マリーの告白
前話を大幅改稿しました。すみません。
「それって、マリーは何も悪くないじゃないっ!!」
イーリンが叫び、シスター・ヴァネッサも同意して頷いた。
ここまで沈黙していた院長が口を開いた。
「マリー。あなたは自分が受けていたのは虐待だと、いつ気づいたの?」
院長の言葉の意味がわからずイーリンは首を傾げた。
「何を言ってるの?」
「イーリン。…幼い子供たちは、自分が受けている暴力が虐待だとは知らないのよ」
「子供を殴るなんて虐待よ!!」
イーリンには理解できなかった。
「壊れた人形を振り回すように、躾と言いながら子供に暴力を振るう親もいるわ。でも子供たちは、それが虐待だとは知らないの。ただただ、親に愛を求める。自分が悪い子だから罰を受けているんだ。抱きしめてもらえないんだ。愛されないんだ。明日はもっと良い子になる。そして愛してもらうのだと願い続けるのよ」
「……だって、そんなのおかしいじゃないっ!!」
一人娘として大切に育てられたイーリンには想像もできない世界だから。
「もちろん国は、できる限り子供たちを保護しているの。イーリン、あなたが嫌う孤児院にもいるわ。でも、どうしても取りこぼされる命はあるの」
その答えにイーリンは声もなく涙を溢れさせた。
「……おっしゃる通りです。私もずっと自分が悪い子だから愛されない。…もっと良い子にならなければと自分を責め続けていました」
マリーの言葉にも嗚咽が混じる。
「マリー。それが虐待だと、いつ気づいたの?」
マリーに向き直って院長がたずねた。
「……物心ついた時には、使用人達から可哀想な子だと言われていました。でも何が可哀想なのかわからなかった。…いつも憐れむ目で見られていた。でも何が憐れなのかわからなかった。……だけどアーノルド叔父様は私を悪い子だと叱らない。責めて打たない。いつも笑顔で抱きしめてくれる。大きくなるにつれ段々わかってきました。…私の親は普通ではない…それがよくわかったのは学園に入学してからでした」
「学園に入学して何がわかったの?」
「周りの子は両親に愛されているってことです」
先を続けるように促す院長の眼差しにマリーは語り続けた。
「最初は小さな違和感でした。私は学園で誰にも話しかけられませんでした。当然ですね。私には人と話すことも笑うことも習わなかったのですから。何故皆が楽しげに喋り、声をあげて笑い合えるのかわからなかった。もし家で私が声をあげて笑ったら、無作法だと母に打たれたでしょう」
マリーは俯いたまま回想するように続けた。
「私はクラスで一人ぼっちだった。そんな私に話しかけてくれる子がいました。ちゃんと普通に話せるように、ちゃんと普通に笑えるように頑張った。でもその子は父と商売の繋がりを持ちたいからと親に言われただけでした」
マリーの声が暗くなっていった。
「私は始めてできたと思えた友達に有頂天で、つい父母のことを喋ってしまった。相談してしまった」
マリーの声が更に暗くなる。
「私の話に彼女は当たり障りのないことを言って去って行き、次の日から決して私を近づこうとも見ようともしませんでした」
周囲は何一つ口を挟めない。
「彼女には私以外にも、お喋りする友達がたくさんいた。ある日彼女が私のことを話してるのを聞きました。
『最近マリーを避けてるけどケンカしたの?』
『マリーの相談が嫌なの。親がマリーを打つんですって。何故そんな話を聞かなきゃならないのよ?』
それから周りの女子たちも私を避けるようになりました。まるで私が、触れたくない汚いものであるように」
「マリー。あなたは汚くなんてないわっ!」
感情を爆発させたイーリンを院長が諭した。
「イーリン。子供たちは時に残酷です。みな同じであることを望み、違うというだけで、異質だと差別し排除しようとすることはあるんです」
「でもっ! でもっ!!」
「イーリン、あなたは人を見下し差別したことがないと心から誓えるの?」
イーリンは唇を噛んだ。修道院に来るまで、そして院長に諭されるまで、それはずっと自分がしてきたことだから。
「マリー。続きを」
「私はまた一人ぼっちになった。でも今度はもっと辛かった。皆が私が受けている暴力を知ってる。関わりたくないと思ってるのがわかるんです」
みな悲しげな顔をしている。
「それから私は変わろうとしました。明るく挨拶して、いつもニコニコしている。大人しくてあまり話さないけど、周りの人の話に耳を傾け適当に笑い声をあげる。元気で素直なマリー。頼まれたら嫌と言わないお人好しのマリー。そうしたら私は人に好かれるようになり、私を避けていた人たちのグループにも入れてもらえた。家でもそうしたら、両親も辛く当たらなくなった。親に逆らわない都合のいい娘だから。そして可哀想だと使用人にも言われなくなった」
マリーは強張った笑顔を浮かべた。
「でもその代わりに私は空っぽになりました。心を許せる人はいない。本当の私を好いてくれる人はどこにもいない。本当の友達など、どこにもいない。でも私も誰の言葉も本当には聞いていなかったからおあいこですね」
マリーの笑顔が歪む。
「クレメンスさまの前でも私は朗らかなマリーを作っていました。あんなに明るい人に、こんな自分を知られたくない。嫌われ疎まれたくない」
笑顔が崩れ泣きそうに見える。
「この修道院に来られて最初は嬉しかった。もう無理に自分を作らなくていい。無理に笑わなくていいから」
マリーはまた俯いた。
「でも段々苦しくなってきました。ここにいる方はみな神を信じ心から祈りを捧げている。無心に祈っている。空っぽな私は神を信じる心がない。どうやって祈るか、何を祈るかもわからない。どこに行っても何にもなれない。私は価値のない人間です」
欝展開は、こちらで終了です。




