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ヒロインと悪役令嬢

 あれから私はジェルに気持ちを伝える日々を送っているのだけれど……


「あの、あのね、やっぱりこの体勢は読みにくくない?」


「全然。とっても読みやすいよ。なんで?」


「なんでって言われても……」


 こっちの方が聞きたい! なんでジェルの膝の間に座らされて読書しなきゃいけないのか!


 最近ジェルは領地経営学の授業で学んだ農業における魔道農具使用の有効性について興味が湧いたらしく、どんな魔道農具が有効か、どんなものが今後必要になるかなどを放課後の資料室で度々私と議論するようになった。

 私は実家の伯爵領の農地改革を行った経験を元に話し、ジェルは領地経営学で得た知識を元に話す。

 それはとても楽しい時間で、充実した時間だった。


 この本を持ってきたのは私の方。魔道農具のカタログで、特徴や使い勝手、価格が書いてあり面白そうだった。

 ジェルと一緒に見ようとソファの隣に座ったのに、こっち来てと膝の間に誘導され、後ろから抱きしめられているような体勢になったんだけれど、本当になんで?

 さっきからずっとこの状態で二人でカタログを読んでいるんだけれど、そろそろやめにしませんか? 頭がクラクラしそうですよ。


「伯爵領で作った耕運機っていう魔道農具はこれ?」


「そ、そうね、これよこれ!」


「へー、これで土を耕すんだね。耕す部分がおもしろい形になっている。実物を見てみたいな~。従兄が作ったって言ってたよね。ここの魔道具科にいたの?」


「そう、そうよ、もう5年前に卒業したわ。魔道具科の教授と未だに手紙をやりとりして情報共有してるみたい」


「伯爵領は従兄が継ぐって言っていたよね? 違う従兄?」


「ううん、この従兄よ。魔道具オタクで魔道具ばっかり作っているけど、一応この学園で領地経営学も修めてるし、優秀は優秀なの」


「そうなんだ」


 やめて~耳元で喋らないで~


「そ、そういえば、今度こっちに来るって手紙に書いてあったわ。魔道具科に顔を出しにこの学園に来るかもしれない」


「セリーは従兄と仲が良いの?」


「魔道具の研究にうちの屋敷の一室を使っているし、お父様に付いていろいろ学んでいるから、ほとんど私の家に住んでいるのよね。昔から頻繁に顔を会わせていたから、仲のいい兄みたいなものかしら」


「従兄は結婚してるの?」


「ううん、私が結婚するまでは結婚しないって言っているわ」


「へ~なんで?」


「さあ、なんでかしら?」


「ふーん。従兄が来るのは何日ごろ?」


「たぶん一週間以内には来るんじゃないかな」


「僕に紹介してくれる?」


「ええ、わかったわ」


 やっぱり優秀な魔道具職人とは知り合いになりたいものね。


「ねぇ、セリーは僕のことが好きなんだよね」


「大好きよ」


「僕も大好きだよ」


 ふぁ~~~! 耳にチュッってするの反則だわ! 顔が熱くなる。あぁ舞い上がってはいけないわ! ジェルの元カノたちだって、自分を戒めないといけないって言ってたし!


「ジェ、ジェルさん! そろそろか、帰らないといけません!」


「ふふふっ、なんで敬語?」


「だってジェルが!」


 最近スキンシップが多すぎるのよ!


「耳真っ赤、ねえ、こっち向いて」


 膝の上に座らされて横抱きにされる。


「顔まで真っ赤だね。かわいい」


 そう言って私にキスをするから、私はわからなくなる。


 元カノたちは後悔はないって笑っていたけれど、私もそうなりたいって頑張っているけれど、このままじゃ私、絶対に未練が残ってしまう。彼の隣にいるものすべてに嫉妬してしまうわ。





