表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
手を繋いで一緒に行こう  作者: 那由他
イーリン 心の再構築

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/35

恥知らず

「……イーリン。イーリン」


どこからか雑音が聞こえた気がした。


つとイーリンは噴水に歩み寄り水面を覗き込んだ。


そこに写るのは、粗末な修道服に身を包んだ疲れた顔をした少女。


イーリンはベールを剥ぎ取った。


肩より長めに切り添えられた髪は、罪人ほど短くはないが、とても貴族令嬢には見えない。


(まるで薄汚れた平民のよう)


子爵家では高価な香油を使い、毎日何時間も手入れをさせていたのだ。


今や髪はパサパサして艶を失い、肌もボロボロだ。


(私がこんなに苦しんで惨めに暮らしているにエスターは! みんなにチヤホヤされて偉ぶって贅沢三昧してっ!!)


イーリンは噴水に立て掛けてあったほうきを両手に取ると頭上に掲げた。


「許さないわ! 祟ってやる!!」

「ヒッっ!!」


憎しみを込めて、そのまま薔薇を叩きのめす。


まるで薔薇の花がエスターであるかのように……。


咲きそめの花びらが無惨に辺りに散らされた。


初めてエスターに会った日に、テーブルの上にはオレンジの薔薇が飾られていた。


フリードリヒの婚約発表の席でもオレンジの薔薇のコサージュを、満面の笑みを浮かべたエスターがつけていた。フリードリヒが贈ったのだと、よく似合っていると甘く誉められていた。


……いつもいつも……


(オレンジの薔薇はエスターそのもの。滅茶苦茶にしてやらなければ!)


だが、それが惨めさの象徴であるとイーリンは気づかない。


自分が一番苦しんだ記憶と繋がっていることには気づけない。


薔薇をなぎ倒すイーリンの表情はどこか苦し気だった。


初めてフラッシュバックを起こした時のあまりの錯乱振りに驚いた両親は、オレンジの薔薇を根こそぎ撤去して屋敷に持ち込むことすら禁止した。


錯乱の引き金が薔薇であるならば、目に入りさえしなければ大丈夫だと単純に両親が考えたからだ。


あれ以来、オレンジの薔薇など見たことなどなかった。


バタバタと走り出す足音がしたがイーリンは気づかない。



イーリンの様子がおかしいと声をかけたのはシスター・ヴァネッサだった。


手を洗いに来た中庭で、イーリンが薔薇を見て呆然としていた。


声をかけても聞こえた様子がない。


フラフラと噴水に近寄り水鏡に顔を写して、それから汚い言葉で罵ってほうきを手に滅茶苦茶に薔薇を叩き始めた。


気が違ったとしか思えない。


(急いで院長を探さなければ!)


果たして中庭の隅に院長はいた。隣には院長に会いに来たのか、いつかの文官がいて、二人でイーリンの狂態を眺めていた。


「やはり令嬢の太刀筋は酷いものですなぁ」

「……令嬢はほうきを振り回したりしませんよ」


そんな会話をしながら。


「院長っ! イーリンがっ! イーリンがっ!!」

「落ち着きなさい。シスター・ヴァネッサ」

「でもイーリンを早く取り押さえなければ!」

「放って置きなさい」

「でも! でもっ!!」

「あなたが怪我をするだけです」

「……」

「もうそろそろ疲れて止めるでしょう」

「はい、院長」


三人が見守る中、イーリンは右から左からほうきを構え、何度も何度も薔薇を打ちのめした。


薔薇の花びらも葉も枝も辺りに散乱し、木であった残骸しかない。


体中汗ばみ、肩で息をし、腕は薔薇の棘で引っ掻き傷だらけになって、漸くイーリンはほうきを落とした。


そこに近づく人影があった。


「気がすみましたか、イーリン?」

「……」


髪を振り乱したイーリンは、糸が切れた人形のように地面にパタリとうずくまり、荒い息を吐き俯くばかりで、院長の問いかけに答えない。


「酷い惨状ね。まだ蕾ばかりで、これから見事な花がたくさん咲くはずだったのに」

「エスターなんて滅茶苦茶になって当然よっ!」

「では、あなたはエスターの代わりに花を叩いたのですか?」

「そうよ。当然そうよ!」

「どんなわんぱく坊主もこんなことはしない。まるで八百屋のおかみさんが、ほうきを持って御主人を追いかけ回してるみたいね」


その言葉にイーリンはキッと顔を上げた。般若のように目はつり上がり、怒りで顔は真っ赤に染まっていた。


「このっ! 賎しい平民風情がっ!! 私を侮辱するの? 私への侮辱はファリム家の侮辱よ! 全ての貴族への侮辱よ! 名誉毀損と侮辱罪で貴族院に訴えてやるわっ!」


今まで固い表情を浮かべていたシスター・ヴァネッサも文官も、院長を守るように素早く前に出てイーリンを睨み付けた。


「何よ!? 何なのよ!?」


たった一人後ろに取り残された院長がクスクスと楽しそうに笑い出す。


その笑い声を聞いたイーリンは更に激昂する。


「何で笑うの!? まだ私を侮辱するの!? お前など不敬罪で牢屋行きよっ!!」


険しい情をした文官がゆっくり言った。


「不敬罪はあなたの方です」

「……どういうこと?」


「こちらの院長は先代国王陛下の妹君。ティべリア・ランカスター殿下です。当代の陛下にとっては叔母に、王太子フリードリヒ殿下にとっては大叔母に当たられます」

絶好記憶は昨日でも10年前でも「この間」という同じ感覚、同じ時制で覚えているようです。

フラッシュバックは写真記憶でしょうか?酷い傷を心にを受けたその瞬間に何度も何度も立ち返る。そして血を流さずにはいられない。


「こちらにおわす御方は」という題名にしようかとも思いましたが【恥知らず】を選びました。


ナルシシズムの致命的な欠陥に【恥知らず】があります。ずっとわからなかったのですが、最近納得しました。そちらの実話をアレンジして書きました。


ナルシシズムはポジティブで良い側面もあります。


最近ナルシストで有名な方の音楽をYouTubeで見ていたのですが、

「我らが楽の音を天上にまで響かせよ!」

という意気に感じ入りました。


音痴は視覚優先です(笑)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