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アレクにゲームの説明をします

「よう!」


 ジェルに送られ女子寮へ向かっていると、道の途中で突然声をかけられた。


「え? アレク? 明日じゃなかったの?」


 見ると、明日王都に出てくるはずだった従兄がにこやかな顔をして立っていた。

 アレクは濃い茶髪に私と同じ緑色の瞳をしている。

 魔道具オタクで研究室に籠っていることが多いが、がっしりとした体形をしていて背も高い。


 こんな女子寮の近くで待っているなんて不審者に間違われなかったかしら……。


 薄暗い時間帯に心配になる。


「用事が早く終わったから今日来たんだ。さっきまで魔道具科の教授と話していた」


「いい魔道具はあった?」


 アレクは王都に来る度に古巣の魔道具科を訪ね、教授たちと情報交換をしている。

 満足気なその姿に、今回の訪問は収穫が多かったのだろうと思う。


「結構あった。俺が作ったカメラを改良した動画カメラっていうのもあって、今度譲ってもらう約束してきたぞ」


「へー、良かったじゃない。また魔道具作りに精が出るわね」


「ああ、アイディアがバンバン出てきてメモするのが大変なぐらいだ。それよりもお前の後ろにいるの、手紙に書いてあった恋人だろ? 紹介しろよ」


 アレクにはジェルと付き合うようになってすぐに手紙で知らせた。

 あのときは嬉しさが爆発して、いつもは2、3枚の手紙が10枚にもなってしまった。

 ジェルがどれほど綺麗で素晴らしいかを延々と書き綴ったものになったのだが、よく考えると恥ずかしい。


「こちらが私の恋人のジェラール・グリュイニール様です。ジェル、この人が私の従兄のアレク・アルヴェーヌよ」


「ジェラール・グリュイニールです。初めまして。セリーヌさんとお付き合いさせていただいてます」


 ジェルはにこやかに手を差し出してアレクと握手を交わした。


「アレク・アルヴェーヌです。よろしく。手紙では知っていたけれど、本当にイケメンだな。セリーがこんなにイケメン好きとは知らなかったよ」


「べ、別にイケメンだから好きなわけじゃないわ!」


 失礼なことを言うアレクに慌てる。


 そんなことを言ったら顔だけで好きになったみたいじゃない。


「へー、じゃどんなところが好きなわけ?」


 手紙10枚に書き綴ってお知らせしたはずなのに……。

 それにこんな道の真ん中で口に出すのは恥ずかしい。


 ジトッとアレクを睨み付けるがアレクは意に介さずに続ける。


「お前のことだから、どこが好きとか、ちゃんと恋人に言ってないんだろう? この機会に教えてやれよ」


「セリーは会う度に僕の好きなところを教えてくれるので大丈夫ですよ。それこそ僕のことをこれほど愛してくれる人は他にいないって思えるほどです」


「え……あ……愛…………」


 ジェルの思わぬ返しに二の句が継げなくなる。


「おー、セリーお前一瞬で真っ赤になったな。でもお前がそんなこと言っているなんて意外だな」


「頑張って伝えてくれているのがわかるので、本当にかわいいです」


「ふーん、ラブラブなんだな」


 アレクは意地悪そうに目を細めた。


「でも安心したよ。ジェラール・グリュイニールといえばプレイボーイで有名らしいじゃないか。今までたくさんのご令嬢と付き合ってきたんだろう?」


「そ……れは……否定はできないです……」


 ジェルは顔を曇らせて口ごもってしまった。


「セリーも遊ばれているだけかと思ってたけど、まあ、様子見だな」


 わざわざジェルに聞かせるように言うアレクに慌てる。


「ちょっと待ってよ! アレク、もう暗くなってきたし、今日はもういいでしょう。明日は魔道具屋に行く予定でいいのよね? 待ち合わせに遅れて来ないでよ!」


「はいはい。それじゃ宿に帰るとしますかね。セリーまた明日。ジェラール君もまたな」


「はい。また今度」


「じゃあね、また明日」


 アレクが帰っていく姿を見送って息をついた。


「アレクがなんでも言ってごめんなさい」


「プレイボーイだったのは本当のことだからね。これからは汚名返上に頑張らないと」


「そう……」


