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手を繋いで一緒に行こう  作者: 那由他
イーリン 心の再構築

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13/35

心の傷を癒す場所

(心の傷? 心を殺す?……何を言ってるの?)


そんな疑問に頭が一杯になった時に、ツキリと胸が痛んだ。思わず手のひらで胸を押さえる。


心配そうな声がかかる。

「どうしたの? 具合が悪いの? どこが苦しいの?」


「……胸が苦しい。息ができない……」


(苦しい。苦しい。鉄の棒をねじ込まれたように胸が苦しい。助けて。……でも誰も助けてくれなかった)


苦しみはどんどん強くなり、イーリンは苦悶の表情を浮かべ脂汗をかいき始めていた。


「あなたは不安が強くて、ちゃんと呼吸出来なくなっているの」


(息ができないって何? 私はちゃんと息をしてるのに?)


「私を信頼して。私の言う通りにして」


思わず院長を見ると、たじろぐ程に真剣な目をしていた。


その真摯な眼差しに思わず引き込まれる。


(この苦しさがなくなるなら何でもやるわ)


「ゆっくり息を吸って」


イーリンは院長の言葉通りにゆっくり息を吸い込んだ。


「次はゆっくり息を吐いて。そう、リラックスよ。そうしたら、今度は息を止めて」


そのままイーリンの口元に人差し指を当てた。


(えっ! ええっ!)


「口を開けては駄目。少し続けましょう」


ゆっくり息を吸わせる。ゆっくり息を吐かせる。4秒息を止める。


院長がしたのはそれだけだ。


だがずっと付き添い、一つ一つに声をかけてくれる。


とても穏やかで、心に染み透る声を。


こんなに偉い人が自分の為に……。


そうして5分ほど続いたろうか。


「もう大丈夫かしら? もう苦しくはないでしょう?」


言われて始めて気付いた。思わず手のひらを胸に当てる。


「……苦しくない? 治ってる?」


あれほどの息苦しさが嘘のように消えていた。


「どうして!? どうして苦しくないの? 前はずっとずっと続いたのに?」


「ずっとって、どのくらい続いていたの?」


「わからない。何時間もずっと苦しくて、気を失ってしまったから」


「辛かったでしょう?」


「お父様もお母様もそれは心配して、直ぐにお医者様が呼ばれたの。お医者様も首を傾げて原因がわからないって。でも、オレンジの薔薇を嫌って騒いだ後だから、薔薇が悪いことになったの。お父様は庭の薔薇をみんな抜いてしまったわ」


「そんなことがあったのね」


「あの薔薇を見ると、とても嫌な気持ちになるって前から言ってた。でも誰もわかってくれなかった。苦しいって、助けてって何度言っても誰も治してくれなかった。院長はわかってくれるの?」


「わかりますよ。私にはよくわかります」


「じゃあ、どうしてこうなるの?」


「イーリンは小さい頃に、心に怪我をしたの」


「心に怪我?」


「心も体と同じように怪我をするの。体の傷は目に見える。血が流れる。心の傷は誰にも見えない。だから、怪我した本人にもわからないことがあるのよ。治らないまま、ずっと心から血を流し続ける。いつか心を殺してしまうことがあるわ」


「じゃあ、私の苦しさは心の怪我のせいなの?」


「そうよ」


「そんな怪我をどうやったら治せるの? 私の心も死んじゃうの?」


「その為にあなたはここに来たんですよ。私は心の医師です」


「心のお医者様!? そんなお医者様聞いたことなかったわ」


「この修道院は心に傷を負った人が、傷を癒す場所でもあるの。私はそのお手伝いをしているわ」


「こんな何もない所が?」


「何もないからいいのよ。緑を見ていると心が落ち着くわ。修道院の中にも、あなたが嫌いな野原にも、たくさんの花が咲き乱れる」


「全然見てなかったわ」


「暴力を受けた人も、満足に食事を与えられなかった人も修道院ではお預かりしているの」


イーリンは誰からも叩かれたことはないし、ひもじい思いをしたことはない。


「そんな酷いことがあるなんて知らなかった」


「あなたの家の侍女達も、あなたにぶたれたり物をぶつけられたりして、やっぱり心に怪我したのよ?」


「…………」


「あなたの心の怪我も、あなたが人につけた怪我も、時間はかかるけど、私と一緒に考えていきましょう。イーリン」


「はい。院長」


「その為には、あなたの協力も必要よ?」


「あの、私は何をすれば?」


「毎日の勤めはあなたへの罰ではないわ。汗を流すことや労働に喜びを見出だす人もいる。そして、この暮らしの中であなたが楽しいと思えることを探して見つけ出していくのよ」


イーリンは真剣に答えた。

「ええ。やってみます」


「私も毎日少しずつ話す時間を作ります。それからシスター・ヴァネッサ」


院長の呼び掛けに、少し離れて控えていたシスターが近づいてきた。


「私が忙しい時はシスター・ヴァネッサがあなたの助けになります」


「ええ。一緒に頑張りましょう、イーリン」


文官の男性も言った。


「どうしてもここが嫌なら、私が良い所を紹介しますぞ」


「まぁっ! ルドルフ伯爵! あそこはイーリンには向きませんよ?」


(あそこってどこ?)


「いやいや。ホウキを叩き込む気迫は、なかなかのものだった。健全な精神は健全な肉体に宿る!! 早朝から走り込み、剣技を競い、毎晩泥のように眠る生活もいいものですぞ」


「えっ? ええっ!?」

(何だかよくわからないけど、地獄のように過酷な生活じゃない!!)


「ルドルフ伯爵は若い頃に騎士団にいらしたの。今でも楽しい生活として人に勧めたくなるのよ。あそことは騎士見習い訓練所のことです」


「無理ですっ! 私には絶対に無理ですっ!!」


悲鳴のように叫んだイーリンに、院長もシスターも伯爵も笑った。


「あなたは一人ではないのよ、イーリン」

トリガーへの回避がトラウマを慢性化させるという文献を読んでいました。フラッシュバックにより過呼吸という身体的苦痛が起こるのであれば、苦しみから逃れたいという回避行動は逃げではなく生活本能ではないかと考えてました。


「わかりますよ。私にはよくわかります」って誰かの台詞があったような?

……ミス・マープルの第一作目でしたね(笑)

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