型やらで家族が騒ぐ中、エスターはとても緊張していた。


「ごきげんよう。ファリム侯爵が娘エスターです」

王城の中庭でのお茶会に出席した。陛下も妃殿下もいらっしゃる。カーテシーしながら王族の言葉を待った。


「フリードリヒだ。顔を上げよ」

顔を上げたエスターが見たのは、とても透明な瞳だった。


(なんて綺麗……)

エスターは思わず見とれた。


金に近い茶色の髪は日差しを受けて輝き、秀麗な面差しも麗しい。だが、何よりもその静かな水面のようなまなざしに見入った。


-クスッ-

それを見たフリードリヒが笑った。


エスターも恥ずかしそうに笑い、そこから全ては始まったのだ。


気を揉んでいた両陛下はほっとして、エスターの両親は恐縮しながら直ぐに婚約は整った。


その時からずっと一緒に成長してきた。週に一度、エスターはフリードリヒに会いに登城する。


「エスターはファーストフラッシュの紅茶が好きなのか?」

「はい。この芳醇な香りが好きです。フリードリヒ殿下は?」

「二人きりの時はフリードリヒでいい。堅苦しいのは好かん」

「はい。フリードリヒ様」

二人で微笑み合い、好きなものについて語り合った。


「エスターの好きなオレンジの薔薇が咲いている。見に行こう」

「はい。フリードリヒ様」

手をつないで庭を散歩した。


生真面目なフリードリヒと釣り合うように勉強も頑張った。その隣に並び立つために努力を重ねてきた。


フリードリヒに恋していた少女達から嫉妬や嫌がらせも受けたが、フリードリヒに対する思慕が潰えることはなかった。


貴族の子息子女は、王立学園に15才から3年間通うことが義務づけられている。


学園には先にフリードリヒが入学し、1年遅れてエスターが入学した。


全ての歯車が狂いだしたのは、イーリンが入学してきた時からだった。


イーリンは、まるで舞台の主人公のような圧倒的な存在感を持って学園に登場し、見る間に数多の生徒を惹き付けていった。王太子もその側近たちも例外ではない。毎日学園で見目麗しい高位の貴族令息たちを侍らせ太陽のように笑う。


最初は入学式の翌日だった。フリードリヒと一緒に昼食をとっていたエスターのところに、イーリンが押しかけてきた。


「エスターお姉さま。私入学しましたの。よろしくお願いします」

「ええ、こちらこそ」

「ずっと待っていたのに、どうしてお姉さまは家に遊びに来てくださらなかったの? 寂しかったわ」

「…私も忙しかったから。ごめんなさい」

エスターは言葉に詰まった。苦手意識があって行かなかったなどと口に出せるはずもない。


「初めまして、フリードリヒ様。私はエスターお姉さまの従姉妹のイーリンと申します。小さな頃はよくお姉様と遊んで頂いておりましたの。フリードリヒ様も仲良くしてくださいね」


「…ああ。よろしくな」

冷静に応えるフリードリヒの隣で、エスターは無礼な従姉妹に驚いていた。


その日からフリードリヒにまとわりつくイーリンを度々見かけた。身内が礼儀知らずではと、後日イーリンを注意したがそれが事態を悪化させた。


エスターにしたのは常識的な注意のはずだった。だが、ひとたびイーリンが辛そうに顔を歪め、耐えきれないとばかりに涙を浮かべ唇を震わせると、あっという間に被害者になる。そして加害者はエスターなのだ。


ある日はイーリンの教科書が汚されたと騒いでエスターの教室までイーリンが押しかけてきて言い募った。


「教科書を汚すなんてあんまりです。確かに私はあまり成績が良くありませんが、こんな嫌がらせはやめてください」

「私はそんなことしていません」

「お姉様以外に誰がやるんですか?言い逃れするのはやめてください」

涙をこぼすイーリンと表情をこわばらせるエスター。教室の皆はそんな二人を遠巻きに眺めていた。徐々にエスターに話しかけるものはいなくなり、腫れ物に触るように接するようになってきた。


「エスターお姉様。お話をしてもよろしいですか?」

「何のご用かしら?」

「私、お姉様に謝りたくて。誠に誠に申し訳ありません。私が悪いんです。 わかってるんです。殿下とお話するなんて私の身分では不相応な事なんですって。でも決してお姉様の気分を悪くするためにやっているのではありません。それだけを本当に謝りたくて」

怒涛のように一方的にまくし立てられたエスターは言葉を失った。いつもいつもこうなのだ。おっとりしたエスターには言葉を挟む隙もない。


イーリンはうっすらと涙を浮かべ 唇を震わせている。 その場にフリードリヒが現れた。


「どうしたのだ? ファリム子爵令嬢」

「……なんでもないんです……」

「あちらへ行こう」

エスターの方も見ずに二人は去っていった。 その場に残されたエスターに周囲の視線が突き刺さる。


王太子の婚約者という地位を使い家の権力を使い、か弱い従姉妹を虐げる冷酷な女と、やがて周囲から見られ始めた。フリードリヒの側近達も、今では冷たく嫌悪を浮かべた瞳でエスターを見る。


(まるで針のむしろのよう)

誰もいない中庭でエスターはため息をついた。


「他人の不幸は蜜の味。それがエスターのものなら余計においしいわ。苦しんで苦しんで、それから素敵な私の踏み台になってね」

遠くからそれを眺めるイーリンの顔には、嘲るような笑みが浮かんでいた。


沈んだ娘を心配した両親が理由を聞き、エスターは学園のことを話した。事態を重く見た父親とエスターを愛する兄は王宮に出仕した。そのまま忙しそうにしている。様子を見るように待つようにと言われ、心配した母が家ではエスターに付き添っている。使用人達も皆が心配している。


「お嬢様。ため息をつくと幸せが逃げてしまいますよ」

「 大丈夫よメアリー。私はまだ大丈夫」

メイドのメアリーが元気づけるようにエスターに言う。メアリーはイーリンを見てきている。幼い時のように、また主人が害されるのではと気を揉んでいた。


(……フリードリヒ様……)

それがたった一つの救いのようにエスターは思う。


幼い頃からずっと想い合い、このまま一生幸せに添い遂げられるとばかり思っていた。傍らにいる幼なじみから相思相愛の婚約者同士へ、いずれ婚姻を結び王太子と妃へ、そして未来の国王と王妃にと嘱望されていたはずだった。


だがイーリンが編入してからフリードリヒはずっと彼女の傍らにいる。近づくことができない。フリードリヒと今はもう交わす言葉も視線もない。妃教育の為の登城もない。


だが惨めな姿をさらしてはいけない。自分にできることは侯爵家の娘として、フリードリヒの婚約者として、うつむかずに誇りを持って立っていることだけだ。


無力感に苛まれながらエスターは願う。


(フリードリヒ。……私の王子さま- 伸ばしたこの手は届かないの?)

ありきたりな場面ですが「マッチポンプ」「他人の不幸は蜜の味」「集団の倫理観の破壊」というモラハラ定義を入れてみました。


「コインおむすび王太子と」という文字を見て、私は何を話したか考えたら、「婚姻を結び王太子と」だったようです。

音声入力はウケるけど、滑舌が悪いと難しいですね。


この章は別作品の第1章として最初に書いたものです。

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