 ヒロインにプレイボーイって思われるのは悲しいものね……。


「アレクさんはしばらく滞在するのかな?」


「一週間はいる予定よ。そうだ、明後日は10時に正門前で待ち合わせでいい?」


 ジェルは明後日アレクに会うことになっている。

 ジェルと一緒にアレクの宿に訪ねて行く予定だ


「僕が女子寮まで迎えに行くよ」


「休日の10時ごろは出かける人が多いのよ。ジェルが玄関にいたらみんな驚いてしまうわ」


 ヒロインに会ってしまうかもしれないもの。

 なるべく一緒にいるところは見たくないわ。


「わかった。じゃあ明後日10時に正門でね。明日アレクさんによろしく伝えてくれる?」


「ええ、わかったわ。またね」


 私は男子寮へ帰るジェルを見送った。




--------------------




 翌日、朝から王都の魔道具店を巡り、物色して買い付けたり、目新しいものを探すうちにとっくにお昼の時間が過ぎてしまい、私とアレクは遅い昼食をとりに近くのカフェに入った。


「やっぱり王都にある魔道具の店は品揃えが豊富だったな」


 食事を終え、食後のお茶を飲んで一息つく。


「そうそう、うちの領にある魔道具店の3倍は種類が多かったわ。魔石が大量に出回るようになったから新しい魔道具が増えたのね」


 魔石は前世の充電式乾電池のような性質で自由に魔力を込めることができ、魔道具を使用するのに使われる。

 バスクート国の北方から魔石鉱山が発見されたのは3年前。それまでは他の国々からの輸入に頼っていたため絶対量が少なく、灯りや調理器具などの日用品にばかり使われていた。今は豊富に出回るようになり魔道具がどんどん開発されている。


 魔力は前世の電気と同じような性質をしていて、主要なエネルギー源だ。この世界の人間は魔力を自力で作り出すことができる電気うなぎのような性質を持っていて、魔力量には個人差がある。

 ただ、魔法を使える人間は極まれで、バスクート王国でも100人程しかいない。アルヴェーヌ伯爵領にも魔法使いは一人だけだ。

 魔法を使ってみたかった私は彼に何度も魔法の使い方を尋ねているのだが、感覚的に使っていて教えることができないと言われ、私の願いは叶っていない。

 魔法が使えないほとんどの人は魔道具を使用して生活をしている。


「魔石がたくさん使えるようになったし、アレクも魔道具の研究をもっと頑張らなくちゃね」 


「それなんだが、モーターの回転数を飛躍的に上げることができたから、それを基に何か作ろうと思っているんだ。実はモーター自体を流通させることも考えているんだけれど、いいか?」


「ええ、もちろんよ。私は前世の知識をアレクに教えただけだもの。作り出したのはアレクなんだから好きに扱ってよ」


 アレクは私に前世の記憶があることを知っている。

 魔道具を作るのが好きなアレクは私の前世の知識を聞きたがった。

 前世の理科の実験で習った簡単なモーターの仕組みを実際に使えるものに改良したのはアレクの功績だ。

 このモーターを利用して、耕運機や洗濯機なども作り出している。


「ただな、このモーターを売り出す方法が問題なんだよな。画期的な魔道具なだけに売り方が大事なんだ。結構悩みどころだな」


「じゃあ、ジェルにも相談してみたら? 彼は高位文官を目指して勉強していてとても優秀よ。最近領地経営に興味が出てきたみたいで、領地経営学の教授から最高評価をもらっていたわ」


「あいつは侯爵家の次男だったよな。あいつが侯爵家を継ぐのか?」


「今のところはお兄さんよ。でもジェルは侯爵家を継ぎたくなるんじゃないかな。お兄さんの方はあんまりいい評判を聞かないもの」


「ああ、侯爵家の長男は第二夫人が産んだんだったな。しかし、もし後継争いなんてなったら苦難の道しかないぞ。貴族社会からも敬遠される場合がある。結婚したらお前が苦労するんだぞ」


「け、結婚!?」


 思わず大きい声を出してしまう。

 昼も遅い時間だったから、周りに人がいなくて良かった。


「しないのか? あんなにラブラブだったじゃないか。どうせならお前と結婚して婿として伯爵領を継いでほしいぐらいだ。他にいないから了承したけど、俺は領主には向かないんだよな。屋敷の奥で魔道具の研究をしているのが性に合っているんだ」


