愛されたいという願い
「マリーは少し痩せすぎだね。あの家では満足に食事がでなかったんだろうか?」
「ううん。お父様やお母様と食卓を囲んでいるとピリピリして息が詰まって、あまり食事が喉を通らなかったの」
怒鳴り付けるばかりの両親との食卓は砂をかむように味気なくて、自然とマリーは少食になった。
「少し失礼だけど、女性は少しくらいふくよかな方がいいよ」
宿屋ではマリーが無理しないよう量を減らして欲しいとクレメントは頼んでくれたらしい。無理のない量を、あれこれ話しかけてくれるクレメントと囲む食卓は楽しかった。
街を通る道すがら、笑いながら時々マリーに甘いお菓子を賈ってくれる。
「少しずつなら食べられるよね?」
「こんなに頂けません。いつか働いてお金はお返ししますが、私を修道院に送り届けて下さるだけでも申し訳ないのに」
「心配しなくても親父から、ちゃんと小遣いはもらってある。それにいつも頑張ってくれているアーノルドへのご褒美でもあるんだ。ずっと気にかけていたマリーが嬉しそうに笑っていたと教えてあげたいからね」
「……はい、ありがとうございます」
優しくて朗らかなクレメント。
小さな淑女として扱ってくれるクレメント
(今まで生きてきた中で一番幸せ!)
クレメントの傍らにいると心が満たされる。顔を見ると胸がときめく。優しい言葉をかけられると天にも昇る心地になる。
マリーが恋におちるのに時間はかからなかった。
恋は意図せずおちるものだから。
だが、その恋はマリーに幸福と絶望を運んできた。
マリーはやせっぽちのつまらない平凡な娘。
しがない平民の娘。
中堅の商家の長女という肩書きすら今はない。
未来を夢見ることすらできない。
それに比べてクレメントは伯爵家の息子で騎士さま。
そして何より、両親にすら愛されなかったマリーとは違う、愛された子供だったのだ。
(最後の最後まで笑っていよう。ずっと私の笑顔だけ覚えていて下さるように)
「ここはとても安全で優しい場所だよ。うちの親父がたまに来るから、何かあったら話してみてね。マリー、元気でね!」
修道院のシスターに紹介された後、クレメントは何度も振り返りながら去っていった。
もう会えないのではないかと悲嘆にくれるマリーを残して。
あれこれ面倒をみてくれるシスターに、心配をかけてしまったことは申し訳なく思う。
だが、今のマリーはうつむき暗い表情を浮かべることしかできなかった。
そんなマリーを好奇心一杯に見つめるイーリンの視線にすら、今のマリーは気づかなかった。
そして夕食の席でマリーは困惑していた。
少し前にシスター・ヴァネッサから紹介されたのだ。
「この子はイーリン。あなたのちょっと前からお預かりしているの。あなたの先輩に当たるわ」
「わたしはイーリン。よろしくね!」
「ではイーリン。色々教えてあげて。二人とも仲良くね」
フワフワとした亜麻色の髪のイーリンがニコニコとマリーに笑いかける。その髪の長さは平民としか思えないものだったが、イーリンにはとても似合っていた。
(何て可愛らしいのかしら。それなのに私は何てみっともないのかしら……)
イーリンの明るさは、自分の境遇の惨めさを改めて感じさせる。
(この子はみんなに愛されてきたんだわ。私とは違う)
食事を始めたイーリンの流れるようなカトラリーの使い方は優雅としか言い様がなかった。
(この方は貴族で、私なんかとは本当に住む世界が違うんだわ。クレメント様と同じ世界に住んでるんだ)
そんなマリーの心境にも関わらずイーリンはよく喋った。
「ここのお野菜は国で一番美味しいのよ! 野菜作りには才能があるんですって! わたしもサツマイモの苗を頑張って植えたのよ!」
マリーの心に疑問符が浮かぶ。
(何で貴族令嬢がサツマイモ!?)
「あの、イーリン様は貴族ですよね?」
「どうしてわかるの?」
「いえ……その……気品があって……食事のマナーが素晴らしいからです……」
「悪いマナーって、どうしたらできるの? 見たことないわ? でも溢れる気品は、やっぱりわかってしまうものなのね。マリーはどうしてそんなに暗い顔をしてるの?」
ポツポツと、言葉少なくクレメントのことをマリーは語りだした。
やがて語り終えたマリーにイーリンは言った。
「初恋は叶わないものだから……」
「……そうですよね……」
「痛いっ!!」
いつの間にか現れたシスターがイーリンの頭に軽く拳固をかましていた。
「イーリン! 馬鹿なことを言うんじゃありません!!」
「シスター・ヴァネッサ!? どうして? 本当のことじゃないの? 昔に読んだ本に書いてあったわよ。 騎士さまとお姫さまの悲恋の話なの」
シスターは頭を抱えたようだった。
「小説と現実は違います! それにこの子の未来をあなたが決めつけていいはずありません!! この子の未来は、この子が自分で選び取るものです!!」
そしてマリーに向かって言った。
「クレメント様は伯爵家の名を捨てて一人前の騎士になろうと努力されています。あなたは、どれだけ努力していますか? 愛されたいならば、まずあなたが変わらければいけません。世の不幸を一身に背負った女の子に恋してくれる殿方はいませんよ?」
シスターの言葉はマリーの心に深く響いた。
「でもこのイーリンをお手本にするのは論外です!」
「まぁっ! どうして!?」
「イーリンはあまりに能天気過ぎるからです!」
ちょっと考えてからイーリンはクスクス笑った。
それを見ながらマリーは思った。
(貴族も平民も、ここでは差別されないのね。きっとこの優しい人たちの中でなら、この優しい環境の中でなら私も変われるかもしれない)
恋の話を書くのならばとヒカル様の「初恋」を聞きながら書いています。綺麗ですね。
♪I need you♪
この物語として加えたい歌詞は(笑)
♪I want you to need me♪