-------------------------





 さっき教室にノートを忘れてしまったことに気づいて一人で取りに来た私は、運が悪かった。

 普段、ジェルとは科目が全く違うせいか、学園内で遭遇することはあまり無かった。生徒会の仕事が無いときのお昼や放課後に会うことがほとんどだ。


 廊下の角を曲がったとき、その先にジェルの笑顔があった。クスクス笑いのようなその笑顔を初めて見た私は、その向かいに立っている黒髪の女の子に気づくのが遅れた。


「え、セリー?」


 こちらを向いていたジェルは私に気づき声をかける。

 それにつられて、その女の子もこちらを向いた。


 あ……ヒロインだ……。


 少し癖のある黒髪にアメジストのような紫色の瞳。大きな目に小ぶりな鼻と口。小柄な体。ゲームのヒロインそのままの愛らしい姿をしていた。


「めずらしいね、セリーとバッタリ会うなんて」


 ジェルが近づきながら言う。後ろからヒロインが追いかけてきた。


「教室に忘れ物をしてしまって、取りに行ったの」


「忘れ物はあった?」


「ええ、あって良かったわ」


「ジェラール様、この方は誰ですか?」


「ああ、僕の恋人のセリーヌだよ」


「恋人……」


「セリー、この子が前に教えた、木から落ちてきた子だよ。生徒会庶務になったんだ」


「え、ジェラール様ひどいです! あれはしょうがなかったんですよ! 人に教えるなんてひどいです! うぅ!」


「ハハハッ、セリー以外には言ってないよ」 


「も~~」


「こんにちは。私はセリーヌ・アルヴェーヌです」


「初めまして、ミリティア・ラングレルです」


「僕たちはこれから生徒会なんだけれど、セリーは?」


「このあと一つ授業があるわ」


「そっか、それじゃあまたね」


「さようなら、セリーヌ様」


「さようなら……」


 私は並んで歩く二人を見送った。

 途中ジェルが振り返って手を振ってくれたのが、ほんのちょっとの救いだった。

 私はボーっと突っ立ったまま二人が消えていった角を見ていた。


「セリーヌ様」


「えっ!?」


 突然横から声を掛けられてびっくりした私は大きな声を出してしまった。


「ちょっと、大きな声を出さないでくださる? わたくしは繊細なのよ」


「ユミレア様、申し訳ございません」


「あなたにお話がありますの。放課後3番教室の準備室に来て下さらないかしら」


「あの……どういった内容ですか?」


「先程あなたと話していたミリティア・ラングレルのことですわ。あの子、最近ジェラール様の周りをうろちょろしていましてよ。他にもルカリオ様やトゥーリの側にも近寄って来ていますの。本当に困った方ですわ。あなたも迷惑されていることでしょうから、一緒に今後の対策を考えましょう。よろしいわね!」


「私は気にしておりません」


「まあ、先程あんなに切なそうな顔をなさって二人を見送っていらっしゃったのに、気にしてないはずがないでしょう? とにかく必ずいらしてね! 3番教室準備室ですわよ!」


「ユミレア様!」


 ユミレア様はそのまま去って行ってしまった。


 彼女はユミレア・ボーフォワール。

 このゲームの悪役令嬢だ。





 恋愛シミュレーションゲーム『dolce(ドルチェ)な男子』チーズケーキ編には3つのルートが存在する。


主人公 ミリティア・ラングレル

 生徒会庶務

 一年生15歳

 趣味 お菓子作り(チーズケーキが得意)

 男爵の隠し子で平民として市井で暮らしていたが、男爵の正妻の死去によって男爵家に引き取られる。

 生徒会長であるルカリオに気に入られ、入学後のテストで成績も優秀だったことから生徒会庶務に任命される。 


第三王子ルカリオのルート

 攻略対象者 ルカリオ・バスクート

 俺様キャラ

 生徒会長

 三年生17歳。

 悪役令嬢 婚約者ユミレア・ボーフォワール

      (生徒会副会長 三年生17歳)

 好物 ベイクドチーズケーキ

 いつも強気な発言をしているが、実際は優秀な兄二人と比べられ、自分の王子としての存在意義を求めている。また、自分を顧みない婚約者に嫌気がさしている。

 悪役令嬢ユミレアは嫉妬からヒロインをいじめ、最終的には暴漢に襲わせようとするが、ルカリオの助けが入り失敗に終わる。最後は卒業パーティーで断罪され、国外追放となる。


公爵家嫡男トゥーリのルート

 攻略対象者 トゥーリ・ボーフォワール

 弟キャラ

 生徒会書記

 二年生16歳

 悪役令嬢 姉ユミレア・ボーフォワール

      (生徒会副会長 三年生17歳)

 好物 スフレチーズケーキ

 自分を溺愛してくる姉との関係や公爵家嫡男でありながら周囲に期待されていないことを憂いている。

 悪役令嬢ユミレアはヒロインが弟に相応しくないといじめ、最終的には階段から突き落としたことが公になり、ルカリオとの婚約は破棄され、戒律が厳しい修道院に入ることとなる。


侯爵家次男ジェラールのルート

 攻略対象者 ジェラール・グリュイニール

 クールキャラ

 生徒会会計

 三年生17歳

 悪役 異母兄ドリュート・グリュイニール

    (三年生17歳)

 好物 レアチーズケーキ

 兄を領主にするため自ら汚名を被ろうとするが、領地経営学を学ぶうちに領地経営の魅力に気付き、自分が領主になりたいと思うようになる。兄と自分の関係や実家の事情に強い葛藤を抱く。