「そんな結婚なんて……私とジェルはあと1か月ほどで別れるのに」


「はぁ!? そんな話になっているのか!?」


 あの野郎殴ってやると物騒なことを言い出すアレクを必死に取り成す。


「違うの! 私が知っているだけなのよ、前世の記憶で!」


 思わず言ってしまった私にアレクは訝しげな眼を向ける。

 無言で続きを促され、観念した私はゲームの話をすることにした。


「なんていうか、前世で作られた物語の世界がこの世界なの」


「…………どういうことだ? その物語に俺が出ているのか?」


「ううん、出てくる人は限られているの。物語って登場人物の名前が出てくるのはヒーローとヒロインと他に数人程度の場合がほとんどでしょう? 他にどれ程多くの人がいても、登場人物以外は名前のないモブになるよね。アレクも私もモブの一人よ。名前が出てくるのは王立フォンティーナ学園の生徒6人だけ。それでね……その一人がジェルなの」


「お前の彼氏が登場人物ってことか。で、お前はそれを知っていて恋人になったのか?」


「ううん、思い出したのは1か月前だから、付き合い始めたときは知らなかったわ」


 思い出したときの衝撃はこれからも忘れられないだろう。


「それでどんな物語なんだ?」


「男爵令嬢がヒロインで、そのヒロインと恋に落ちる予定のヒーローが3人いるの。物語を進めるうちに場面場面で選択肢が出てきて、その選択肢によって結ばれるヒーローが変わるの。悪役もいて、ヒーローとヒロインが結ばれないように邪魔をしてきたり、嫌がらせをしてきたりするわ。最後はその悪役を懲らしめて終わりよ」


 アレクは私のザックリとした説明にため息をついた。


「なんだかよくわからんな。で、お前の彼氏はどんな役なんだ?」


「ヒロインと恋に落ちるヒーローよ。私は物語の中盤にはすでにフラれているジェルの元カノ」


「それで別れるって言っているのか」


 納得したというようにアレクは目を瞑り、椅子に深く腰掛けた。


「そうよ。もう決まっている物語なのよ。私はせめてジェルに気持ちはしっかり伝えようと思って頑張っているところよ」


「そもそもなんであいつと付き合うことになったんだ? 手紙には書いてなかったよな」


「えーと、あの時は学食で私が水筒のお茶を飲んでいたのよ。それでジェルがカップに注いだお茶に湯気が立っているのが不思議だったらしくて、質問してきたの。そこから話すようになったのよ」


「真空ボトルの水筒か。それは不思議だっただろうな」


 真空ボトルも私の記憶を基にアレクが作ったものだ。

 伯爵領では今後大々的に売り出す予定で、私はその宣伝を兼ねて食堂で使っていた。


「あ、そうそう、女子寮の寮母さんにも水筒は好評だったわよ。使い勝手がいいって喜んでいたわ。女子寮用にもっと欲しいって言ってたから、近々注文が来るかもしれないわ」


 アレクは分かった言ってと少し笑った。

 女子寮で使用してもらえれば貴族に認知されるようになるのも早い。


「それで? どっちから告白したんだ?」


「私からよ。あのときは一年近く前世のことを思い出していなかったから、今の派手な顔が自分の顔って思えたのよ。ジェルが前の彼女と別れたって噂になっていたから、いま告白するしかないと思って一世一代の勇気を振り絞ったわ」


「なんで今の顔が自分の顔だと思えると告白するんだ?」


「前はすっごく地味な顔だったのよ。だから前世の感覚が強い今だったら、あんなに綺麗なジェルに告白なんてできなかったわね」


 前世を思い出す度に自分の顔の感覚がコンプレックスだった地味顔に戻ってしまう私は、今世の自分の顔になかなか馴染めなかった。もちろん今の顔が自分の顔だとは分かっているが、鏡を見てビックリしてしまうことが良くある。


「今は自信がないのか?」


「顔は大事なんだからね。アレクは格好いいから分からないだろうけど」


「ふーん。わかった」


「何がわかったのよ」


「お前があいつのことを信じられない理由」


 あんなに分かりやすい奴なのになと呟くアレクに私は戸惑う。


 何を信じるというのだろうか。

 ジェルは攻略対象者で私はモブ令嬢。

 時期が来れば私はジェルにフラれて、物語はどんどん進んでいくはずだ。


「そうだセリー、このメモにその物語の内容を書きながら説明してくれ。さっきの説明じゃ、いまいち分からなかったからな」


「興味があるの?」


「そりゃそうだろう。お前が関わっているんだから」


「わかったわ」



 こうして私はアレクに、恋愛シミュレーションゲーム『dolce(ドルチェ)な男子』の説明をするのだった。



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