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手を繋いで一緒に行こう  作者: 那由他
イーリン 心の再構築

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トラウマの正体

「今日はあなたの小さかった頃の話をしましょう」


(???)


数日後に呼ばれたお茶会は、院長のその言葉から始まった。


「あなたが心に怪我したのは、子供の頃のことだと思うの。だから一番小さな時に覚えてることから聞かせてちょうだい」


ポツリポツリと、思い出しながらイーリンは語った。


小さい頃は幸せだったの。楽しかったことしか覚えてないわ。


大きくて広くて可愛らしい家に住んで、雨の日には侍女と一緒に探検した。いつも庭には花がたくさんあった。使用人たちはみんな優しかった。


お父様はとても可愛がってくれて、よくわたしを抱き上げてくれた。


お母様は朗らかで、わたしが嫌いな野菜を残しても「次には食べてね」って、お父様の見てない時に笑いながら許してくれた。


皆がわたしを「世界で一番のお姫様」と呼んでいた。


「世界で一番可愛い」って。


わたしもずっとそう思っていたの。


エスターに会うまでは。


ある日お父様とお母様とお出かけしたの。叔父様や叔母様、アーチーボルト様やエスターに会うために。


もちろん始めての遠出にとても喜んだ。馬車から見る全てが目新しくてはしゃいだわ。


「あの人の売ってるものはは何?」

「あの人達は何で並んでいるの?」

お父様とお母様はわたしにもわかるように教えてくれて嬉しかった。たくさんお喋りをして楽しかった。


自分は一人っ子で兄弟がいない。従兄弟たちは仲良くなってくれるかもしれない。一才上の女の子はお友達になってくれるかもしれない。


もしかしたら、お兄様とお姉様と呼ばせてくれるのかもしれない。


そう思ってドキドキしてた。


そして着いた家は わたしの家よりもずっと大きくて立派な屋敷だった。広い庭は花が咲き乱れる花園みたいだった。


立派な叔父様と叔母様。歳の離れた優しそうな従兄弟のお兄様。


皆がエスターをとても愛していることは、見ただけで分かった。


大人びたドレスが似合うエスターは、幼いわたしから見て世界一のお姫様だった。


それは、わたしの世界が崩れ落ちた瞬間だった。


「わたしは負けたの。負けたのよ。わたしは子供っぽかった。エスターより可愛くなかった。皆の期待を裏切ったの。お父様やお母様のために、わたしは一番でなければならなかったのに。そして思ったの。エスターが悪い子になれば、わたしはまた世界で一番になれるって」


「だからエスターに意地悪したのね?」


「……うん」


「それでエスターは怒ったの?」


「怒らなかった。けど悲しそうにしてた。それにわたしが取り上げたものよりも、ずっといいものを直ぐに買ってもらえていたの」


「それが気に入らなかったから、怒って使用人たちに八つ当たりしたの?」


「……うん」


「可愛がっていたあなたから、いきなり怒鳴られたり物を投げつけられて彼らも辛かったのよ。体に怪我をした人もいたでしょう?」


「……ごめんなさい」


「私でなく、いつかちゃんと彼らに謝れるわね?」


「はい。ちゃんと謝れる」


「それから、どうしたの?」


「そのうちエスターは来なくなったの。でもエスターよりも可愛くなれるように、エスターよりも綺麗になれるように頑張ったわ」


「……」


「そして王子さまに出会ったの」


「知ってるわ。フリードリヒと年の近い子供たちを集めたお茶会でしょう?」


「王子さまは完璧だった。王子さまに選ばれたら、わたしはまた世界で一番のお姫様になれるって思ったわ」


「でも選ばれたのはエスターだった」


「……悲しかった。悔しかった。またわたしはダメだったんだわ」


「そして、いつも嫌な思いをした時には必ずオレンジの薔薇があったのね?」


「そう」


「どうしてあなたが選ばれると思ったの?」


「わたしはお茶会で王子さまと目が合った。王子さまにに見つめられた。もし、お父様の爵位がもっと高かったら、先にわたしとお見合いしたら、絶対に選ばれたのはわたしだったわ」


「それは違うわ」


「何が違うの?」


「フリードリヒは最初からエスターを見ていた。他の誰も眼中になかったわ」


「……どうしてエスターばかり選ばれるの?」


「フリードリヒは完璧な王子さまではないわ。この前の話を聞いて、今でも完璧だと憧れる?」


「……嫌だと思った」


「人はみな不完全なの。神様がそう私達をお造りになった。そして自分に足りないものをみな求めるの。エスターはフリードリヒの足りないものを持っていたのよ」


そして慈愛を瞳に込めて微笑んだ。


「あなたが何をしようと、どんな姿になろうとも、お父様とお母様にとっては、いつだってあなたは世界一なのよ」


その眼差しに、その言葉にイーリンの心の中にあった氷の塊が溶けていく。


「ご両親が心配してね。ルドルフ伯爵に元気か大丈夫かと、何度も何度もたずねるそうよ。ルドルフ伯爵は、あなたのことをちゃんと元気だと答えて、ご両親は喜んでいるようよ。イーリンはとても愛されてるわね」


みるみるうちにイーリンの目に涙が溢れていった。


「あれは単なる薔薇よ。何一つあなたを傷つけたりしないわ。自分の中の怒りに負けない。だから薔薇を叩いてしまったんでしょう。あなたの中には、今でも幼い自分を許せないあなたがいるのね。傷ついた小さなイーリンを、もう許してあげなさい」


氷の最後の一欠片が溶け、イーリンは顔をグシャグシャにして声をあげて泣き出した。


その姿に、かつてエスターを陥れようとした面影はない。


「世界一のお姫様として、あなただけを愛する白馬の王子さまに、いつかきっとあなたも出逢いますよ」


ハンカチで優しく涙を拭かれながら、イーリンは何度も何度も頷いた。

トラウマについて考えている時にある医師の言葉を思いだしました。

「視力は目だけの問題ではない。情報を受けとる能が機能していなければ意味がない」


今、自分が何を書いているのか?

どこにトラウマの要素があるのか考えていました。


フラッシュバックは単なる映像です。それに何を感じ、何を許せないと考えたか?


そこが一つのターニングポイントです。


一人では辿り着けない道のりを、支えてくれる人がいたら、きっと辿り着けると願いたいです。

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