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手を繋いで一緒に行こう  作者: 那由他
イーリン 心の再構築

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絶望への旅路

マリーはガラント商会の一人娘として生まれた。


マリーの父は仕事人間で、中堅の商会を更に大きくする為に貴族との伝を欲し、更には見栄の為に、援助と引き換えに没落しかけた男爵令嬢を妻に迎えた。


マリーの母はプライドばかり高い女だった。


物心ついた時からマリーは両親に愛された記憶はない。


抱き締められた記憶も、微笑まれた記憶も、褒められた記憶もない。


父は厳しい顔でマリーに跡取りとしての勉強の進み具合を尋ね、出来が悪いと容赦なくマリーを怒鳴り付ける。


それを聞いた母は癇癪を起こしマリーに体罰を加える。


両親は常にマリーに完璧を求めた。


マリーは両親に愛されたかった。


だから懸命に努力した。


だが、その努力が報われることはなかった。


父方の祖父母は早くに亡くなっており唯一母の弟である伯父が、時おり訪ねて来てくれるのが、マリーのたった一つの楽しみだった。


「可愛い僕の姪は元気かな?無理してないかい?」

「大丈夫よ。アーノルド伯父さまが来て下さるから、マリーはまだ大丈夫」

「マリーの為なら、いつだって時間を作って会いに来るよ」

「ありがとう。アーノルド伯父さま、大好きよ」


まだ学生の伯父には、自由になるお金など少ないだろうに、小さな少女が喜びそうな菓子をいつも持参してくれる。温かい伯父の笑顔がマリーは大好きだった。


だが、マリーを甘やかすという理由で伯父は出入り禁止になった。


「全くアーノルドったらマリーを付け上がらせてっ! もうアーノルドがこの家に来ることは二度とないわ! マリー! 最近は全然駄目よっ! お前はもっとしっかり身を入れて勉強するのです!」


マリーは唇を噛み締めた。


寂しくて寂しくて、夜に一人で泣いた。


人前で泣くと母に叩かれるから。


そしてマリーは笑わない少女になった。


くる日もくる日も勉強ばかり。


いつか婿を取るにしても、実権を握るのは商会の直系であるべきというのが父の考えだったから。


その生活はある日一変した。


母が懐妊し、年の離れた弟が生まれたのだ。


待望の男児だ。


両親にとって、もうマリーは必要ない。


マリーは単なる身代わりだったのだ。


正当な跡取りが生まれた以上、代替え品は必要ない。


両親は弟を溺愛し、マリーの存在は忘れ去られた。


(私は価値のない人間になったんだ)


だが、両親はマリーを利用することだけは忘れなかったらしい。


ある日突然、見たこともないくらい上機嫌に父が言った。


「喜べ、マリー。お前にいい話が来ている。お相手は伯爵家の当主の方だ。多少年は離れているし妾だが、伯爵家に行けるなどお前は幸せ者だ」


その方は父と同じくらいのお年だという。


伯爵家との繋がりを求めた父に、マリーは差し出されたのだ。


マリーは絶望した。


毎日、鬱々とし部屋に閉じこもるようになった。


いよいよ今日は伯爵家に行くという日に、マリーの荷物はあまりにも少なかった。


両親は無駄を嫌う。


家で勉強だけする娘にドレスなど必要ない。


跡取りでもない娘に嗜好品など買い与える必要はない。


伯爵家の迎えは簡素な馬車だった。


馭者はフードを目深にかぶり顔は見えない。


伯爵からの重そうな革袋を受け取ると中身を開けて目をギラつかせ、書状には読まずにサインし、マリーを引き渡した。


馬車に乗る前に両親は言った。


「マリー。くれぐれも伯爵様に失礼のないように。伯爵様のお言葉は絶対だ。絶対に逆らうな!」

「そうよ、マリー。気に入られるように努力なさい!」


マリーを愛さなかった両親の、それが最後の言葉だった。


付き添いなど両親がつけるはずもなく、伯爵から寄越された馬車にマリーは一人ぼっちだった。


馬車は走る。


小さなマリーの絶望を乗せて。


だんだん緑が多くなり人里から離れていく。


途中でマリーは道のりがおかしいと休憩時間に馭者にきいた。


「ねぇ?この馬車は何処に向かっているの?伯爵様の領地はもっと人のたくさんいる街だと聞いているわ」

「いえ。こちらで良いのです。あなたが行くのは北の修道院ですから」

「えっ!? 」


すると馭者は目深にかぶっていたフードを取り去った。


(えっ!? 若い?)


そこにあったのはマリーが想像していたような年老いた顔ではなく、まだあどけなさを残す青年の顔だった。


「僕はクレメント・ルドルフ。ルドルフ伯爵家の三男です」

「伯爵様のご子息様?」


あわててマリーは礼をとろうとしたが、クレメントがそれを止めた。


「僕は騎士団に入りましたし、単なる三男ですから。学院ではアーノルドの後輩になります」

「えっ!? アーノルド伯父さまの!!」

「アーノルドは学院で優秀で、視察で訪ねた父の目にとまりましてね。今、領地で父の補佐をしています」

「伯父さまが…そんなに立派になられて」

「アーノルドはずっとあなたのことを気にかけていました」

「……」

「あなたをあの家から、あの両親から救いだそうとしていた」

「……」

「あの両親は商売の利益の為に、本格的に後妻や妾として、あなたを差し出そうと探し始めたと聞きました」


もはやマリーには言葉もなかった。


愛されていないのは知っていた。


(私は単なる道具でしかなかった。私には、そんな価値がないから。気にかける価値もないから)


気落ちするマリーにクレメントが続ける。


「父も僕も、アーノルドからあなたの話は聞いていました。だから僕たちは一計を案じた」

「……」

「伯爵の妾なら断るまい。そして、あなたをあの家から連れ出してしまおう」

「じゃあ、伯爵様の妾って?」

「嘘です! 父は脳筋の愛妻家で、曲がったことが嫌いです」

「……私は、これからどうなるの?」

「北の修道院に連れて行きます」

「でも、直ぐに連れ戻されてしまうわ。そうして、もっと酷いところにやられるんじゃない?」

「心配しなくて大丈夫ですよ。あの修道院は王家が信頼し、貴族ですら口をはさめる場所ではない。あなたは絶対に安全です」

「……安全?……」

「もう誰もあなたを罵る人はいない。あなたに暴力をふるう人はいない。神に祈りを捧げる女性たちの中で、疲れた心を癒して下さい」


我知らずマリーの頬を涙が伝った。


「さぁ、旅はまだ始まったばかりです。追手を警戒して急ぎましたが、これからはなるべくゆっくり走りますからね。昼食は小さな村で、夜は街の宿屋に泊まります。辛い時には声をかけて下さいね」


そうして馬車はまた走り出す。


北へ、北へと。


一人になった馬車の中で、マリーはひとしきり泣きじゃくり、小さく笑い、そしてまた泣いた。


(アーノルド伯父さまは私を愛してくれてる。こんな私を気にかけてくれる人たちがいる)


馬車の窓越しに見える光景が輝いていた。


絶望から始まった旅路は希望に満ちたものとなった。

「あなたの人生には仕事しかない!」

いつも先生に怒られ、必死に何かを探してました。

先生は亡くなり、今は本当に仕事だけの人生に人からは見えるでしょう。

でも、私にはまだ小説があります(笑)

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