 悪役令息のドリュートは弟に領主の座を奪われると焦り、ジェラールとヒロインに嫌がらせをしたり、暴漢に襲わせようとするが、二人で協力し合い危機を回避していく。最終的には危害を加えようとしたことが公になり、侯爵家から絶縁され平民となる。





 放課後、第三教室準備室に入った私はユミレア様に告げた。


「あの、ユミレア様、私はミリティア様を迷惑に思っていません。申し訳ないのですが何も話すことはありませんわ」


 どちらにしても私はあと少しでフラれる運命だもの。


「ではあの子にジェラール様を取られても良いとおっしゃるの?」


「元々ジェラール様は頻繁に恋人を変えていらっしゃいます。私も覚悟しておりますわ」


「もしかしたらとは考えないの? このまま恋人でいられるかもしれないとは」


「考えていませんわ」


「だったら! どうしてあんなに切ない目をしていたのよ! 覚悟なんて本当はできていないんでしょう? わたくしは諦めないわよ! 絶対にあの子の思い通りにはさせないわ! あなたも協力しなさい!」


「ユミレア様……」


「わたくしは幼いころからルカリオ様の婚約者として生きてきましたわ。つらい王子妃教育にも耐えたのは、すべてルカリオ様の為です。それをあんな男爵家の、しかも元平民の女が易々とルカリオ様のお側に侍るなど、到底受け入れられませんわ!」


「ユミレア様、殿下はチーズケーキがお好きなのですわ。特にベイクドチーズケーキが。それはご存知ですか?」


「え!?」


「私が知っていることは内緒にしていただきたいのですが、殿下は本当は毎日食べたいほどにチーズケーキがお好きなのですわ。けれど、王宮ではそんなわがままを言うのは恥ずかしいと思っていらっしゃいます。だから、ミリティア様が作ってくるチーズケーキを心待ちにされているのです」


 攻略対象者はみんなチーズケーキが好きという設定だったが、殿下は一番美味しそうに、嬉しそうにベイクドチーズケーキを食べていた。ヒロインに自分のチーズケーキ好きを告白する場面はとても微笑ましかったのを覚えている。


「それは、ジェラール様からお聞きになったの?」


「まあ、そんなところでしょうか……。私から聞いたことは内密にお願いします」


 私はあいまいに微笑んだ。


「ええ、わかったわ」


「それで……ユミレア様もベイクドチーズケーキを差し入れられたらどうでしょう。きっとお喜びになられると思いますわ」


「ルカリオ様がお喜びに……」


「ええ。ミリティア様に張り合うのは良くありませけれど、いつでも少しずつ食べられるようにして差し上げたらいいのではないでしょうか」


 ユミレア様は考えるように黙りこんだ。


「ユミレア様は殿下のどんなところがお好きですか?」


「ルカリオ様のお好きなところ…………わたくしはルカリオ様の泣き虫なところが好きでしたわ。泣き虫なのに意地っ張りで、泣きながら怒鳴ってくるのですわ。私はそんなルカリオ様をお支えしたくて王子妃教育を頑張ってきました。今はもう、わたくしには弱いところをお見せにはなりませんけれど」


「殿下に泣き虫なところが好きだったとお伝えすることは難しいでしょうか」


「ええ! そんなことできませんわ」


「何が正解で何が間違いかなんてわかりませんけれど、私は好きだと伝えることが大事なことだと最近知りました。ジェラール様にも精一杯お伝えしています。きっとお別れするそのときまで」


「あなたはそれでいいの?」


「はい」


「……わたくしがルカリオ様に気持ちをお伝えすることは難しいですわ。もうずっと儀礼的な話しかしておりませんもの。ルカリオ様にとってわたくしは自分の好物も知らない婚約者ですものね……。わたくしチーズケーキを差し入れてみますわ。受け取ってもらえたらいいのですけれど」


「私でよろしければ、いつでもお話をお聞きいたしますね」


「そう、ありがとう」


 そう言ってユミレア様はさっそく差し入れを用意すべく帰って行った。



 後日、殿下が受け取ってくれたと、嬉しそうに教えてくれたユミレア様はとてもかわいかった。


 悪役令嬢ユミレア様は、実際はとても愛情深い人なのだわ。今はまだゲームの序盤だし、きっと断罪される未来が回避できるはず。


 そう思ってふと考えた。


 私はゲームのストーリーに変化を与えてしまったのかもしれない。ユミレア様は「これからはルカリオ様のお好きなものは直接ルカリオ様に教えてもらいますわ」と頬を染めて言っていた。

 ゲームでは自分を顧みない婚約者に嫌気がさし、ヒロインの優しさに癒されるというストーリーだったはずだ。殿下は自分に寄り添おうとしているユミレア様に気付くだろう。そうなると未来は変わってしまうのかもしれない。


 私とジェルの未来は変えることはできないのだろうか。



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